今の俺たち。
俺が初めて、自分から誰かとの関係を大切にしようと、様々な努力をしていくらかの時間が経っていた。
夏休みのイベントとかなんとかかんとか、そんなことを考える時期だ。
期末試験も終わり、夏休み前の行事と言えば、残るは学園祭。学内は少しばかり浮足立ち、もうすぐ行われる学園祭に気持ちが捕らわれる学生たちが校内を練りまわる。
俺と隣にいるそいつは試作品のアイスクリームを齧りながら、その光景を覗いている。
「このアイス、絶妙にシナモンが効いてて美味しいですね」
「そうだなぁ、俺はここに焼きリンゴを乗せるとさらに幸せになれる気がする」
「ふふ、そんなに乗せたらいくらで出さなきゃいけなくなっちゃうんですか?」
とほほ笑む姿が余計にほほえましい。
ちなみに、クラスの出し物を思案しているはずなのに、俺の隣にたたずむこいつは俺のクラスメイトではない。
だが、俺の大切な人のうちの一人、雪野冬菜だ。おそらく戸籍上はまだ雪野冬菜のはずだ。
春先に冬菜と出会い、色々あったが、今ではよく話し、よく遊ぶ関係だろう。
この前まで、冬菜は顔の半分ほどが隠れるくらいに前髪が長く、表情すら読めないようなミステリアスガールだった。
今では、その前髪もバッサリ切り落とし、斜めに前髪が流れているため、その笑顔がよく見える。
基本的には丸みを帯びた目だが、目じりは垂れ下がっておらず、やや吊り上がったような目。ちょうどいい塩梅の柔らかそうなぷっくりした唇、すっと通った鼻筋。淡い栗色の地毛に細い絹のような繊細さを感じる髪。身長も女子の平均値よりはやや高く、出っ張ってるところは出っ張り引っ込むところは引っ込む、理想的な体型。
中学生までは前髪お化けとか言われていたらしい、がここ数か月の冬菜のイメージチェンジはとんでもなくこの学校を揺るがせた。上にえ、あいつに似てね、というかまったく同じ顔じゃね、どういうこと、というようなうわさで持ちきりだった。
「じゃあ、壮馬くん、こっちはどうですか?」
と大胆にも冬菜はもう一つ手に持っていたチョコレートのアイスを俺の口に無理やり運んでくる。
は、恥ずかしい……。
俺の口にはチョコレートの色が大半なのにさわやかなミントの風味が口の中に広がっていくのがわかる。
食さなくても、周りの茶色はチョコアイスなのではなく、チョコレートコーティングをしたものであり、中身がアイスであることは食して初めて分かる。
俺は最初に聞いていたのでそうだと知っていたというだけで、これはこれで驚きのある食感だ。
「うん、これは美味いな。だけど、これ作るの時間がかかりすぎるんじゃないか?」
「そうなんですよね、結局アイスも自分たちで作るんじゃなくて、ソフトクリームサーバーを借りた方が時間効率もコスパもいいと思うんです」
確かに、自分たちでアイスクリームから作るのはいくらなんでも時間がかかりすぎる。様々なアレンジを加えられるのは利点だろうが。
「それなら、業務用のアイスを買って、好きなフレーバーのソースとかをカスタマイズできる的なのはどうだ、最近のインスタバエにも対応できて売り上げ好評間違いなし!」
冬菜は俺のその意見を聞いて、何度か頷く。
「少し、意見を出してみます、ありがとうございます、壮馬くん」
「ってこらぁああ、冬菜!! うちのクラスの人材を勝手に使うんじゃありません!!」
という声が、遠くの方から聞こえてくる。
俺らはその声のする方向に目を向ける。
「いいでしょ、お姉ちゃんは同じクラスなんだからいっつも意見聞けるんだし!!」
「だからって、あーんってする必要もないでしょ。なに、あんたら人前でイチャイチャするのが好きなの?!」
「出たよ、地獄目……」
冬菜も変わったなぁ。と感心する。
