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誰のためでもないラブソング その2  作者: 満点花丸
第二幕:変化の時
11/25

来たる土曜日。

 小春との約束を控えた残りの授業、俺は特になにも変哲もなく授業をこなした。

 特筆するべき点はほとんどないが、なんとあの佐藤が本当に体調を崩していたらしく、2日連続で学校を休んでいて、沙由菜と冬菜がよく佐藤のことを見ている、と感心していた。

 そして、俺は土曜の授業が終わり、俺は一度寮に戻り制服から着替え、1日実家に泊まるための準備を整え、寮を後にした。

 特に寄り道する事なく、寮の門にたどり着くと、寮の門の前に人影があることに気付く。

「よっ」

 と俺に声をかけてくるそいつに俺も反応を返してやることにする。

「沙由菜?」

「これから小春ちゃんのとこ、というか実家に行くんでしょ?」

 沙由菜の格好をまじまじと見ると、いつものように少しボーイッシュというか、スポーティなファッションで、臀部が隠れる程度の丈感のオーバーサイズの黒色のパーカーを着ている。一見きわどく見えるが、パーカーの下にはデニム生地のショートパンツが見え、その足元に目を向けるとボリューミーなスニーカーが足の細さとの相乗効果により際立つ。

 そして、なによりも旅行鞄のような大きさのボストンバッグを肩にかけている。

「どうした、旅行か?」

「とぼけなくてもいいわよ! 私も、……行く」

「なんで?」

「なんでって、そりゃ、私も久々にお父さんのとこに行こうかなぁって。ほら、小学校の途中で転校したけど、お父さんはまだあっちで暮らしてるし。それに冬菜のことも報告しておきたいし。そのついでに?」

 一緒に行く理由になっていない気もするが……。

「また変なことになったら嫌だから、小春と会う時はついてくるなよ?」

「うぅ……。それはごめんって本当に。少しは私のこと信用してくれてもいいじゃん……。なんで小春ちゃんのところに行くかは知らないけど、なんか少し心配で」 

 確かにちょっと冷たかったかもしれない。

 少ししおらしい反応をする沙由菜を見ると配慮が足りていなかった気もする。

 だが、やはり俺の目的は小春に会いに行くことではなく、バンドメンバーに再結成の打診をしに行くわけで、沙由菜を引き連れて行くのもどうかと思うし、まだこのことを沙由菜に言うのは時期尚早な気がする。

「悪い。でも、やっぱり沙由菜を連れて行く理由も俺にはないんだ。それに、もしついてくるとしてこの間みたいに変に小春に喧嘩を売らないって約束できるのか?」

「それはもちろん……。でも、でも。そーま、小春ちゃんに優しすぎない? なんかそういわれると少し傷つくというか……。やっぱり、まだ小春ちゃんに未練があるのかなって思うっちゃうんだけど……」

 それ自体を沙由菜には言わないようにしているから少しかみ合わない会話になっている気がするな。

 でも、バンドメンバーと会うということ自体も含めて、この話は再結成できるかどうかが決まってから沙由菜に話したい気持ちがある。

 期待だけさせて、結局ダメでしたってなったら沙由菜も落ち込んでしまいそうだ。

 しかし、沙由菜がこうなると、やや面倒くさい。もちろん、俺は沙由菜のこういうところも嫌いじゃない。最近だと強気な沙由菜が普通だけど、小学生の頃はこっちがデフォだった気がするし。少しダウナーというか、ちょっと弱気で自分に自信がない感じというか、しおらしいというか。

 少し守ってあげたくなってしまうような感じと言えば伝わるだろうか。だからこそ、俺は沙由菜に少し甘くなってしまうのかもしれない。

 ただ、俺の目的と沙由菜の思っていることの相違は置いておいて、一つ喝を入れておいてやらねばならないところもあるから、俺はそこについてしっかりと突っ込む。

「大丈夫だ、小春にはもう未練はない。お前たちのおかげで、もう全然小春のことは気にしてない。だから、そこはあんまり心配するな。小春のことは今も大切にしていたいけど、沙由菜とどっちを大切にとかそこに優劣をつけた対応を取ってるつもりはない。沙由菜には違って映ってるか?」

「ううん、そういうことはないけど……」

 沙由菜は少し落ち込んだような表情でうつむいてしまう。

 俺は少し頭を掻いて、やっぱりどうしても沙由菜には甘くしてしまうのだなぁ、としみじみ実感する。仕方ない。ちゃんと本当のことを話しておくか。

 それに、俺がはっきりと自分の本来の目的を沙由菜に伝えなかったからこうなってしまっているわけだし。

「ちょっと意地悪だったな。本当はこれから、小春を通じてバンドのメンバーに会いに行くんだ。それで、再結成しようって打診しようと思って。でも、うまくいくかわからないから沙由菜にはまだ話さないでおこうって思ってた」

