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21 守護の呪い


 エドガーの一瞬動かなかった足を動かしたのは、クーリアの声だった。

 逃げるように促す声が震えていたことに、ハッとしてエドガーはクーリアの手を取って走り出す。


 影に飲み込まれたバニラはどこに行ったのか。

 生きているのか。


 突然バニラが目の前から姿を消した光景に、まだショックが抜けていなかった。


「エドガー! 術を!」

「加速しますよ!」


 グラグラと通路全体を揺らす足音がすさまじい勢いでこちらへ近づいている。

 振り返ると、恐怖の表情を浮かべたクーリアの後ろに巨大なドラゴンが見えた。


 広い通路ギリギリの巨体を前傾させて、こちらに向かってくるドラゴンの鈍い金色の目が爛々と輝いている。

 走っていたエドガーは風の魔術を使って加速したが、それでもドラゴンの速度の方が早い。


「クーリア様。転移石を使います! 一度逃げなくては、ラッカウス様の救出も叶いません!」

「許可しますわ!」


 高速で足を動かしながら、ポケットにしまっていた転移石に魔力を送ろうとした瞬間、背中を轟音と熱気が襲う。

 視界が赤く照らされて、エドガーは目を見開いて振り返った。


「ッ、クーリア様!」


 クーリアにもう少しで届くというところでドラゴンが巨大な口を開いて豪炎を吐く。

 ぐんぐん迫ってきた巨大な口はガパリと大きく開くと、エドガーに手を引かれているクーリアに向かうのが見えた。


 一瞬の出来事の中で、エドガーは転移石を使うより先にクーリアが食われることを悟った。

 クーリアの手を引いて、自身の体の位置とクーリアの位置を入れ替えたのは、ほぼ反射的な動きだった。


「ダメ!」

 

 悲鳴じみたクーリアの声が耳に刺さる。

 ドラゴンの呼気を全身で感じたエドガーが命の終わりを感じたそのとき、ドラゴンの足下から暗い影が立ち上った。

 ぬろりと伸びたその影は一瞬にしてドラゴンを包む。

 そして、地面へとドラゴンを引きずり込むようにして消えた。

 その光景はバニラが消えたときとまったく同じものだった。


「消え、た……?」


 命の危機を脱したふたりは膝の力が抜け、しばらくその場を動くことはできなかった。



 *



 もしかして、死んだ?


 バニラは暗闇の中にいた。

 視界に入るものは闇以外にはなにもない。


 自身の存在すらも疑われて、バニラは自身の頬を触ったり、手をぱちぱちと打ち合わせた。


 手を打ち合わせた音の反響から考えるに、ここはまだ地下迷宮だ。

 地面のトラップを踏んで転移してしまったと考えるのが妥当だろう。

 そのときランタンを落としてしまったせいで、なにも見えないというわけだ。


 いきなり暗闇に放り込まれて一瞬混乱したが、すぐに状況を把握したバニラは手のひらに小さな光を浮かべた。


 生活魔術のひとつであるこの明かりは、使う魔力量も多くない初歩的なものだ。

 だが、バニラはいかんせん生まれ持った魔力量が少ない。

 もちろん大事な薬草も持ってきてはいるが、無限ではない。

 更に悪いことに、ここは地下の大迷宮。

 ドウェインに渡された転移石もはぐれてしまったエドガーが持っているとなると絶望的な状況ではあったが、バニラは歩くしかないのだ。


 ぐっと手のひらを握って歩き出したバニラは、しかしすぐにその歩みを止めることになった。


「へ?」


 真っ暗だと思っていた通路の奥。

 そこに突然炎があがったからだ。

 ゴオオオという轟音と共に通路が明るく照らし出される。

 そして、その炎を吐き出したものも明かりで浮かび上がった。


「ドラゴン、なんて。え~、あたしってば運なさすぎ……」


 手のひらに乗せていた明かりはすぐに消したが、ドラゴンが見逃すはずもない。

 ぎょろりと大きな鈍い金色の目を動かして、ドラゴンがまっすぐこちらに走ってきた。

 通路が信じられないほどに揺れて、走り出した足がもつれる。

 暗闇の中を走るという恐怖なんて知りたくもなかった。


「ッ、無理だ」


 ドラゴンの一歩とバニラの一歩の大きさはけた違いだ。

 光る目玉との距離がぐんぐん縮まるのを感じて、バニラは『氷結する世界』を使用する。

 時を止めている間に走って距離を広げても、その距離は一瞬で詰められた。

 まっすぐ走っていても突然壁にぶつかって転んだりしてしまうのだから、暗闇の中でドラゴンと鬼ごっこをするなんて負け戦でしかない。

 

