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13 事件の終焉


「君たちの命が、その犯人によって脅かされることは金輪際ない。だから、安心していいよ」


 広い教室の一番前。

 教師用の机に手を置いて、ドウェインは殺人犯の名を伝えるにふさわしくない穏やかな笑みを浮かべている。


 動揺が広がる教室の中、すっと手をあげて凛とした声をあげたのは、やはりクーリアだった。


「犯人をつかまえた、ということですの?」

「いや」


 ドウェインが緩く首を横に振る。


 犯人はつかまっていない。

 それなのに、犯人によって命が脅かされることはないという。

 それは、つまり犯人はどうなってしまったのか。


 ひとつの予想に行き当たって、バニラは思わず口を開いた。


「犯人は……死んだ?」

「大正解だ、バニラ君。やはり君は優秀だね」


 ドウェインが笑顔を深めて肯定するや試験会場の空気は一変した。

 「ひっ」と誰かが息をのむ音が聞こえた以外は全員が口を閉じた。 

 たった三日ほどで同級生が二名も死んだ。

 その事実は生徒を恐怖させるには充分だった。


「ああ、怖がらせたなら申し訳ないね。でも、人の死には慣れておいた方がいいと思うな。冒険者っていう職業は、そういうお仕事だからね。まあ、今回の事件はお仕事関係なしのありふれたものだったようだけれど」

「犯人は誰だったんですの?」


 なだめるように語るドウェインに、クーリアが震えた声をかける。

 ドウェインはいつもの穏やかな調子で答えた。


「犯人はロイア君のバディであるジェルト君。彼が首を吊って自殺したから、この殺人事件はおしまいだよ」


 衝撃が走る。


 あの日、血塗れで倒れていたロイアにすがっていた彼の姿を思い出す。

 まさに茫然自失といった様子であった彼が、ロイアを殺した犯人とは思えなかった。


 ドウェインの話は続いた。

 ジェルトはロイアと同学年の四年生。

 ふたりはとても仲がよかった。

 入学当初から同じクラスで偶然バディになったロイアに、ジェルトは恋をしていた。

 だが、ロイアにもまた想いを寄せる相手がいたのだ。


「バディだからロイア君はいつも傍にいる。でも、決して手には入らない。そんな彼女を見ていて、ジェルト君は思ってしまったそうだ」


 前方に伸ばした手をドウェインはぐっと握り込む。

 彼の表情からは、いつの間にか笑みが消えていた。


「手に入らないのなら、彼女が目の前から消えてしまえばいいのに、と」

「嘘だ! 彼はそんなことで人を殺す人間ではっ……」

「エドガー!」


 ガタンと激しい音を立てて立ち上がったのは、先程すさまじい勢いの謝罪をしていたエドガーだった。

 藍色の瞳に激情をにじませているエドガーに、少し離れた位置からクーリアがたしなめるような声をかける。


「気持ちはわかりますわ。でも、先生に感情をぶつけたところで、なんの解決にもなりませんことよ」

「君はエドガー君だね。ジェルト君は友人だったのかい?」

「……はい」

「ジェルト君は心根の優しい少年だったからね。驚いても仕方がない。でも、彼の遺書に書かれていたことは事実だよ。ジェルト君のナイフがロイア君の傷口とも合致した」


 何かがおかしい。 

 バニラは這いずるような違和感に眉を寄せる。


 ロイアがバニラを殺そうとしていた件といい、この事件といい、些細なことで抱く殺意にしては、その感情が大きすぎる気がする。

 そうは思っても、何のヒントもない状況でバニラはこれ以上の解を導くことはできなかった。 


「ペーパーテスト前に動揺させてしまったことについては、申し訳ないね。君たちには魔物をも殺す力がある。一時の感情に身を任せて、その力の使い方を誤る悲劇が起こることが、もう二度とないよう願っているよ。冒険者としては、仲間の死に動揺して成すべきことを成せないようでは困る。テストは、しっかりとがんばってね」


