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誰のためでもないラブソング その2  作者: 満点花丸
第二幕:変化の時
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難問。

「よぉ、クソ野郎、元気だったか? じゃないでしょ、トモくん!」

 といの一番にその言葉に反応したのは小春だった。

 しかし、智也にクソ野郎呼ばわりされるのは別に初めてではない。上に、クソ野郎と呼ばれてもおかしくはないことをしたのだから、俺は特に気に留めない。

 それよりも、画面に映る智也のいる場所だ。パッと見るとどこかのホテルの一室のようなところでかつカーテンの隙間から見える外はすでに真っ暗だ。

 今はちょうど昼時を過ぎた頃。まだ俺と沙由菜は昼ご飯を食べていないが、とっくに昼食を食べ終わっていてもいい時間だ。

 その風景と俺たちのいる場所でのその大きな違いは智也が今日本にはいない、という事実を明確に示す。

「智也、今日本にいないのか?」

「おぉ、よくわかったな。今はアメリカだ」

 アメリカと一言で言っても広すぎていったいどこにいるのかすら検討がつかないが、それ自体は大した問題ではない。

 俺が気にすべきところはなぜ今アメリカにいるか、ということだろう。

 アメリカの普通の家がどのようなところかまではわからないが、普通の家、という風には見えないような作りであることは間違いないのだが。

「で、なんでアメリカにいるんだ?」

 俺は率直にそう投げかける。特に想像しても意味がないし時間がもったいない。

「今は修行中だ。といっても、色々な景色を見て回ってインスピレーションを獲得しているだけだ。特にここに定住するつもりもないし、もうしばらくしたら帰るつもりだ」

「兄貴、カッコつけてるけどただの旅行だよ、壮馬」

 と弟だからこそ知る裕也が俺にその実態を教えてくれる。

 この兄弟は自分たちがカッコいいことを知っていて、それでも少し自分のことが好きすぎるのであろう、カッコつけたがるわけだ。

 少し笑いそうになりながら、相変わらずの智也で俺は安心する。

「まぁ、それはどうでもいい。実際にここに来て曲が降ってきているのも事実だ」

「智也さん、それで俺たちが壮馬を呼んだ理由をそろそろ説明しましょう」

 大五郎は智也のことを大変尊敬しているらしく、唯一俺らの中で智也に敬語で話しかける。呼んだ理由の説明の前に、それは俺から言わせてもらいたい。

「ちょっと待ってくれ。俺が先に言う。智也、大五郎、裕也。本当に自分勝手で申し訳ないんだが、もう一度やり直させてほしい。俺はまたみんなでバンドをしたいんだ」

 俺の思っていることを包み隠さず話した。だが、一番に大きなため息が画面上から聞こえてくる。

「壮馬、お前の言いたいことはそれだけか? なんでお前がまたバンドをやりたいって思った? お前がやめたんだぞ、バンドを。何を思い、何を考えてそうなったのかもっと説明しろ」

 そう、俺は単に意見を述べただけだ。俺が小春に振られてしまったことで俺は歌う意味も目的も失ってしまったからやめた。それも俺はこいつらには伝えてある。

「そーま、私たちのことは話してもいいから」

 と沙由菜が俺にフォローを入れてくれる。

 パソコンは俺の方に向いていて、その対面に座る沙由菜はおそらく智也の側のパソコンには映っていないだろう。

 だが、その声が聞こえてきたのか、智也は舌打ちをする。

「なんだ、また女か?」

 いや、そういうわけではない。と内心でつぶやくが、広げた意味で考えるときっかけは冬菜でもあるし、沙由菜でもある。

 この二人が俺に再び歌う理由をくれた。

 だから、否定もできない。大切な人、大切にしたい人に向けてメッセージを届けたい、そして、それがその人たちに対して助けになるように歌いたい、それが再び歌いたいと思った理由ではあるが、二人のためではないと言ったらそれも嘘になる。

 そう思い、押し黙ってしまっていると、智也は続ける。

「はぁ、壮馬よ。俺の答えはノーだ。確かに最初にお前を引き入れたのは俺だ。お前は俺に次ぐ天才、いや歌に関してだけ言えば俺よりも天才だ。だが、お前はその才能をたった一人のために使い、そしてそれがダメだったから捨てようとした。そのくせ、また女が出来たからやるなんて、それは筋が通らないよな?」

 いや、智也の言うことは事実だ。一部、誤解もあるが、そもそも俺がやめると言い出したのに、その俺が歌う理由が出来たからってまたやろうというのは自分勝手で筋の通った話ではない。

