唐突なラブコメ回に俺は踊る。
俺たちは少し気まずい雰囲気になりながら、帰路についていた。
すでに日も落ち切り、夜の帳がおりる。
沙由菜も冬菜もいつもの元気などなく、やらかしたというような顔をしている。
俺は仕方ないのでフォローついでに、二人に声をかけてみる。
「たまには三人でご飯でも食べるか。最近、食堂のご飯も飽きてきたし、久しぶりに沙由菜の作るご飯が食べたい」
「え、いいの?」
「むしろ、俺がお願いしてるんだけどな。全然、さっきのことは怒ってないし。冬菜もどうだ?」
「私も……、いいんですか?」
冬菜はやや遠慮がちである。
俺たちは冬菜のペースに合わせて歩いている。これもただ歩く、という行動一つとってもそうだが、まだあれからそんなに時間も経ってもいない。心の距離を詰めるスピードも冬菜に合わせていかなければならないだろう。
「もちろん、いいに決まってるじゃない。ね?」
沙由菜は少し遠慮をしている冬菜に俺の提案を素直に受け入れられるように促してくれる。
俺はうなずくことで沙由菜に同意し、冬菜もそれを見て、安心したように俺の家に来ることに同意をしてくれた。
放課後にアイスの試食を頼んできたときに、いきなりアイスを口に突っ込んで来たりするくらいには積極的で大胆な行動をしてくる冬菜ではあるが、やはりまだ少し俺や沙由菜に遠慮してしまうところがあるみたいだ。
でも、少しずつ心を開いてくれているのがわかる。
そうと決まった俺たちは近くのスーパーである程度の食材を買いあさり、寮の俺の部屋へ向かうことにした。
スーパーでの買い物を終え、寮へ向かっている最中、いつぞやのことを思い出すように、やつが俺らの元に現れたため、俺らは足を止める。
「あ、沙由菜に冬菜! と、それにそーちゃん。今帰り?」
ふぅ……、走って逃げようかな。
また、どうせこいつは俺のことをいじめて遊んで満足したら先に帰るだろう。
「まって、佳乃。そのそーちゃんってなに?」
「ん? 沙由菜知らないの? そーちゃんは私に呼び方を統一してほしいからそーちゃんと呼べって無理やり押さえつける様に言ってきたのさ」
言ってない。
呼び方を統一してくれ、とはいった。
こいつは沙由菜のルームメイトでかつ、二人の幼馴染の佐藤佳乃だ。
そして、すぐになんでもかんでもエロの方面から俺をいじめてくる色欲の悪魔だ。
その癖に常に学年一位の秀才である。こうやって、夜歩いているのは不良行為をしているわけではなく、学校に残れる最大限まで図書室を使い、勉強に明け暮れているらしい。
いったい、なぜ佐藤がそんなにも狂ったように勉強をしているのか俺はさっぱり知らないのだが。
「あんたたち、一体いつからそんな仲になったのかしら……?」
「待て、沙由菜。佐藤の言うことは70%のエロと30%の悪意でできている。信じてはいけません」
佐藤は俺のその突っ込みにへらへらしている。
「そーちゃんはこんな美少女二人を引き連れて、スーパーで買い出しまでして一体何をするのかなー? 姉妹同衾姉妹丼かなー?」
と佐藤はさらに俺に追い打ちをかける様に、そっち方面からやはり攻めてくる。
沙由菜は顔を赤くして、その表現におののいているが、冬菜は佐藤が何を言っているか理解できない部分があるらしい。
「佳乃、姉妹丼ってなんですか? 親子丼のお友達? それなら、今日はハンバーグなので違いますよ」
「ふ、冬菜。お前は知らなくていいぞ、俺たちの天使のままでいてくれ」
いや、だが冬菜の場合これは、わざとのボケ殺しの可能性も残されている。動物園で俺が少し茶化したとき、やり返すためにわざとボケ殺しをしたりしていたのを俺は思い出す。
それに冬菜の場合、本を愛し、しかも雑食だと言っていた。そっち系の本を読んでいてもおかしくはない。
こうすることで、逆に佐藤をたじたじにする作戦なのかもしれない!
