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14 テストの結果


 眉間に押し当てられたリオンの指が冷たい。

 バニラは、そろりとリオンの顔を視線だけで見上げて、ふっと微笑んだ。


「先輩。なんだか、子どもみたいな顔してますよ」


 正確に言えば、リオンは迷子のような表情をしていた。

 大きな不安と迷いを感じさせるリオンの赤い瞳が、視線を泳がす。


「バディとはいえ、簡単に触れられるな。呪術をかけられたことをもう忘れたのか」

「先輩はそんなひどいことしませんよ」


 咎める口調のリオンに対して、バニラの声は慈しむようなものだった。

 リオンは小さく息を吐いて、バニラの眉間から指を離す。

 じっと、バニラを見下ろしてリオンはゆっくり口を開いた。


「今、俺は確かにおまえに呪術をかけた」

「もしや、先輩がよりかっこよく見える魔術ですか? 通りで憂いげな先輩が美しく見えると……」

「全く違うな」


 慣れた様子でクールにあしらうリオンにバニラは唇をとがらせる。


「じゃあ、なんです?」

「信頼した相手を欠片も疑おうとしない阿呆なおまえのために、いざというときに発動する呪いだ。俺のことも少しは疑え」

「お守りのおまじないですね!? 先輩ったら、優しいんですからっ」

「バディがあっけなく死んだら、フラメル家の名折れだろう」


 あきれた調子で肩をすくめて、リオンはバニラの前にかがむ。

 椅子に座ったままのバニラとリオンの視線の高さが合った。


 まつげに縁取られた輝く赤い目が、やっぱり綺麗だ。

 吸い込まれそうな瞳をじっと見つめていると、言葉を選んでいる様子だったリオンがようやく口を開いた。


「おまえは、もうきっと勘づいているのだろうが、俺はおまえが危惧している『殺意を強める働きかけ』について知っている」


 やっぱり。


 バニラは頷きながら思った。

 事件のときのリオンの様子は明らかに不自然だった。

 なにかに怯えているような表情だったリオンは、この事件の黒幕を知っているのだろう。


 だが、彼はきっと話せない。

 話せないからこそ、彼は苦しんでいる。


 バニラは、無意識にそっとリオンの頬をなでていた。

 なめらかな肌をなでて、バニラは「先輩」と優しく声をかける。


「先輩が話したくないことは、話さなくていいんです。私は、先輩がなにを言わなくても、先輩のことを信じていますし、先輩のことが変わらず大好きです。でも、先輩が危ない目に遭うのなら、私に教えてください。バディがあっけなく死んだら、名折れなのは勇者の娘も同じです。」


 おとなしく頬をなでられていたリオンは、くすぐったそうに目を伏せて、「それも、そうだな」と小さく笑う。

 少しだけリオンの憂いげな雰囲気が取り払われた気がした。


「この事件には黒幕がいる。それは確かだ。だというのに、おまえは全く持って無防備なことを、その……心配、している。なにかあれば、必ず俺を呼べ。『俺の名』をだ。いいな?」

