表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰のためでもないラブソング その2  作者: 満点花丸
第三幕:決意の時
23/25

束の間の平穏と三馬鹿。

 次の日、早く大五郎や裕也に会って伝えたいと思っていたせいでか、その日の授業はひとつひとつがとてつもなく長く感じていた。

 そのせいで、俺はいろいろなところに目線が行ってしまっていた。今、俺の座席は右端の列の後ろから二番目の席に座っている。この位置は横を向けば、ある程度他の奴が何をしているか俯瞰して捉えることが出来る。例えば、今まで注目してこなかったが、佐藤は授業を聞きつつも、別の本を広げていることに俺は今日初めて気づいたり、最近、翠は小日向の方を見る回数が増えていたり。しかし、その視線の先の小日向はボーっと起きているのか起きていないのか瞑想をしていたり、あゆみは……爆睡していたり。

 4月から何度かの席替えがあり、俺の隣の席だった沙由菜も今は別の席に座っている。今はまじめに授業を受けているらしい。

 担任の田中の数学の授業でもない限り、他のクラスメイトたちは近くある学園祭に向けて気持ちが浮ついているようにも見えるのだが、実に勤勉だ。

 昼休みになり、俺とあゆみと翠の三人でたまには学食へ行こうと教室からは席を外した。

 俺たちは各々の好みの定食やらなんやらを抱えて、座席に就く。そして、俺は不意に

「翠、最近、小日向のこと見すぎじゃないか?」

 と突っ込んでみる。

 翠はカツカレーのカツを口に入れようとする真っ最中、誤って手を滑らせ、カツが宙に舞う。

 そして、せっかくの少しの贅沢が無駄になってしまったように無情にも地面に落下する。

「あ、あぁ……カツが……」

「翠、三秒ルール三秒ルール」

「いや、そうこうしているうちに三秒経ってるぞ、きっと」

 翠は泣く泣くそのカツをティッシュでつかみ取り、トレイのわきに置き、しょぼくれた顔で残ったカツをほおばる。

「久しぶりに高峰が調子よさそうだから、教えてやるよ」

「ん? なんだ?」

「翠は学祭で小日向ちゃんと一緒に回る約束をしているんだ。うーん青春だぁ」

 それを聞いたとき、小日向が怠惰の悪魔を捨てようとしている、と一瞬感心したが今日の授業態度を思うと思い改めるのを思い改めた。

 そして、翠の場合は、口に含んだカツを思い切りぶふっと吐き出してしまう。

 きたない……。

「あゆみ、なんで知ってるの?!」

 あゆみはちっちっちと人差し指を振る。お前はこの流れや、そのポーズが好きすぎてわざとこういう展開にもっていこうとしている節があるな……。

 そんなに指を振るのが好きなら、ギエェッピって叫べるようになると幸せになると思うぞ……。

 そして、お決まりのごとく、

「俺がワトソンだからさ! ワトソンの情報網は伊達じゃないぜぇ?」

 という。

 なぜかすごく久しぶりに聞いた気がする。この安心感。

 でも、今回は探偵役すらいないのに、ワトソンだけがいてもしょうがないだろうに……。

 こいつとはしばらくやはり関わりたくはないな。冬菜に告白されたこと、なんて話したらどうなるかわかったものじゃない。

「それにしても、確かに学祭も近づいてきたのに、俺はまったく自分のクラスがどうなっているかとかまったくわからんな」

「まぁ、仕方ないでしょ」

 と翠はせっかくの小さな贅沢を二つも失ったのにも関わらずもう一度カツをほおばる。

 二度あることは三度あるというからなぁ。

「そういえば、学園祭と体育祭で着るためにクラスTシャツの準備してるよな、普通のクラスなら。俺らのクラスはやってないのか?」

 と俺が自分のクラスの事情に疎すぎるが、去年のクラスではむしろもうとっくに発注も済ませていたくらいだ。

「あぁ、俺らは学祭にクラT着ないからな。でも、喫茶店の制服ならもう決まってるんだぜ? むしろ、今日の放課後に届くんじゃないか?」

 翠の受難は二度で終わったのか、問題なく咀嚼されたカツを飲み込むことに成功したらしい。

「そうだね、執事服なんて着たことないから僕も楽しみだよ」

 ははは、お前は依然小日向と紗咲さんにメイド服着せられてただろう。俺は直接見ることができなかったが、あゆみが後で写真を送ってきたのを見て、やはりお前にはメイド服がよく似合うと思ったさ。