すべて妄想なのだけれど、そうであってほしくはないのが俺の考えだ……。
冬菜の作戦が功を奏したのか、いや作戦かすらわからないが、佐藤は、
「んー、まぁいいや。で、沙由菜はご飯はそーちゃんの家で食べるってことでいいの?」
とその話を置き去りに、沙由菜に晩御飯の話を振る。
「……なんか納得いかないけど。今日のところはそうするね。美里にはもう連絡してあるから」
「おっけー。じゃあ、今日は久しぶりに食堂かねぇ。美里のご飯食べたら二日は学校休まなきゃいけなくなるかもしれないし」
二日は学校を休まなければいけない料理っていったい何だろうと疑問に思いつつ押し黙っていると、冬菜はなぜか急に何かを案じるように、
「佳乃、あんまり根詰め過ぎたらだめだよ?」
と佐藤の心配をする。
「んーー、冬菜ぁ、ありがとう。よしよし、可愛い可愛いあいらびゅー」
佐藤は心配してくれた冬菜に対して抱き着いて頭を撫で始める。
だが、まじまじとその光景を見ていると、頭をなでる逆の手で冬菜のお尻を触ったりなんだりしている。破廉恥だ。
「よ、佳乃!!」
「じゃあ、私はそろそろお邪魔みたいだし、退散するね。おやすみ、そーちゃん。ほんとに姉妹丼なんてやったら、激おこぷんぷん丸だぞー。ちゃんとどっちかにしろよー」
佐藤は両手の人差し指で二本の角を作り、意味不明なことを言い始める。勉強しすぎで変になったのか少し時代錯誤な流行語が出てきて、俺は何も言えなくなる。
うん、まぁ、いいだろう。
冬菜は心配しているようだが、佐藤の元気はいつも通りにしか見えない。
「あれは、疲れてるわね……」
沙由菜まで佐藤が普段通りじゃないとのたまい始める。
俺には全然わからんのだが。いつも通り、エロ方面でいじめられた印象しかないのだが……。
「うん……、顔色もそんなによくなかったし」
「あんな直接的な破廉恥なんて普段しないしね……」
「え、なんだ、冬菜の尻を触ったのがそんなにおかしな行動だったのか?」
顔色に関して、俺はまったくわからなかったが、その着眼点に驚きすぎて、俺はつい聞いてしまう。
だが、その瞬間俺の背中に痛みと共に強烈な張り手が襲い掛かる。
普段ならきっと沙由菜なのだろうが、その張り手をしてきた犯人は冬菜だ。
「し、尻とか言わないでください……」
冬菜は顔を赤らめながら顔を伏せる。そういう反応がいちいち可愛い。
佐藤にとってはこいつらもいいカモなんだろうなぁ、と俺はなんとなく思いながら、再び歩き始める。
寮にたどり着くと、俺らは真っ直ぐ男子寮へ向かう。あまり悠長にしていて、誰かに見られたりでもしたら、何かよからぬ噂をする輩も出てくるだろう。
そう心配するなら初めからやるな、という話なのだが、それは考えなかったことにしよう。
俺らは無事に誰にも出会うことなく、俺の部屋にたどり着いた。
部屋に入り、玄関を通り抜け居間にたどり着く。
買い物して手に入れた食材などを置き、肩にかけていたギターケースもその場に静かに置く。
沙由菜と冬菜は部屋に入るなり、すぐに手を洗いにキッチンに立つが、俺は先に用を足したい欲が出てきたため、ギターなどはそのままにトイレに向かうことを二人に告げる。
「ギター片づけておくね」
と沙由菜の声がきこえてくるが、おかまいなく俺はトイレに向かう。
なんというか、あれだ。俺がこういう光景を見ていたいという光景が目に広がるのは幸せな気分にさせてくれるな。沙由菜と冬菜、無関係な人間だと思っていたが、実は双子の姉妹で、絶縁状態でという関係だったのが嘘みたいだ。
