君は野菜。
「壮馬くん、壮馬くん、起きてください」
誰かが俺を呼んでいる。だれだ、小春か?
あ、いや。違う。小春はもう……。
俺はその声の主の方を見る。小春ではない、冬菜だ。
「すまん、寝ちまったか」
「ほんとですよ……、話してる最中に眠るなんて。それで、小春さんの部屋で寝るってなってからどうしたんですか?」
自分の意識がどこから朦朧としていたかまではさすがにわからないが、ひとまずそこまでは話したってことだ。
「悪い悪い、続きは歩きながら話すか」
と俺は時計を見て言い放つ。気付いたらもうすぐ日を跨ぎそうになっている。
眠たくなってくるのもわからんでもない。
俺は夜になり、少し肌寒い中を半袖で歩く勇気もなく、その辺に掛かっていたパーカーを着込む。
冬菜は学校帰りにそのまま路上ライブに直接来たため、制服姿のままだ。
こう見ると、冬菜は状況だけで言うとこんな夜遅くまで制服姿で彼氏の家に入り浸る不良少女みたいだ。少し笑いそうになる。
「どうしました? 早く行かないと、壮馬くんも寝るの遅くなっちゃいますよ」
と冬菜に促され、俺たちは玄関から部屋を出て、女子寮の方へ向かう。
「それでなんだっけ。あぁ、小春の部屋で初めて寝たとき。そのときは知らなかったんだけど、小春はなぜか俺のことを受け入れてくれたんだ。本当に不思議でしょうがなかった。なんで、小春は俺みたいなわけのわからない男を慰めようとしてくれているのか」
とエレベーターを降り、寮の外に出る。
やはり、夏といえども、寒い。よくもまぁ、こんな外で飲み歩ける大人たちもいたもんだ。
冬菜は無言でその言葉を聞いている。
俺は続ける。
「次の日、朝起きると、いつもより寝覚めがよかった。それで、俺はやっぱり、小春がなぜそうするかの理由がまったくわからなかったから、土曜日に出かけることを承諾したんだ。それで、色々連れまわされたけど、最終的にあそこの夜景を見ながら、たくさん話をした。どうしてそのとき俺がそうなっていたのかとかも話してしまったし、それでも小春は俺のことを受け入れてくれた上で、小春もなんで俺のことをそんなにも考えてくれるのかを教えてくれたんだ」
「それはなぜなんですか?」
「小春は俺が学校に行くたびに、俺のことを見てたんだってさ。たまにしか来ないクラスメイトでなんか寂しそうな、悲しそうな顔をしてる男の子がいて、それで俺を知ってた。自分でもわからない、最初は単なる好奇心だったかもって。でも、その人のために何かできないかってずっと考えてたって。たまたま、俺が明石のおじさんに捕まってなくてもいつかは絶対にこうしてたって小春はいってた」
俺の言葉に一度冬菜は足を止める。俺は一歩先に進んでしまったため、一度振り返り少し後ろにいる冬菜を見る。
「それは、惚れますね……」
俺は小さく笑いながら、それに対して同意する。
「まぁ、そのときはまだほとんど恋愛すらしたことのないちょろい男子だったからな。でも、そうだな。確実にあの時には小春を好きになってたと思う」
「なんだか、少し妬けちゃいます……」
と冬菜は言いながら、再び歩き始める。
そして、冬菜は不意に音楽プレイヤ―を取り出し、俺たちの曲のプレイリストを見せつけてくる。
「それにバンドの名前、これも小春さんのことですよね?」
冬菜が見せるそれは別にタイトルを見せたかったわけではなく、俺たちのバンド名を指して俺に問う。
「冬菜はやっぱり物知りだなぁ。きっと、この英語を見て、パッと意味がわかるのはその辺の学者さんか調べたことのある人くらいだろうし、その意味がわかったとしても、全然わからないと思うぞ?」
「そうですね。言ってしまえば、花、植物の名前ですからね。それに、私も似た様な名前ですから……」
「冬菜が?」
それはどういうことなのだろう。いや、そういうことか。
「冬菜を文字通り野菜としてみたら確かにそうなのかもな」
冬菜の名前の由来が何のかは俺は知りもしないが、冬菜という野菜もあるのはバンド名を決めるときに調べたところにも出ていたことはなんとなく覚えている。読み方は場所とかにもよるのかも知れないが、トウ菜と呼ぶだろうが。トウ菜はアブラナ科の茎のところを指すのが由来で、小松菜とかを指すことが多いらしい。
