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19 秘密の在処


「うん。熱はないみたいだけど、エドガー君の顔があまりにも青春色だったから、男として何事かしてしまったのかと思ったよ」

「な、何事かってなんですか」


 視線を泳がすエドガーの額にぴたりと手を当てて熱をはかっていたドウェインは、いたずらっぽい笑みと共に肩をすくめる。

 ドウェインは少々軽薄なところがある。

 そういうところが反抗期の弟に嫌われるんだろう。

 バニラは呆れて「もう」とたしなめる声をあげた。


「ドウェイン先生、驚くじゃないですか。急に現れないでくださいよ」

「バニラ君が二分も遅刻したものだから気になってね。いつもは時間前に来るだろう? 心配してちょっと見に来たら、真っ赤なエドガー君と嬉しそうなバニラ君がキラキラとした雰囲気で歩いてるから。……ねえ?」

「キラキラなんてしていませんよ」


 なにやら気まずそうなエドガーにドウェインは愉快そうな笑みを浮かべている。

 ふたりの不思議なやりとりを見ていたバニラはぺこりと頭をさげた。


「遅刻したのはすみません。でも、今日はエドガーも来てくれたんですよ。なんと二倍の働きです! がんばるので許してください」


 ピースを決めてどや顔をするバニラに、エドガーもいつもの調子を取り戻した様子で「精一杯がんばります」と拳を握る。

 ドウェインは張り切るバニラたちを見て満足そうにしてから、ふたりの後ろ側に視線をやった。


「というわけで、リオン。ふたりは何でもない様子だから待ち伏せなんてまねはやめるんだよ」

「へ!? 先輩!?」


 ドウェインが声をかけるなり、背後の茂みががさがさと激しい音を立てる。

 バニラが振り返ると、少ししてむすっとした不機嫌丸出しのリオンが現れた。


「ほ、ほんとに先輩じゃないですか!? え、もしかして、帰らない私を心配して……!?」

「違う。断じて違う、阿呆が」

「何を言ってるんだい、リオン。学園内で迷いに迷った末に薬草園の前にたまたま出て、ず~っとバニラ君のことを待ってたじゃないか」

「先生がなぜそこまでフラメル様の動向を把握しているんですか?」

「薬草園の周りを一時間もふらついてる奴がいたから不審者かと思ってね。それがたまたまかわいい弟だっただけだよ」

「ああ……」


 リオンの方向音痴は学内では有名な話だ。

 エドガーが納得した様子で頷くのに被せるように「そんなことより!」とバニラは喜びに満ちあふれた声をあげた。


「先輩は私を探してたってことですか? それは、つまり、え? どういう……?」


 思わぬところでリオンに会えた嬉しさで困惑しているバニラに、リオンは小さく息を吐く。

 バニラの前まで歩み寄ると、リオンはエドガーに視線を向けた。


「うちのバディが世話になっている。迷惑をかけているな」

「とんでもないです。クーリア様ともお友達になっていただけて、私としては嬉しい限りです。フラメル様はラッカウス様にご用ですか? 今はうちでお預かりしているのですが」


 初対面のときから感じていたが、エドガーはあまりリオンを好いてはいないらしい。

 ばちりと散った火花にふたりの相性の悪さを感じていると、リオンはこちらをじとりと見やった。


「……この執事殿とも随分仲良くなったんだな」

「え? はい!」

「ラッカウス様とは大事な昔話もした仲です」

「ほう」


 興味なさげに頷いてから、リオンはようやくバニラを真正面から見る。

 なんの用だろうとバニラがうきうきしていると、リオンは毒気を抜かれたように脱力して前髪をかきあげた。


「来い」


 ぐっと手首を引かれて体勢が崩れる。

 転びそうになりながらもリオンの方へと一歩踏み出すと、リオンがそっとバニラの耳に唇を寄せた。


「シャルルがいなくなったから、一応報告をしに来た。おまえに置いて行かれたから傷心の旅に出るそうだ」


 シャルルの存在は秘密だ。

 だからコソコソ話しているのだろうが、距離が近くてどきどきする。

 こくんと頷いて、バニラもリオンの耳にささやいた。


「シャルって時々ふらっといなくなって、また帰ってくるんです。今回もすぐに戻ってくると思います」

「……そうか」


 もぞりとバニラがささやいた耳をくすぐったそうにして、リオンはバニラと離れる。


 今のはバディとして秘密の話をしただけ。

 そう言い聞かせても頬が赤くなることを抑えることはできなかった。


「それとおまえにひとつ聞いておきたいことがある」

「はい、なんでしょっ」


 体を離してもまだどぎまぎしているバニラに、リオンは逡巡してから訊ねてきた。


「おまえ、兄はいるか?」

「兄? ですか? いえ?」


 なぜ急に兄?