 と俺が言うと、

「え、まって! 小春ちゃんに会いに行くんじゃなくて、バンドメンバーに会いに行くの?!」

 と勢いよく沙由菜は顔を上げる。

 本当に現金な奴だな、こいつも。

 確かに沙由菜は俺らのバンドを本当に好いてくれているみたいで、その目はキラキラと無邪気な好奇心を表しているように見える。

 こういう目には本当に弱い気がする。誰のせいなんだろうかね。

「……じゃあ、沙由菜もメンバーに会って話してみるか?」

 と俺がそういうと、沙由菜は歓喜に満ちた笑顔で何回も頷く。

 こういうところがまた沙由菜の可愛さでもあるだろう、きっと。少し子供じみてはいるが、はっきりと顔で表現してくれるからこそわかりやすいのもあるし。

「じゃあ、そうと決まれば早速いくわよ!!」

 俺の一言に喜びを感じたのか、沙由菜は張り切って駅に向けて歩を進め始めた。

 やれやれだ。俺も沙由菜の背中を追い、すぐに追いつき隣を歩く。

「気変わり早すぎだろ……」

「そーまが意地悪してくるから悪いんだもん。私は悪くないわ!」

 と沙由菜は高笑いをしながらそんなことを言う。

「あと、大五郎とか結構ああ見えてビビりの人見知りだから、気遣ってくれよ? 昔、ファンの子に声かけられただけでビビって冷たくして、批判されたりしてたんだからな」

 まぁ、俺がそうであるように、この約2年で大きく変わっているかもしれないけど。

 俺の場合はでも、この性格の原型になるまでには全部で4年近く費やしているわけだから、そこまでの変化は期待できそうにない気もするが。ほら、俗にいう高校デビューとかしてるかもしれない。

 俺たちは俺の故郷であり、沙由菜の第二の故郷は距離に直せば、そこまでこの学校からは離れていない。

 せいぜい10キロあるかないか程度でその距離であれば都内の学生は平気で自宅通学しているだろう。

 ただし、学校の最寄り駅から乗った電車の終点まで行き、そこから20分に一本程度のバスに乗り込み、そこから15分程度かかる陸の孤島っぷりだ。

 俺たちは電車からバスに乗り継ぐ際にギリギリ乗れるか乗れないかのバスに乗れず、20分ほどバスターミナルで待つことになった。

「そういえば、沙由菜、佐藤は大丈夫なのか?」

「あぁ……、大丈夫大丈夫。ちょっと風邪引いちゃったみたいでさ。勉強のしすぎなのよね。風邪引いて休んでるくせに、勉強はできるとか言って、普通に机に向かってたわ」

 佐藤のやつどれだけ勉強が好きなんだ……。風邪引いてる時くらい休めばいいのに。

 あんな感じでおちゃらけた奴なのに、勉強にストイックすぎるところがものすごいギャップを感じる。

「勉強することは大事だと思うけど、風邪で休んでるのにそれでも勉強するってあいつは何になるつもりなんだ、ほんと」

「あぁ、佳乃の家は代々お医者さんの家族なのよ。それで、佳乃も医者になるって。詳しいことは佳乃に聞いた方がいいと思うけど」

「医者かぁ。そりゃ、確かにそれだけ勉強する必要もあるのかもな」

 あれだけふざけたことを言うやつだけど、それでも目標のために頑張っている。俺も見習って俺の目標のために気張る必要があろう。なんとなく、その話を聞くと少しやる気がみなぎってきそうだ。

「沙由菜は? 将来は何になりたいとかあるのか?」

「私? 私は……、うーん。今はこれと言ってどんな職業に就きたいとか、何をしたいとか明確にあるわけではないかな。でも、冬菜と都内の大学に行って二人で暮らそうよって話はしてる。でも、そろそろ進路も考えておかないと、どこの大学に行くとか決められないのよね。そーまは? これからどうしたいかはわかったけど、大学とかはどうするの?」

 なんというか、沙由菜も沙由菜でなんとなくは考えているんだな。

 俺はもちろん、バンドを再結成して、それで活動する。が、昔のようにそれで食っていけそうなくらい稼げるのか、とか。これからその話をしに行くのだが、そもそもバンドを再結成できるのかとか不安要素が多すぎる。仮に再結成しても、すぐには飛び立たず大学へ行くという選択肢はどうだろう。大五郎やギターの智也の弟であり、ドラムの裕也は同級生だから、みんなで同じ大学を選択して、大学のサークルに所属しつつ活動するとか。

 いや、それこそ智也はバンドをやっていたときにすでに大学へは行かず楽器屋で働いていたわけだし、一体今どこで何をしているのかもわからない。例えば、すでに新しいバンドを結成し、活動をし始めているかもしれない。

 俺の都合よくすべてが動くわけではない。俺がこうして大五郎たちにバンドを再結成しようと言いに行っても、無茶な話なのかもしれない。

「正直、よくわからないな。バンドが再結成できるか否かもある程度今後には左右してくると思うし」

「そっか……。じゃあ、もしかしたら私たち離れ離れになっちゃうかもしれないんだね」

「んー、そうだな。でも、どちらにせよ俺は頑張って自分の声を誰かに届けられるようになるからさ。もし、沙由菜たちが望んでいる通りむこうの大学に行ったとしても、必ず俺もそっちに行くから、またそん時はいつでも会えるだろ?」

「それはそうなんだけど……。うーん」

 と沙由菜は何か釈然としない思いがあるのか、ハッキリとしない面持ちでいる。

 この話は特にそれ以上の発展もせず、ぼんやりと他愛のない話をしていると、俺たちを地元へと帰してくれるバスがやってくる。

 それから俺たちはバスに揺られ、俺の家から一番近く、かつ沙由菜の現在の実家からも多少は歩くが、最寄りのバス停に到着する。

 俺らが二人してバスを降りると、バス停の目の前にある建物の入り口付近に小春が立っているのが見えた。

「壮馬君、おかえりー。って、沙由菜ちゃんも来たの?!」

 と小春は俺を見るが、すぐ後ろにいた沙由菜に気付き驚く。そりゃそうだろうな。

 さて、この二人が再び会うことで一体どういうことになってしまうのだろう。俺にはまったく読めないところだ……。


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