 俺がそうやって黙っていると、沙由菜は俺の後ろにやってきて、画面に映りに来る。

「あの、智也さん、初めまして。明坂沙由菜と申します。そーまの同級生です。最初はそーまもずっと自分はもう歌わないって言ってたんです。でも、私と私の妹のために無理して歌ってくれて、たぶん、それがきっかけだったと思うんです。そーまがまた歌いたいって思ったのは。だから、私たちはきっかけに過ぎなくて、私たちのために歌いたいってそういうわけじゃないんだと思います。そーまは同じ失敗を何度も繰り返す人じゃないって私は思います。だから、誤解でそこまで決めつけたようにいうのはよくないんじゃないですか?」

 沙由菜はありがたくもそう反論してくれる。しかし、おそらく筋が通らない話はやはりそこではなくて、俺がもう一度やりたいということ自体が間違えているのだ。

「兄貴、兄貴はノーっていうかもしれないけど、僕も大五郎も壮馬がもう一度やり直したいっていうならぜひまた一緒にやりたいと思ってる。僕たちにとってはあの日々がすごく輝いて見えていたわけだし、このまま思い出の中にしまっておくのももったいないと思ってる」

 と裕也も物申し、大五郎はうんうんと相槌を打つ。

 それに対して、智也は少しの間沈黙する。

 どうしたもんかと俺は周りを見るが、小春が心配そうな面持ちで俺らを見つめてくれているだけで、あとは俺らもこれ以上動きようがない。

 それに、俺がここで反論しても、言い訳にしか聞こえないだろう。俺は間違いなく、正しくバンド再結成をしたいと願うだけだ。

「それでも、俺はもう一度みんなでバンドをやりたい」

 と沈黙している智也に語り掛ける。

「ふぅ……。まぁ、俺も鬼ではない。一度だけチャンスをやる。今から譜面を送る。お前が去る直前に作り始めた曲だ。お前がやめるといってから、この曲を作るのをやめた。し、俺にはこの曲をどう調理していいかわからずにずっと思い悩んでいた曲だ。この曲を完成させろ、そして俺を納得させろ。それが出来たらもう一度バンドを再結成してもいい。だが、もし完成させられなかったり、納得できない仕上がりであったりしたならば、金輪際俺はお前との一切の関わりを断って、バンドを再結成できないようにする。いいか?」

 いいに決まっている。破格の条件だろう。俺が説得するのに並べる言葉ではなく、実力や誠意で示せということだ。確かに、俺には作曲の知識なんてほとんどなくて、一部の楽曲を智也の見よう見まねでコード進行、というより鼻歌からメロディにし、そこからコードをさらっただけなのだが、を作っただけしかない。曲を完成させるということは、どこまでできているかはわからないが、楽曲のキーやコード進行、テンポ、メロディ、そのほか楽器のパートの演奏を決め、歌詞をつけ、それを歌うということだ。

 そんなところまで俺はやったことはない。だが、それでも許される条件が提示された以上、破格でしかない。

 そして、俺は俺のために期日を設けるべきだと考えた。

 もちろん、もっと時間をかけてもいいのかもしれない。やったことがほとんどないのだから。だが、そうしないと俺は智也に甘えてしまうかもしれない。だからこそ、俺はその日を期日にすることを決めた。

「わかった、やる。もう一つのお願いだ。それがもしうまくいって再結成できることになったら、俺らの高校の学園祭で復活ライブをしよう。だから、俺もそれまでに智也が未完成のままにしている曲を作る。それが期日だ」

「よし、それも承知してやる。だから、こうだ。お前が学園祭のライブのその日までに完成させられなければ、バンドの再結成はなし。完成させたらバンドは再結成、学園祭に復活ライブを行い、その楽曲も演奏する。これが俺とお前との賭けだ」

 その楽曲を演奏する、で大五郎も裕也も少し驚いた顔をする。

 それはそのはずだ。俺がもし曲を完成させてもってきてもそれが当日であれば練習できる日なんて全くない。

 俺が作るのだから、ある程度俺は練習せずとも歌ったりギターを弾いたりはできるだろうが、それでもバンドでやる以上、全員で通してやらなければうまくかみ合うわけがない。

 つまりは、デッドラインは当日だが、当日よりももっと前に完成させる必要がある、ということだ。

 だが、俺にはそれくらいをやる覚悟で挑む以上にこの試練を与えた智也を納得させられないだろう。

 俺は、もうやるしかないのだ。

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