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16 教授の条件


「あなた、相当神経太いですわよね。しかも、自覚はないんじゃありませんこと?」

「……え? 同級生に勉強教えてって頼むのは神経太いの?」


 呆れているリオンとさみしそうにしているシャルルに別れを告げ、バニラはクーリアとエドガーの部屋に来ていた。


 どうやってふたりの寮室を見つけたかというと、それは簡単。

 教師であるドウェインに聞いたのだ。


 事情を話すとなにやらおもしろそうに笑ったドウェインは薬草の収穫を手伝うことを条件にふたりの部屋を教えてくれた。

 朝も薬草園で働き、昼も働くことになってしまったことは不本意だったが仕方がない。

 一時間ほどの労働の報酬として教えてもらったふたりの部屋を訪ねるとエドガーが快く迎え入れてくれた。


「こちらから伺おうと思っていたので、ちょうどよかったです」


 そう言いながら、室内に通してくれたエドガーは今キッチンでお茶を入れている。

 バニラの対面に座っているクーリアは、腕を組んでバニラを睨んでいた。


「いきなり押し掛けて勉強を教えてくれだなんて。……バディにも頼めませんの?」

「頼めるわけないよ~! 先輩だって、私と一緒で天才肌じゃなくてガリ勉肌なんだから。これ以上負担を増やすわけにはいきませんっ」

「はあ……。しかも、泊まり込みって言っていましたわね? 寮にはベッドはひとつしかありませんわ。あなたが寝るのはソファーになりますわよ」

「よかった~。帰れって言われるのかと思った」


 気の強そうなクーリアには何回かは断られる覚悟でいたが、そうでもなかった様子だ。

 バニラがほっとして言った言葉に、クーリアはハッとして赤くなる。

 何事か言い掛けたクーリアに「クーリア様」と母が子を叱るように声をかけたのは、お茶を持ってきたエドガーだった。


「照れたからと追い返してしまっては、絶対に後悔しますよ」

「照れてませんわよ!」

「申し訳ございません、ラッカウス様。クーリア様は友人がいなかったもので、突然お友達ができて、しかもいきなりのお泊まりイベントに浮かれきっていらっしゃるだけなんです」

「お友達って……!」


 クーリアがぱくぱくと口を開閉して、急にそのピンクの唇を噛む。

 言いにくそうにこちらを見るクーリアにバニラが首を傾げると、クーリアはぼそぼそと口を動かした。


「……あなたは、そうは思っていませんわよね」

「え?」

「私、あなたを公衆の面前で殺人犯扱いしてしまいましたのよ。そんな相手に勉強を泊まり込みで教えてほしいだなんて、あなたは相当神経が太いと思いますわ」


 視線をそらして気まずそうに言うクーリアにバニラは目を瞬かせる。


 ペーパーテスト前。クーリアは確かにバニラを殺人犯扱いして窮地に追い込んだ。

 だが、それはもう許したことではなかっただろうか。


 首を傾げるバニラの様子を窺っていたエドガーは眉をさげて笑んだ。


「クーリア様は、あなたに謝りに行くつもりだったんですよ。フラメル様と運命の再会を果たしてしまって、そちらに気が行ってしまいましたが、ずっとラッカウス様のことを気になさっていました」

