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誰のためでもないラブソング その2  作者: 満点花丸
第二幕:変化の時
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君の想い。

 俺は冬菜の部屋に招かれた。ここに来るのもそれなりには久しぶりな気がする。あの日、必死で冬菜に食らいついたあの時以来だろう。

 あんな騒ぎを起こしはしたが、不思議と周りの人たちに503号室の前で叫んでた人という烙印は押されなかった。

 あの時は冬菜を不意に抱きしめてしまうということもしてしまったが、あのことについてそれ以降冬菜から何か言われてすらいない。記憶から消去でもしたのだろうか。

 俺は冬菜の部屋に、そのときと同じような体制でだが、ギターを広げていくつかの音を試していた。

 キーの設定自体は後でメロディをつけるので、ある程度自由でいいはずだ。テンポもその都度上げたり下げたりすればいい。それはすでに俺が自分一人でやっていて思った結論だ。

 だから、そこからさらに智也の意図をどうにか理解して先に進めていくしかないだろう。

 俺は一度手を止め、ベッドに座る冬菜に声をかける。

「それで、何を話すんだ?」

「まずは、最近避けたり冷たい態度を取ってしまってごめんなさいってことです……」

「それは別に気にしてない、というと嘘になるけど、何か理由があったんじゃないのか?」

 それに今こうして話してくれるだけでもありがたい上に、やはりそうする理由があったというのが明白になったわけだ。俺が嫌われたというわけではない。

 冬菜は俺の問いに頷き、話を続ける。

「はい。まだ、秘密にしておきたい話でもあるので、全部はしっかりお話しできないんですけど……。ひとつだけ言えるのは、そのお姉ちゃんから聞いたので……」

「あぁ……。えっと、小春のこと、か?」

「小春さんのこと……?」

 と冬菜は首をかしげる。

 ん?

 あれ、沙由菜は小春と付き合えるかもって話を冬菜にしたんじゃないのか?

 あ、いや、正確には言及していなかった気がしてきた。沙由菜はあの時、昨日の件、とだけ言っていたな。ん、ってことは?

「あの、バンドの再結成の話です。壮馬くんが頑張って曲を作らなきゃいけないから、私たちはあんまり邪魔しないようにしようって。なので、私の方から避ければ壮馬くんもしっかり自分のことに集中できるかなって思って……」

「な、なんだ……、そういうことか……」

 いや、でも俺思いっきり沙由菜に邪魔されている気持ちになった気が……。いや、そう思っただけで、実際に沙由菜は俺の邪魔自体はしていないか。

 たぶん、そういってもなお、俺のことが心配で一緒にいてくれたんだろう。やはり、頭があがらんな。

 え、じゃあ、あとでしっかり悩もうと思ったがもう何も悩む必要ないじゃないか、冬菜の件に関しては。俺の単純な誤解と、冬菜がやりすぎたってだけだろ、きっと。

「で、結局なんで話そうと思ったんだ?」

「それは、その壮馬くんがすごく暗い顔をしてたので……。私が冷たくしすぎたせいもあるのかなって少し思ってしまって謝りたくて……」

 冬菜は少し顔をうつむけてそういう。

 確かに、冬菜に避けられて傷つくなぁ、と少しは思ったが、それ以上に作曲に関して悩んでいたから、別にそれ自体に文句はない。それにしても、俺はいろんな奴に心配されるくらいには相当やばい顔をしていたんだな……。

 思えば、あゆみも翠もそこまで積極的にかかわってこようとしてなかった。

「大丈夫、冬菜に冷たくされたのは確かに気にはしたけど、冬菜のせいではないぞ」

 と俺がいうと、冬菜は少しほっとした表情になる。

 もっと安心した顔をさせてやりたいという気持ちにかられ、俺はさらに続ける。

「今は確かにバンドの再結成とかで悩むことも多いけど、冬菜と話すことが邪魔になるなんて思わないから、いつも通り接してほしいんだけど……」

 俺は一度冬菜から目をそらし、改めて、4536進行のコード、Cメジャーのキーで適当にいくつかのリズムで引く。

 だが、ギターに目をくれていると不意に俺の鼻に少し甘い柔軟剤のような石鹸のような香りが届く。

 そして、その瞬間に俺の背中には何か温かく柔らかい感触が伝わってくる。さらには、俺の首の回りに腕が伸びてくる。

「な、え、冬菜?!」

 そう、冬菜は大胆にも俺の後ろから俺を抱きしめてきたのだ。

 えっと、これは一体どういうことだ?

