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誰のためでもないラブソング その2  作者: 満点花丸
第一幕:こはる
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俺が“僕”だった時の話①

 “僕”は息を切らしながら、曲がり角を勢いよく曲がる。こんなに急いでいるのには理由がある。いや、急いでいると言うと語弊があるのだけれど。

 僕はただ逃げているのだ。

 しかし、その追手とも言えるあのおじさんには別に捕まったっていいと僕は思っている。殺人の犯人に追われているから逃げているとかそういう浮世離れした理由で追われているわけでもない。

 僕は、単に夜遅くにこの町内を徘徊していただけなのだ。

 たまたま、最近この町内で有名な不良たちの集会に通りすがってしまい、たまたま、騒音などの被害を訴える町内会の大人たちが一斉にしょっ引いて警察送り、説教だと息巻いていて行動したのが今夜だったのだ。

 そして、僕もその集会に集まる不良の一味だと思われて、こうして追われているわけだ。

 なんの理不尽か、と思ってしまった瞬間もあったけれど、それでも僕が夜遅くにぶらぶら徘徊していることもそれはそれで問題だ。

 僕は学校へもいかず一日中フラフラして当てもない旅に出て、疲れたら家に帰ってまた夜遅くに家を出る。気が向いたときに学校に行く、など反社会的な行動ぎりぎりのことをして、僕は僕の母親からの愛を試している。

 そのツケが回ってきた、とでも言いたいのだろうか。このおじさんは。

 しかし、僕はまだ中学校1年生なのだ、そのくらいの馬鹿をしても許されたっていいはずだ。

 もうだめだ、疲れた。

 僕は足を止めて、おじさんがここに来るのを待つ。元々、そこまでも肉体派ではない。

 諦めて、おじさんを説得した方が話は早そうだ。

 おじさんもおじさんらしく体力がないのか、ぜーはーと肩を揺らしながら、僕に追いつく。

「おめぇさん、逃げる気まったくねぇだろ。最近の若者はなよなよしくさって、ちょっと来い!」

「え?」

 と僕はおじさんのバカみたいな万力に襟をつかまれ、どこかへと連行されていく。

 僕はこんな田舎の町内ですらめっきり見なくなった個人商店であろう明石商店と書かれた店にたどり着いてしまう。

 中に入ると、今時珍しいそのほとんどが駄菓子で構成されるお店だった。

 雰囲気だけで見るとレトロな昭和を感じさせる上に、少し子供じみた雰囲気を感じてしまうため、こんな茶番じみた逃走劇の末路にはふさわしくもないと思う。

 僕はその駄菓子コーナーなどをそのまま通り過ぎ、レジの奥にある部屋に通されてしまう。

「そこに座れ」

 と明るい部屋に通されて初めて、おじさんの風貌がはっきりする。

 白髪交じりの初老のおじさんだ。僕の父や母よりも一回りくらい上に見える。

 おじさんは未だに少し息を切らせ、やはり体力の衰えを感じさせる。それにしても万力みたいなてこでも動かなさそうな腕力だったけど……。

 僕は言われた通り、文句も言わずちゃぶ台の付近にある座布団の上に正座をしてみる。

 おじさんは何かを取りに行ったのか、一度席を外した。 

 うん、なんというか怒られているって感じだ。 

 僕は、なぜかそのおじさんがこれからするのであろう怒る行為にワクワクしていた。

 なにせ、僕がこうして何かくだらない悪さをしているのも、母からの愛を試すためだ。

 もしかしたら、この怒りがきっかけで母も考え直してくれるかもしれない。 

 父とも離婚し、それでもなお僕のことをほったらかして仕事ばかりしている母親は今回こそ僕にとって本当に母らしいことをしてくれるのだろうか。

 僕は母が原因かはわからないけれど、愛って何なのだろうかと考えてばかりだ。

 考えるだけではなく、実際にわからない。僕は友達もいなければ、恋人だっていない。好きな人すらいない。それにいらない。話をかけてきた人も別に興味もわかないしどうでもいい。

 人に対してまったく興味を持てないというと、ひどいものを見ているような目で見られる。

 いや、厳密に言えば、昔はあったのかもしれない。まだ父と母が離婚する前、小学生の時、とても仲の良かった女の子がいた。その子は中学に上がる直前に転校してしまい、離れ離れになってしまったのだが、今となっては正直どうでもいい。

