そして彼女はシンデレラになった
父親の死で、やっとシンデレラ話になってきました。
母と妹のシンデレラいじめに加担する気もないがかばう気にもなれない、
複雑な心境のミモザ。
彼女はコンプレックスを克服できるのか?
居間で椅子から立ち上がりかけた伯爵はその場にくずおれた。
医者を呼んだが手遅れだった。
意識を取り戻すことなく、その夜のうちに亡くなった。
シンデレラは葬式の間中泣いていた。
ああ…黒いドレスがなんて似合うんだろう。
シンデレラは15才になっていた。
まだ少し子供っぽさが残る頬を流れ落ちる涙は真珠のようだ。
その涙の乾ききらないうちに、
母は行動を開始した。
母はまず、古株の使用人の老夫婦にいくばくかの金を渡し追い出した。
同時に下働きのメイドをクビにした。
そしてシンデレラに、クビにしたメイドの部屋…
屋根裏部屋に移るよう言った。
最初シンデレラは何を言われたのかわからないようだつた。
私とステラはドアからのぞいて様子を見ていた。
「あんたは甘やかされて育って苦労を知らなさすぎだよ。
このままじゃろくな人間にならない。
私が躾しなおしてあげるよ」
シンデレラは不安げに突っ立ったまま母を見ている。
「明日から台所の下働きと掃除洗濯、
暖炉の手入れはお前がやるんだよ。いいね」
シンデレラを睨みながら「文句があるのか」と聞く母に、
「…いいえ」とシンデレラは小さい声で答えた。
「私はあんたの父親の借金をみんな肩代わりしたんだからね。
あんたは追い出されても文句を言えないんだよ」
「まあ…そんなかわいそうなことはしないけれど」
「いい気味…」とステラが言った。
私もそう思った。
その日のうちにシンデレラはわずかな着替えと
身の回りのものを持って屋根裏部屋に移った。
母は残りの服や靴を売り払い、
アクセサリーやバッグはステラが自分のものにした。
「こっちの方が広くて眺めもいいから」と、
ステラは部屋も自分のものにした。
朝の水くみから始まって、シンデレラは一日中コマネズミのように働いた。
初めはなれない仕事に段取りも悪く、
しょっちゅう母や他の使用人に怒鳴られていた。
それでも泣き言も愚痴も言わず、もくもくと働いていた。
それがかえって母は気に入らないようだった。
「泣きもしないで、本当に強情で可愛げがない子だよ」
「けな気にふるまって、同情ひこうとしてんのよ」
クッキーをかじりながらステラもあいづちを打つ。
エプロンも服もすぐ薄汚れ、暖炉の掃除の後では手も顔も
灰や煤まみれになった。
それを見てステラが笑って言った。
「うわっ、汚い。シンデレラ(灰かぶり)だ」
それ以降ステラは彼女をシンデレラと呼び、
じきにみんなもそう呼ぶようになった。
私もそのへんにある平凡な名前よりは似合いだと思ったので、
私の中で彼女はシンデレラになった。
私はシンデレラを無視して避けていた。
薄汚れていたって元がきれいなことには変わりがない。
とても同情する気にはなれなかった。
母とステラ…特に母は、
伯爵がいた頃我慢していた反動なのか、シンデレラにつらく当たった。
それもだんだんエスカレートしていく。
わざとゴミを落として「掃除もろくにできないのか」と責めたり、
廊下の拭き掃除をしているシンデレラの手を
わざと踏んづけたり…
ささいなミスでもしようものなら
「夕飯は抜きだよ。このごくつぶしが!」
ステラも母にならって、小突いたり、
ぶつかって転ばせたり仕事の邪魔をしては
「ドジ!うすのろ」とバカにした。
母はそんなステラを満足そうに笑って見ていた。