 と俺はそれを思い出しながら、あゆみの顔を見る。

 すごくニヤニヤしていて気持ち悪い。

「それに、クラスメイトの美女たちが着るメイド服も楽しみだな」

「なんだ、今更コスプレ喫茶なんてやるのか? 時代錯誤もいいところだな」

「何を言っているんだ、高峰! ウチのクラスには明坂沙由菜嬢というメイドのプロがいる上に、佐藤ちゃん、小日向ちゃんなどの多種多様な美少女メイドを輩出できる粒ぞろいのクラスなのだ。それだけの美少女動物園なのに、それを使わない手はないに決まっているだろう!!」

 美少女動物園って……、彼女たちに謝ろうな。

 俺たちはそんな他愛もない話をしながら、昼飯を終え、5限の授業を受け、6限のホームルームは学祭の準備に充てるということになった。

 その時間の間、俺は特に仕事はない。だが、当日は休憩時間と学祭ライブの準備、本番の時間以外は全てシフトを入れる勢いらしい。

 どのような品を出し、どのような仕事をしなくてはならないのかとかその辺りは把握しておくべきだろう。

 内装を作る係は内装の作業を、宣伝係はチラシなどを作ったりしている。

 俺には特定の役割がないが、一応企画班ということになっているらしい。

 沙由菜とあゆみがメインで行っているらしく、今はその会議をしている。

 何を出すのか、とか原価率がどうだかこうだか、何個売れたらこれだけの売り上げが出て、前年度までの傾向でどの程度の人数がやってくるのか、などから仕入れるものの量とかも決めている。なんとも本格的だ。去年のクラスではこんなことはなく適当に適当な量を発注して大変なことになっていたのを覚えている。

 そんな時だった。沙由菜の電話が鳴り、沙由菜はあゆみを引き連れて教室の外へ出て行ってしまう。

 それから少しして、沙由菜とあゆみと、そしてあんたまた来たのか……。

「こんにちは、ミッドナイトお兄さん」

 3人で衣装なのかメイド服と執事服らしきものを運んできた。

 そして、何日か前に沙由菜がふぉうちゅんに用事あると言っていたのはこの事だったのかと俺は気付く。

 というか、どれだけ沙由菜のためにいろいろしてるの、この人……。そんなのえこひいきっていうんじゃないの、きっと。

 そして、今日の紗咲さんは合法ロリ感がまったくなく、それでも若く見えるせいで大人ぶった女子高生というような見た目である。

 教室の中へ制服となる衣装を運び入れると、紗咲さんは。

「あ、田中くん!! 久しぶりー」

 と担任の田中に絡んでいた。なんだろう、田中もふぉうちゅんの常連、ってことはないのだろうが。

 田中は紗咲さんのことに気付くや、あの厳格にも生徒に優しい田中が、ハトが豆鉄砲を食ったような表情を浮かべている。

 いや、大人の事情に俺は首を突っ込みたくないから見なかったことにしようと思う。

 クラスメイトたちがそのふわふわでかわいらしいメイド服を見て、黄色い悲鳴にも似た可愛いが教室中をこだまする。

 そして、何ともまぁ驚きなことに、これらの制服はクラスメイトの人数分を用意されている、その上に着てみたやつらはみんなジャストサイズだと喜んでいる。都合が良すぎて少し怖いのだが。

「そんなミッドナイトお兄さんの疑問に私がお答えします♪」

 と紗咲さんがいつの間にか俺の隣でそんなことを言い始めた。どうせろくなことでもないから聞きたくもない、が勝手に話し始める。

「お兄ちゃんがくれたクラスの身長体重スリーサイズなどを元にうちの会社が持ってる衣装工場で急ピッチで作ったのです☆」

「……あんたいったい何者なんだ。ってか、このお金はどうするんだ」

「ミステリアスな女の子の方が魅力的、でしょ? お金に関してはお兄ちゃんとの取引でタダです☆」 

 と、突然30歳の色気を感じる声を出してくるが、見た目は少女だ。

 そして、お兄ちゃん、つまりあゆみとの取引を行った、ということは何かしらの情報で紗咲さんはこのメイド服執事服を無償で提供してくれた、ということに相違ないだろう。

「あ、もちろん、これはレンタル扱いにするので、あとで返してもらいますけどね」

 と紗咲さんは付け足す。ある意味オーダーメイドで作った服を返却してその後何に使うのか、は置いておこう。

 とりあえず、なにがしかのご都合的な因果が働いて、俺らの学祭の喫茶店は他のクラスには類を見ないほどのクオリティで行われるらしい。

 そんな中、

「ない……」

 という声が聞こえる。翠だ。

 何がないんだ。下半身についているあれか?