 俺の頭はその行動への理解がまったくできない。冬菜も言葉を一言たりとも発しない。

「ちょっと、冬菜さん……?」

 冬菜は思い切り、俺の首筋あたりでくんくんとにおいを嗅ぎ始める。

 ちょ、っとまって、わけがわからないよ!

「お、おい、なんだ、どうした」

 と少しじたばたすると、冬菜のホールドはさらにがっちりと俺に決まる。

「私も、本当は壮馬くんとお話しができなくて少し寂しかったんです。なので、ソウマニウムを摂取してるんです……」

「ソウマニウムってなんだ、それ。新種の金属元素か!」

 ともはや頭の回転が速くなったのか、逆に混乱してしまっているのか、どちらにせよ熱暴走したような俺の頭は無意識に突っ込みをし始める。

 冬菜はくすくすと笑いながら、

「そうですね、幸せ成分たっぷりの元素かも知れませんね」

 とつぶやく。

 いや、なんだそりゃ……。冬菜のその一言に俺も少し肩の力が抜けて、笑いがこみ上げてくる。

「あ、は。あっはっはっは!」

 なんとなく、少し落ち着いてくる。

 むしろ、こうされている方がもっとも落ち着けるまである。

「壮馬くん……」

 耳元で冬菜の声が聞こえてくる。

「なんだ?」

「壮馬くんが苦しそうな顔をしているのを見ると、なんだか私もちょっと苦しいなって思うんです」

 あぁ、俺も。苦しそうな顔をしているのを見ると少し苦しくなる。

「私に何かできることはないかなって思ったんです。でも、今回に関しては私が壮馬くんに何かをしてあげられることなんてないなって思ったんです。だから、私には邪魔しないように避けることしか出来なくて。でも、それは間違いでした。私は壮馬くんのお話が聞けます。だから、たくさん私に話してほしいです。嫌なことも全部一人で抱えないで私にも話してください。喜びを分かち合うだけじゃ寂しいです。苦しみだって、分けてほしいです……」

 俺は冬菜の言葉をしっかりと噛みしめる。

 俺は冬菜の言葉から、さっきの佐藤が言っていたことを思い出す。

 智也の意図と、俺の周りにいる人が抱えてる同じような想い。

 俺はもっと昔のことも思い出す。

 思えば、昔からそうだったのかもしれない。俺はだれにも頼らず、親に生かされているが、それでも自分一人で生きている感覚を持っていた。

 小春と出会って、小春と一緒にいる喜びをしって、それがダメで、俺は一人で落ち込んで、誰にも相談せず、俺の勝手な都合でバンドへの三下り半を突き付けた。

 今だって、バンドの再結成は俺の勝手な都合ではあるが、それは俺だけではない、大五郎や裕也も同じ気持ちを持ってくれていた。それなのに、俺はその二人を頼ることもなく、独りで解決するって考えていた。

 周りにもたくさんの大切な人がいるといっても、結局は自分のことだからと誰にも相談せずに来た。

 冬菜との一件で大切な人が周りにはたくさんいて、そいつらと共に一緒にいられる喜びを知ったと思っていたのに、自分の過去に向き合った途端、なんで俺は同じ過ちを犯しているんだ。

 情けない。だが、冬菜の一言のおかげではっきりとわかる。

 智也も同じ気持ちなんだ。コード進行以外なにも書かれていない真っ新な譜面。そして、そのコード進行がポピュラーなコード進行であるということ、それは再結成を拒むものなのではないのだ。俺たちが作りやすいように、王道を作るという智也の意思表示でもあり、自由に俺が作ってもいいという言葉であり、俺一人でいきなり作るのは無理であろうことは承知の上で、智也自身を含めた三人をもっと頼れ、というメッセージ、なのだ、きっと。