小さい頃、端切れで人形を作ってくれたり、
娘2人に読み書きや裁縫を熱心に教えてくれた母とは
別人のようだった。
前夫の暴力から娘たちを守ろうとしてくれた
あの頃の母はもういない…
ある晴れた日、母とステラは午後から買い物に行った。
「シンデレラ!わたしの部屋きれいにしておくのよ」
「いないからってサボるんじゃないよ」
私は明日マダムのところへ行くので、
それまでにデザイン画を仕上げておきたくてパスした。
なかなか思うように決まらなくて気分転換に散歩に出た。
裏の森の小道を行くと、少しひらけた場所に出る。
その脇に白い石のお墓がある。
シンデレラの実母の墓だ。
伯爵は先祖の眠る地下墓地に埋葬された。
暗い湿った地下墓地でなく、木漏れ日とさわやかな風と
小鳥のさえずりの聞こえる場所で眠りたいという気持ちは理解できる。
伯爵は愛する妻の最後の望みをかなえたのだ。
もともと貧乏だったけど、借金がふくらんだのは
薬代と治療費のためだと聞いている。
さらに奥へ行こうとした時、人の来る気配がして、
あわてて木の後ろに隠れた。
エプレン姿のシンデレラが小走りでやって来る。
墓石の前に座って、「お母様…」と語りかける。
「昨日は少しいいことがあったのよ。
コックの××さんがシチュウにお肉をたくさん入れてくれて
『あんたやせすぎだ、たっぷり食いな』って…」
「まじめにがんばれば、みんな少しづつだけどわかってくれるのよね」
少しの沈黙の後、やっと聞こえるくらいの声でつぶやいた。
「いつかは、お母様やお姉様たちも…」
シンデレラは立ち上がると白い暮石に向かって微笑んだ。
「また明日来るわね、お母様」
シンデレラが消えてもしばらく動けなかった。
やっと木の陰から出て白い墓石を見る。
おそらく…シンデレラはこの墓の前で何度も泣いたのではないか?
愚痴や弱音を吐いたかもしれない。
でも最後には涙を拭いて立ち上がり、
つらい現実に立ち向かっていったのだ。
「シンデレラ…」
強い感情の波におそわれて、思わずその場にしゃがみこんでしまった。
私の理想の美しさを持つシンデレラ。
ねたましくて目障りでたまらない。
でもその美しさに魅了されてもいた。
惨めな境遇に落ちて薄汚れたら、
もう私の心を乱すことはないだろうと思ったのに…
灰だらけでもシンデレラは美しい。
私は負けを認めた。
私はシンデレラが好きだ。
抱きしめたいほど愛おしい、誰よりも美しい私のシンデレラ。
あの子は私の宝石だ。
自分の気持ちをだれにも気づかれたくなくて、
前よりもシンデレラを無視するようになった。
でも見ないふりをしながら、いつもシンデレラを見ていた。
確かに使用人たちのシンデレラに対する態度は前より柔らかくなったようだ
母の前ではわざときつくあたっているように感じられる。
シンデレラの手は水仕事で荒れている。
ある考えが浮かび、実行に移した。
あかぎれの薬とハンドクリームを墓石の上に置いておいた。
裏庭で洗濯物を干しているシンデレラをかくれて見ていると、
庭師が近づいてきた。
「何かいいことがあったのかい?」
「ええ、ステキな贈り物を…もらつた夢を見たの」
「ほう〜正夢になるといいな」
それからも時々、手鏡にヘアピン、ハンカチにポプリ、
裁縫箱や小物入れなどいろんな小物を贈った。
切れそうな頃にはハンドクリームを忘れずに。
銀貨数枚を入れた小袋や詩集を贈ったこともあった。
ある日工房でもらった端切れの束とリボンを持って森の奥へ行くと、
暮石に古い石板が立てかけてあった。
『お母様にゆかりの方ですか?