「わざわざ謝りに?」

「……だって、私は謝っていませんもの」


 俯いたクーリアの言葉に記憶を巡らせる。

 確かにクーリアはエドガーのすさまじい謝罪に所在なさげにしてはいたが、自らは謝罪の言葉を口にはしていなかったかもしれない。


 見るからに素直でなさそうなクーリアが謝れなかったことは、すぐに理解できた。

 素直ではない人間をバディに持つ身としては、まったく気にもしていなかったのだが、クーリアは存外律儀な人間のようだ。


 エドガーがなにかをバニラに差し出してくる。

 透明な袋に丁寧にラッピングされているそれは、薬草が練り込まれたクッキーのようだった。


「わ、クッキーだ」

「クーリア様が謝罪の気持ちを込めて作られていたものです」


 バニラがクッキーを受け取ると、エドガーは促すように「クーリア様」と優しい声をかける。

 クーリアは意を決したように椅子から立ち上がると、深々と頭をさげた。


「……か、勘違いして、あなたのことを犯人扱いしてしまいましたわ。本当に、ごめんなさい」


 緊張しきった様子で謝罪の言葉を口にするクーリアの声は震えていた。

 元々許してはいたが、こんなかわいらしい謝罪を見て許さない鬼のような人間はいるのだろうか。


 もらったラッピングを開け、バニラは薬草入りのクッキーを口にする。

 ほろっと崩れる触感と後から香る薬草の香り。

 広がるバターと砂糖の甘いにおいにバニラは頬をゆるめたまま頷いた。


「許す!」

「……許していただけますの?」

「うん。あのときだって許してたし、気にしてないよ。クーリアは好奇心じゃなく正義感で犯人を探してただけでしょ?」

「風紀委員ですわ。当然のことですの」

「もっと悪意のこもったことして謝らない人だって世の中にはたくさんいる。なのに、クーリアは私の好きなものをクッキーにまでしてくれちゃったんだよ? 許さない理由なんてないよ」


 口の端についたクッキーをぺろりと舐めて、バニラはエドガーがいれてくれたお茶を飲む。

 クッキーに合う香りのいいお茶だ。

 

「お詫びのクッキーもいただいたんだし、これからは私もクーリアのことお友達って思ってもいい?」

「へっ?」

「クーリアは転入生だから知らないかもしれないけど。……私が勇者の娘って言うのは知ってる?」

「え、ええ」

「そっか。私、勇者の娘なのに攻撃魔術も使えない出来損ないの嫌われ者なんだ。それでもよかったら、お友達になってくれたら嬉しいんだけど……。どうかな?」


 今度はバニラが緊張する番だ。

 おずおずと訊ねるバニラに、クーリアは「え、と」と固まっている。


 バニラも友人と言える相手はシャルルくらいしかいない。

 リオンは将来の旦那様なので友人とはいえないだろう。

 学内でのはじめての友達づくりに、緊張する喉をおいしい紅茶で潤していると、数秒の間を置いて緊張の糸が切れたようにクーリアが椅子にすとんと腰掛けた。


「ええ、ええ。構いませんわ。お友達。私とあなたは今日からお友達ですわ」

「わ~! ありがとう! よろしくね、クーリア!」

「おめでとうございます、クーリア様! はじめてのお友達記念日で、今日はケーキを焼きましょう!! すばらしい日です!」


 感動した様子で大きな拍手をしてから、エドガーが忙しそうにキッチンへと飛んでいく。

 宣言通りケーキを作り出したエドガーを横目に、クーリアは解放されたような息をこぼした。


「それで、ええと、バニラ?」

「なぁに? クーリア」


 お友達になりたてのふたりの間にこそばゆい空気が流れる。

 上品に紅茶を飲み、クーリアは乾いた喉を潤してからバニラを見やった。


「あなたは好成績で私と一緒の満点一位でしたでしょう? 私から泊まり込みで教えるほどのことかあるかはわかりませんわよ。……あ、泊まり込みが嫌というわけではないのですけど」

「私、算術がいまいちなんだよね。今回は相当勉強して、だいぶギリギリの満点。算術に関してはやっぱりコツだと思うから勉強方法教えてほしいな。他の教科に関しても教えてもらえたら、知識の補強になるかもしれないし! 私、次回も絶対に満点がとりたいんだよね」

「そこまでして、満点がほしいだなんて何か理由があるんですの? バレンティアではペーパーテストはそこまで重視されていないと思っていたのですけれど」


 クーリアの言うとおり、バレンティアではペーパーテストの結果は赤点さえとらなければ卒業ができる。

 冒険者として必要なのは知識よりも実力だ。

 実技テストに重きが置かれる傾向があるのは理解できる。


 バニラの父である勇者ヘリオス・ラッカウスもここの卒業生だが、彼のペーパーテストの成績は散々たるものだったそうだ。 


 クーリアの疑問はもっともと言える。

 バニラはクーリアの疑問に頷いてから、「私はね」と答えた。


「先輩のことが大好きで、先輩と結婚するために三つの試練を受けてるの! その一環で総合試験一位をとるためにも、満点をとっておきたいんだよね」

「先輩? 先輩というのはリオン・フラメル様のことですの?」

「うん!」

 