 突然の質問にバニラは首を傾げるしかない。

 リオンは「やっぱりか」と呟いて、視線を遠くに投げた。


「なら、いい。……では、兄さま。これで失礼します。薬草園の周りをうろつき、お手を煩わせてしまい、たいへん申し訳ありませんでした」

「ああ、構わないよ。おもしろいものも見られたから」


 ほほえむドウェインに対し、リオンの表情はドウェインの発言に少しだけ歪んだ。

 最後にドウェインに丁寧な一礼をして、リオンが背を向けて去っていく。

 バニラは小さくなっていく背中に寂しさを覚えて「せんぱいぃ」と鳴いたが、リオンは振り返りはしなかった。


 隣にいたエドガーは少々不機嫌そうだったが、ドウェインはすこぶる機嫌がいい様子だ。

 「さて」と手をたたいたドウェインの声はあがり調子だった。


「かわいい弟にも会えたし、朝のお仕事をはじめてもらおう」


 *


「禁断書庫、ねぇ」

「ええ。ドウェイン先生は知っていますでしょうか?」


 薬草園での仕事はかなり力仕事が多い。

 肥料を持ち上げたり、水を運ぶのだって大仕事だ。


 非力なバニラが三時間みっちりかけて終える仕事は、力持ちのエドガーがいたことで二時間ほどで終わった。

 「このくらい朝飯前です」と言う反面、とても誇らしげなエドガーに「ありがとう! すごい!」とひとしきり感謝してから、ふたりは当初の目的通りドウェインに禁断書庫の件を訊ねていた。


「そうだね。知ってるよ」

「本当ですか!?」

「さっすがドウェイン先生!」

「というか、学内の教師はみ~んな知ってるよ。でも、他の先生に聞いても知らないふりされたでしょ? つまりは、そういうこと」


 例のごとくガーデンチェアに腰掛けて、気だるげに本を読んでいたドウェインが人差し指をたてて口に当てる。


「危ないから教えられない」


 にっこりと魔性の笑みをドウェインが浮かべる。

 バニラが「そんなぁ」と気落ちした様子を見せた隣で、エドガーが一歩歩み出た。


「誰にも言いません。俺とラッカウス様、そしてクーリア様の間だけの秘密にするので教えてもらえませんか?」

「だめだめ。本当に危ないんだから。禁断書庫がある場所にはドラゴンが封印されてるって話もあるし、俺たち教師陣も知ってはいるけど、誰も入ったことはないんだよ」


 シャルルを見ていると、ドラゴンはかわいらしい存在に思えるが、実際には出会えば死を覚悟しろと言われる魔物だ。

 ドウェインは脅しのつもりでドラゴンの名を出したのかもしれないが、エドガーには関係がなかった様子だ。

 彼には一切あきらめる様子がなかった。


「……どうにも引き下がる気がないように見えるんだけど、ドラゴンの危険性はエドガー君も学んだね? 出会えば逃げろ、それが鉄則の魔物の王者だよ」

「ええ。ですから、出会えば逃げますよ。禁断書庫で必要な魔術書を手に入れてからの話ですが」


 がんとして譲らない様子のエドガーに、ドウェインはいつもの笑みを引っ込めてため息を吐く。

 読んでいた本を閉じ、頭を抱えて「う~ん」と唸ってから、ドウェインはようやく真剣な表情になってエドガーに向き直った。


「どうしてそんなに禁断書庫に行きたいんだい? あそこにあるのは古代魔術ばかりだ。考えられないほど魔力を使うものがほとんどだから実用は無理。机上の空論としかいえない国家兵器レベルの魔術を手に入れて、君はどうするつもりなのかな?」

「クーリア様のためです」


 エドガーが芯のある声で答える。

 青い瞳がまっすぐにドウェインを貫いている。

 意思の強いその横顔は、バニラの目にとても輝いて映った。


「クーリア様がこちらに魔力減退の薬草を買いにきているのはご存じでしょう」

「ああ、クーリア嬢はよく来るお客さんだ」

「クーリア様は異常なほどの魔力をもって生まれ、更に呪術の才能が誰よりもあります。それこそ、魔力を減退させなければ、日常生活に支障が出るレベルです。今は薬草で魔力を抑えることでなんとかなっていますが、魔力減退の薬草には副作用があります」

「あ、ホプリのつぼみは強すぎる眠気が……」


 クーリアの力は薬草で抑えているとエドガーは言っていた。

 どの薬草を使っているのかも知らなかったが、クーリアは昨夜眠る前にハーブティーを飲んでいた。


 魔力減退の薬草はいろいろあるが、あの鮮やかな青色がでるものはホプリのつぼみと呼ばれる薬草だけだ。

 数ある魔力減退効果を持つ薬草の中でもホプリのつぼみの効果は最も強い。

 つまり、副作用についても同様で、最も強いということになる。

 クーリアがあのお茶を飲んだ直後に眠りはじめ、朝日がさしても起きなかった理由がわかった。


「クーリア様がホプリのつぼみを飲み始めて、数年経ちます。眠り続ける時間は長引く一方です。このままでは生活に支障がでかねません。俺は魔力の一部を封印できる魔術を探して、情報が多く集まるこのバレンティアに入学しました。まさかバレンティアの禁断書庫に、その『蒼い結晶』があるとは思っていませんでしたが」