いつもありがとう、会ってお礼が言いたいです』
私は石版をふせて、その上にささやかな贈り物をおいてそっと立ち去った
母は私とステラをしょっちゅうパーティやサロンに連れて行くようになつた。
どうやら婚約者を見つけようと必死らしい。
たまに近づいてくる男性はいたが、私は関心がないし
ステラは高望みで話はすすまない。
「ミモザ、マダム・レノアのところで知り合った人とはどうなったの」
と母がきいてきたことがあった。
「だから…そうじゃないって言ったでしょ」
なんとか納得させて終わらせようと頭をひねった。
「…故郷に帰って結婚したそうよ」
母はため息をついた。
「まあ…情けない。
男の1人も捕まえられないなんて」
2作目のデザインの採用が決まった。
空色のさわやかなサマードレス。
嬉しかったけれど、本当はシンデレラに着せたかった。
シンデレラはもうすぐ18才。
すつかり娘らしい体つきになった。
ああ…本当にあのドレスを着たシンデレラを見たかった。
「国中のこれといった家の娘を呼ぶそうですわよ」
「ベルナルド王子は25才、
お世継ぎがいてもおかしくないですものね」
サロンでは4ヶ月後に城で開かれるらしいという
大パーティの噂で持ちきりだった。
いくら勧めても結婚しようとしない王子に
「国中の娘を集めてやるからその中から花嫁を選べ」
と王が切れたらしい。
噂を聞いて母はすぐ仕立て屋を呼び、私とステラのパーティドレスを作らせた。
ゴテゴテした飾りはいらない、できるだけシンプルに
スカートも流行りよりも細みにという私の希望は、
なかなか母に聞き入れてもらえなくて苦労した。
マダムの工房にも二件、それらしいパーティドレスの注文があった。
一件は偉そうな態度が気に入らないとマダムがことわった。
もう一件は黄色のドレスの侯爵令嬢からで、
花のようなピンクのドレスをという注文だった。
これには以前考えたものを手直しした、私のデザインが採用された。
さっそくローゼがパターンを起こし、布選び、スケジュールの調整と
工房は忙しくなった。
ある日マダムのお茶会(工房)から帰ると、
居間で母とステラがまったりとしていた。
母は珍しく上機嫌だった。
「今日昼過ぎ、家に役人が来たんだよ。
娘は三人で間違いないか、名前や年齢を確認して、
それでもし娘たちが城に招かれた場合、
付き添いはだれになるかってきかれて、
『もちろん母親の私です』って答えたよ」
「うわさは本当だった。お城のパーティに行けるんだよ。
早めにドレスを注文しておいてよかったねえ。
今からじゃ腕のいい仕立て屋は捕まらないだろうからね」
シンデレラが紅茶とパイ菓子を乗せたワゴンを運んで来る。
「おそいわよ、ウスノロが!
何よ、ケーキじゃないの」
文句(いちゃもん?)をいいながらステラはくるみパイに手を伸ばす。
ゆっくり紅茶をすすりながら、母は私とステラを見て言った。。
「あんたたち王子をねらおうなんて、
大それたことは考えるんじゃないよ」
大事な事だとかんでふくめるように続けた。
「高望みはせず、とにかく分相応な相手にターゲットを絞って
しっかり捕まえるのが大事だからね」
1ヶ月経って、ピンクのドレスは無事仮縫いも終わり、
仕上げに入ろうとしている。
私はマダムとローゼに一枚のデザイン画を見せた。
青い優雅なパーティドレス…
「あら、いいじゃない。すてきだわ。
侯爵令嬢が見たら一目で気に入りそう。
ねえ?ローゼ」
「ええこれならすぐ注文が取れると思いますよ」
「いいえ違うんです。
これはシンデレラの…妹のためのドレスなんです。
彼女に着てもらいたいんです」
私は2人にシンデレラのことを話した。
自分の気持ちも母のこともみんな…
「招待状がきても、母はドレスがないことを理由に
シンデレラを連れて行こうとはしないと思うんです。
だからせめてドレスを…」
「私の今までのデザイン料では、ぜんぜん足りないのはわかつています。
これからもがんばってデザインします。
どうか、この工房でこのドレスを作ってください。
お願いいたします」
「まあ…」
2人はしばらく黙って私を見ていた。
マダムが先に口を開いた。
「前にドレスの値段は、ローゼが断るつもりで
バカみたいにふっかけたって言ったでしょう?
