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誰のためでもないラブソング その2  作者: 満点花丸
第二幕:変化の時
19/25

暴食の悪魔。

 少しもやもやしてやりきれない中、バンド練自体はつつがなく終了した。

 時計の針は20時よりも前を指していて、これから晩御飯の時間であろう。

 大五郎と裕也は家でご飯が待っているらしい、一足先に帰っていった。

 明日以降も学園祭ライブの当日までは練習するために集まろうと約束をし、解散した。

 俺はうまく言葉を発することはできない。あの小春の反応はいったい何だったんだ。別に、俺が小春と付き合うつもりがもうすでになくなっていても、それは小春自身が俺の気持ちを受け入れなかったから、あんな表情をすること自体がどこかおかしい。

 むしろ、俺は怒ってもいいはずだ。馬鹿にしてるって。

 だが、沙由菜も言っていた、あの時俺のことを受け入れられない事情が何かあったのかもしれない。だからこそ、俺は小春から小春の思っていることをはっきり聞かなければ非難することなどできないだろう。

 それに、小春が俺のことをそういう気持ちで見ているのだとしたら、俺はどうするんだ?

 いや、今は何よりもバンドの再結成を考えなきゃならない。

 だから、頭のリソースを小春に割いて考えることはできない。だから、その事実があったとしても俺の答えは今も変わることは確実にない。

「あの……、そーま?」

 俺たちは練習が終わってもまだスタジオの受付の椅子に座っていた。

 スタジオ内から出てきてすぐ、俺はなぜかこの椅子に座り込んでしまったのだ。

「わるい、沙由菜。先に帰っててくれ……」

「え、でも……」

 今すぐ立ち上がることが出来るかどうか俺にはわからない。

 大体の今抱える問題は全部俺が出した答えが原因で俺にのしかかってる。俺自身が解決しなければならない問題だ。

 でも、俺に全部解決できるのか? 俺がどんなに頑張ったって、どれ一つとしてうまくいかないんじゃないか?

 少しくらい問題があるからって、沙由菜に当たってしまうような最低で器の小さいやつに作曲をこなし、器用に大切な人たちみんなが笑顔でいられるように立ち回って、そして学園祭のライブを成功させることができるのか?