少し毒舌になったんじゃないだろうかとすら思えてくるが。
このいきなりものすごいスピードで飛んできたこいつは明坂沙由菜だ。
俺のクラスメイトで、俺の恩人で大切な人だ。
何を隠そう、こいつこそが、先ほどのえ、あいつに似てね? のあいつである。
それもそのはず、沙由菜は冬菜の実の双子の姉、一卵性双生児というやつで顔の見分けなんてほとんどつかない。
こいつもなんだかんだで俺によくしてくれる最高なやつだ。
でも、少し怒りっぽい。憤怒の化身だ。忘れるな。
一方、冬菜は大天使ミカエルのごとく聖女だ。憤怒の悪魔サタンとミカエルは双子説があるらしいが、まさにその通りだ……。
言っておくが、俺と冬菜は別に付き合っているわけではない。廊下を歩いていたときに、試食して意見を聞かせてほしい、というので俺はそれに応じただけだ。
あーんってしたのは口元に運ばれたからだ、断じて他意はない。
ところで、今、こうやって二人で仲良くバチバチしているが、少し前までは、この二人は完全に絶縁状態にあった。双子の姉妹だっていうのに、もう姉妹じゃないとかいって。
それを許せなくて何とか動いて、今ではこうしてちゃんとした姉妹に戻っている。
やや、冬菜が弾けすぎている感はあるが、それぐらいがちょうどいいだろう……。
一見、バチバチしているように見えるが、たったの数か月で二人の関係はとんでもなく回復している。
「はい、じゃあお姉ちゃんもあーん」
「んーーーー、おいひぃ、チョコミントって最初はあれだけど何回も食べてると病みつきになるわよね」
と沙由菜も冬菜に餌付けされている。
お前も可愛いなぁ、現金だなぁ、沙由菜。
「あ、お姉ちゃん、ちなみにそのスプーン、壮馬くんと間接キスだからね」
と冬菜はいたずらな顔をして、沙由菜にその事実を告げる。
俺はする側じゃないからあれだが、そういわれるとなんだか照れてしまう……。
それを言われた沙由菜は見る見るうちに顔を赤くして、教室へと引っ込んで行ってしまう。
もう、さすがに間違わないな。沙由菜は俺のこと好きすぎるだろ、と少しナルシストっぽい気持ち悪い考えをしてしまう。だが、まぁ、気付かないふりをするよりはましだろう。
「冬菜も本当に、最初に会った頃とは印象が全然違うな。いたずらっ子というか」
「ふふ、私は昔っからこうでしたよ? ピザとコーラを一緒に食べるのが好きって話、実ははお姉ちゃんをいたずらするときに使って楽しかったから好きだったんです」
「お前も実は結構に悪魔だな……」
小悪魔どころかそれは悪魔だ。その話、少し気になるが、詳細な話を聞きたくないくらいに悪魔じみている。
なんとなくの予想だが、きっと明坂家ではピザを片手にコーラを片手に飲み食いするのはご法度だったのだろう。だが、もし冬菜が沙由菜の格好をしてその罪深き行為をしても、その後変装を解けば怒られるのは沙由菜である。
こんな感じか。なんていう悪魔だ。
冬菜、お前も俺の中では天使という称号は堕天し、悪魔認定をしよう。だが、よくある七つの大罪に分けるのも難しい。いたずら好きということは冬菜の場合、沙由菜の気を引きたくてするんだろうが、該当しそうな罪はない。便宜上傲慢の悪魔の称号を授けてやる。
ほら、憤怒の悪魔サタンと傲慢の悪魔ルシファーは同一人物っていう話もあるし。見た目的にも合ってる感じじゃないか?
などと考えているが、俺もそこまで悠長にしている暇はない。
「じゃあ、冬菜、俺はそろそろ行くわ」
「はい、頑張ってくださいね」
学祭の準備は他の連中に任せて、俺は向かわなくてはならないところがある。
すでに放課後、自由にしてもいい。
俺は、教室の一番後ろに無造作に置かれたアコースティックギターの入ったケースを持ち、急いで路上ライブを予定している公園へ向かうことにした。