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01 結婚までの三つの試練

評価やブクマ、感想等いただけますと幸いです。


 運命の日とはいつか。

 問われたら、バニラはこう答える。

 今日だ、と。


「き、緊張する」

「じゃあ、告白なんてやめちまやいいんじゃねぇの?」

「だめ、絶対今日するの! 運命の再会なんだから!」


 誰もいない寮の廊下で、勇者に育てられた娘バニラ・ラッカウスは傍から見れば大きな独り言を話していた。


 ここは冒険者育成学園バレンティア。

 幼いころに森で出会った彼を好きになり、後を追って入学したこの学園で過ごすこと早三年。

 四年生になったバニラは、今まさにその彼リオン・フラメルと運命の再会を果たそうとしていた。


「私と結婚してください」


 バニラが鬱蒼とした森の中というなんとも雰囲気のない場所で泥まみれのままにプロポーズをしたのは、当時十二歳のことだった。

 四つ上の彼にとってみればお子様だったバニラの求婚は、ただのかわいらしい子どもの戯言だったのかもしれない。

 それでも、彼は嬉しそうにバニラの手を握ってくれた。

 

「おまえがもう少し大きくなったとき、まだ俺なんかのことを好きでいてくれたら、いいだろう」

「本当に!? 約束ですよ」

「ああ、約束だ」


 頷いた彼は、養父である勇者とはぐれた森で魔物に襲われていたバニラを救ってくれた。

 見眼麗しく、愛情深い瞳でこちらを見てくれた彼をバニラは忘れられず、彼を追ってすぐにバレンティアに入学したのだ。


 入学から三年。

 会おうと思えば、もっと早く会うこともできた。

 だが、血のつながりがないとはいえロマンチストな勇者の父に影響されたバニラは、運命的に出会ったのだからきっと運命的に再会できると信じてやまなかったのだ。

そして、今日がその運命の日。


「いくよ」

「……だぁいじょうぶだ、バニラ。今日も最高にかわいいよ」


 甘い言葉を言うかわいらしい声はバニラのさげた鞄の中から聞こえている。

 バニラはその声に勇気をもらって、最後の身だしなみを整える。


 昨夜の雨で少し膨らんでしまったふわふわの月色の髪をもふもふとなでつけて背筋をただす。

 一呼吸おいてから、そおっと、目の前のドアをノックした。


「来たか」


 変わらない静かな声。

 四年前より少し大人びた顔は学園内で遠目に何度か見たが、近くで見ると恐ろしいほどに美しい。

 そんな彼がドアの後ろから登場し、バニラは思わず目を細めた。


 先輩、まぶしい。まぶしすぎる。


 漆黒の髪は夜空に溶けてしまいそうに美しく、白い肌に映える深い赤色の瞳は空にきらめく星のよう。

 高名な魔術師一族の次男にして、学園内最強の名をほしいままにするその男はリオン・フラメル。

 誰かは彼の美しさと力を称えてこう呼んだ。星空の魔術師。 


「先輩、お久しぶりです」


 ぺこりと頭を下げると、自分の足が見える。

 その足が立っている場所が、リオンの前だと思うと、またほどけてしまいそうな気持ちを引き締めた。

 ごくんと、唾を飲み込んで、指先までぴんと伸ばした手を前に出す。

 自分の靴をじっと見つめながら、バニラは震える声で想いを言葉にした。 


「私はもちろん、ずっと先輩のことが大好きでした! どうか、私と結婚してください!」

「断る。というか、何が久し振りだ。出会って早々ふざけたことを抜かすなよ」


 ぺしん、と伸ばした手をすげなく払われて、バニラは驚いて顔をあげる。


 呆れたような冷たい光を宿した目で、こちらを見下ろすリオンをバニラは愕然とした表情で見上げた。


「先輩……まさか、私を覚えていらっしゃらない?」


 ぶるぶると伸ばしっぱなしの手が震える。

 彼は小さく鼻で笑ってから、「うん?」とからかうように小首を傾げた。


「なんだ。『あれ? 以前お会いしましたよね?』などと声をかけてくる逆ナン的戦法か。そんな易い手にはもう飽きている。おまえと俺は初対面だ」


 ずしっと、浮ついていた心に重石を乗せられたような心地がした。

 衝撃を受けたバニラはその緑の目を見開き、一瞬ぽかんと口を開けたが、慌ててそのみっともない表情を取り繕う笑顔を見せた。


「あ、あは。忘れられちゃってたとは、ショック。でも、大丈夫です。先輩は、きっと思い出してくれるって信じてますから!」

「信じられてもな……」

「それより、お返事が『断る』っていうのはおかしいです!」

「なに? 自分は振られるはずがないとでも?」


 片眉を跳ね上げるリオンに、バニラは「それはそうなんですけど、違います」と首を横に振ってから三本立てた指をずずいっとリオンに見せつけた。


「三つの試練のお話! どうして、私にはしてくれないんですかっ!?」


 リオン・フラメルが告白の返事として言い渡す三つの試練の話は有名なものだ。

 有名な魔術師一族の次男にして容姿端麗であり、学園内最強と噂される男が、このリオンだ。モテないはずがない。