十分の一…いいえ、
それ以下でもじゅうぶん立派なドレスはつくれるのよ。
ねえ、ローゼ」
「ええ、今までのデザイン料でお釣りがきますよ」
「でも…今の仕事が終わったら、マダムの
外出着一式(コート、帽子、バッグ、手袋、靴)を作る予定だったんですが」
「そんなの後でいいわ」
工房のみんなにも話して協力してもらいましょう」
なぜか2人はすごく乗り気ではしゃいでいる。
話を聞いた工房のみんなもマダムたち以上に大乗り気だった。
「コレクションのビーズを安く提供するわよ」
「ティアラならまかせて!
どれだけ低予算でいいものができるか、挑戦のしがいがあるわ」
「とにかく、今のドレスをできるだけ早く仕上げましょう。
話はそれからよ」
邪魔が入らないよう、
できるだけ秘密裏にことを進めたほうがいいと
マダムはいろいろ計画を練る。
ローゼは私の手引きで、
裏庭で洗濯物を干すシンデレラを観察した。
ローゼは見ただけでスリーサイズがピッタリわかるのだ。
『うちの靴職人は履き古した靴を見れば、
その人の足の形がわかる』というマダムの言葉に、
シンデレラの靴をそっと持ち出して渡した。
靴は裏の井戸のそばに返しておいたが、
靴が返るまでの間シンデレラは
ボロボロの古靴をはいていた。
靴の受け渡しは雑用係の少年(年配のお針子の息子)がやってくれたが、
彼はその後、お墓への贈り物も届けてくれるようになった。
『お城のパーティにいきたいですか?
いきたいのなら協力します』
という内容のマダムの手紙をお墓に届けた翌日、
返事の書かれた石版が立てかけてあった。
『いきたいです』
化粧水や石鹸をマダムの手紙をそえて届けた。
『できるだけきれいにしていなさい。
でも、邪魔が入るといけないので
まわりに気づかれないように』
「どうせならドラマチックにいきましょう。
私やローゼも彼女のドレス姿を見てみたいし…」
マダムは自分の計画を話してくれた。
『…そんな立派な馬車を借りるのは、
いくらくらいかかるのだろう…?』
と心配しているとマダムが
いたずらっぽく笑いながら言った。
「これは私の道楽だから費用のことは気にしないで」
お墓には、ルージュ、マニキュアなどいろんな化粧品を届けた。
シンデレラは相変わらず薄汚れていたけれど、
よく見ると顏や手はわざと灰で汚しているようだった。
肌は前よりつややかで、ひとみも輝いている。
青いドレスは少しづつ形をなしてくる。
レースのハンカチや香水を届けた。
パーティの1ヶ月前に正式な招待状が届いた。
しっかり三通。
「ほら、おまえにも来たから渡しておくよ。
恥ずかしくないドレスがあったら連れて行ってやるよ」
シンデレラは母から招待状を受け取り、黙って部屋を出ていった。
それを見て母とステラは笑った。
「いけないのわかってるのに、母様っていじわるー」
パーティ夕は方の六時から夜明けまでだが、
『登城が初めての方でご希望があれば城内を案内します。
一時間前においでください』
とある。
「城の中見て見たーい!ぜったい早く行こうよ」
「それはいいけど、ステラ。
それ以上太ったら、新しいドレスが入らなくなるよ」
ステラはあわててクッキーに伸ばしかけた手をひっこめて、私に聞く。
「太った?」
「うん、少し…」
アクセサリーに、ショールやバッグを届けた。
パーティの数日前には、銀のビーズで飾ったダンスシューズを。
「パーティの日だけど、みんなにも、
心付けを渡して楽しんできてもらうっていうのはどうかしら?」
母に提案してみる。
「そうだねえ、留守番ならシンデレラがいることだし…
いい考えだね」
ステラが意地悪そうに笑った。
「クスクス、ひとりぼっちで留守番なんて、にあいすぎー」
全4話にエピローグがつく予定です。