「世界中の魔術書を集めてるから不思議ではないけど、よく調べたね。君の努力には感心するよ」


 クーリアがこの学園に転入してきたのは、きっとエドガーがバレンティアの禁断書庫にその魔術書があると知ったからだろう。

 そう考えると、エドガーは三年間。いや、それ以上の長い間どこにあるかもわからない魔術書を探していたことになる。

 クーリアのための彼の努力は相当なものだっただろう。


 腕を組んで少し考えたドウェインは「ふむ」と唸ってから首を傾けた。


「『蒼い結晶』は確か、使われた相手の魔力を実体化するものだったね?」

「そうです。被使用者の魔力を実体化して取り出し、破壊さえすれば二度と魔力には戻りません」

「でも、攻撃手段とするなら、いちいち相手から取り出した魔力を回収しなきゃいけない上に破壊までする必要がある。国家兵器級の古代魔術の中では失敗作だね」

「クーリア様にとっては必要な魔術です。魔力封印にもいろいろありますが、『蒼い結晶』だけは実体化した魔力を破壊しない限り、自由なタイミングで再び吸収することが可能ですから」


 膨大すぎる魔力を実体化させて保存。

 必要なときに体内にまた吸収して使用することができるのであれば、クーリアにとってこれほど便利な古代魔術はないだろう。


 ドウェインは腕を組んだまま目を閉じる。

 しばらく何事か考えた様子だったが、ちらりとバニラを見てから頷いた。 


「ま、『蒼い結晶』くらいならいいか」

「え! いいんですか? ドラゴンがどうとかって脅したくせに」

「ほかの魔術書なら危険もあるけど、どうせ禁断書庫は見つからないだろうしね。それとバニラ君。あれは脅しじゃないよ、ドラゴンがいるって噂があるのは事実。気を付けるに越したことはないよ」


 「どうせ見つからない」という言葉はひっかかるが、場所を教えてもらえれば後は何が何でもたどり着くまでだ。

 脅しと決めてかかっていたバニラに「信用ないなぁ」と肩を落として、ドウェインは立ち上がる。

 そのまま彼はバニラの前に立つとバニラの頭にもふりと手を乗せた。


「でも、バニラ君を連れて行くことが条件だ」

「ん? 私ですか?」


 もふもふと月色の髪をなでられながらバニラは目を瞬かせる。

 自分でも残念な話だが、バニラの戦闘においての取り柄は『氷結する世界』を使えることしか存在しない。

 もちろんドウェインはバニラが古代魔術を使用できるなんて秘密は知る由もないはずだ。

 ドラゴンがいるという場所に行くのに、バニラがついて行くことが条件というのは不思議な気がした。


「失礼ながら、ラッカウス様は攻撃魔術が使えないとお聞きしています。ドラゴンがいるという場所に危険があると知りながら連れて行くのは、どうかと」

「危険だからこそ、連れて行きなさい。バニラ君は攻撃魔術はからっきしっだけど、回復魔術に関しては意外なことに割といけるんだから。エドガー君とクーリア嬢は回復魔術がからっきしだったでしょ。あれは適正選ぶから」

「それは、そうですけど……」

「回復魔術がどうこうとかは置いておいても、私は連れていってもらうよ、エドガー」


 悩んでいる様子のエドガーに、バニラはふんすと鼻を鳴らす。

 眉を寄せてこちらを見ているエドガーは知らないが、バニラは国家兵器級と言われる古代魔術の使い手なのだ。

 ドラゴンがいるという場所に行くのなら、何か役に立てるかもしれない。

 それに、バニラはリオンと結婚するためにならなんでもするのだ。


「私、クーリアに勉強を教えてもらわなきゃいけないの。そのために、禁断書庫探しを手伝うって言った。私は先輩と結婚するために、エドガーがダメって言ってもついて行くから。大丈夫だよ、私には『奥の手』があるんだから」


 戦う術はある。

 暗に伝えるバニラに、エドガーは逡巡してから頷いた。


「あなたは、そういう人でしたね。決めたら譲らない本当にわがまな人だ」


 ふっと笑ったエドガーの青い目が細められる。

 包み込むようなその目は、見たことがある気がした。

 記憶をたどる暇もなく、ドウェインがバニラの頭上で「よし」と声をあげる。

 バニラの頭のさわり心地が気に入ったのか、ひたすらもふもふとしながら、ドウェインは微笑んだ。


「『奥の手』が何かは非常に気になるところだけど、バニラ君は絶対に役に立つはずだよ。父君と旅をしてきたバニラ君なら道を覚えるのも割と得意なんじゃないかな?」

「得意な方だとは思いますけど、それが役に立つんです?」

「大いに。さっき、どうせ禁断書庫は見つからないって言ったね。意地悪で言ったんじゃないんだよ。見つかりっこないんだ。なんせ禁断書庫があるのは、図書館の地下にある大迷宮の一番奥なんだから」


 ドウェインの笑みがいたずらっぽい色を帯びた。


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