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誰のためでもないラブソング その2  作者: 満点花丸
第一幕:こはる
2/25

路上ライブという名の撒き餌。

 俺たちの住む地域の夏は遅い。いや、かなり短い。すでに7月に入っているというのに半袖でいるのもやや肌寒い。俺は一度、寮で制服から着替え、この公園で歌う。

 もう時期、ビアガーデンの季節。俺たち未成年にはまったく関係ないが、一年に一度の盛大なお祭りに向けて公園は活気があふれている。

 土日にもなれば、家族連れが公園にある噴水付近で子供たちと遊んでいる姿が見られる。

 今は、学校帰りの学生や、会社帰りのお姉さんやおじさん、色々な人が俺の周りに集まって、俺の奏でる音楽に耳を傾ける。

 もちろん、俺はこの音楽を伝えたくてここで歌っているが、毎日のようにここで歌うのには別の目的があった。

 もう一度、あいつらとバンドを組んであの舞台に立ちたい。自分勝手なのはわかってはいるが、もう俺はあの時の俺とは違う。

 誰か一人のために歌おうとして、でもその誰か一人が俺の目の前からいなくなった途端に歌う意味も目的も見失ってしまった。

 俺には新しく歌う目的が出来た。沙由菜と冬菜を変えることが出来た。俺はその音楽の力、言葉の力を信じ始めていた。だからこそ、俺は俺の伝えたいことを音楽にして、困っている人や悩んでいる人の力になりたいと思えた。

 誰かのためではなく、誰のためでもなく、だが、俺の、俺たちの音楽を信じてくれている人たちの力になれるように歌いたい。

 それだけなのだ。

 後、俺は一つだけ忘れてはいけない約束があった。

 もちろん、俺一人でもいいということになったのだが、以前、沙由菜と冬菜のために歌った時に借りた軽音部の部室。その軽音部の部室を借りる条件が、俺が、俺たちが学園祭でライブをすること、だった。

 軽音部の部長も狡猾である。軽音部の部費をさらに引き上げ、設備をよりよくするために学園祭ライブの動員数を過去最高に引き上げるのだ、と実際にお礼を兼ねて面会した時に言っていた。

 さらには外部から呼んだ人で動員数を増やしても説得力がないからと、幽霊部員ではあるが軽音部に半ば強引に入部させられたりもした。

 というわけで、俺は今名目上、外でのライブ活動という部活を行っているのだ。

 7月になり、日もかなり長くなってきて、今はもう18時を過ぎている。

 そろそろ潮時かな、と思い、次の曲が最後であることを観客として集まってくれている人たちに告げる。

 そうすると、何人かがお捻りを置こうとする。

「あ、別にそういう目的ではないので、大丈夫ですよ。その代り、SNSでじゃんじゃん拡散してください!」

 といっても、ひっこめてくれない人たちもたまにいるが、俺はそれをどうしていいのかわからずとりあえず貯金箱に入れて置いているというのは内緒の話だ。

 俺の言葉通り、SNSでは俺の路上ライブの映像が拡散され、さすがにそろそろ誰かの目に入っていてもいい頃合いだと思うくらいには注目を浴びていた。

 たまに、それを聞きつけてきたレコード会社の人たちが声を掛けに来ることもあったが、今の段階で一人再デビューみたいなことをするつもりはなかったので、全員がそろってから考えます、と丁重にお断りをしていた。

