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20 地下迷宮の恋バナ


 ドウェインに禁断書庫への行き方を聞いたバニラとエドガーは、クーリアの起床を待って早速図書館地下の大迷宮に向かった。


 禁断書庫というだけあって、ドウェインが教えてくれた図書館の地下に続く道は隠し通路の奥に見つけられた。

 長い長い階段をおりた先。

 そこに広がる巨大な通路を前に、バニラは「わあ」と思わず声をもらしていた。


「本当に大迷宮って感じだね。奥がびっくりしちゃうくらい見えない」


 目の上に手をあてがってよく見ても、暗い通路の奥にはなにも見えない。

 通路には明かりもなく、頼れる光源がそれぞれが携えた明かりのみということもあって、奥には延々と暗闇が続いているように見えた。

 隣に立ったクーリアがごくりと息を飲む。


「こんなところでドラゴンに遭遇したらひとたまりもありませんわね。……エドガー。転移石はちゃんと持っていますわね?」

「はい。ここに」


 クーリアの声かけにエドガーがランタンで照らしたのは綺麗な石だ。

 透明な石の中には、ドウェインがかけてくれた転移魔術が施されている。


「ドウェイン先生がそんな貴重な魔導石を持たせてくれた理由がわかるね。こんなの帰ってこれる気がしないや」


 禁断書庫にたどり着けてもたどり着けなくても、図書館へと通じるこの階段には帰ってくる必要がある。

 だが、この暗闇の迷宮の中で帰り道をたどるなんてことは困難だろう。

 無事に帰還できるよう、ドウェインは貴重な転移魔術が施された魔導石をひとつ持たせてくれていた。


 ぽっかりと空いた大きな穴のようなトンネルの奥からは何の音もしない。

 ただそこにあるだけの暗闇を前に、なかなか踏み出せずにいた足を一歩大きく踏み出したのはバニラだった。


「さ、行こ! 暗いと不安になっちゃうから、なんか楽しい話でもしながら行こうよ、ね」


 大きく踏み出した足でくるんと振り返ったバニラが笑む。

 エドガーもその笑みに微笑み返して一歩歩み出た。


「はい。暗いですから、ラッカウス様も転ばないようにしてくださいね」


 足下を気遣ってくれるエドガーにバニラが「ありがと」と返している穏やかな会話を見ながら、クーリアは空色の瞳を伏せる。

 クーリアの様子がおかしいことに気がついたエドガーが真っ先に振り返ると、クーリアは不安そうな表情でバニラたちを見ていた。


「何度も言いますけれど、本当に行くんですのね? バニラはもちろん……エドガー。あなたも。私のために危険を犯す必要はないんですのよ」

「俺は禁断書庫探しに何年もかけたんですよ。今更引き下がれませんよ」

「私だって、先輩と結婚するためにクーリアに勉強教えてもらえなくっちゃ困るんだから! だから、行こ。クーリア。ここで誰が怪我をしたって、クーリアのせいじゃないよ。私たちは見習いとはいえ、冒険者なんだから」


 にっと口角をあげると、クーリアはふっと表情をゆるめてバニラたちに並んで歩き始めた。


「では、怪我は自己責任ということにいたしますわ」

「ぜひ、そうしてください。クーリア様、おめでとうございます。こんなにいいご友人ができたことは誠にすばらしいことです」

「い、いちいち祝わないでちょうだい」

「でへへ、照れる~」


 いざ歩き始めた三人の会話には、大迷宮を歩いているという緊張感はなかった。

 暗闇は人の心を不安にさせる。

 会話だけでも明るくしていないと、怖いという気持ちを自覚してしまいそうで嫌だった。


「そういえば、クーリアと先輩って知り合いなの? 名前呼んでもらえててうらやましかったな」


 リオンがいかに素敵かという話は昨夜散々したが、クーリアとリオンの関係については聞きそびれてしまっていた。

 本当はとてつもなく二人の関係性は気になっているのだが、努めてなんでもないように聞くと、クーリアはそれこそなんでもない様子で答えた。  


「フラメル家の方々とは貴族同士ですから交流がありますのよ。それに、うちには他国から来た稀少な魔術書や魔導具がありましたから、うちにそれを借りに来たりもしていましたわ。リオン・フラメル様は、ドウェイン様のおつかいでうちの屋敷によくいらっしゃっていましたわね」

