修羅バトル!
「それで、この子、誰?」
と茂みの方から出てきて、俺らの前に立つ沙由菜は小春の方に猛獣のごとく今にも噛みつきそうなほどの睨みを利かせている。
これまで見たどの表情の沙由菜よりも怒りが露骨に見える。こんな沙由菜初めてみた、怖い。
「あら、そちらこそどなたでしょう。私と壮馬君がお話しをしているのですけれど?」
小春も何故かそれに対抗して、恐ろしいほど丁寧な口調でそれに応戦する。
小春、なぜだ……。普通に、中学生の頃の同級生です、でこの場は収められただろ……。
「私はそいつの……、か、かの、こ、ど、同級生よ!」
小春は少し意地悪そうな顔で哀れに嘘をつきそうになっている沙由菜を見ている。
沙由菜が最初になんて言おうとしてるか、俺にもわかったぞ。彼女とかいって小春を追い払おうとしただろ、絶対。
「ただの同級生なのでしたら、私が壮馬君とお喋りするのを止める権利はありませんよね?」
そして、追い込む小春。
沙由菜はぐぬぬぬとうなりながら、何も言えずにそこに立つ。
沙由菜、がんばれ、何をどうしたいのかはさっぱりわからないが、言い負かされてはいけないぞ。と、少しだけ沙由菜をひいきして応援しそうになる。
仕方ない、俺が一言いえばすぐ止められるだろう。
「沙由菜、こいつはな」
「ちょっと黙って、そーま。くぅ、腹立つ……」
沙由菜は俺という天敵を撃ち滅ぼそうとする戦士のごとくものすごい剣幕でにらんでくる。
俺はこのなんだかよくわからないことになってる展開を止めようとしたのに、なぜそれを止める、沙由菜。
「あ、あなたは知らないでしょうけど、私、そーまのことならなんでも知ってますから」
そこで、なんでそんなマウントとるの、あなた。全然話かみ合ってないよ。
俺は冬菜の方を見てみるが、冬菜はあわあわ困っているだけで、何もいえそうにない。
「へぇ、そうなのですね。例えば?」
「そ、そう、そーまはきゅうりが食べられない! そーまはきゅうりのおいしさを全く分かってない!」
少し騒がしかったその空間に急に静けさが訪れる。
「お、お姉ちゃん。壮馬くんの苦手な物を知ってても、それってなんでも知ってるってことにならないんじゃ……」
冬菜の的確な突っ込みに沙由菜はかぁーっと顔を赤くする。
そして、小春もくすくす笑いながら、
「それくらい、私も知っていますよ? それなら、あなた、沙由菜さんは知っていますか?」
「な、なにを?」
「壮馬君、トランクスじゃなくてブリーフ派だったんですよ、中学生の途中まで」
や、やめて……。
小春の爆弾発言に沙由菜も冬菜も何を想像しているのかは知らないが、顔を赤らめる。
顔を赤らめたいのはこっちだ。なんで、俺のパンツ事情を暴露されなければならないのだ……。
「小春、もうその辺にしてくれ……。どうしちゃったんだよ、ほんとに」
俺の一言に小春はニコニコしながら、てへぺろとする。
うん、可愛い可愛い。あゆみがいつぞやにやったてへぺろの∞倍可愛い。
「……って、小春? ってあの?」
その名前に聞き覚えがあるのか、というか教えたことがあるから沙由菜は反応する。
冬菜には言っていなかったからか、冬菜はその名前を聞いてもきょとんとしている。
「ごめんね、沙由菜ちゃん。壮馬君がこんなに可愛い女の子、それも二人も見せてくるから、ちょっぴり意地悪したくなってきちゃって」
にしても、小春のそれはいくら何でも苛烈すぎた。俺にとってこいつは俺の恥ずかしい過去をいくつも知っているのだ。俺にとってのパンドラの箱だ。
それこそ、俺は実家にも帰らずこいつの家に居候させてもらっていたのだ。俺がどんな食の好みをしているのか、どんなパンツを履いていたかくらいは知っていて当たり前だ。
「お姉ちゃん、小春さんは壮馬くんの一体何なんですか?」
と冬菜は少しおどおどと人見知りを発揮しつつ沙由菜にそのことを聞く。
沙由菜は、冬菜の耳元でおそらく俺の初恋の人で、その人に振られてここに来たことを言っているのだろう。
「なるほど……。別にあなたがどこのどなたかは存じませんけれど、あなたは今、壮馬くんの気持ちも考えずにどういう顔をして壮馬くんの前に現れたんですか?」
第二ラウンド、ファイト!
