15 悔恨の決意
「クーリア……? なぜ、ここに?」
リオンはクーリアとは旧知の仲らしい。
意外な関係性にぽかんとしたまま、バニラは立ち尽くす。
クーリアはペーパーテスト前にバニラに因縁をつけてきたときとは打って変わって、もじもじとした様子でリオンを見つめている。
元々美しいその顔は、頬を赤らめて上目遣いをしている今、殺人級にかわいらしい。
バレンティア学園はじまって以来のペーパーテスト満点。
バニラと共にその偉業を成し遂げたクーリアに注目していた周囲の学生が、その可憐さにため息をもらしたのがわかった。
同じ偉業を達成したというのにも関わらず、美人はずるい。
「リオン・フラメル様に覚えていただけていたなんて光栄ですわ。私、今年バレンティアに入学しましたのよ」
「今年? だが、おまえは四年生なのだろう?」
リオンが指さす先には四年生のペーパーテスト結果が貼り出されている。
その最上部にバニラと共に記されている名はクーリアのものだ。
「それは」
「それは、クーリア様が賢すぎたからです。座学期間はクーリア様には必要がなかったんです。飛び級というやつですね」
疑問符だらけのリオンにクーリアが得意げに答えようとした瞬間。
彼女の声を消すように目の前に突風が吹く。
クーリアの銀色のまっすぐな髪が風に煽られ、例のごとく現れたのは蒼髪の襟足をちょんと結んだ長身の男、エドガーだ。
気の優しそうな爽やかな顔に拗ねた子どものような表情を浮かべたエドガーは、クーリアを背で隠すようにしてリオンを見下ろす。
背の高いリオンより更に長身のエドガーは不機嫌そうにしているだけで威圧感があるが、リオンは意にも介していない様子だった。
「誰だ、おまえは?」
「エドガー・ウルフと申します。クーリア様のバディであり、執事であり、ボディーガードです」
「エドガー! なんなんですのっ。私がお話しているんですのよ! どきなさい!」
エドガーの体を後ろからぐいぐい押すクーリアは本気で怒っている様子だ。
しかし、クーリアの細腕で押されたところでエドガーはびくともしない。
「エドガーか。おまえは学園内で見かけたことがあるな。なにか魔術書を探していたんだったか?」
「そうです。よく覚えてますね」
「ああ。記憶力には自信のある方でな」
ぴくっとバニラの眉が動く。
バニラの表情の変化には誰一人気が付かない。
「それで? クーリア嬢がどうして、冒険者育成学園であるこのバレンティアにいるんだ? 冒険者になるのか、クーリア嬢は」
「クーリア様はすばらしい才能を持っています。その才能を活かすために学ぶことが入学の目的です。将来についてはそのときのクーリア様が決めます」
「……有り余る才能に、もう苦しんではいないのだな?」
「はい。今はまだ薬草頼りではありますが」
意味のわからない会話が繰り広げられている。
バニラはそのすべて聞きながらも、だんだんと俯いていた。
会話に夢中なリオンはバニラの変化に気づかない。
「エドガー! いい加減になさい!」
「ックーリア様!」
リオンと会話していたエドガーは、澄ました表情をしていて、まさに執事然としていた。
にも関わらず、がばっとクーリアを振り向いたエドガーの表情は、一変する。
まさに犬。
目を潤ませてすがるような表情をしたエドガーにしっぽがついていたなら、今頃ちぎれんばかりに振られていたことだろう。
神でも見たような表情をしながら、エドガーはクーリアの前にひざまずいた。
「すばらしいです、クーリア様!」
「何がですの?」
「フラメル様には、お見せしたお顔はたいへんかわいらしいものでした! 満点の恥じらい顔です」
「か、かわいらしいとはなんですの!? いつも通りの顔ですわよ!」
真っ赤になってリオンへの態度が特別であることを否定したクーリアを見て、エドガーは何かをこらえるように震える。
そして、突然「誠に!」と大きな声をあげた。
「……なんですの?」
「おめでとうございます。クーリア様……」
「は?」
「ずっと会いたがっていた方にクーリア様が再会できたことは、祝福すべきことです。俺個人としては……、正直思うところもあります。ですが、クーリア様の下僕として、あなたの幸福を心から祝したいのです。これは運命の再会と言えるでしょうから」
エドガーはおもむろに立ち上がると、すんと鼻を鳴らす。
そして何を思ったか、彼は涙ぐんでクーリアに向けて拍手を送りだした。
「誠に! 誠におめでとうございます!」
すさまじい謝罪の時と同じく、彼のおおげさすぎる本気でしかない発言は周囲の心を動かした。
ぱちぱち、とためらいがちに聞こえはじめた拍手が最終的に大喝采になる。