 転んでは時を止めてどうにか立て直し、必死になって逃げ回るバニラの呼吸は荒く、心臓は狂ったようなリズムで鳴っている。

 ドラゴンとの距離はもう絶望的だ。


 死ぬんだ。食べられる。


 ドラゴンに食われる自分が容易に想像できて、唇を噛む。

 そのとき、ふとリオンの言葉を思い出した。


「なにかあれば、必ず俺を呼べ。『俺の名』をだ。いいな?」


 ロイア殺人事件の後、リオンはバニラに呪術をかけたことを告げて、そう言っていた。

 ドラゴンの足音がもうすぐ後ろで鳴っている。

 振り返ることもできず、バニラは夢中になって叫んでいた。


「リオン先輩!!」


 叫んだとほぼ同時に、限界を越えていた足がつまずいて転ぶ。

 時を止めなければと振り返ると、そこにはドラゴンではなく、彼が立っていた。


「おまえはやっかい事に巻き込まれる天才なのか」

「先輩……!」


 手のひらに魔術でともした明かりを乗せて、リオンはそこにたたずんでいた。

 迫るドラゴンを見てため息をついたリオンが結界をはると、その堅い障壁にドラゴンが頭を強打した。


「目を閉じろ」


 言われたとおりにすぐに目を閉じる。

 カッとまぶたごしにも一瞬強烈な光が生じたことがわかった。


「グォオオオオオ!」


 腹の底に響くようなドラゴンの鳴き声にバニラは目を開く。

 強烈な光は暗闇に生きていたドラゴンには激しい目くらましになったのだろう。

 目玉をおさえて苦しむ姿にすました顔をしたリオンは結界を張ったまま、すっと手のひらを前に出した。


「薬草は持ってきているな」

「っ、え? はい!」

「後でもらうから、俺の分は残しておけ」


 結界を消したリオンが腰にさげていた薬瓶から薬を一気に飲むと、手から強烈な魔力を放出する。


 単純故に一番強い攻撃。

 その攻撃をリオンは薬瓶の中身を何度も飲み干しながら立て続けにドラゴンに撃ち続けた。


 放出する魔力量に力が依存する攻撃であるため、人並み程度の魔力しか持たないリオンは何度も魔力回復薬を飲み干す必要がある。

 だが、そのコントロール能力のすさまじさがドラゴンを圧倒した。

 魔力による光の光線は鋭利に尖り、ドラゴンの目から貫いた。

 視力を奪われて暴れるドラゴンの足を撃ち機動力を奪い、のたうち回るしっぽを魔力による光線でたたき斬る。


 出会えば逃げろが鉄則のドラゴンはリオンに傷一つつけることができずに、暴れている内に事切れていた。


「す、すごいです……先輩」


 横たわるドラゴンの死体を見て、バニラは呆然とする。

 その額に光る角を魔力の刃で切り落として、リオンはバニラにそれを押しつけた。


「ドラゴン退治なんて一体どの程度のクエストポイントになるかわからんぞ。おまえは俺にドラゴンを退治させて、クエストポイントを稼がせるためにこんな危険なところに来ているのか?」

