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誰のためでもないラブソング その2  作者: 満点花丸
第二幕:変化の時
15/25

メイドさんの黒い気持ち。

 俺は昨日の出来事を思い返していた。智也からの提案はもうやるしかない、それに尽きる話だ。だが、智也が提案してきた内容は俺の今の悩みを的確についた内容だった。智也から裕也へ送られてきた俺への課題はシンプルに曲を完成させろというには難しい話だった。  

智也から送られてきたのはおおまかなコード進行の流れのみ。言ってしまえば、楽曲の設計図だ。どちらが先かは人それぞれであろうが、メロディやそれぞれのパートの譜どころか、曲のキーの設定もその曲のテンポすら決まっていない。

 そこまで行くと、正直、まだ俺にできる気がしない。それも、智也が満足のいくレベルに達しなければならないと思えば、まだまだ俺が一つの曲を一人で完成させるなんて、まずできると思えない。確かに、彼らに対する俺の所業を考えれば、再結成してくれる条件を出してくれただけでも破格なのは間違いないのだが……。まずはどこから手を出せばいいんだ。

「おーい、高峰」

 俺らがバンド活動を休止するまでに作った曲を参考にするか?

 いや、それがだめだと智也が思っているから、おそらくこの曲は完成しなかったのだ……。そうだと思えば、俺がこれまでのバンドの曲を参考にしたところで似た様な曲しか作れないに決まっている。

 素人の浅知恵だ。結局は、俺は曲作りに関してはほぼ素人も同然なのだ。

「おーい、無視するなー」

 どうしたものか。俺には特にいい案が思いつかない。

 確かに、コード進行さえ出来ていればキーとテンポが決まれば、一つの曲が出来たといえなくもない。しかし、その曲を形作るものはそれだけではない。

 メロディもそうだが、それがボーカルという楽器として捉えれば、一番その楽曲を特徴づけるのは各パートがどんな演奏をするか、という話に収束する。

 例えば、『誰のためでもないラブソング』はカノン調の曲だ。

 カノン調のコード進行を持つ曲は驚くほどありふれている。アイドルの曲から流行りのポップ、ロック、音楽の教科書に乗っているような有名な曲まで様々な曲に使われている。

 カノンコードの進行にそのメロディを乗せて歌えば、その曲になるだろう。

 すなわち、同じコード進行でも印象が違うのはメロディ、ドラム、ベース、ギター、それぞれの音が決まって初めてそれが一つの個性を持った歌になるからだ。

 こんなのをほぼ一人でやっていたと思えば、智也の音楽的な才能を痛感してしまう。言ってしまえば、俺はただの歌が上手い人でしかないのだ。

「おーい、ミッドナイトサン」

 俺がそうやって思い悩んでいるのを邪魔する奴がいるらしい。

誰だ、今更俺のことをミッドナイトサンとか言うやつは……。

 なんて、犯人はわかっている。

「あゆみ、もうそれは鮮度も落ちた、つまらんぞ」

「せっかく、ふぉうちゅんに来たのに、なにボーっとしてるんだよ」

「せっかく来たもくそも、お前がいきなりここに呼び出したんだろ、一体何のためかは知らないが」

 俺はしっかりと智也に出された課題を考え、結論を出したいというのに、呑気にもあゆみのやつからの突然の誘いを断らず、俺にとってのとてつもなく居にくい場所であるふぉうちゅんはぁとという屋号のメイド喫茶にいた。

 ここでは、沙由菜がかなでちゃんという偽名を使って、アルバイトをしている。

 俺の考えなければならないことは、智也からの課題だけでなく、沙由菜のことももっと気にしなければならないだろう。昨日のあれを放っておくと何かおかしなことが起きてしまいそうな予感がある。

「あー、ミッドナイトお兄さん! お兄ちゃんに意地悪しちゃだめなんだよー」

 って、あんたもか……。

 しかも、なんかいい感じにレベルアップさせられている気がする。誰がミッドナイトお兄さんだ。上手いこといったと思っていたら大間違いだ、と、この店のオーナーの合法ロリの紗咲さんに脳内でのみ突っ込みを入れる。

 あんまり本当に突っ込みすぎると、さらにボケにボケられて俺の突っ込みが追いつかず、オーバーヒートしてしまう。

「お前聞いてないのか? 今日はめいかちゃんのデビューの日なんだぞ」

「めいかちゃん? 誰だそれ、まったく興味ない」

 まったく聞いたこともない。そんな人がデビューしようが俺は知ったこっちゃない。

 とにかく俺はそんな人のデビューとかはどうでもよくて、俺には俺の課題を完遂しなくてはならないのだ。

 時計は11時を過ぎたことを知らせる。今日はオープンしたてのメイド喫茶のひと時だろう。

 これからデビューを記念した紹介イベントがある、と紗咲さんは付け足しどこかに行ってしまう。

 紗咲さんは一度裏に回り、急に店内が暗くなる。

「はーい、みんなーちゅうもーく」

 と聞き覚えのある、というか沙由菜の声が店内に響く。

「今日から、みなさんの新しいメイドとして働くことになりました、めいかちゃんでーす」

 と沙由菜、ことかなでちゃんがわーっといいながら、その暗闇の中のある一点にスポットライトがあたる。 

 なんというか、嫌な予感しかしない。

 そのスポットライトにすこし見切れるようにかなでちゃんが照らされ、そしてそのスポットライトの中心には……。

 俺はものすごい勢いで席を立ちあがってしまう。

「ふ、ふゆ!!」

 な、と本名で呼びそうになるが、ここでは芸名源氏名を用いているため、それはご法度な行為だと、俺の驚愕はなんとか理性により押しとどまる。

「な、なな……、はぁああ?!」

 と俺にもスポットライトが当たってしまいそうなくらい大きな声を出してしまう。

 その辺りの客たちがうるせーとヤジを飛ばしてくるため、俺は少し恥ずかしい気分になりながら、おとなしく座る。

「ちょ、ちょっとまて、あゆみ。こんなの聞いてないぞ」

「いや、むしろ、なんでお前が聞いてないんだよ、もしかしてお前嫌われてるのか?」

 ぐさ……。

 最近、俺はたまにもしかして冬菜に嫌われているのではないか、と思ってしまうことがある。つまり、あゆみは的確に俺が少し気にしていることを思い切り傷口をえぐるように思い切りぐりぐりと突き刺してくる。

