12 白銀の迷探偵
銀髪の少女クーリアは顎をツンとあげて座ったままのバニラを見下ろしている。
腕を組んでこちらを威圧するクーリアの過激な発言にペーパーテスト前のありきたりな会話をしていた周囲が、しんと静まった。
「私が……ロイアを殺した?」
困惑してバニラがクーリアを見やると、クーリアはまっすぐな銀の髪をさっと背中に払って「ええ」と頷いた。
「申し遅れましたわね、バニラ・ラッカウス。私はクーリア・アレイアードと申します」
アレイアード。
そう聞いて彼女からあふれる自信に納得した。
竜に守られた楽園、アレイアード領。
竜がいると言われる山があり、その竜を恐れて魔物がほとんど出ることのないそこは安寧の観光地として有名な豊かな土地だ。
当然膨大な財を成しているそのアレイアード領の名を持つ者は、その領主一族しかいない。
つまり、彼女は生まれつきお金持ちのお嬢様というわけである。
育ちの良さそうな顔を疑念にそめたクーリアは、ぽんぽんと腕を組んだままその腕章を見せつけてくる。
「風紀委員」と書かれたその腕章はピカピカだ。
「私、四年生になって風紀委員を任されましたの。ロイア・イディスが殺されたことによって、学園全体の空気が不穏ですわ。これは、風紀が乱れているといっても過言ではございません!」
「そうだね。確かに」
こくりと頷くと、クーリアは苛立った様子で細い眉を寄せる。
眉を寄せようとも綺麗なのだから美人は本当にお得だ。
「ですので、私が犯人を探すことにしましたの」
「それで、私が犯人だと思ったの?」
「そうですわ、バニラ・ラッカウス! あなた以外に犯人はおりませんことよ!」
びしっとまた勢いよく鼻先に指を突きつけられて、バニラも不機嫌に「なんで?」と立ち上がった。
「私があの場所に行ったときには、もうロイアは殺されてたの。先輩に聞いてみてよ。ずっと一緒だったんだもん」
「先輩っていうのは、あなたのバディのリオン・フラメル様のことですの?」
「そう!」
「き、聞けるわけありませんわ! あの方に気軽に話しかけるなんて! 無理ですわ!」
顔を真っ赤にしていきなり早口でまくし立てたクーリアに、バニラはぽかんとしてしまう。
クーリアとバニラの論戦を見ている周囲も呆気にとられたのを察した様子で、クーリアはこほんとひとつ咳払いをして体勢を立て直した。
「あなたがどんな魔術を使ったのかはわかりませんけれど、あなたが一番怪しいのは確かなことですわ」
はっきりと言い切るクーリアをじとりと睨んでバニラは腕を組む。
クーリアは口端をあげると、首をゆっくりと傾けた。
「バニラ・ラッカウス。あなた、ロイア・イディスから呪術を受けましたわね」
周囲で見守っていた学生たちがどよめく。
確かにバニラは口寄せと自縛の呪術をロイアから受けた。
だが、どうしてそれが彼女にはわかったのか。
最強と謳われるリオンですら、その呪術が発動するまでわからなかったのだ。
それをどうして彼女が知っている。
固まったバニラに追い打ちをかけるように、クーリアは続けた。
「アレイアード家は代々呪術を得意とする家系ですの。かけることはもちろん、解呪することもできますわ。解呪するには、呪術の痕跡を見つけだす必要がありますの。優秀な私は呪術が発動する前はもちろん、発動後でもしばらくはその痕跡を辿れますわ」
呪術は解呪するだけでも、特別な技術がいる。
アレイアード家の一族が呪術に精通しているということは聞いたことがあったが、まさか発動後も痕跡がわかるとは思っていなかった。
「それで私にかけられた呪術がロイアのものだってわかったのか」
分が悪い。
もちろんバニラはロイアを殺してなどいないが、呪術をかけられたとなると二人の間に何かあったと勘ぐられても仕方がない。
バニラが強がりで、なんでもない風を装っていることもクーリアにはわかっているのかもしれない。
くすっと笑って、クーリアは「ええ」と頷いた。
「痕跡を元に考えれば、あなたがかけられた呪術は口寄せと自縛。ハンデを背負って、よくあそこまでのクエストポイントを稼ぐことができたものだと感心はしますわ。ロイアは確実に、驚くほどの殺意があなたへありましたわね。これだけの殺意を向けられて、あなた側には一切殺意がなかったとは言い切れないのではなくて?」
「言いきれる。私は殺してない」
周囲の視線がバニラを突き刺す。
思わず声が震えてしまった。
「数日前に図書館でもめ事があったそうですわ。ロイアの友人たちが教えてくれましたの。リオン様のことで、ロイアと友人ふたりがあなたに突っかかったと。ロイアは、あなたを突き飛ばしたそうですわね。怪我はなくって?」
「怪我なんてしなかったし、あんなの大したことじゃなかったよ」
「ロイアは揉めたあとに言っていたそうですわ。『あんな子、死んじゃえばいいのに』と」
犯人にされてしまう。
このままでは、やってもいないのに。
「あなたはロイアに命を狙われていると知っていたのではなくて? 誰だって殺されるのは嫌ですもの。あなたは、殺される前に」
心臓が早鐘を打つ。
冷や汗で額が冷たい。
「ロイアを殺したのでしょう?」
バニラとクーリアの周りにいつのまにかできた人の輪が、バニラを視線で射殺そうとしている。
「違う」と口に出そうとしたバニラは、しかし声を発することはできなかった。
大きな手のひらに後ろから口を押さえられたからだ。
「いけませんよ。これ以上あなたが口を開いても、この状況では不利にしかなりえません」
