共に。
バンド練の休憩の合間、沙由菜は突然電話をしてくると言い、一度防音室から外に出て行くのを見て、俺は大五郎と裕也に作曲について、今後の俺の目指したいところを二人に打ち明けることにした。
「大五郎、裕也。作曲の件で話しておきたいことがあるんだ」
と提案すると、二人はうなずき、一度楽器から手を放す。
「どう? 順調?」
裕也の心配に対して俺は思い切り首を横に振ってやる。まったくもってうまくいかないからこそ、俺はこの二人を頼る。
「この曲を作るにあたって、どんなメッセージを込めたいのかは考えた。だけど、俺だけで曲を完成させるのは無理みたいだ。だから、二人の力を貸してほしいんだ」
と俺の言葉に大五郎の顔が険しくなる。
ただでさえ身体もデカく、威圧感がある大五郎が俺をにらむとすごみがある。
また殴り掛かられるんじゃないかという不安に駆られる。
「どうした、諦めたのか?」
その威圧感に気おされそうにもなるが、俺は毅然として大五郎をにらみかえす。
「いや、そうじゃない。確かに俺一人で作るのはかなり難しいかもしれないし、できたとしても相当時間がかかる気がする。そういう意味では諦めたと言ってもいい。だけど、俺は思ったんだ。俺がこのまま一人で頑張ってこの曲を作る意味はない。だって、俺たちは小春を入れて5人でバンドなんだ。俺はもう一度歌いたいと思った。俺のために、俺の大切な人たちのために、お前たちのために、俺たちを大切に思ってくれる人たちのために。だからこそ、三人で協力してこの曲を誰もが好きになってくれる曲にしたい。そんな曲をもって、俺は再結成したいんだ。もし、俺が一人で曲を作るなら、お前たちを巻き込む必要なんてないはずなんだ。俺のため、俺の大切な人たちのためだけに歌うならバンドを再結成する必要ない。でも、俺を大切に思ってくれる人たちみんなのために、誰にでも響くような歌を歌いたい。そして、それを叶えるためにお前たちの力も借りたい」
大五郎と裕也は俺の言葉に目を見合わせ、二人で思い切り笑い始める。
「もっと時間がかかると思ったが、これで俺たちの勝ちだな」
「そうだね。どうやって壮馬を口説き落としたもんか考えてなかなか思いつかなかったから僕たちも少し焦ったけど」
「お前ら……」
「僕たちは壮馬の気持ちを知ってるよ。SNSで見た動画で君が歌詞を変えたあの曲を聞いてから、君がどうしてもう一度歌いたいと思ったのかなんとなくはわかってた。だから、僕たちはちゃんと君ともう一度向き合わないといけないと思ってた」
「そうだな。壮馬だけが悪いわけじゃない。俺たちがもっと必死になって壮馬を引き留めていたら結果も変わっていたかもしれない」
「だから、もう一度、僕たち四人、それと小春ちゃん合わせて五人であの舞台を目指そう。だから、今は三人で兄貴を唸らせる様な曲を作ろう!」
俺はほっとした気持ちになりながら、俺が歌いたいと思うイメージを二人に伝える。
イメージは雪だ。季節外れの雪が舞う。過去を思い出す。思いと共に雪は溶けて消えてしまった。今のままでは次の冬もいつか溶けてしまう雪と一緒に大切な気持ちを捨ててしまうかもしれない。だから、季節外れの雪に再会の感謝と大切な気持ちを胸に誓いを立てる。この雪が溶けても、俺たちが心に宿す結晶は誰にも溶かすことなんてできないし、絶対に手放したりはしない。そんな思いを込めた楽曲だ。
「よし、じゃあ今日はバンド練もうやめて、作曲作業をしようか!」
という裕也の声で俺たちはドラム付近に集まり、作業を始める。
「コード進行が決まっちゃってるから、それを踏襲するか、壮馬の歌のイメージにあったメロディを見つけて、それに合わせて少しずつコード進行に寄せたり、コード進行をメロディに寄せたりしてみようか」
俺の頭にあるイメージをなんとなくのメロディと思い浮かんできた適当な言葉と鼻歌を交えながら、俺はその伴奏を弾く。それを裕也はスマホで録音し、いくつかのパターンを試す。