少しばかりその幸せをかみしめながら、ニヤニヤしそうな顔を引き締めなおし、俺は手を洗い、トイレから出る。
居間に戻ると、早速冬菜が仕込みを始めている。
トントンと小気味よく包丁がまな板を叩く音が部屋に響いている。
だが、沙由菜の姿が台所にないのがすぐにわかる。
おそらく、俺のギターを片付けてくれる、という言葉通り俺の寝室にギターを置きに行ってくれたのだろう。
俺はその確認と、上に羽織っていたチェックシャツを片付けるために寝室へと入ることにした。
しかし、俺の思った光景とは異なる光景が俺の眼前に飛び込んでくる。
「へ、変態だ……」
「うきゃぁう」
とヘンテコな奇声をあげる沙由菜がそこにはいた。
沙由菜は俺のベッドでごろごろしながら、抱きしめていた俺のパンツを虚空に投げすてる。
あ……、ありのまま起こったことを話すぜ。
俺は沙由菜がギターを片付けてくれていると思ったら、いつの間にか俺のパンツを抱きしめる女がそこにいた。
な、なにを言っているかわか、る。それが目の前にいるHENTAIだ。
「ここ、これは違うの。ほ、ほらあれよ。ギターどこにしまえばいいかなって思って引き出し開けたら、パンツが出てきて、びっくりしちゃったのよ。驚きすぎて飛び跳ねたら、気付いたらベッドの上にいたの、ね、わかるでしょ?」
俺はギターを引き出しになど入れない、いや、そもそもパンツをしまう引き出しは物理的にギターが入る大きさではない。
それに、しっかりとギターラックに引っかかっている俺のギターが見える。置いておく場所も沙由菜はしっかりと把握している。
そして、何よりも俺のベッドでパンツを抱きしめている説明にはなにもなっていない!
俺はそっと寝室のドアを閉じ、その光景を見なかったことにした。
「あ、壮馬くん、お姉ちゃんどうかしましたか? 私ひとりでも大丈夫ですけど、手伝ってもらえたら早くできるかなと思って」
冬菜……、君はピュアなままでいてくれ、本当に、お兄さんとの約束だ、いいね。
そして、姉のあんな姿を見せるわけにはいかない。それは沙由菜の名誉のためでもあり、冬菜の名誉のためでもある。
「あ、あぁ、今少し俺の部屋散らかってて、少し片付けてくれてたらしい」
と俺は嘘をついて、もう一度寝室に戻る。
「へ、変態だ……」
「ひ、っち、ちがうのこれはこれは、違うのよ。そう、たまたますごい突風が来て、顔にぱ、パンツが張り付いてきて、今取ろうとしたところなの……。決してにおいを嗅いでたわけじゃないわよ、ほんとよ!」
「さすがに、それはないだろう……」
沙由菜はいつからこんな残念美人になったのだろう、俺は沙由菜の将来を少し案じてしまう。
いや、行為そのものはあれだが、きっかけは確実に小春であることは間違いない。小春が俺のパンツに関する暴露をしたせいで、沙由菜は気になったに違いない、沙由菜は悪くない沙由菜は悪くない沙由菜は悪くない……、よし。
「沙由菜、冬菜が手伝ってほしいらしいから、早く戻ってこい……」
「そ、そうね。そうだそうだ、おほほほ」
と白々しくもおかしな笑い声を上げながら、沙由菜はパンツをぽいっと捨てて寝室から出ていく。
なんだろう、こんな頭おかしい系ラブコメだったか、俺の人生って……。
そう考えながら、沙由菜が物色していたパンツを引き出しにしまいなおし、やっとこさチェックシャツを脱ぎ、ハンガーにかけるというそもそもの目的を達成することが出来た。
いや、まぁ、沙由菜のそういうところも可愛いとは思うけど、さすがにあれだ、それは……、やばいぞ。