 もちろん、思い当たる節がないわけじゃない。そもそも最初の出会いの時も少ししつこかったかもしれないし、他にも俺が無理やり力づくで冬菜の本を奪い取ろうとして、押し倒してしまったりもした。

 俺は改めて、めいかちゃんと呼ばれる冬菜の方を見つめる。

 だが、冬菜も思い切り固まっている。それも俺の方を見ながら。

「ふ、めいかちゃん? どうしたのかな? ご主人様にご挨拶、しましょ?」

 と沙由菜が促す。さすがはお姉ちゃんだ。と感心しつつも、俺はその動向を見守るしかできない。

「あ、すみません、お姉ちゃん。ご主人様、お初にお目にかかります、めいかと申します。これから、頑張ってお勤めして参りますので、よろしくお願いいたします」

 わあああというふざけた歓声が店内を響き渡る。

 かなでたんとうり二つなんですけど?! みたいな声もちらほら聞こえてくる、そりゃ一卵性の双子なのだから当然だ。

「あ、ご主人様。めいかちゃんは、実は私の実の双子の妹なんです! だから、いじめたらぜーったいに許しませんからねー!」

 仮に実は嫌われていたとしても冬菜のことはよく知っている、という俺の優越感は一瞬にして崩れ去る。

 俺だけではないが、頑張って二人の関係を修復できたのに、この客の奴らは何も努力せず二人が双子であるという情報を手に入れて、俺は嫉妬で狂いそうになる。

 畜生。いや、まて、俺のモノローグ。いくらなんでも、嫉妬しているからといって、キャラが崩壊している。務めて冷静なれ、クールになれ、高峰壮馬。

 一連のめいかちゃんの紹介イベントも終わり、メイド喫茶は通常営業に戻る、がめいかちゃんは俺らのテーブルに一目散にやってくる。

「ご主人様、メイドの黒い気持ちのおかわりはいかがですか、そして、壮馬くんは何でここにいるんですか?」

 とめいかちゃんは引きつったような笑顔で俺を見てくる。

「めいかちゃん、俺は目の前にいる変な奴にいきなり呼び出されたんだ、申し訳ないが俺じゃなくてそいつに尋ねてくれ」

 俺がそういうと、めいかちゃんの黒い笑顔の矛先はあゆみへと向かう。

「え、そりゃだって、めいかちゃんのお披露目会ときたら、それは常連としては来ないとな! な?」

 あゆみは俺に同意を求めてくるが、俺は決して常連ではない。あゆみに連れてこられるだけだ。

「ほんと、西野くんは佳乃が言う通り、本当に最低のクズですね。へそでも噛んでピーんじゃえば?」

 めいかちゃんもおそらく自重したため、ピーと自分で言ったのだろうが、俺にはわかる。どこかで聞いたことある、そのセリフ!

 そんなことは冗談でもいってはいけませんよ!!

「もう、ほんと最低……」

 とめいかちゃんは結局、そのままぶつくさ言いながらこのテーブルから姿を消す。

 だが、あゆみはあれだけ汚物扱いされたにもかかわらず、気持ち悪いくらいにニヤニヤしている。

「あれが、本当のメイドの黒い気持ち、ってか? うーん、これは一本取られましたな」

 楽しそうでなによりだ……。もし、俺が冬菜にあんなこと言われた本当にへそでも噛んでピーんでみようかな、って思ってしまうぞ。

 そんなことは置いておいて、なんでこの店でバイトをし始めたんだ、本当に……。

俺は席を立ち、すぐにめいかちゃんの後をつけて、小声で話しかける。

「冬菜、なにもこんなところでアルバイトする必要ないんじゃないか? ほら、バイトなんてもっと他にもあるだろ?」

 こんなところは、さすがに失礼かもしれないが、いくらなんでもいきなりここでバイトするのはさすがにどうなんだ?

 と疑問に思ったので、俺はそれを確認する。

 冬菜はその一言に、小さくため息をつく。

「今お仕事中なんですけど? それに、私がどんなアルバイトをしても自由じゃないですか? 壮馬くんは私の彼氏なんですか? それともお父さんなんですか?」

 えぇ……、冬菜さん、それはいくらなんでも手厳しすぎませんか。

 俺も別にそういうことを言いたかったわけじゃなくて、単に心配して言ってるだけなんだが……。

 それとも、本当に俺は冬菜に嫌われてしまったのか。わからない、わからなさすぎる。

「それ以上用がないのでしたら、失礼します」

 といって、めいかちゃんと名付けられた冬菜はキッチンの方に引っ込んでいった。

 俺は冬菜の冷たすぎる反応にどうしてよいかもわからず、その場に立ち尽くしてしまう。

 なぜ急にこんなに考えなければならないことが大量に降りかかってくるんだ……。本当に頭がパンクしそうだ。

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