いくつかのパターンで一番しっくりきたものを選ぶと、次に大五郎がベースでその音にリズムを乗せる。さらには、その大五郎の演奏に合わせて裕也はドラムである程度のドラミングパターンを乗せる。それらのトライアンドエラーを繰り返し、仮のサビが完成する。
「うむ、かなりいいと思う。これをそのまま使うかどうかは置いておくが、今までにはない感じだな」
と大五郎は俺たちが三人で生んだ初めての曲の一つのフレーズを絶賛してくる。
「ここまで来れば、キーとBPMも定まってきそうだから、これをネタにどんどん膨らませよう」
俺が数日頭を悩ませていたものを1時間やそこらで進捗を見せるなんて、思ってもいなかった。当然、これで完成というわけでもない。ただ、一つのフレーズの候補を見つけただけに過ぎない。ここから、しっかりと手癖だけに頼らず、音などを決めて、その前後のフレーズも合う形にしながら、それぞれの組み合わせをブラッシュアップしていかなければならない。
まだまだ時間はかかりそうだが、それでも確実に一歩を進めた。
俺は自分一人でやらなければならない、なんてとんだ勘違いをしたせいで停滞してしまっていたことを本気で悔やむ。
「なんとなく聞いてただけだけど、いい曲出来そうじゃない」
と沙由菜が急に声をかけてくる。
俺たちが集中しすぎていたせいで、帰ってきていたのにも気づかなかった。
沙由菜は俺の隣に座り込み、小春からの差し入れであろうスポーツドリンクを俺に渡してくる。
「沙由菜、すまんな。全然構えなくて」
「ううん、全然。むしろ、見てるだけでごめんなさいって感じよ」
と沙由菜はううんといいながら首を横に振る。
そのとき沙由菜から放たれた香りが俺の鼻をくすぐってくる。
それは、沙由菜の部屋で嗅いだことのある香りでほのかな甘い香り。アロマディフーザー由来のバニラ系の香りであろう。部屋の香りが衣服からするのはそこに置いておくから当然であろう。
だが、俺はさらにそのことに関して違和感を覚える。気のせいか沙由菜の匂いが変わった気がする? 気のせいか?
いや、今はそんなことはどうでもいいだろう。
沙由菜から受け取ったスポーツドリンクを口にし、再び作業に没頭しはじめる。
「俺の頭の中のイメージでは最初は静かな感じかな。ピアノの音とかも入れられたら入れたい。で、曲が進んでいくと少しずつ静かさの中に激しさがあって、思いが膨らんでいく様子を表現したい」
「なるほど。じゃあ、初めは割とギターの音は抑えて、サビに向けてギターを鳴らしていく感じかな? ピアノの音は明日でもキーボードも持ってきて考えてみようか」
「メロの部分はドラムとピアノと歌で聞かせて、サビ前でギターとベースが乗っかる、サビはスネアの音とメロディの音数を増やして緩急をつけるとかどうだ?」
「考えてみよう。緩急で言えば、メロ部分は普通にして、サビで裏打ちとかディスコビートっぽいノリで叩いてみたり、EDMの要素を取り入れたりしてみても面白いかもね。まぁ、そうなってくるとマニピュレータも必要になってくるんだけど」
結構、中身が専門的になってきていて、若干俺のほうでもついていくのが一苦労になってくる。それだけ俺には音楽的な知識が欠落しているということか……。
だが、二人に協力を仰いで本当によかった、俺の中だけで作ろうとしても緩急一つだけを取って、リズムだとかアイディアが出てきようもなかったのだから。
俺は呆けた顔をしていると、裕也はクスクスと笑い始める。
「なんだか、懐かしいね。新しい曲出来て曲の理解を深めようとしたときに壮馬はちんぷんかんぷんみたいな顔をして、曲を弾いてたんだから」
大五郎は言葉には出さずうんうんと頷く。
「俺もだいぶ知識もついてきたはずなんだけどなぁ……」
「そこまで物を知らずにプロとして舞台に立てていただけ壮馬は異常だ」
そんな会話をしながら、着実に一歩ずつ進めていく。
メロ部分やイントロ、ある程度のフレーズが出来ればそれをループさせることで曲としては出来上がるだろう。
俺らはそのまま作曲作業にいそしみ、スタジオを借りている時間を目いっぱい費やした。
成果は上々で、他にもいくつかのフレーズやサビの候補になりそうなものを作り、時間切れとなった。