「冬菜、ありがとう。もう、大丈夫だ。俺はもう大丈夫な気がする。だけど、もし俺がまた困ったら、冬菜も話を聞いてくれるか?」

 と俺がそういうと、冬菜の抱きしめる力が余計に強くなる。

「もちろんです。じゃあ、一個だけ私から質問してもいいですか?」

「あぁ、もちろん、なんだ?」

「小春さんのことって、なんですか……?」

 そうか、沙由菜はそっちを言っていないというわけだ。つまり、沙由菜が小春と俺が付き合える可能性はまだあるといったような話を冬菜は知らないのだ。

「沙由菜が言ってたんだ。小春が俺のことを本当は好きで、何か事情があって付き合えないんだ、だから俺が頑張れば小春と付き合えるとか抜かしてて。俺にはもう未練なんてないって言ってるのに」

 こういう話をしていたとしても、やはり冬菜はなかなか俺を開放してくれようとしない。

「なるほど……。わかりました。じゃあ、最後に壮馬くん、もうちょっと私の話、聞いてくれますか?」

 さすがにそろそろこの態勢は恥ずかしいので、それはやめてほしいのだが……。

 話ならいくらでも聞くさ。

 だが、やはり冬菜は離してくれようとはしない。

「本当はもっと先にしようと思ってたんです。もっと壮馬くんが落ち着いてから、お姉ちゃんがもっと自分の気持ちに素直になったらって」

 冬菜が何を言おうとしているか、俺にはあまり検討がついていない。的を射ない発言だ。

 だが、冬菜が聞いてほしいというので、その言葉を一つ一つゆっくり耳から心に直接預ける。

「でも、やっぱり今話しておきます。私はお姉ちゃんほどお人よしではないので」

「それで?」

 と俺が続きを促すようにそういう。

「覚えてますか、一緒に動物園に行った時の事」

 もちろんだ。あの時は、まだ話して間もなかったのに、なんだか初めて話した気がしないほどに笑って話して、今では結構にいい思い出だし、それがなければもしかしたらどこかで冬菜のことは諦めていたかもしれない。

「あの時、壮馬くんが楽しそうに話してくれて、私もなんだか話しているのが楽で、自分でもこんなことなかなかないなって、大切にしたいなって思ったんです」

 それはあの時、ここでも言っていたな。

「その前からお姉ちゃんを笑顔にするあの人は何者なんだろうって気にはなっていました。でも、それは人としての興味でした。それから、壮馬くんが私の心に寄り添ってくれて、私にちょっとキザですけど真夜中の太陽になってやるって言ってくれたのは本当にうれしかったんです。それからも、私のことをたくさん気にかけてくれて、話してくれて、一緒に遊んでくれて、お姉ちゃんと仲直りできたのも、今こうして幸せな気持ちでいられるのも全部全部壮馬くんのおかげです」

「なんだよ、いきなり。照れるじゃねぇか」

 と俺が言うと、冬菜は一度ホールドした手をほどき、俺の耳に手を添える。

 な、なんだ?

「壮馬くん、ライトノベルのラブコメ主人公みたいに聞き逃されたくないのでこうして伝えます」

 と冬菜の吐息と声が俺の耳をくすぐる。え、まて、なんだこれ。

 そのとき、俺の脳が捉える時間が急激に遅くなったように錯覚する。

 何度も言うが夏場でも夜はそれなりに寒い。窓を開け放って寝ると風邪をひくことすらある。だが、これも錯覚だ。窓は開いていないのにカーテンがふわりとはためいた気がする。

 そして、静寂。

 まるで俺と冬菜だけがこの世界にいるかのように世界が固まり、冬菜の息遣いのみが聞こえる。

 そして、におい。

 俺の鼻に届く匂いは何にも形容しがたい、だが心地よいそれだけで安らぐような香りがする気がする。

 そのとき、やっと俺は自分の心臓が鼓動を速めていることに気付く。

 聞いたことがある。小さい生き物の方が心臓の鼓動が早く、寿命も短い。だが、人間と同じ回数だけ鼓動をし、死に至る。つまり、人間にとっての取るに足らないネズミの一生の時間はネズミにとっては人間が生涯を終えるのに等しい時間だと感じている。

 つまり、今俺のこの時間が急激に遅くなった感覚は俺の心臓の鼓動が早くなっていることに由来するのだろうか。

 どれだけ時間が経ったのかさえ俺はわからない。

 だが、冬菜の息遣いは音のない周囲からして、もっとも大きくはっきりと聞こえる。

 冬菜は小さく息継ぎをし、俺にその言葉を告げる。

「壮馬くん、私はあなたのことが好きです。愛しています」


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