 ぱくっとクッキーをもう一口。

 かじったところで、空気が凍ったことに気がつく。


 クリームをかき混ぜていたエドガーが固まったままこちらを見ている。

 クーリアが口に運びかけたティーカップを不自然な位置で止めている。


 なにか、言ってしまっただろうか。


 さすがのバニラも笑顔のまま固まっていると、凍った時を動かしたのはエドガーだった。


「クーリア様……。おめでとうございます」

「エドガー……余計なことは言わないでよくってよ」

「初の、初の三角関係おめでとうございます!」


 感涙といった様子でエドガーがクーリアに拍手を送っている。

 「だから余計なことを言わないでと言ったのにぃ!」と真っ赤になって、歯を食いしばるクーリアを見てバニラも「え? え?」と立ち上がった。


「ご友人ができてすぐに、そのご友人との三角関係がわかるなんて……! 悲劇ですが、すばらしいことです! クーリア様がこんなに複雑な人間関係を経験することになるだなんて、エドガーは嬉しいです!」

「黙りなさい、エドガー!」

「クーリア、先輩が好きなの!?」


 まったくもって気がつかなかった。

 クーリアがリオンに対して特別な態度をとっているのは過去の関係が影響しているのだとばかり思っていた。

 衝撃を受けるバニラに、クーリアは否定はせずに顔をそらす。


「っ、わ、私はお友達には協力してあげたいのですけれど、ライバルに協力するというのは嫌ですわ!」

「ライバルって……恋の!?」

「浮ついたことばかり口にしないでちょうだい!」

「わぁ……先輩やっぱりモテるな。でも、クーリアが相手でも私は負けないからね! だから、勉強にも協力してもらいたい!」

「やっぱりあなた神経が太いですことよ」


 唇をわずかにとがらせて思案している様子のクーリアに「お願い」ともう一度頼み込む。

 クーリアはバニラをじっと見つめて、小さく息を吐いた。


「……そんなに彼の魔力をダダ漏れにしておいて、ライバルである私に協力を請うだなんて図々しいにもほどがありますわ」


 バニラは首を傾げてから思い至る。

 リオンがバニラにかけた呪術だ。

 よほど腕のいい呪術師でなければ、発動しない限り呪術がかけられていることにも気がつかないが、クーリアはその腕のいい呪術師だ。

 クーリアは呪術をかけられた本人であるバニラよりも、リオンがかけた呪術の内容についてわかっているのだろう。


「ですが、あなたが友人であることもまた事実ですわ。あなたのお願いを聞いてあげなくもないですわよ。こちらの条件を飲んでくださるのであれば」

「条件?」

「クーリア様。ラッカウス様を巻き込んでは……」

「バニラ、あなたは攻撃魔術は使えないのですわよね? 戦う術はありますの?」


 エドガーのたしなめるような言葉を無視して、クーリアが被せるように言う。

 『氷結する世界』が使えることは、友達であろうと明かすには様子見が必要だろう。

 だが、冒険者育成学園であるバレンティアの学生であり、更にリオンと一緒にとはいえ総合討伐クエストで一万点以上を獲得した手前、「戦えない」という嘘は吐けない。

 バニラは逡巡してから、頷いた。


「『奥の手』ならあるよ。でも、なにかは言えない」

「構いませんわ。では、私が勉強を教える条件をお伝えしますわ」


 クーリアが真剣な目でこちらを射抜く。

 その目には強い意志が宿っていた。


「バレンティアのどこかに隠されているという禁断書庫。そこにある魔術書がどうしても必要ですの。探す手伝いを条件としますわ。どうします? やりますの?」


 禁断書庫の噂なんて聞いたことがない。

 はじめて聞く言葉。

 確認された戦える術。

 危険しか感じられない条件ではあったが、バニラの答えは当然決まっていた。


「もちろん。先輩と結婚するためなら、なんだってやるんだから」


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