 毎日繰り返される告白に、リオンが言い渡すようになったのが三つの試練。

 その試練は、一つ目を聞いた段階でどんなにしつこい女でも、しっぽを巻いて逃げるようなものだった。


 だから、今までリオンの三つの試練を突破できた女子はおらず、三つの試練は一つしか内容が明かされていない。


「一つ、全力で戦って先輩に勝つこと!」


 人差し指を立てて得意げな表情をするバニラに、リオンはつまらなそうに頷いた。


「ああ、そうだ。この俺に勝つことだ。それを聞いたら、ふつうは理解して諦めるだろ。体よく振られているのだと」


 学園内最強と言われるリオンは魔術の才能はフラメル家の一族だということを考慮しても突出しており、その実力は魔王を倒した勇者と同等と言われている。

 命が惜しければ、そんな彼に勝負なんて挑まないだろう。


 賢明な女子であれば。


「え? なんでですか。先輩に勝てばいいんですから、振られてないですよ。むしろチャンスをいただけているじゃないですか」

「おまえ……。俺をナメてるのか?」

「そんなわけないじゃないですか! 大好きな先輩の実力くらい、しっかり把握済みです。今の私で勝てないことは承知の上。ですから、他の二つから先に攻略しようという作戦です! 絶対に三つの試練を乗り越えてみせるので、そんな私が振られることはありえないのです」


 ピースを決めて更に得意げになるバニラに、リオンは呆気にとられてから、ふっと笑む。

 大きな赤い瞳が細められるのをうっとりと眺めていると、その唇から毒を吐かれた。


「いやはや驚かされる。本物の阿呆が来たものだ。学年最下位とバディを組まされると聞いて、どんな奴が来るかと思ったら、これほどまでの阿呆とはな」

「なっ、わ、私は伸びしろしかないんです……!」


 がんばった。ガリ勉と言われるほどに勉強はがんばった。が、ある事情で試験の結果としては現れなかった。


 名の通りバレンティアでは冒険者を育成している。

 様々なクエストを受ける冒険者は、危険な魔物退治に赴かなければいけない機会も多い。


 実際に魔物と戦うクエストを受ける実践授業がはじまるのは十分に座学を積んだ四年生から。

 更に授業内での事故を減らすために、討伐クエストに赴く二人組であるバディの実力は双方のバランスをとることになっている。


 学年トップの成績を誇る上に、リオンは今年で最高学年である八年生になる。

 そんな優秀すぎる彼とバディを組む四年生になったばかりのバニラの実力は、お察しというわけだ。


「総合成績最下位が、この俺の用意した試練を突破できるとでも?」

「もちろん! 先輩と結婚して幸せな生涯を過ごすためならば、どんなことでもいたします!」


 リオンのことばかり考えてきた四年間だ。

 遠くに見えるリオンの姿をずっと追いかけてきたような日々だった。

 結果は周囲に認められる形では現れなかったが、本当に努力をした。


 すべては、リオンと結婚するために。


 柔らかい月色の髪をふわふわ揺らすバニラの瞳は、その見た目に反して凛としたものだ。

 絶対に譲らないという輝きを放つバニラの目を見たリオンが、一瞬唇を噛んだように見えたのは気のせいだろうか。

 すぐに呆れたように目を眇めてから、リオンは「いいだろう」とバニラに向き直った。


「望み通り三つの試練を言い渡そう。期限は一年間だ。俺が卒業するまでにクリアできれば、交際を考えてやる。これから同居生活を送ろうという相手に初対面で告白できるような阿呆に、到底クリアできるとは思えんがな。覚悟はできているか?」


 挑戦的な笑みを浮かべるリオンに、バニラは鼻息荒く腕を組む。


「当然でっす! 私はこの試練をクリアするために生きてきたようなものなのですから!」


 肩を竦めたリオンが三つの試練を口にする。

 「無理だろう」と言わんばかりのリオンの表情に対して、バニラの表情は希望に満ちていた。


 試練の内容は三つ。

 一つ 試験で総合一位をとること

 二つ 一年間で十万クエストポイントを獲得すること

 三つ 全力で戦って、リオンに勝つこと


 試験は今まで最下位独走。

 クエストポイントの一年間の平均獲得クエストポイントは一万ポイント。

 勝たなければならないリオンは勇者と同等の力を持つ。


 突きつけられた無理難題は到底クリア不可能なもの。

 賢明な人間であれば諦めざるを得ないその試練を前に、賢明ではないバニラは高揚感に満ちていた。


「私は、ぜーったいに先輩と結婚してみせますから、お任せくださいね!」


 意気揚々と部屋に入ってくるバニラにため息をこぼしたリオンは、その小さな背を見てため息をこぼす。


「こうもうまく試練を受けてくれるとはな」


 小さく呟いたリオンの声はバニラには届いていない。

 大きな秘密を抱えた男との共同生活だとも知らず、バニラはリオンに無防備な笑顔を向けていた。

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