「そーま、私、そーまが動くまで絶対に動かないからね」

 俺がそう自問自答していると、沙由菜は俺に向かってそう啖呵を切る。

 だが、そんなことはお構いなしに沙由菜のスマートフォンに着信が入る。

「もしもし、あ、佳乃? え、冬菜がどうしたの?」

 と沙由菜は青ざめた様な焦った表情を見せる。

 そして、その表情のまま俺の方を向き直り、

「うん、うん。わかった……。そーまなら今横にいるわ。すぐに戻るね」

 と俺の方を見つめながら、佐藤であろうやつと会話をしおわり、電話を切る。

「そーま、冬菜が……。一緒に来て!」

「ちょ、え、冬菜がどうしたんだよ?」

 と俺は何か不穏な気配を察し、悩むのはここじゃなくてもできると瞬間的に頭が切り替わり、沙由菜の後に付いていく。

 沙由菜は本当に急いでいることがわかるようにタクシーをとっつかまえる。

 冬菜に何かあった、のであれば沙由菜はもっと取り乱してもいいような気もするが、とてつもなく冷静に物事に向き合えている。

 むしろ、俺の方が何か冬菜の身に起きたのか不安な気持ちがおしよせてくる。

 タクシーのおかげでそこまで時間もかからず、俺らは寮にたどり着く。

 そして、沙由菜は女子寮の方へ小走りをはじめ、俺もその後ろについていく。

 沙由菜は努めて冷静で、女子寮に入るのも部屋の前にたどり着くのも一切の迷いがなかった。

 沙由菜が部屋の鍵を開け、

「冬菜!」

 と叫ぶ。

 俺もつられて、

「冬菜!!!」

 と叫んでしまう。

 だが、居間には俺の思ってもいない光景が映し出される。

 小日向がとてつもなく苦しそうな顔をしながら、お茶をすすり、お昼休みじゃないけどウキウキウォッチングもできないくらいに死んだ顔をしている。

 いつもの小日向であれば、飄々とすました顔で茶をすする小日向のそれではない。

 いや、まて。そうじゃないだろ。

「あ、お姉ちゃん! おかえり、お邪魔してます」

「冬菜、ただいまー」

 とぴょこぴょことそのまま沙由菜は居間に入っていく。

「まてまてまて」

「ん? どうしたの、そーま」

 俺の静止に沙由菜は立ち止まり、俺の方に振り返り、ニヤニヤしている。

 俺の目の前に広がる光景は、苦しそうな顔をした小日向、その隣に冬菜が座っている。

 佐藤の姿は見えない。そして、俺の前で沙由菜がニヤニヤしている。ふざけている。

「これは、どういうことだ……」

「あぁ、そーちゃんいらっしゃい……」

 と俺の後ろから佐藤の声が聞こえる。

 そして、佐藤の顔もとてつもなくげっそりとしている。

「何年ぶりだろう、ご飯を食べすぎて戻しちゃうなんて……」

 と佐藤はほんの少しだけ顔色が悪いまま食卓に就いた。

 そして、俺はもう一度沙由菜の方を見る。

「冬菜が、考え事をしてたらご飯を大量に作りすぎちゃったから、おすそ分けに来たんだって」

 俺は自分の思い違いで勝手にめちゃくちゃ焦っていたことに気付きかつ、その面白くもない冗談にずっこけそうになる。

「ごめんごめん、こうでもしないとそーま動きそうにもなかったし」

 とはいえ、どうやら沙由菜はこうなることを確信しながらやっていたらしい。

 いや、確かに冬菜の身に何かが起きた、とは言っていなかった。俺が勝手に誤解しただけだ。不謹慎ととらえるべきかどうかはこの際、どうでもいい。冬菜が無事であるなら、それ以上なにも言う必要はなかろう……。

 だが、これ以上こんな茶番に付き合ってる余裕は俺にはない。

「冬菜が無事ならそれでいいんだ……。俺は帰るぞ」

 と俺が踵を返そうとすると、小日向が口を押えながら、目にもとまらぬ速さで俺の元へやってくる。まて、その歩法を使ってはいけないだろう。俺らは現実を生きている。

 そんなフィクションの世界でしかありえないであろう、縮地法を使って俺の目の前に現れるお前はどこの世界の人間なんだ……。

 と思っていると、俺の胸倉をつかみ、引きずり入れる。

「高峰氏、帰るなんて言わせないよ。あたしたちももう限界なんだ」

「作りすぎたんなら、冷凍して後で食えばいいじゃないか!!」

 と俺は最もらしい突っ込みを入れる。そうだ、こいつらは苦しくて死にそうな顔をしているが、そもそも冷凍保存なりして後ほどそれを食えば、吐き出してしまうなんて愚行を犯さず、食べ物に対する礼儀も全うできたはずだ。むしろ、吐き出す方がその恵みをくれた命に対して失礼じゃないか!!

「確かにその通りだけど、高峰氏、あの顔を見てもそう言えるのかい?」

 と小日向は冬菜の顔を指す。

 俺が帰ると言ったからなのか、少しうるんだ瞳で、しょぼくれた顔をしている。

「あたしたちもこれ以上は食べられないから、あとで食べるって言ったら、冬菜はあんなに寂しそうな悲しげな表情をしたんだ。わかったかい? あたしたちの気持ちが」

 確かに、冬菜にそう言ってあぁ言う表情をされてしまうとたまったものではない。むしろ、食べないことが悪にすら思えてしまう。

 いや、俺が悪い。全部俺が悪い。

「壮馬くん、あの……。最近、ちゃんとお話しできなくてごめんなさい。それについてはまた後で二人でお話したいと思うので、今は私が作った料理を……食べてもらえませんか?」

 はぁ……、天使がいる。

 傲慢の大悪魔ルシファーなんていってごめんなさい、冬菜。俺が全部悪かった。だから、仕方ない……。

 俺は小日向が先ほどまで座っていた席につかされる。

 いわく、冬菜の隣の席だ。

 改めて、食卓に並ぶ品を俺は見つめる。

 テーブルの上にはとあるとんでもない量のヤサイがトッピングできるというラーメンのごとくチョモランマのように肉じゃががそびえたっていた。その他の料理たちはサラダや唐揚げ、野菜炒め的な何かなど様々あったが少しずつ残っているくらいだ。

 だが、肉じゃがだけは別格に存在感を示している。

 俺がその光景に戦々恐々としていると、沙由菜も俺の向かいの席に座る。

「こりゃまたとんでもないわね……」

「沙由菜、これでも私たちだけで半分くらい減らしたんだからね?」

「ひえぇ……」

「いったいどう間違えたらこんな量の料理を作ることになるんだ?」

 というか、これだけ種類豊富に作っていたら、作り始める前の仕込みの段階で気付くのでは?