 その後に、僕の両親は離婚し、僕は今こうなってしまった。

 僕がそう考えていると、おじさんは紙とボールペンを持ち、再び部屋に戻ってきた。

 そして、警察の取り調べのように、名前と学校や連絡先を問うてきて、僕の答えを聞くや否やそれを控え始めた

「今からまず親御さんに電話するが、今家にいるよな?」

 どうだろう、いるのかな。僕もそんなことはわからない。

 もはや、気にすることもなくなった。気にしたところで帰っては来ない。帰ってきたところで夜も遅く、僕はすでに眠っている。 

 僕の生活費は基本的に僕の名義で作られた口座に中学生が持つには莫大すぎるお金が入っていて、そこから捻出するように言われている。

 これではもう家族とは呼べないだろう。それでも、僕は僕一人で生活することが出来ず悔しい思いしかできない。

 僕は親のことは諦めているが、僕の親が親であるという事実を僕は変えることができない。

「たぶん、いないので、これ。僕のスマートフォンから電話をしてください」

 とおじさんに母親に電話をかけた状態でスマートフォンを渡す。だが、電話にも出ないだろう。

 稀に出るときもあるけれど、用があるとき以外は電話をしないでと言われてからはほとんど電話をすることもなくなったと思う。

 だが、僕の予想に反して、母親は僕からの電話を取ったらしい。

 おじさんは、電話に話しかけ始める。

「もしもし、高峰さんのお電話ですか? 私、明石と申します。お宅の息子さんが、夜に俳諧していたもんで、保護したんですが、今から迎えにきていただけますかね?」

 と静かに言う。

 しかし、母からの応答の内容が相当にひどかったのか、おじさんの顔が見る見るうちに歪んでいく。

「てめぇのガキもロクに世話できねぇ奴が、わかったような口叩いてんじゃねぇ!!!」

 ついには、そんなことをスマートフォンに向かって叫び、僕の母からの応答が切れたのか、スマートフォンを床に投げつける動作をしはじめる。

 そんな時だった。

「お父さん!! うるさいよ、近所迷惑でしょ!!!」

 おじさんの背にある引き戸、この商店の完全に住居の部分に入るための廊下につながる引き戸だろうか、が急に開き、甲高い声が部屋中をこだまする。

 お父さんと呼んだ以上、この人はこのおじさんの娘さんなのだろう。

 しかし、よく見ると、その娘さんは僕とそんなに年齢も変わらなさそうに見える。

 少女は少し野暮ったいおさげに少し短めのスカートにパーカーを着ていて、その上から割烹着のようなものを着ていて、とてつもないミスマッチをしている。そのため、普段から着用しているわけではなく、何か料理でもしているかのような雰囲気が醸し出される。

 だが、その少女のおかげで僕のスマートフォンは何とか難を逃れたらしい。

 いや、もちろん別に誰かの連絡先が入っているわけでもなく、誰に連絡するわけでもないので特にそのスマートフォンが壊れたって新しいのを買えばいいだけなのだけれど、帰りに音楽もなく帰るのは少し寂しい。

「お父さん、しかも、そのスマートフォンお父さんのじゃないよね? 誰かのスマートフォンをいつもの短気に任せて壊そうとしたの? うちは家計が厳しいんだから、もっとちゃんと考えて行動してよ、もう!」

 とそこまで年齢が変わらないように見えるのにとてつもなくしっかりした発言をしている。先ほどまでの偉そうなおじさんもたじたじだ。

「ご、ごめんな、小春。父ちゃん、ちょっと虫の居所が悪くてな」

 こんなおじさんでも娘が一番かわいいのだろう、とてつもなく低姿勢だ。

 話を戻して、あの反応はおそらく、お母さんは迎えに来ないし、僕のことは本人に任せているので好きにさせろ、的なことでも言っていたのだろう。

 そうと分かれば、あとは僕が不良の一味なのではなく、巻き込まれただけの善良な一般市民であることをわかってもらうだけだ。

 しかし、さらにそこから少女は父親の陰に隠れていた僕に気付いたのか、スマートフォンをおじさんから奪い取り、僕の元へやってくる。

「ごめんなさい。お父さん、少し短気なところがあって、許してもらえますか……? え、あれ? 高峰くん? 高峰壮馬君だよね?」

 僕の名前を呼ぶ彼女。だが、僕は彼女に見覚えなどない。誰だ?

 と僕が訝しむような顔で少女の顔を覗き見るが、やはり僕はわからない。

 彼女は僕がまったく彼女が誰であるのかを気付いていないことに気付いたのか、

「無理もないかぁ。私、明石小春って言います。同じクラスの明石小春」

「明石、小春?」

 だが、やはり僕には名前を聞いた覚えもない。といよりも、学校にあまり言っていないのだから無理もない、彼女もそういう意味で無理もないかといったのだろう。しかし、なぜ彼女はそんな僕をわかったのだろう。

「お父さん、高峰くんがどうしたの? 迷子?」

 迷子って、犬じゃないのだから……。

 と内心で彼女の発言につい突っ込みを入れてしまう。

「迷子って、たわけ。こいつは例の不良集団の!」

「あ、あの僕は」

 と慌てて訂正しようとするが、それは明石小春の手によって阻止される。

「お父さん、ちゃんと話聞いたの? 高峰くんは絶対にそんなことする人じゃないと思うの、私は。だって、友達いないし」

「おめぇ、友達いないのか?!」

「むしろ、不良集団からも学校サボって粋がってるって言われてるくらいだよ、きっと高峰くん学校来たら不良にいじめられちゃうよ!!」

「あの、帰ってもいいですか……?」

 なんだか少し面倒になりそうだ。この二人の漫才を突っ込むほど僕は二人にはまったく興味がない。

「え、せっかくだからご飯、一緒に食べようよ、高峰くん。お父さんが仕事終わってから晩酌ついでにしかご飯食べないから、家のごはんすごく遅いの」

 遅いと言っても、まだ20時すぎなのだけれども、僕はまだまだ夜の町をさまよっていたいくらいなのだ。放っておいてほしい。

 だが、明石小春はそれを許さなかった。

 僕の腕をひっ捕まえて、おじさんと同じように万力のような力で僕を食卓まで運ぼうとし始める。

 何なのだろう、この親子……、面倒くさすぎる。でも、こうなってしまうと断るのも面倒くさいだろう。さっと食べてさっと、お暇しよう。そうしよう。

 そう思ったことがすべての過ち、いや今にして思えば変化の転機だったなんて、当時の“僕”は考えもしなかった。こうして、僕は小春と出会ったのだ。


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