「貴族同士かぁ」


 美人、優秀、聡明、更に貴族様。

 いろいろとそろいすぎているクーリアに、バニラは少々落ち込んだ。

 三つの試練を乗り越えたとしても、リオンがバニラを選ばないのならば意味がない。

 小さくため息を吐いてから、はたと気づいてクーリアを見やった。


「そういえば、クーリアは先輩に告白しちゃったりはしないの?」

「こ、告白!?」

「クーリア様っ。慣れない恋バナに照れに照れているのは重々承知ですが、声が大きすぎます」


 声が響く通路にクーリアの通る声はわんわんと響いた。

 クーリアの大声に目をぱちぱちさせたバニラに、クーリアは「ご、ごめんあそばせ」と咳払いをしてから首を横に振った。


「私は告白なんて致しませんわ。負け戦は致しませんの」

「え~、クーリアは完璧女子なんだし、三つの試練だって乗り越えられそうなのに」

「その三つの試練のお話は聞きましたけれど、あのリオン・フラメル様がどうしてそんなまだるっこしいことをしていらっしゃるのかが、よくわかりませんわ」

「どういう意味? 三つの試練が大変すぎるってこと?」


 切なげに目を伏せてこちらを見るクーリアに、バニラは首をひねる。

 バニラの質問にクーリアはツンと顎をあげた。


「私、負け戦も致しませんけど、ライバルに塩は送らないことにしておりますの」

「う~ん。じゃあ、先輩が昔はどんなだったか教えてほしいな。やっぱりめっちゃくちゃかわいかった?」


 今があの美しさなのだ。

 リオンの幼少期なんて想像できる限りの美少年だったことだろう。

 目を輝かせるバニラに、クーリアは「そうですわね」と腕を組んだ。


「確かに美少年と言われる見た目ではありましたけれど、ミステリアスな印象の方が強かったですわ」

「へえ。物静かな美少年だったの? それはそれで、すっごく夢があるんだけど」

「物静かというのもありましたけれど、今のような覇気もなかったですわよ。いつも心の声がドウェイン先生でいっぱいだったのも不思議でしたわ。『兄さまみたいに』『兄さまのために』って」


 類稀れな呪術の才能で、心の声が読めていたクーリアの言うことは本当なのだろう。

 ドウェインからも小さい頃のリオンは「兄さまのようになる」とよく言っていたと聞いたことがある。

 今は溝があるようだが、昔は仲むつまじい兄弟だったのだろうか。


「フラメル様がいい男だということは認めましょう。ですが、見る目がないこともまた確かでしょう」


 思案を巡らせるバニラの後ろで、エドガーがトゲトゲとした声をあげる。

 振り返ると、むっとエドガーはその爽やかな顔に似合わないしわを眉間に寄せていた。


「クーリア様の愛にあの方はお気づきではないのでしょうか」

「エドガーって先輩のこと嫌いなの?」

「嫌いになるほど知った方ではありません。ですが、クーリア様の愛に気づかず、ラッカウス様に過酷な試練を課すその尊大さはどうかと」

「う~ん。先輩って誤解されやすいんだよなぁ」


 シャルルも三つの試練については、いつも苦言を呈していた。

 命の危機にもつながるような試練をどうして受けさせるのかと、いつも怒っていたあの小さな竜がここにいないことが急に寂しく感じられる。

 寂しさを振り払うように、バニラは不機嫌なエドガーににまにまとした笑みを向けた。


「そういえば、エドガーって好きな人いるの?」


 女子ばかりで恋バナをしていては悪いだろう。

 エドガーも楽しい話をしようと水を向けると、彼は「へっ!?」と素っ頓狂な声をあげてから俯いた。


「い、いたとしても教えないでしょう」

「できたのでしょう? 私にはわかりますことよ。態度から相手も推察できていますわ」

「わー! 誰々!?」

「クーリア様っ。やめてくださいよっ」


 興奮するバニラに視線を向けるクーリアにエドガーがあわてて止めに入る。

 エドガーのあわてぶりに、クーリアは「あら」と不思議そうに首をかしげた。


「バレてもいいということかと思っていましたわ。エドガーったら、そんな甘いにおいの香水なんか振るって迷宮に来ているんですもの」

「香水?」


 エドガーが首を傾げるのと同時に、バニラも首を傾げていた。 

 甘いにおいなんて、どこからもしない。

 すんすんとにおいをかいで確認していると、歩いていた足がいきなりガクンと地面に深く入った。


「わっ」

「どうしました!?」


 手にしていたランタンを落としてしまう。

 音を立てて落ちたランタンが照らした足下。

 バニラが踏んだ何かは真っ黒い穴だった。


 なに、これ。


「バニラ!」


 クーリアが叫んだのと、黒い穴が動いたのはほぼ同時。

 ぬらりと穴から伸びた真っ黒い影がバニラを包み、バニラの姿は忽然と姿を消してしまった。


 さっきまで和やかな会話を楽しんでいた空気が一変する。

 驚愕で目を見開いたエドガーとクーリアがなにも言えないでいると、通路の奥から振動が伝わってくる。


 呆然と見やった通路の奥。

 真っ暗な闇の中で爛々と輝く二つの鈍い金色の輝きが見えた。

 ぎょろりと動くその輝きを目玉だと認識した瞬間、ふたりの全身をぞくりとした恐怖が駆け上がった。


「エドガーっ……。逃げますわよ、ドラゴンですわ」

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