 それくらいに深刻に何かを考えていた、というのか? いや、深刻に考えていたからって、さすがにそれは間違わないだろう。

 だが、それをわざわざ突っ込んだところで、大したオチにはならないだろう。そう、現実を受け入れよう。現実的じゃなくても、これは俺の目の前に提出された現実なのだ。

 冬菜は俺のためにさらに肉じゃがをよそってくれ、俺に渡してくる・

「お口に合えばいいんですけど……」

 と言いながら、沙由菜にも肉じゃがを盛り付け渡す。

 しょうゆなどの調味料で煮込まれた肉じゃがは黄金色に輝く照りが入っている。

 角が取れて触れば崩れ落ちてしまいそうなジャガイモも、彩りを添える人参やさやえんどう、白滝にたまねぎと豚肉。オーソドックスな肉じゃがだ。

 そういえば、つい先日も肉じゃがを食べたばかりだな、と思いつつ口にほおばる。

 俺の口の中にはしょうゆやみりん、料理酒の調味料の甘味と調和したように食材が持つ旨みが口に一気に同時攻撃のように押し寄せてくる。ほくほくに少し荷崩れかけたジャガイモがたれと溶け合い、絶妙なとろみを生み出し、極上の舌触りである。

 小春が用意した肉じゃがはどちらかと言えば、甘さはできる限り抑えて、塩味の塩梅によって、素材一つ一つが持つ本来の甘味と旨みが強調されるような、酒飲みが好きそうな甘さが控え目な味付けであった。

 どちらもある意味では家庭の味と言えるだろうが、冬菜のそれはおふくろの味というような感覚が押し寄せてきた。俺にとってはおふくろの味ではなく、ハウスキーパーのおばちゃんの味なのだが。

「美味い!」

「うんうん、ジャガイモがほくほくでおいしい!」

「わー、よかったです!」

 と冬菜は笑顔で俺たちの言葉に喜んでいる。

 だが、一方で俺たちの感動や笑顔はそう長くは続かなかった。

 佐藤と小日向があえて肉じゃがを避けて通ってきた理由がよくわかる。

 じゃがいものでんぷん質はかなり重たい。これをひたすら食べればそれは当然、お腹が異常に膨れる。

「も、もう私限界……」

「お、お姉ちゃん大丈夫?」

 沙由菜は俺よりも先にギブアップしてしまう。

 仕方ないだろう。あとは、俺に任せてそこで食いすぎた胃袋を休めているがよい。

「そーまって見かけによらず結構大食いよね……」

「そうか? やっぱりストレスが溜まっているときは食事に限る。さっきまでのもやもやが嘘みたいに胃袋に一緒に落ちていくみたいだ……」

「壮馬くん、足りますか?」

 と冬菜はおずおずと聞いてくる。

 いや、これで足りないはずないだろ!!

 いくら女子とはいえ、三人の女が立ちむってもまだ肉じゃがの終焉は訪れない。

 確かに、このくらいなら俺は行ける気がするが、さすがに足りないなんてわけがない。

「冬菜、これ以上何か作ったらここにいるみんなの胃袋が破裂して死んじゃうわ……。たとえ、そーちゃんが七つの大罪の暴食の悪魔だとしてもね……」

 佐藤はソファに寝転がりながら苦しそうにしていたが、一度起き上がり、俺たちに向かってそういう。

「失礼だな……」

「最初にいったのはそーちゃんだしねぇ。ね、美里?」

「ず、ず、うん」

 小日向はいつもお茶を飲むことで返事をしている節があるが、苦しくて飲めないのか普通に言葉でうん、という。

 とりあえず、そうはいっても俺も結構に満腹だ。

 だが、肉じゃがは徐々に終わりが見え始めている。

 ラストスパートに一気に口の中に掻き込む。これだけ食べると顎も疲れてくる。

 いったいなぜ俺は、曲を作らなきゃいけないのにフードファイトをしているのだろう、と不思議な気持ちになりながら、最後の一口をのみ込んだ。

 佐藤と小日向はその様子を見て、パチパチと拍手を送ってくる。

 沙由菜は紅茶を飲みながらすでに一息ついている。

「く、苦しい……」

「男の人ってこんなにご飯食べられるんですね!」

 冬菜は目を丸くして、驚いたような表情をしながら少しほほを赤く染めている。

 そんなに俺の胃袋に興味が沸いたのかね、君は。

「たぶん、野球部とか以外であれだけ食べられるのはそーまくらいよ、冬菜」

「そうだねぇ、私の元カレもヒョロガリで私より食べられなかったよ」

 佐藤の元カレはどうでもよいが、ヒョロガリとかいわれて少し不憫に感じてしまう。

 とはいえ、佐藤に言い放ったであろう言葉は人としてどうだろうとも思ったので、俺は何も佐藤には言わないでおく。確かに佐藤はギャルギャルしてるから簡単にやらせてくれそうとか思われることもあるのだろうが、実際はそんなことはなくやらせてくれないからなんて理由に別れるなんてどうかしている。

 もしも、俺が沙由菜の言う通り小春と付き合うようになったり、沙由菜と付き合うのだとしても、俺達にはまだそんなことは早い。もっと責任を取れるような人になってからでないとだめだ、ノーだ。

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