なにがめでたいのかよくわからないが、おめでとう。
そんな雰囲気に包まれた広場にクーリアは真っ赤になっていた顔を更に赤くして、「もう!」と踵を返した。
「リオン・フラメル様! また後日、ゆっくりとお話したいと思いますわ!」
「え? クーリア様? せっかくの再会です。もっと旧交をあたためて……」
「エドガー! あなたが邪魔をしたんですのよ!?」
戸惑っている様子のエドガーを引き連れて、クーリアが肩を怒らせて去っていく。
後に続いたエドガーは、なぜクーリアが怒っているのか分からない様子であわてて走っていった。
周囲と同じく、リオンはバニラの隣でぽかんとしたまま二人を見送っている。
この場でひとりだけ俯いて小さく震えていたのが、バニラだった。
クーリアが去った後、周囲にできていた人だかりは散っていく。
呆気にとられていたリオンは疲れた様子でため息をこぼして、ようやくバニラの方へと視線を向け、ぎょっとした。
バニラの纏う雰囲気はいつもの朗らかなものではない。
ぐっと手のひらを握りこんで下を向くバニラは声をかけてはいけないオーラを放っていた。
「どうした?」
俯いたバニラは答えられない。
喉の奥が、きゅっとせばまっている様子で声が出なかったのだ。
「泣いて……いるのか?」
おそるおそるリオンがバニラの顔を覗きこんでくる。
きれいなリオンの顔が心配に染まっているのを見て、愛しい気持ちで胸が苦しくなった。
泣いてはいない。
が、怒ってはいる。
バニラは弾かれたように顔をあげて、リオンの顔を真正面から指さした。
「先輩!」
「うお、なんだ。驚くだろうが。人を指さすな」
「先輩はっ、なんでクーリアのことは名前で呼ぶのに私の名前は呼ばないんですかっ」
リオンは答えない。
だが、困った様子で眉を寄せた。
「それに、クーリアとのことはちゃんと覚えてましたよね。しかも、記憶力に自信があるってどういうことです!? 私とのことは全部ぜんぶ忘れちゃってるじゃないですか!」
「それは……」
詰め寄るバニラに、リオンは視線を泳がせてばかりだ。
なにも答える気がないリオンを見て、腰に手を当てたバニラは深々とため息を吐く。
物憂げに目を伏せたバニラは、震える声で呟いた。
「先輩を責めても仕方ないんです……。わかってるんですよ。先輩が私の名前を呼ばない理由も、私との出会いを思い出してくれない理由も」
「はっ!?」
弾かれたようにこちらを見たリオンの目には動揺が浮かんでいる。
うろたえた様子で固まるリオンを見ながら、バニラは悔しさに滲んだ涙を拭った。
「私が、クーリアより先輩にふさわしくないということが原因ですね!」
「なにを言っているんだ、おまえは」
リオンが一気に脱力した。
がくりと肩を落としたリオンを一瞥することもなく、悔しさでいっぱいになったバニラは「ううう」と唸った。
「クーリアは成績優秀な上に凄腕の呪術師。三つの試練から考えられる先輩が求める強く賢い女性像にぴったりで、しかも美人……! 先輩が名前を呼び、記憶力に自信を持ってしまうほどに認めるのもうなずけます」
「本当になんの話だ?」
バニラの勢いに圧倒されながら首を傾げているリオンの声もよく聞こえない。
それほどまでに、必死に勉強したバニラと同じく満点一位を獲得し、リオンと共通の思い出を持っていて、更には美人であるクーリアへの悔しさが強かった。
「先輩!」
「忙しい奴だな」
拳を握って、地面をにらんでいたバニラは突然リオンに顔を向ける。
呆けた様子のリオンに、バニラはシャルルと一緒に薬草の入っている鞄を押しつけた。
「え? おい、バニラ!? なにしてんだよ!」
「先輩。少しの間、シャルルをお願いします」
「どこかに行く気なのか?」
「泊まり込み修行に行くつもりです」
「オレ様を置いてく気か!? 使い魔だぞ!?」
鞄のふたを少しだけ押し上げて、戸惑った目をしているシャルルの鼻先をくすぐりながらバニラは頷く。
「泊まり込み修行だから、ずっと誰か一緒にいることになるかもしれないでしょ。そしたら、シャルはずっと鞄の中にいなくちゃいけなくなっちゃうから、先輩とお留守番してて」
「どこに何の泊まり込み修行に行くのか、きちんと説明しろ」
「そんなの決まってますよ」
バニラは、ふふんと鼻を鳴らして口角をあげる。
そして、指さしたのはクーリアたちが去っていった方角だった。
「クーリアのところに、勉強合宿です!」
1章これにて完結です。お読みいただきありがとうございます。
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