「俺たちのバンド名の由来は小春が俺たちを引き合わせ、ここに俺たちがいる、そこに感謝を込めてつけた名前だ。春が訪れて、俺たちが生まれた。だからこそ、俺たちがその息吹を全力で伝えていこうっていう意味でつけたんだ」
今じゃその名前を叫ぶことすらためらってしまいそうになる。確かにそういう意味でつけた名前ではあるが、もし再結成したとしても、俺にはもうその伝える相手が小春ではないのだ。であれば、その名前を語るのもよくはないだろう。
「とりあえず、今日はこの辺にしておくか。また、いつか聞きたかったら教えるよ。俺の過去にあった話でもなんでもな」
「そうですね。じゃあ、次は何の話をしてくれるんですか?」
「そうだなぁ、じゃあ次は俺が“俺”になるまでの話かな。バンド結成の当たりの話」
「楽しみにしてます♪ 次は途中で寝たらだめですよ?」
と冬菜は俺をからかってくる。確かに、普通話を聞いている方が眠ってしまうとかならわかるが、なぜ俺は眠ってしまったのやら……。俺もやはり、少し疲れていたのだろうか。
「そういえば、壮馬くんって、誕生日はいつなんですか?」
「俺の誕生日?」
「はい、あの、誕生日です……」
冬菜は唐突にも俺の誕生日を聞いてくる。そんなの沙由菜も覚えていれば知っている気もするし、バンドの公式HPにも俺の誕生日は載っていたくらいだから、調べればすぐに出てきそうなもんだが。隠すほどのものでもないしな。
「俺の誕生日は8月2日だ。そういえば、もうすぐだな」
「えぇ!? もうすぐすぎですよ、なんでもっと早く教えてくれないんですか!!」
え、えぇ……。なんで俺が怒られるの?
冬菜は驚いて大きな声を上げてしまうが、冬菜がこうやって張るような声を上げるときはなんとなく、やはり沙由菜と双子だなぁ、と思えてしまう声のトーンで発声する。
冬菜は指を折って、後何日だろうか計算している。指を折らなくても、今は7月4日。先週の木金から期末が始まって、火曜日にテストが終わった。そして、今は木曜日。8月2日はちょうど4週間後の次の日だから、29日後だな。
「まぁ、聞かれてないしな。聞かれなかったら話すことでもないだろ、誕生日なんて」
「そうですけど……」
そんな冬菜に俺は一つ逆に質問をしてみる。あの日、沙由菜へのプレゼントとして買ったシュシュ。その日に冬菜に渡そうと思ったのに渡しそびれたから、誕生日に渡そうとも思ったけど、そのときも渡しそびれた。
改めて、後日渡したのだが、冬菜はそれを使ってくれている気配がない。
や、やはりか……、こうやって仲良さそうな気を持たせているだけで、実は冬菜は俺のことが嫌い……。というわけもわからない妄想を打ち砕くために、俺はシュシュを使っているかを聞くことにする。
「冬菜、そういえばこの前上げたシュシュ使ってくれてるか?」
「え、気付いてないんですか? 確かに今はつけてないですけど……」
とカバンの小さいポケットからそれを取り出す。
「まだ髪がそんなに長くないので、暑いときにくらいしか使わないですけど、普段はこうしてますよ?」
と冬菜は左手にそのシュシュをつけ始める。
「え、ほんとか、気付かなかった」
その答えを聞くと、冬菜は少しふくれっ面で俺をにらんでくる。
いや、確かに気付けなかったのは申し訳ないけど、クラス違うし、常に冬菜を見てるわけでもないし、許してほしい、ほんと。
「壮馬くんは鈍感なのか、鈍感じゃないのか、はっきりしてほしいと思う所存です……」
「そうはいってもなぁ……」
「それに、最初に言ったのは壮馬くんですよ? 私の真夜中の太陽になってくれるんですよね? ほら、今ですよ、今! 光ってください!! ぴかぁって!」
冬菜は相変わらず俺にいたずらをするのが好きらしい。別にそういう物理的な意味でいったわけじゃないんだけどなぁ、それ。
だが、しかし。
「よし、任せろ! ぴかあ、ぴっかぴか! ぴかちゅ!」
「それはちょっと違いますー」
冬菜は笑いながら、そうやっていう俺から逃げる様に小走りになる。
「ぴっかぁ!」
と俺は黄色い電気ネズミを想像しながら、冬菜を追いかける。
そう、数年前には考えられなかった。“僕”がこんなバカみたいなことをして、誰かと笑いあう日々が訪れるなんて。