バニラの口をふさいだ手の持ち主は知らない男だった。
長身のその男は灰銀色の髪をツンツンと立てている。
やんちゃそうな見た目に反して物腰柔らかなその青年は、まさに紳士を体言したような居住まいだ。
学生服を着ているということは、バレンティアの生徒なのだろうが、知り合いもいないバニラは彼を見たことがあるのかすらわからなかった。
「これは失礼」とバニラに触れていた手をそっとよけた紳士は、静まりかえった場をコツコツと足音を鳴らして歩む。
そして、あろうことかバニラとクーリアの間に立ち止まった。
「誰ですの、あなた」
「オレの名前などよりも、アレイアード家のご息女にして風紀委員でもあられるあなたが、確かでもない犯人を祭り上げるというのはいかがなものでしょう? それこそ風紀が乱れるというものです。彼女が犯人でなかった場合は、あなたの立場が危ぶまれますよ。アレイアードのお嬢様」
突然の男の登場に不機嫌を露わにするクーリアに灰銀色の紳士は微笑みかける。
しかし、その猫のような青い目には鋭い光が宿っていた。
「私は祭り上げてなんていませんわ。事実を述べているんですの」
「バニラは確かにロイアから呪術を受け、殺意も向けられていたのでしょう。ですが、バニラからロイアへ殺意があったというのは、あなたの憶測でしかないのではありませんか?」
「それはっ……」
確かにクーリアの言っていることは憶測でしかない。
だが、それをバニラの口から反論したところで言い逃れをしているようにしか見えなかったことだろう。
紳士の登場のおかげで救われたとしか言いようがなかった。
バニラを射殺さんばかりだった周囲の空気もざわめきだしている。
苛立ったクーリアが怒った様子でなにか言おうと口を開いたが、その言葉を止めたのは今度は灰銀色の紳士ではなかった。
「ックーリア様! もう! いけません、本当に!」
クーリアの前に飛び出してきたのはロイアの事件の日にもクーリアを追いかけていた蒼い髪の青年だ。
突然登場した彼の速度は尋常ではなかった。
風の魔術を使って全力疾走でクーリアの口を止めにきたのだろう。
その判断は正しい。
今ここでクーリアが口を開いても、この場においては何の説得力も持たない。
「何ですの、エドガー! どきなさい!」
苛立った様子のクーリアが大きな声をあげたのに被せるようなタイミングで、蒼髪の青年エドガーは勢いよく頭を下げた。
その角度は九十度。見事な角度だ。
「誠に申し訳ございません! うちのお嬢様は誠に正義感にあふれたお方なのですが、誠に誠に早とちりで思いこみが激しいお方なのです。今までの発言に悪意はひとかけらもございません! もしも、悪意があったのであれば、この俺の首を差し出しても構いません!」
べらべらとよく喋るエドガーの登場に周囲は圧倒され、弁護されているクーリアだけが不服そうにしている。
がばっと顔をあげたエドガーは、その海のように穏やかでどこか強さを感じる青い瞳でバニラをとらえると、もう一度頭をさげた。もちろん九十度。
「ラッカウス様、クーリア様の無礼をどうかお許しください。誠に悪い方ではないのです! 風紀委員になったことが誠に嬉しすぎて大暴走されているだけなのです。不快な思いをされた分、どんな形でも私がラッカウス様にお詫びいたします。誠に申し訳ございませんでした」
「そ、そんなすごい勢いで謝られても……」
エドガーのあまりの勢いにおろおろとしてしまったバニラに対して、クーリアはといえばあまりにも不満げだ。
しかし、彼女の足はちょこちょこと移動しており、どこか所在なさげにしている。
なにか思うところがあるのだろう。
「ほう、クーリア様も反省されているようですね。バニラが許せるのであれば『許す』と一言言わなければ、この方も頭をあげられないのではありませんか?」
すさまじい謝罪を黙って見つめていた紳士が、そっとバニラを覗きこむ。
ハッとしたバニラは「それもそうだよね」と頷いて、力強く声に出した。
「許す!」
「おお」と周囲から歓声が漏れる。
あれほど緊迫した空間から、ここまで脱せたのはすべてこのエドガーの謝罪のおかげだろう。
「ありがとうございます」と半泣きのエドガーが、クーリアに苦労させられてきたのは語られなくとも明らかだ。
もうすぐペーパーテストが本当にはじまる。
誰かが「やべぇ! 時間だ」と言うと、ぞろぞろと周囲の輪に入っていた生徒たちも自席へと戻っていく。
クーリアがこちらをぎろっと涙目で睨んでいたが、エドガーが引きずるようにして去っていった。
お礼を言おうと振り返ったときには、そこにはもうなぜか紳士はおらず、幻を見たような気持ちでバニラも席につく。
ひどい目には合ったが、これだけの大立ち回りをすればバニラを犯人扱いして絡んでくる者は今後出ては来ないだろう。
ひとまず丸く収まったことにバニラが胸をなで下ろしていると、試験会場のドアが開いた。
試験官の教師がやってくる。
誰もがそう思っていたのに、そのドアをくぐって現れたのは予想とは違った。
「やあ。驚かせて申し訳ない。初陣で悲しい経験をした四年生の君たちが安心してペーパーテストを受けられるよう、ほやほやの情報をもってきたよ」
微笑みをたたえて現れたのはドウェイン。
ペーパーテスト前の緊張に包まれた会場が、違った意味での緊張に包まれた。
あの事件の場にいた教師が持ってくる情報だなんて、ひとつに決まっている。
「ロイア・イディス君を殺害した犯人が、わかった」




