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誰のためでもないラブソング その2  作者: 満点花丸
第一幕:こはる
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俺が“僕”だった時の話④

 僕は着替えたらすぐ向かうとは言ったが、寝る前に行うあれこれを済ませ、居間に向かった。

「お待たせ、明石さん」

「それじゃあ、行こっか」

 と明石さんは僕を引き連れ、二階にある部屋に僕を誘導する。

 しかし、その部屋には驚くことに二組の布団が並べられていた。

「ちょっと、え、これってどういうこと?」

「ごめんね、ウチ客間とかないから、どうしてもこうなっちゃうんだけど……、やっぱり嫌だよね?」

 やはり、どこか得体のしれない恐怖を明石小春から感じ取ってしまう。いくらなんでもいきなり今日出会ったばかりに等しい見ず知らずの男と同じ部屋で眠ろうとするなんて、はっきり言って少し異常だ。僕が気にしすぎなのかもしれないけれど、どちらにせよ、明石小春のそれは一般的な感覚ではないだろう。

 だめだ、やっぱり無理言って帰ろう。ここからならば、歩いて10分近くで自分の家に帰ることが出来る、大して遠い距離でもない。僕の服が今人質になっているが、最悪捨ててしまっても構わない。

「あ、あの明石さん。やっぱり僕家に帰るよ。ほら、戸締りしたかどうかも覚えていないし、それに……」

 と僕が理由にもなっていない理由で家に帰ろうとなんとかそれっぽい理由を言ってみるが、明石小春は少し苦笑いしたような表情になる。

「やっぱり、気持ち悪いよね、いきなりこんな……」

「いや、そういうわけじゃ……」

 いや、そういうわけだ。僕は何を言っているのだろう。気持ち悪いとは思っていなくても、異常だとは思っている。それは自分とは異なる明石小春を少し気持ち悪いと思っていると言っているのに等しい。

 僕の一言で彼女は少し悲しんでいるようにも見える。それがどうした。鼻で笑ってやればいい。でも、そうするには、やっぱり彼女やおじさんが異常だと思い込まなければ、難しい。

 僕への善意で色々やってくれているのだとしたら、僕はその善意を踏みにじってしまうことになる。

 僕にはその善意すら悪意か異常だと見えてしまう何かがあるらしい。僕はそれを確かめた方がいいのかもしれない。

 もし、これが善意ならその善意の正体を。異常なら異常でもうこれ以上関わらなければいい話だ。確かめてもいないのに、僕のモノサシとして正常に機能しているかもわからない感情を頼りにしては物事の本質すら見抜けないだろう。

「はぁ、わかった、今日一日だけだよ」

「無理してない?」

 と明石小春は自分でこういう結果を生み出したくせに心配したような声色でそういう。

「してる。けど、明石さんがどうしてここまでしてくれるのか知りたくて」

 って、あれ? なんだ?

 なんで僕は明石さんに興味を持っている、というような言い方をふとしてしまったのだろう。

 僕は誰にも興味を持たない。興味を持ったところで、誰も僕に無償では愛情を注いでくれない。

 そんなの周りの人に求めすぎているのはわかっている。でも、僕が知る小説やテレビの番組ではみんな当たり前のように母親から無償で愛をもらっている。

 母親からすらもらえないのに、どうして僕は他人から無償で愛をもらえると思っているのだろう。

 僕はその場で立ち尽くしてしまう。明石小春も僕のそれを見て、部屋に入れないでいる。

 しかし、突然に僕の右手に温かく柔らかい感触が手のひらから伝わってくる。そして、全身がその温かい感触からの引力によって、一歩先に無理やり進まされる。

 僕はその感触のする方向に目をやる。

 その感触の正体は簡単だ。明石小春が両手で僕の右手を握り、僕をこの部屋の中へと引っ張ったのだ。

「あのね、壮馬君。やっぱり、私は私のわがままで壮馬君とお話をしたいって、そう思うんだ。だから、私が寝るまででいいから、少しだけ付き合ってほしいの。私が眠ったら、壮馬君が嫌なら帰ってもらっても構わないから」