「壮馬、ないんだ。僕の服が。は、もしかして、僕のことだけ忘れられた!?」

 と俺と目があった、翠は悲壮感たっぷりに俺に言ってくる。そして、俺の服は見つけたのか、それを俺に渡してくれる。

 俺は不意に先ほどの昼休みのあゆみのニヤニヤした顔を思い出す。

 あれは翠が執事服を着るなんて初めてだ、と言っていたときだった。

 ……つまり。

「翠、ちゃんと探したか?」

「探したよ、でも本当にないんだ。さすがに僕もそこまで馬鹿じゃない」

「いや、違う……。翠、お前のメイド服を、探したか?」

 絶望に歪む翠。

 この世の終わり。

 さらば。

「翠くん。ほ、ほら、翠くんの制服だよ、試着してみようね……」

 といつのまにか翠の後ろにメイド服を持った小日向が経っている。南無、翠。

「うぎゃああ、いやだぁあああ、僕は男だぁあぁあ」

「大丈夫、大丈夫だよ、優しくするから、ね?」

 と小日向は翠の肩を万力のような力でつかみ、そして、一瞬にして着替えさせる。

 その姿を見たクラスの女子たちは、スマホを向けるやつもいれば、突然化粧ポーチ化粧ポーチと自分の化粧ポーチを探す奴もいれば、カツラはないけど演劇部にウィッグならあると突然走り出す奴がいる。

 モテモテでいいじゃないか、翠。

 だが、翠はわなわなと震え始める。

 いかん、それはまずい。

「ぼ、僕は男だぁあああ」

 と叫びながら、メイド服のスカートの裾をつかみ、パンツを見せびらかし、終いにはそのパンツにも手を掛ける。さすがに、男アピールをするために下半身を教室で露出するのはいくらなんでもまずい。

「それだけはあかん!!!!」

 と俺は思い切り翠を押し倒し制圧する。

「い、いてて……」

 教室のタイルが普通に硬いせいで、それなりの苦痛を他所に状況を把握するよう努める。

 そして、かしゃりという音が聞こえる。

 誰かの上履きを履いた足元が見える。

 俺は顔を上げる。スカートがひらりと揺れるが、見えそうで見えない絶妙な塩梅。

 腰に手を当てて、怒ったようなポーズをとる、沙由菜。

 さらにかしゃり。BLよ、BLという声も聞こえてくる。

「いたた……、壮馬、ひどいじゃないか……って、あれ?」

「いくら、翠くんが可愛いからって、男に手を出すなんて、あんたも落ちたわね、そーま」

「いや、待て。これは翠がいきなり露出狂になりそうなところからみんなを救ったんだ。むしろ感謝してくれ」

「その意見を受け入れてあげるとして、この騒ぎどうやって収束するの?」

 ざわざわざわつくクラスメイト。BL,BLと叫ぶ女の子の声につられて、他のクラスの女子もその騒ぎを見に来ていた。 

 俺は翠を押し倒したままの格好で固まっている。

 騒ぎの収束と言っても、何をすればいいんだ。

 俺はひとまずあゆみに一瞥をくれてやる。

 しかし、あゆみはてへぺろっと悪びれもしない様子を俺に示してくる。

 む、むか……。こんなのあゆみが全部仕組んだ罠だ……。

 俺がそう思い考え込んでいると

「みんな、落ち着いて。そーちゃんは女の子大好きな変態さんだから、ただの事故だって。はーい、撤収撤収」

 と佐藤がクラスメイトや隣のクラスの奴らを散らし、騒ぎをおさめる。

 俺はその隙に立ち上がり、翠を起こしてやる。

 騒ぎが収まったとたんに、佐藤はこちらへやってきて、俺の肩に腕を乗せてくる。

「ほんと、そーちゃんは三馬鹿するのすきだね。そういうところもまた可愛いんだけどねぇ」

 とにまにまと俺を見てくる。

「いや、これは違う。すべてあゆみの仕業だ……」

「はいはい、そーちゃん結構人気者なんだから、あんまり目立ったことするとすぐ騒ぎになるんだから気をつけなよ?」

 佐藤はそう忠告してくると、沙由菜の方へ近づき、沙由菜にも何かこそこそと話している。

 沙由菜の表情は徐々に青ざめた様な焦ったような顔を示す。

 佐藤め、沙由菜にいったい何を吹き込んでいやがる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