 伝えるだけ伝えたドウェインが教壇を降りる。

 代わって入ってきた教師はドウェインにぺこぺこと頭を下げてから、ペーパーテストについての説明をはじめた。

 試験会場の静まり方は異常なほどだった。


 *


 無事にペーパーテストを終えて帰宅したバニラを待っていたのは、一足先に帰っていたリオンが作った食事だ。

 いつもなら進む食事も、今日はなかなか進まない。

 ペーパーテストは集中して受けることができたが、聞いた話が話だった。

 体は精神的なダメージを如実に表している。


「なんだ。なぜ食わん。……味付けが、いつもとは違ったか? チビ竜も少しだけ食べてすぐに寝てしまったぞ」


 パンをかじっていたシャルルは、机の上で食事中に眠ってしまった。

 力作のビーフシチューが食べ進まないバニラに、リオンは不安げに眉を下げる。

 バニラは、ぶんぶんと勢いよく首を横に振った。


「何をおっしゃるんですか、先輩! 先輩の料理は天下一品、超一流ですよ! シャルは時々とっても眠いみたいで、今日はその日だっただけです」

「おまえもペーパーテストで疲れて眠いとでも言う気か?」

「私は……ちょっとびっくりしちゃったなってことがあって、おなかもびっくりしちゃったみたいなんです」

「なんだ? 何かあったのか?」

「先輩っ、私に興味を持ってくださるんですね」

「陰気な顔をした者が、俺が作った食事を拒絶する理由がくだらないものだった場合は正当に腹を立てようと思っているだけだ」


 ビーフシチューを口に運びながら、リオンは涼しい顔で言う。

 甘い期待を抱いていたバニラは、がくりと肩を落としてから窺うようにリオンを見た。


「あの、合同討伐クエストで起きた事件のことについてなんです」


 リオンが、ぴくりと眉を動かす。


 ロイアが殺された現場を見て、リオンは真っ青になっていた。

 リオンはあの時なぜあんな反応を見せたのか、バニラには教えてくれていない。

 この話題をリオンが嫌うのであれば、話したくはなかった。


「構わん。話してみろ」


 真剣な表情になったリオンが、スプーンを置く。

 バニラはペーパーテスト前にドウェインが話したことをすべてリオンに伝えた。

 リオンは黙ってそれを聞き終えると、「そうか」とつぶやいた。


「同級生が殺し、殺されたのだ。衝撃は大きかったことだろう」

「はい。それに、不思議なことがいくつかあって……。すごく怖いなって」

「どういった疑問だ」


 リオンは机を見つめている。

 バニラの目を見てくれないリオンに少しだけ寂しさを覚えながらも、バニラは言葉を紡いだ。


「まず、あんなにこれ見よがしに殺す必要があります? みんなが合同討伐クエストから帰ってくる時間、しかも集合場所のド真ん中ですよ」

「衝動的に殺してしまったのではないか?」

「う~ん、そうなのかもしれないです。でも、手に入らないくらいで殺しちゃうくらい好きだった相手なんですよ。そんな相手に、あそこまでできるのかなって。あのお腹の傷は一回や二回刺したくらいのものじゃありませんでした」

「確かに、腹に穴があいたような傷だったな」


 リオンがうなるように答える。


 バニラは何か魔術を撃たれて腹に穴が空いたのかと思っていたが、凶器はナイフだという。

 ナイフであそこまでの傷をつくろうと思ったら、相当何度も刺さなければできないだろう。


「殺意が異常ですよ。ロイアの呪術の件と同じ不思議があります。ロイアは私に『死んじゃえばいいのに』って思ってたんですって」

「そんな悲しい情報を淡々と話すな、おまえは」

「『死んじゃえばいいのに』ですよ。『絶対殺す』とか『復讐を果たしてやる』とかそういった過激な感じじゃないんですよ。ありふれた軽い殺意。それが、どうしてあんな激しい殺意のこもった呪術になっちゃったんだろうって」


 バニラは腕を組んで考える。

 リオンが机に向けていた顔をあげてこちらを見たが、バニラは思考に夢中でその表情までは窺わなかった。


「ジェルトなんか、殺意って言えるのかもわからないくらい軽い感情ですよ。『目の前から消えてしまえばいい』だなんて気持ちで、人が人を殺しますかね? しかも、そこまで思っちゃうくらい、大大大好きな相手をですよ」

「おまえは、すごく怖いと言っていたな。何が怖いんだ?」


 リオンがかすれた声で言う。

 バニラは「そうですね」と唸ってから答えた。


「何かしらが殺意を強める働きかけをしたのかもって、思っちゃうから怖いんです」


 バニラの発言を聞いたリオンは目を閉じる。

 それから深く息を吐いて、うめくように漏らした。


「おまえは……本当に、頭が回りすぎるな」

「え? 褒められちゃってます? あ、ありがとうございます?」


 褒めているにしてはテンションの低すぎるリオンに、バニラは首を傾げる。

 ゆっくりと立ち上がったリオンは、眉を寄せて思い詰めたような顔をしていた。


「先輩? どうしました?」


 食べ過ぎました?


 暢気にそう聞こうと口を開いたバニラの隣にリオンが机を回り込んでやってくる。

 普通ではない気配のリオンに小首を傾げる。

 そのとき、不意にバニラの眉間にリオンが指を押し当てた。


「動くな」

 


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