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翠の鳥居と渡り人ー2

ルーメル国南部に位置する山地の裾野に広がるミラン草原は、王都から馬で一日半の場所にある宿場街からさらに二時間程の場所にある。


朝十時に宿を出てから、もう既に太陽は昼の十三時頃の位置だろうか。つまり、一時間程はここに居ることになる。


「それでイルディール。本当にこんな所に現れるのか」


ウルヴガンディハンドは眉間にしわを寄せ、横で馬に乗るイルディールを見る。

ウルヴガンディハンドよりも背の低い彼だが、魔法使いの常として尊大に頷く。


「僕が間違うと思うの?イルディールの名前は伊達じゃないんだよ」


ふんと鼻を鳴らしたイルディールは、草原のある一点を指差す。


「あっちを見ておきなよ。歪みがあるんだ。まぁ、歪みは君には見えないだろうけどね」


余計な一言を付け足すイルディールに、ウルヴガンディハンドは自身の眉間にしわがさらに深く刻まれるのを自覚した。

そんなウルヴガンディハンドを気にも止めず、イルディールは指差した先を見つめる。


「あそこに渡り人が現れる」


その言葉をイルディールが発したその瞬間。忽然と一人の人が現れた。


茜色を纏っているのだけが、かろうじて遠目で分かる。

女だろうか。



「ほぉら、言ったろう?」


イルディールが得意げな表情でウルヴガンディハンドを見てくる。

褒めて欲しいのだろうが、それに応えてやることはせず、ウルヴガンディハンドは手綱を握る。

そして馬を走らせ始めれば、「あーもう、待ってよね」という不服の声とともに馬の駆ける音が続いた。



馬を走らせ始めれば、すぐにその人はこちらに気付いた。

表情が分かるまで近付いて、ようやくウルヴガンディハンドはその人が女だと確信する。


ウルヴガンディハンドたちが近付くのに比例して女の顔色は青くなっていくのが分かる。


女から少し離れた所で馬を止め、馬から降りれば、女は逃げようとしたのだろう、立ち上がりかけた。だが、腰が抜けているのか力なく膝が折れその場にへたりと座った。


「わーお、綺麗な人だ」


イルディールの感嘆が聞こえ、ウルヴガンディハンドは内心で同意をする。


彼女はウルヴガンディハンドが会ったこれまでのどの女性たちよりも、一等美しかった。


眉尻が下がり情けない表情を浮かべてウルヴガンディハンドたちを見上げる彼女の顔は泥で汚れているが、その造作の美しさは損なわれていない。

涙で潤んでいる瞳は、まるで黒曜石のような輝きを讃えており、ウルヴガンディハンドの庇護欲をそそった。

纏う服は初めて見る型だが、かなり着崩れており、首元から覗く象牙色の肌の滑らかさに、慌ててウルヴガンディハンドは視線を逸らした。



「渡り人さん」


ぴょこぴょこと跳ねるようにウルヴガンディハンドの横を抜け、イルディールが弾む声で女に呼びかける。

女は「ひっ」と小さく悲鳴を上げかけたが、慌てて自分の口を手で覆った。


無闇矢鱈に騒ぐような女ではないようだ。

そこにもウルヴガンディハンドは好感を持った。



「ようこそ我が世界へ。そして、ようこそ、我が国 ルーメルへ」


道化のように手を広げたイルディールの言葉に、女は口を数度開閉し、そしてそのまま後ろに体が傾いた。


ウルヴガンディハンドが慌てて駆け寄り、その体が地面に接触する手前で抱き止める。

女の体の細さに驚きながらも顔を見れば、彼女は気絶していた。


「あらら、気を失っちゃったかぁ」


呑気な様子で近づいたイルディールに思わず嘆息する。


「…お前はもう少し気を遣えないのか」

「僕ほど気を遣える男はいないと思うけど?」


そう嘯き、イルディールは女の額にかかった黒髪を払う。そして、「うーん」と唸った。


「本当に綺麗な人だよねぇ。ウルヴガンディハンドもそう思うだろ?」


にやにやと笑う表情が憎らしくて、ウルヴガンディハンドはその問いを無視する。そして、気を失った渡り人の頭を自身の胸にもたれ掛けさせると、膝に腕を差し入れ抱き上げた。


「屋敷に連れて帰る。飛んでくれ」


イルディールへ告げれば、彼は口の端を吊り上げて笑いながら立ち上がる。


「何度も言ってると思うけど、人を飛ばすのって結構疲れるんだよ」


腰に手を当てて伸びをしながらそう言ったイルディールに、ウルヴガンディハンドは内心で「この変わり者め」と毒づく。



魔法使いの最高位を意味する『イルディール』の名を持つ彼にとって転移術は初歩魔法らしいのだが、イルディールは馬での移動を好む。


「馬、好きなんだよね。魔法みたいに簡単にいかないから」という理由らしいが、魔法の使えないウルヴガンディハンドにとっては、全くもって理解できない。


今回だって、魔力で渡り人が出る場所と日時まで感知していたにも関わらず、イルディールはその当日に魔法で飛んで行くよりも、日数をかけて馬で移動するという方法を希望した。



今、イルディールは珍しくやる気を出し、これ見よがしの準備運動をして見せている。

そのやる気を削ぐわけにもいかない。


「すまない、頼む」


不満を飲み込み頼めば、イルディールはウルヴガンディハンドとは反対に満足気に頷いた。


パサリと白色のローブを翻し、ウルヴガンディハンドには理解できない古代語を呟く。

その瞬間、ウルヴガンディハンドと渡り人、そしてイルディールは青白い光に包まれた。

眩しさに目を閉じ、再び開けば、そこはもうウルヴガンディハンドの屋敷だった。


「おい、馬は忘れてないだろうな」

「ーーあ、忘れた」


「魔法で連れ戻すよ~」と軽い調子で言うイルディールに呆れた視線を向けつつ、ウルヴガンディハンドは腕の中の渡り人をしっかり抱き直した。


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