「違いますよ! 私がそんなことする奴だと思ってたんですか!? 先輩ひどいです! 薬草いりますよね!?」

「ああ、いる」


 ずいっと差し出した薬草を受け取って、リオンはそのまま口に入れる。

 むしゃむしゃと咀嚼して、リオンは顔をゆがめた。


「こんな味のものをよく飽きもせず食っていられるものだな」

「薬草は生が一番おいしいじゃないですか」

「俺は薬草はシロップ漬けでないと本来は飲まん。……それより、本当にここはどこでおまえは一体なにをしていたんだ」


 薬草を頬張りながら、リオンは頭を抱えて通路を見回す。

 続く真っ暗闇に眉を寄せたリオンに、バニラはこれまでの経緯を伝えた。


「クーリア嬢のためか」

「私も先輩がどうして現れたのかがとっても気になります」

「おまえに守護の呪術をかけていたからだ。トリガーは、『俺の名を呼ぶこと』。対象がトリガーの条件を満たすと、どこであろうと無条件に俺を呼び出せる」

「それで、先輩をこんな場所に呼び出しちゃったんですね……」


 なにもない地下迷宮のどこかもわからない場所。

 そんな場所はドラゴンを倒そうとも危険であることに代わりはない。

 転移魔術は非常に高度なもので、リオンの様子からして彼も使えないのだろう。

 危険は去っても、脱出する方法がなければ迷宮では死んだも同然だ。


「助けていただいて、本当にありがとうございました。私のせいで、こんなことになって本当にごめんなさい……」

「全く以ってそうだ。なぜ俺を最初からこの迷宮に連れてきていない」


 バニラが謝ったこととリオンが怒っていることはどうやら別の様子だ。

 腕を組んだリオンがバニラを見下ろす目は、じとりとこちらを責めていた。


「こんなものはもう既に討伐クエストに近い危険性があるだろう。バディである俺に相談もなしに危機的状況に陥っていることが問題だ。俺以外とバディを組むことになっても、危険がある場合は必ず相方に相談をしろ」

「でも、先輩反対するかもなぁって」

「反対することもあるだろうが、今回ばかりはしなかった」

「ドラゴンいるのに?」

「ドラゴンがいようが、おまえが友人のためにがんばりたいと思ったのだろう? ならば、俺が介入することではない。バディが犬死にしないよう、せいぜい俺のできることをしていただけだ」


 エドガーとクーリアはいたものの、ひとりで危険につっこんだ。

 そのことをリオンは怒ってくれている。

 彼が心配してくれていることを察して、バニラは視線をさげてもう一度「ごめんなさい」としゅんとしたまま口にした。


「いいだろう。ならば、もうこの件については不問だ。自責することは無駄なのだからするな。それより、禁断書庫だ。行くぞ」

「へ? どこにです?」


 よどみない足取りで歩き出したリオンの足が向く先を見て、バニラは驚きで息を詰める。

 そこにあったはずのドラゴンの亡骸はなく、代わりにバニラを飲み込んだ時と同じような大きな黒い穴があいていた。


「どういうことです? これ」

「おまえはトラップにかかって、ここに落ちて来たんだろう。この迷宮全体に、書庫にたどり着けないようにそういったトラップがかけられているんだろう。そして、禁断書庫の門番として最適なのがこのドラゴンだった」


 バニラが握りしめているドラゴンの角を指さしてからリオンは穴を顎でさした。


「あれは十中八九、禁断書庫へとつながっているだろうな。俺がこの迷宮に書庫を隠すなら、間違いなくそうする。……手をだせ」


 リオンが差し出した手にバニラは疑問符を浮かべてその手を乗せる。

 ぎゅっと手を握られると、体が火照ったように熱くなった。


「せ、先輩? 術かけたりしてませんよね?」

「していない。この穴は転移魔術の一種なんだろう。手をつないでいなければ、別々の場所にとばされかねん。だから、本当に致し方なく妥協の結果、手をつなぐという結論に至った」


 ぺらぺらと早口に喋るリオンの耳が赤い。

 「またまたぁ」とからかったバニラも頬が熱くて、それ以上はからかいきれなかった。


「いくぞ。離すなよ」


 ぎゅう、と握られる手の力が強まる。

 こくんと頷いて、バニラも表情を引き締めた。


 穴の上にふたりでそっと踏み入れると、さっきと同じように足下から伸びてきた影が体を包み込む。

 そして、視界は闇に包まれた。

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