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10 血濡れの広場


 手を握りしめたまま、あぐらをかいた膝にリオンがバニラを抱えてくれている。

 その美しい顔の近さを認識した瞬間、バニラは「ひえっ」と小さく悲鳴じみた声をあげていた。


「起きたか。遅いぞ、阿呆が」


 起きたてのバニラに疲れた声で文句を言うリオンは、言葉に反して心底ほっとした様子だ。

 真っ赤になっているバニラを見てもリオンはその手を離さない。

 「あ、あのう」とバニラが握られている手を見やると、リオンは「仕方がないだろう」と少しむっとした様子で言った。


「魔力切れな上に毒に犯されていたのだ。解毒薬は飲ませたが、魔力回復薬とはあまり飲み合わせが良くない。体も冷えていたからな。……密着していることは許せ。合理的判断だ」

「毒? ウルフって毒なかったですよね? 私怪我なんてしなかったはずだし……」

「口寄せに加えて自縛の呪いもかけられていた。おまえの暢気っぷりのせいで散々だ」


 あの女生徒は、想像以上に本気でバニラを殺したかったらしい。

 クエスト中の事故に見せかけて殺せば、罪をとがめられることもないと思ったのだろうか。

 命を狙われたことは今までだってあったのに、今回は本当に油断していた。


 少しずつ魔力を流し込んでくれているリオンの手をバニラは握り返す。

 自分の無力さがリオンに迷惑をかけていることが申し訳なかった。


「ごめんなさい。私が間抜けなばっかりに、先輩にご迷惑をおかけして……」


 眉をさげて、バニラは俯く。

 リオンをどんな顔をして見ればいいのかわからなかった。

 リオンは少しの間をおいて「なにを言っている?」と本当に不思議そうな声を出した。


「バディなのだ。迷惑をかけるのはお互い様のことだ。俺はあの大物をしとめている間、おまえに背中を預けた。充分な活躍をしたのに謝る必要はないだろう。だが、呪術をくらえば苦しいのはおまえだ。今後は油断はしないことだな」


 「もう寒くはないか?」とバニラの肩をさするリオンに、涙が出そうになった。

 死にかけたことへの恐怖。救われたことへの安堵。そして、リオンの深い優しさに涙腺が少しだけゆるんだ。


「っもうちょっとだけ、寒いので傍にいてください」


 小さく鼻を鳴らしてバニラはリオンに体を寄せる。

 一瞬固まったリオンの手が、そうっとバニラを抱きしめようと回された瞬間。


「だぁいじょうぶだぜ、バニラ! さみぃならたき火がある! ほれ、こっち来い!」


 焦った様子の声がふたりの間の空気を裂いた。


「シャル! よかった。シャルも無事だったのね」

「そりゃいるだろぉよ。ずっといたっての。我慢して、おまえらのイチャコラ劇も見ててやったっての!」


 たき火の前で小さな腕を器用に組んで不満げにしているシャルルに、リオンは顔を赤くする。

 そのままリオンは、抱いていたバニラをぽんと即座に地面におろすと、自身の羽織っていた上着をバニラの華奢な肩にかけて、ずずいっとたき火の方へと体を押しやった。


「そうだったな。たき火があったのだった」

「え~! もうだっこはおしまいなんですか~?」

「体をあたためるために抱えていただけだからな! まだ、体力も回復しきっていないはずだ。もう少し寝ていろ。そこのちび竜が討伐証明もかき集めてくれたからクエストについても安心していい」

「ちび竜言うな! でも、このオレ様がいたいけな体で拾い集めてきてやったのは事実だぜ。今回の実技テストは初の一位間違いなしだぜ、バニラ!」

「シャルルひとりで、こんなに!? 大変だったでしょ! ありがとう」


 ぽんぽんとシャルルが自慢げにたたく袋は確かに大きく膨れ上がっている。

 シャルルに感謝のなでなでをしてから、バニラは空を見上げた。

 空は夜。随分と眠ってしまっていた様子だ。


「魔力はもう大丈夫か?」

「はい。ご心配おかけしました。見張りも代われますよ」

「さっきまで死にかけていた奴に見張りをやらすほど俺が冷酷無慈悲な人間であると?」

「何を言います。先輩はびっくりしちゃうくらい優しい人です!」

「阿呆なことを言っていないで寝ろ」


 呆れたような口調の割には、その言葉尻にはやっぱり優しさしか感じられない。

 お言葉に甘えて、バニラは横になることに決めた。


「先輩」

「うん?」

「大好きです」

「……知っている」


 自身の膝に頬杖をついたリオンの顔がたき火に照らされている。

 安心した様子ですり寄ってきたシャルルをぎゅっと抱きしめてから目を閉じた。

 生きていてよかったと、これほど強く感じた夜はなかった。


 *


 かくして、バニラの初討伐クエストは無事に終わりを迎えた。

 翌日ゆっくりと行動を始めたバニラたちは、遭遇したウルフを簡単に倒しながら集合場所への帰路を歩み始めた。


「おまえは絶対に戦うな。魔力切れを起こされても面倒すぎるばかりだ」


 ぴしゃりと強めにリオンがバニラに釘を刺したのは、その身を案じてのことだろう。

 口寄せも自縛も効果がなくなった今。

 寄ってくるウルフの数も減り、集合場所までもう少しのところまで難なく歩けていた。


「帰ったらなに食べましょっかね~? お肉? お魚? 草?」

「それよりおまえは勉強をしろ。ペーパーテストまでは『氷結する世界』を禁止にするからな」

「え!? 聞いてないです!」

「今言ったからな。魔力切れを起こした後は消耗も激しいのだから、おとなしくしていろ」

「草さえあれば、私はいくらでも……!」


 草を握りしめて大丈夫アピールをするバニラがリオンを見上げる。

 先ほどまでいつもの呆れ顔を浮かべていた横顔が突然色を失った。


「先輩?」


 集合場所にドウェインがいたにしても、ここまでリオンが真っ青になることはないだろう。

 不思議に思い、その視線の先をゆっくりとたどったバニラはリオンと同じように一瞬にして顔色を青くする。


 集合場所である広場の中心に血だまり。

 そこには、バニラに呪術をかけた女生徒の体が無残に転がっていた。


 合同討伐クエスト終了時間まではもう少しある。

 続々と集まる学生たちが女生徒の無惨な遺体を見ては固まった。


「ロイア……ロイア、どうして」


 血にまみれた彼女ロイアにすがっているのは、彼女のバディである様子の少年だ。

 彼は悲しみに暮れているというよりも困惑している様子を見せている。

 必死になってロイアの腹部にある傷口を押さえているが、もう彼女が事切れていることは誰の目から見ても明らかだった。

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