 僕の目をじっと見つめてくるその目は先ほどまでの柔らかい優しげな印象を少し残しつつも、それ以上に強い力にあふれた様な目だ。

 でも、僕はすでに今日一日だけと言っているから、そこまで配慮してもらう必要もない。

 僕は、そそくさと布団の中へと入る。本当に少しだけだ。少し話して寝る。

 僕のその行動を見て、明石小春も少し間を置いてから同じように布団へ入る。

「そっちが私の布団なんだけど……、まぁ、いっか」

「え? いや、ごめん。どっちがどっちかわからなかったし」

「ううん、いいよ。シーツ交換したばかりだし、どっちでも変わらないよ」

 と言われても、同級生の女子が普段使っている布団で寝るのはさすがに僕でもドキドキしてしまうかもしれない。

 いや、今は実際そのことはどうでもいいはずだ。

「それで、明石さんは」

「あ、その前に。明石さんじゃなくて、小春って呼んでほしいかな……。さっきもそうだったけど、明石さんって呼ぶとお父さんも反応しちゃうし」

 確かに、そんなこともあった、けど。

「でも、今は明石さんしかいないわけだし……」

「うちの壁結構極薄だから、寝ぼけたお父さんが壮馬君の明石さんに反応してきちゃうかもよ?」

 と明石小春はいたずらな声でそういう。

 そういう冗談なのはわかるけれど、確かに、おじさんのいびきが微かに聞こえてくるし、あのおじさんならやりかねないのが怖い。

 それに、今日この日だけだ。明日のお誘いは断れば、明日以降はもう明石小春と関わらなければいい。この場だけの方便で小春と呼べばいいはずだ。

「わかった、小春」

 と呼ぶと、隣の布団から手が伸びてきて、小春は僕の頭を撫でてくる。

「うん、いい子いい子」

「ぼ、僕は君と同い年なんだけど? 子ども扱いしないでほしいんだけど……」

 文句は言ったが、頭を撫でられるなんて何年ぶりだろう。

 確かに、両親の不仲を知ったのはそんなに古くもない。それでも思えば、僕が父さんにも母さんにも撫でられた記憶はかなり遠い昔な気がする。つまり、すでにその頃から今のような状態になりつつあったということなのか。

 僕は少し照れ臭くなり、話を逸らすように、

「それで、小春は僕と何を話したいと思ってるの? そもそも、小春は僕のことを知っていても、僕は小春のことなんて全く知らない。そんな奴と話すことに何の意味が?」

「何を話したい、かー。うーん、なんだろう」

 小春は話題が思いつかない、というかの如く話す内容に戸惑っているようだ。

「え、話すことも考えてなかったのに無理やりこんなことしてるの?」

「ううん、そんなことはないんだけど、まずは何から話そうかなぁと思って」

「そう、じゃあ、手短にね。僕もすぐ寝ちゃうかもしれないから、せっかくの時間は無駄にしないようにね」

 それでも、まだ小春は少し悩んでいるようだった。

「じゃあ、壮馬君の趣味は?」

「はー?」

 そんなの今ここで聞く必要があるのか、まったくやっぱりこの子のやりたい事が意味不明すぎる。

「はい、じゃあ壮馬君の趣味までー、3、2、1!」

「なんだよ、そのノリ……。趣味は特にないよ。強いて言えば歩くことかな。歩きながら考え事をしたりするんだ」

「へぇ、散歩かぁ。なんかおじさんみたいだね。歩きながらどんなことを考えるの?」

 なんかおじさんみたいだね、に少しむかっとしたけど、その趣味を聞いて確かに若い人がやるとは到底思えないだろう、それはいい。

「僕はなんでこんなところにいるのか、とか、僕は何者なのだろうか、とか。いろいろだよ。大したことは考えてないよ」

「ほう、それは哲学的だねぇ。でも、なんでそんなことを考えるの? なんでここにいるかとか、自分が何者かなんて深く考えても答えはなかなか出ないと思うけど」

 最初の趣味こそ適当だったかもしれないけど、小春の質問は明らかに意図を感じる。

 この子は僕に何かを白状させたいのか? そんな尋問のような雰囲気すら感じる。

「なんでって言われても、それはわからない。そういう風に考えちゃうんだ。……なんで僕は愛してもくれない母親のところにいるのか、母親から愛ももらえない僕は何者なんだっていうところからそれが始まるんだ」

 不思議と僕はそれでも小春の質問にすらすら答えてしまう。

 僕も分かっていた。僕が深夜に徘徊してそんなことを考えて仕方ないことだとわかりながら、それでも独り家でじっとしているよりも微かに広がる街の光を見て母親から愛されていない事実だけから目をそらして、自分にそう問いかけていることを。

「母親からの愛って、他に代わりはないの?」

「他に代わりって、そんなの……あるわけないよ」

「本当に? じゃあ、なんで普通の人は結婚したり、親友を作って遊んだり、大切な人がいなくなることに悲しむのかな?」

「それは……」

「もちろん、そのまま代わりにはなれないかもしれないけど、それでも君のその寂しさを埋めることくらいはできるんじゃないかな?」

「…………」

 僕は小春の一言になにも言えなくなる。

 その話は正論だ。でも、僕はその正論を受け入れられるほど、他人からの愛情を受け取れていないのだろう。

「壮馬君、私だって、君の寂しさを受け入れることが出来るよ」

 そういうと、小春がくるくると隣の布団の中を回転して、僕が眠る布団に侵入してくる。

 そして、そのまま僕を無理やり抱き寄せてくる。

「こは……」

 身体中、全身にくまなく小春の体温を感じる。温かい、でも一部は少しひんやりと冷たい。

 生きているという証拠、僕の目の前にいる小春は虚構の存在なのではなく、確かに意志や意図をもって、僕にこうしていること、それら全てが僕の全身を満たす。

 僕の目には不意に涙があふれてくる。小春の手が僕の髪をなでる。柔らかい感触が身体を突き抜ける。そして、小春の匂いが僕の心を落ち着けてくれる。

何か物理的にではなく、精神まで抱きしめられているような錯覚。僕の心は今どこにあるのだろう。脳味噌でも心臓でもない、どこにも見当たらない。でも、確かに小春と触れている間は小春の心が流れ込んでくるような気さえしてくる。

「壮馬君はやっぱり学校に来た方がいいよ。説教くさくなっちゃうかもしれないけど、お父さんが言ってた、死ぬっていうのは肉体的にとか社会的にって意味じゃないと思うんだ、私」

 僕はその感触に浸りすぎ、小春の言葉が聞こえていても、脳にはそれは届かない。でも、なんとなく思う。

「君が君を見失う日が訪れてしまうっていう精神的な死を意味してると思うんだ。だから……」

 僕の脳は急激に活動をやめようとし、意識をもうろうと。

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