 だが、肝心の会いに来てほしい奴らはなかなか会いに来てくれはしない。

 いや、もはや見限られているのかもしれないな。と思いながら、それでもあれからここで歌うことをおろそかにはしなかった。

 俺は最後の曲を歌い終わり、片付ける準備をし始める。

 観客がはけていき、片づけ終わるころにたった一人だけそこに残っている人物がいた。

 ようやく来たか。だが、予想外に予想外すぎる人物であった。

 俺は一瞬後ずさりそうになる。いや、大丈夫、もう大丈夫だ。

 久しぶりに見るその顔に、俺の心臓はやや鼓動を速める。顔まで少し熱くなってくる。

 まったく、俺にはもう未練がないはずなんだけどな、でもやっぱり、現金な俺の心臓はその顔を見るとまだ少しドキドキしてしまうらしい。

「小春……」

「久しぶりだね、壮馬君。元気だった?」

 俺の目の前には、俺が初めて歌う意味を作り、初めて恋をした相手その人、明石小春(あかしこはる)が立っていた。

 俺が小春と会うのは中学校の卒業式以来だ。だが、あの件があって、俺がまったく話さなくなった時期から考えると、二年近くは経っているのではないだろうか。

 もし、俺が小春に恨みを持っていたのなら、どの面下げてきたんだとかそういう修羅場になる展開なのだろう。

 さすがに小春が来ることを予想していなかったので、面食らってしまったが大丈夫、俺は誰かがここに来るためにここで歌い続けたのだから。

 俺は小春を見つめる。小春の中学生のときの野暮ったいおさげは少しおしゃれにゆるく三つ編まれたおさげに進化していた。

 セーラー服に身を包み、少しだけ背が伸びたのだろうか、とか少し別の意味で成長したような、少し見ないうちに小春は大人っぽくなっていた。

「壮馬君は身長伸びたねー。顔つきもすごくしっかりしてて……。うん、あいかわらずかっこいい!」

 と小春は俺に近づいて、手で自分との身長差を比較してみたり、少し顔を近づけてきて顔覗きこんだり、せわしなく動く。

 うん、そう修羅場にならない。って、どの面下げてこういうこと言うんだこの女……。

 だが、俺は小春の笑顔を見るだけでなんだか許してしまいそうになる。

 初恋の子には弱いものだ、仕方ない……。

「小春、少し話があるんだ。そこで座って話聞いてくれるか?」

「もちろん! 私も壮馬君と話したくて来たんだもん」

 俺らはすぐ近くにある公園のベンチにすわる。

 俺が先に座ると、小春は相変わらず俺との距離感を無視して、肩と肩がぶつかり合うのではないかと思うくらい近くに座る。

 いや、ぶつかった。

 くっ、俺。いちいち反応するんじゃない。肩がぶつかった程度でそんな唐辛子を食ったように熱くなるんじゃありません!

 このとてつもなく狭いパーソナルスペースをお持ちの小春がどんどん俺の心に侵入してくるから、無理やり俺の心がこじ開けられたことを思い出す。

 俺は小春の方を見てみると、先ほど肩がぶつかったことに対してなのか、耳まで赤くなっている小春がそこにいるのを確認してしまう。

 おーい、小春さん。なんであんたまで顔赤くしてるの??

「小春、あのさ、小春は何の話だ?」

「あ、そう! 大ちゃんが壮馬を連れてこいってものすごい形相で突っかかってきたんだよね。まったく困った子だよー、大ちゃんは。でも、久しぶりに壮馬君の歌声聞けて、すごく安心しちゃった。少し、声も低くなったよね?」

 大ちゃんとは大五郎。小春の幼馴染で、バンドのベーシストダイゴのことだ。

 無駄に身体がデカくて、声も野太い、俺の身の回りにあれだけ漢の中の漢って感じの奴は大五郎くらいだ。しかも、初めて出会った時は小春のことを口説いて悪さをしようとするなよなよしたくそ野郎だといって、出会い頭にいきなり殴られたっけ。懐かしい。

 まぁ、それは置いておいて。

「さぁ、俺はずっとこの声だと思ってたからわからないけど。別に歌も歌いにくくなったとかはないし」

 小春は俺の一言にくすくすと笑う。

「なったよー、少し声もセクシーだし、いつの間にか大人の人って感じになってるもん。それで、壮馬君は?」

 セクシーって。まぁ、小春が俺の声をどう評価しようが別にいいのだけれども。

「いや、俺も大五郎と同じような話だ。実は、色々あって自分勝手だけど、バンド活動を再開させてもらえないかって考えててさ」

「そっか……。うん、わかった。とりあえず大ちゃんにはそう伝えておくね。でも、大ちゃんも連れて来いって言ってたし、久しぶりにこっちに戻ってきたらどうかな?」

 うむ……。それも、そうだな。直接謝ることは大事だろう。

 小春から伝えてもらうのではなく、俺自身の言葉で伝えなきゃならないだろう。

 幸い、誰もいないだろうが、実家も健在だ。母親がいつ帰ってくるかもしれないが、ごくたまにしか帰ってこないのだから、鉢合わせるとしてもハウスキーパーのおばちゃんくらいだろう。

「わかった。じゃあ、土曜日に授業があるから、その後に戻るよ」

「うん、待ってるね。お父さんも壮馬君の顔を見たくて、壮馬は何している、あいつは大丈夫なのかっていつも心配してるから、顔を出してあげてほしいな」

 明石のおっさんは、俺が小春に振られたことを知っているんだろうか……。

 あんたの娘さんが好きだったのに振られたからあんたのところにも顔出さないんだぞ、一応。

 俺の話しておきたい事は話せたので、もう用はないが、どうしよう。

 小春の制服を見る限り、地域、どころかおそらく日本で最大の大学の近くにある女子高に通っているのだろうことがわかっていた。学校帰りにこの辺をぶらつくということは、実家から通っているのだろう。いや、普通はそうだ。うちの学校が特殊すぎるだけで。実際、俺も実家から通うこと自体はできるわけだし。

 俺たちの実家のある地域は、俺の通う学校の最寄りにある駅の先にある駅で降り、さらにバスに乗り換えるという陸の孤島っぷりだが、駅の路線的には一緒だ。つまりは途中までは帰り道が一緒だ、ということだ。

 久しぶりに会ったが、小春のゼロ距離攻撃のせいで気まずさはほとんどなくなってしまった。話をしながら帰るのもいいだろう。

 しかし、それでもまだ話したりないのか、お互いがなかなか立ち上がれずにいた。

 そのとき、茂みの方からがさごそ、という音が聞こえてくる。

 え、なんだ。と思っていると、小春も驚いたのか、俺に飛びついてくる。

「ちょっと、そこのあなた、ファンの子かしら?」

「お、お姉ちゃん。だめだよ」

 あぁ、お前らか。

 後ろを振り返ると、沙由菜と冬菜がそこに立っていた。

 そうだな、お前らもたまに学校帰りにわざわざ見に来てたもんな、その想定をしておくべきだったな。

 なんだか、俺じゃないこいつらで修羅場の起きそうな予感がする……。

 はぁ、こわいこわい。


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