「わかりました。先輩は甘やかし上手ですね」


 顔を赤くしたリオンが「誰がだっ」と言いながら、視線をそらす。

 触れている頬が熱くなることに胸が痛いほどの愛しさを感じていると、リオンはハッとした様子でバニラの手をつかんで自身の頬から引き剥がす。

 触れていた柔らかな手触りがなくなったことに、バニラが「あ~」と落胆の声を漏らすのにも構わず、リオンは勢いよく立ち上がって自席へと戻った。


「不用意に人に触れるな、この阿呆が。本当におまえは警戒心がなさすぎる」

「先輩だからですよ。私、先輩にだったら何されても許しちゃいます」

「許すな、阿呆が」


 再びビーフシチューを食べ出したリオンに続いて、バニラもビーフシチューを口に運ぶ。

 話して、少し安心したからだろうか。

 進まなかった食事が進み出した。


「先輩」

「なんだ」


 照れを隠すためなのか、いつもより不機嫌そうな声でリオンが答える。

 バニラは、そんなリオンの様子に小さく笑ってから伝えた。


「先輩が苦しんでること。聞かせてもらえるくらいに、私は強くなりますし、賢くなります。ですから、絶対にいつか先輩の苦しみをなくすお手伝いを、私にさせてくださいね」


 愛に満ちたバニラの声に、リオンは返事はくれなかった。

 視線をそらして「早く食べろ」と言う彼は、困ったような表情をしていた割に、その声は少しだけ安心したような響きだった。


 *


 ペーパーテストの結果は学園内の中央にある広場。

 様々なクエスト依頼書類が張り付けられている巨大掲示板の片隅に張り出されることになっている。


 もうリオンによって禁じられていた、『氷結する世界』は解禁されている。

 薬草園の手伝いをはじめとした支援クエストを『氷結する世界』を使用して効率的に終えたバニラは、巨大掲示板の前で鼻息を荒くしていた。


 ペーパーテストの結果を持った教師が、こちらに歩いてきているところなのだ。

 教師が近づくほどに荒くなる鼻息に、鞄の中からあきれたような声がした。


「バニラ、落ち付けって。かわいい顔が台無しだぜ」

「顔はさておき、鼻息がうるさいのは確かだ」

「しょうがないじゃないですか、私と先輩の愛の一歩が踏み出されるかどうかの瀬戸際なんですよ!」


 鬱陶しそうに顔をゆがめているリオンもバニラと同日にペーパーテストを受けている。

 涼しい顔をしているリオンの隣に走ってきたバニラは、今まさに貼り出されようとしている結果を前に緊張しきっていた。


 リオンがバニラに要求している試練のひとつである『試験での総合一位』は年四回のペーパーテストと実技テストの総合得点における順位だ。


 今回の春の試験は、合同討伐クエストでの活躍があり、バニラは実技テストにおいて他を圧倒している。

 春の試験に関しては、ペーパーテストがたとえ最下位であろうとも、総合成績暫定一位は確実だ。


 だが、今後も続く夏、秋、冬の試験で実技テストの点数を今回のように大量に獲得できるとは限らない。

 バニラとしては、今後の保険のためにもペーパーテストは一位をとっておきたいところなのだ。


「おっ、きたぜきたぜ」

 

 周囲の生徒にばれないよう、鞄の中から少しだけ顔を出したシャルルの声を聞きながら、バニラは唾を飲み込む。


 巨大掲示板に紙が貼り付けられていく。

 まずは最高学年である八年生の成績から。

 巻かれた紙は上部から貼り付けられていくため、八年生のペーパーテスト総合点数一位の名前が一番に現れる。


 「おお」と歓声があがり、リオンに視線が集中したのは、当然リオン・フラメルの名がトップに現れたからだ。


「さっすがです、先輩! 余裕で学年トップ!」

「むっつり先輩は、試験勉強もむっつりやってたってこったな」

「素直に俺の実力を認めておけばいいだろう、チビ竜」

「だからチビって言うなって!」


 なにやら不満げなシャルルの声も涼しげなリオンの声もバニラの耳には最早入っていない。

 八年生、七年生、六年生と次々に成績が張られる度に学生たちからは様々な声があがっている。

 バニラの心音は、その声すべてをかき消すほどにバニラの耳に響いていた。


「お、次四年生だぜ」


 シャルルが期待に満ちた声をあげる。


「大丈夫だっての。バニラは賢いんだ。ペーパーテストでは、ずっと一位独走だったじゃねぇか。今回だって一位間違いなしだぜ」


 教師が四年生の成績が書かれた紙を上部から貼り付けていく。

 一番に出てくる名前。

 満点の点数表示と共に現れたその名前に、バニラは口を覆った。


 そこに書かれていたのはいつも通りバニラの名だった。

 だが、一位がひとりではなかったのだ。

 

「っ、おいおい嘘だろ? 二人もいていい点数じゃねぇだろ」

「満点だと……? 見たことがないぞ」


 リオンとシャルルが驚くのも無理はない。

 バレンティアのペーパーテストは難題が多い。

 満点をとった者は、過去ひとりもいなかったと言われるほどだ。

 その歴史が今塗り替えられた。


 バニラとクーリア・アレイアードの頭脳によって。


「お久しぶりですわ」


 コツコツと靴の音が聞こえる。

 放心していたバニラが音の方に顔を向けると、恥じらったように頬を赤くしたクーリアが立っていた。


「リオン・フラメル様。覚えていらっしゃいますでしょうか?」

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