電車で席とかゆずるの、マジ無理!
私は正義を守る変身ヒーロー戦隊の中のひとりの『変身ヒロイン』キザキ・アカネ(稀崎明音)。
今回は、戦隊の保健室の先生的な(オオヌキ・トシエ大貫寿恵)さんと喫茶店で悩み事カウンセリング中。
座っている電車シートの前に押し出されてきたのは、おばあちゃんだったけど、席を譲らないのが、私に取っては多分正解。
なぜなら、私は正義を守る変身ヒーロー戦隊の中のひとりの『女性ヒロイン』だから。
正義の味方だと身バレしないようにヒロインになる前の一般社会人だった私と同じ行動をとらなければいけないからだ。
正義の味方でない私の普段の行動は、こんな時に恥ずかしくて席など譲れない。
こんな衆人監視の中で、目立った行動をするのは恥ずかしい!
身もすくむ思いだ…。
正義の味方であればこそ、認められる正義の行使も、日常の私には恐ろしい目立つ行為が恐ろしい…。
だからこそ、マスクをつけるのだ。
だから…
私は席を譲らないのだ…。
でも、もしかしたら、その恥ずかしさを超えて席を譲った方がいいかもしれない…。
ぎゅっと握った掌には、爪が食い込み夏でもないのに手汗が滲んでいた。
そんな葛藤と戦いながら、ヘトヘトになりながら脂汗をかきながら、電車を降りた。
迷いを含んだ正義を為さぬ行為、は恐ろしく体力を削る。
喫茶店に入り、待ち合わせの相手を探す。
ヒーローカウンセラーの大貫さんだ。
大貫さんは、私を認めると、自分の長い髪の毛をぐいと後ろでカッチン留めでまとめた。
「疲れてますね…まだお昼ですよ?」
そう言うと、オオヌキさんは店員に小倉トーストを注文する。
トーストの上に小倉の小豆餡が乗っているおそろしく甘ったるいやつ。
生クリーム増量でと、オーダーを伝えている…。
飲み物のオーダーはミルク。
お砂糖をスプーンに五杯はつぎ込んでいて、ミルク自体がドロドロの水飴になりそうな勢いだと思ったが、実は私にとってはそんなことはどうでもよかった。
席につくなり、ぐったりとテーブルに頭をのせた。
頭の重ささえ私の負担になるくらいの悩みだと言えば、笑われるだろうか…。
大貫さんが言う。
「稀崎明音さん、テーブルにファンデーションがつきますよ」
私は、オオヌキ先生が言ったようにキザキ・アカネ 稀崎明音という。
正義のヒロイン一年目で、おばあちゃんに席を譲れなかったことを悩んでテーブルに重力に任せた頬ずりをしている。
「席を…ゆずらないという選択をしました。普段の私は、衆人監視の中で席などゆずりませんので…」
オオヌキトシエ・大貫寿恵さんは、カウンセラーの顔をして、ほう…と感心したように呟くと、独り言のように三億円強奪したスーパーリッチマンの犯人が足がつかないように一枚さえ紙幣を使えないみたいですね…と言った。
「私は、正義の味方に向いていません」
気が抜けた声で大貫さんに頭をテーブルの上でゴロゴロさせながら、縋るように言った。
「正義の味方に向いていると言う判断をとる人は、そもそも正義の味方には向いていません」
そう、大貫さんが呆れたように言う。
納得できないというように、頬をテーブルに接地させたまま、目線だけを向ける。
「幼稚園の頃、正義の味方ごっこ、やりませんでしたか」
「やらないですよ…」
「なぜやらないんですか」
「だって…」
「そういうことですよ」
そういうと、大貫さんは呆れたように笑った。
「向いてないと思ってる人が一番向いてると言う、二律背反、パラドックスです。面白いですよね」
そう言うと、大貫さんは甘すぎるミルクを飲み干して、上唇についた白いひげみたいになったものを舌で舐めとって満面の笑みを浮かべ「甘くて美味しいですよ」と言った。
「虫歯になりそうですね、そのセット…」
という私の言葉を無視して、ニコニコしながら大貫さんは「人は、バランスが必要なのです」と言った。
そして、テーブルに乗ってるカップを高々と掲げて、呼び鈴があるのに、声を張って「おかわりくださーい」と叫んだ。
「声を出すのは、大事です。声を出すだけでストレス発散になりますので、私は呼び鈴を使わないというポリシーを持っています」と事務的に言った。
そんなことを言うオオヌキさんに微塵も共感できずに
「人にはバランスが、必要?私はバランスなんかとれそうにないです…」
と、話を戻したくて、オウム返しにため息まじりに聞いた。少し、涙目になっていたかもしれない。
「そうですよ。バランスは必要ですよね…
例えば…ですけど、ネットで炎上騒ぎってあるじゃないですか…。
炎上が、炎上を呼んで火達磨みたいになってる人いますよね」
「はい…」
「実は、そんな炎上に参加していく人って、炎上案件のリピーターなんですよ。再犯性がめっちゃ高いリピーター」
「へぇ…」
「実は、そういった強気な発言する方々って、おおよそ満たされない何らかの欲を抱えて、満たされない気持ちで誰か殴りたくてしょうがない人たちです。その人たちは、日常で気弱に殴られ続けてその鬱憤を晴らして、自分の低い地位を満たそうとするように他人を叩いて、自尊心のバランスをSNSで満たそうとしてるんです」
「はぁ…はい…そうなんですね…」
「ええ…二万人に対するアンケートで、炎上騒ぎを起こすのは、『年収が高く』『SNSをよく利用し』『インターネット上で嫌な思いをしたことがあり』『インターネット上で非難しあってもいいと思っている』…そんな『若い子持ちの男性』というプロフィールがあるんです」
「年収、高いんですね…子持ちの男性かぁ…」
「年収がそこそこあって、優しくて倫理観がありそうなお父さんほど、炎上に参加しやすいって、面白くないですか?なんか、オレすごいだろ?みたいな感覚を露悪的に噴出させる場所が必要なんだと思います。彼らには」
「へぇ…私そんな気持ち、わからないなぁ…」
「そうですね…大勢でお焚き上げみたいになってる案件あると思うんですけど、実は炎上をさせる人は、ごく一部の人たちで、複数のアカウントを使いつつ、大勢が一人を叩いているかのように装っていることも、ままあることですよね…ネット炎上の研究という書籍に詳しく記入されていますが、炎上中の数人のコメントをブロックするだけでそのようなコメントが全部消えてしまうと言う事実もあったりします」
私は、その本を、スマホで検索して、アマゾンサイトで、白い表紙の上にマッチが焦げ落ちたデザインの本を確認していた。
「あ、買わないでいいですよ。貸しますから。で…肝心なあなたの場合…その逆。」
「逆?」
「はい、あなたは正義を行使するので、仮の姿の時には称賛を得ています。しかし、その正義が、一般市民の時に評価を得られなくって…もっと、評価を得られる活動をしないといけないのに…って、今押し潰されそうになっているのです。つまり、正義の味方の時の自分と、一般市民の時の自分とで、正義の価値観の基準が違っていて…日常の自分を非常にダメな人間だと感じています…」
難しい…「では?」と、わかった風な顔をして、訊いてみた…。
「はい、あなたは正体が正義なので、バランスをとるために日常でクズを演じるのです」
「はぁ?どういうことでしょ?」
「日常の一般人のあなたは、自らすすんでクズになることで、正義の価値基準から解放されるんですよ!」
次は、変身ヒロイン、キザキ・アカネ(稀崎明音)さん、日常生活のクズを極めるの巻