俺たちは帰り支度を済ませ、少々時間も遅いが晩御飯の行方を模索した。
俺たちが合流したのが16時頃、休憩を入れたのがその一時間後くらいで、作曲に没入した俺たちは20時くらいまで何も食さずに行動していた。
だが、大五郎と裕也は相変わらず家でご飯が待っていると先に帰っていった。
たまには飯も一緒に食いたいんだがなぁ……、といくばくかの寂しさを感じつつも、俺は沙由菜に外食の提案をする。
最近は沙由菜にご飯を作ってもらうことが増えてきて、なんだかそれはそれで申し訳ない気持ちになるし、帰りも遅くなりすぎたくないしな……。
「たまにはどこかで食べて帰るか?」
「そうね。いいと思う」
俺たちは軽く話し合って、近くのファストフード店に行くことになった。
そして、いざ、そこへ向かうために並んで歩き始める。
ここに来るときとは打って変わり、いつも通り沙由菜と並んで歩いているような感覚。
特にぎこちないような歩き方でもなく、すたすたと歩く。
俺は十数メートル歩いた段階で、一度立ち止まる。
俺は先ほどまでの違和感の正体に気付く。
確かに気のせいかなと思うくらいの違いでしかない。だが、小春とのやりとりを含めた様々な違和感の正体はそうであれば納得がいく。
だが、もしそうであるとして、たった少しの短時間の間だけそうした理由がわからない。
俺を試した?
いや、そんなことをするようなやつらじゃない。いたずらでもないだろう。今このタイミングでそんなことをするメリットはそうそうない。
俺がここへ来る前に思ったこと、学祭の準備に沙由菜は参加しなくてもいいのか、という疑問を思い出す。
もちろん、仕事がないならいいのかもしれないが、沙由菜は割と中心に立ってやってる。
正直、そこまでして俺のことを心配するよりそっちをやってほしいくらいだから、もしスタジオに顔を出しても遅れてきてもいいわけだ。
いや……、もしかして。
「沙由菜、予定変更だ。ふぉうちゅんに行くぞ」
「え、えぇ?! なんで?」
「今日はやっぱり愛のこもったオムライスを食べたい気分なんだ」
スタジオからそこそこに近い距離にあるあの異空間のメイド喫茶。沙由菜が電話をしに出て行ったタイミング。俺らみたいな高校生が働ける時間。
状況的にそこに小春に喧嘩を売った方の沙由菜がいる可能性が高い。
いや、もう端的に言おう。俺がスタジオに共に行き、小春に喧嘩を売り、途中までバンド練習にいてくれたのは冬菜だ。
なぜ初めから気付かなかったのだろう。歩き方がぎこちないのではなく、歩幅が小さかったのだ。いつもとにおいが違うのではなく、例え双子でも暮らしている家や使っているものが違えば自ずと匂いも変わってくるだろう。小春に喧嘩を売るなと忠告しておいたのは沙由菜だけだった。
「わ、私はマックのフライドポテトが食べたいなぁ……」
「後でおごってやるから」
「ほ、ほらでもでも、オムライスはそこそこいい値段するし」
「大丈夫だ、なんなら沙由菜の分のオムライスも奢る。っていうか、沙由菜、すまん、もう気付いた。どうしてそういうことしてるかは知らんが、隠す必要なんてないだろ」
沙由菜は俺の一言で焦ったような顔を浮かべている。
「い、いつから……?」
「気付いたのはさっき」
「どうして?」
「においと歩き方」
俺がにおいというと、沙由菜は顔を真っ赤にしつつ、自分の制服の匂いを嗅ぎ始める。
「大丈夫だ、くさいってことじゃない。むしろ、お前らの香りはなんとなく落ち着く、好みだ」
「ばばば、ばか。大丈夫とかじゃないわよ。好みとかにおい嗅いでへ、変態?!」
「あれ、そんなこと言っちゃう? お前俺のぱんつのに」
と俺が先日の沙由菜の変態性を目の当たりにしたあれを思い出しつつ、攻撃してやろうとするも、
「あああ、なんでもないなんでもない。オムライス楽しみだなぁ!」
とそれに気づいた沙由菜はすぐに大声を出して俺の言葉をさえぎられる。
まぁ、いいだろう。おかげで、説得する必要もなくなったわけだし。
俺たちはそのまま踵を返して、メイド喫茶へと向かった。