いや、まて冬菜、俺はそのことはどうでもいいし、俺も小春自身に用があったわけじゃないが、俺の用件を伝えられる小春が来てありがたかったわけだ。
なぜ冬菜がそこで怒る!!
「ふふ、壮馬君、二人とも可愛いね。いつの間にこんなにモテモテになっちゃんたんだろう。ううん、バンド頑張ってた時もモテてたもんね?」
「いや、小春、そんなのんびり構えてないで、説明説明」
と俺が小春に説明を求めるが、冬菜も沙由菜同様、俺が肉親を殺した宿敵であるがごとく復讐の剣幕で睨み付けてくる。だから、怖いって。
美人の怒った顔って特に怖いんだぞ、知らないのかお前ら。
「壮馬くんこそ、壮馬くんをフッた相手とよくもまぁ、そんなに仲良くできますね?」
「ひ、ひゃ」
いやさ、普通なら確かに怒るさ。代わりに怒ってくれている感もあって、うれしいけれども、今はそうじゃないのだ。
「それに関しては、本当にごめんなさい。でも、それは私の問題なのであって、壮馬君が私と仲良くすることに関しては怒られる筋合いはないんじゃないかな?」
「こ、小春?」
小春の声が、なんというか先ほどまでの雰囲気とは少し違う。なんだか、思いつめた様な怒りのような気持ちが孕んだ声色である。決して明るい声ではない。
「今回は、私の幼馴染から依頼されて、壮馬君に接触しました。これで満足ですか?」
と小春は冬菜の方を見ている。その表情はいつもの笑顔だ。怒っている風には見えない。
だが、だからこそ、怖い。顔と口から出てくる言葉のテンションが違いすぎる。
冬菜も少したじろぐが、一歩踏みとどまる。
「こ、小春ちょっとそれは感じ悪いぞ」
「ううん、いいの、壮馬君。じゃあ、私はここで失礼しますね。壮馬君、また土曜日、楽しみにしてるね?」
そう言って、小春は急に立ち上がり、走って逃げ去るようにこの場を後にした。
たった、数分の出来事。嵐のように過ぎ去る小春。
いったい何がどうして、こうなった……。
二人は過ぎ去る宿敵が去ると同時に、ため息とともに俺を間にベンチに腰掛け始める。
「お前らなぁ……」
俺は二人を責めることはできないが、わざわざあんな喧嘩腰にならなくても、という批判を込めてそういった。
「でも……。変なのに絡まれてるから……。元カノだとは思ってなかったけど」
「元カノではないがな。俺の意図がやっと伝わって、小春が俺に会いに来てくれたんだよ」
「それでも、壮馬くんをフッたのに、壮馬くんとの関係を当たり前のように享受しようとするなんて、私は許せません……」
まったく、二人とも……。
「沙由菜、俺を大切に思ってくれてるのがよく伝わった。ありがとう。それに、冬菜も俺の気持ちを汲み取って、代わりに怒ってくれてありがとう。でもな……、お前ら、もう少し俺の話を聞いてくれても、よかったんじゃないか?」
俺は交互に二人の様子をうかがいながらそう伝える。
おかげで、俺は小春と久しぶりにゆっくり話せると思った時間もなくなってしまったわけだ。いや、特に何か思うところがあるわけではなくて、やっぱり俺はこいつら同様に小春のことも大切にしていたい。いくら自分のことをフッた相手であっても、小春がいなければ今頃俺はどうなってたかわかったものじゃないのだし。久々にあって、話すくらいは許されてもいいだろう。
俺がそうやって、二人をなだめるように、少しの注意をすると、二人とも少ししゅんとしながら、双子だからなのかはわからないが、完全にシンクロして、
「「ごめんなさい……」」
と声を重ねて言う。
どうせ土曜日にも会うことだし、今回ばかりは二人を許す……。いや、二人のしゅんとした顔が可愛いから許したわけじゃないぞ?