郷土史料室
……完敗だ。完敗だった。
カフェでランチとデザートをいただいて車に戻ると、私はハンドルに頭をくつけて、がっくりとうなだれた。
ランチに提供されたのは、彩り豊かなワンプレートだった。
どの料理もヘルシーでおいしい。海が近いという利点を生かしたお魚のカルパッチョもしっかり乗っていたし、雑穀入りのごはんでヘルシーさをアピールしていた。小さなグラタン、紫キャベツのマリネとパプリカのサラダ。どれもこれも美味しかった。
それにデザートもオシャレだった。クレープを注文したら、紅茶のアイスも一緒に盛られていたし、きらきら輝くフルーツの角切りと、ブルーベリーのソースまでかかっていた。
私は、みず江ちゃんのところに差し入れようかなと思って箱詰めしたカップケーキを思い浮かべた。
アイシングで飾ったけど、あまりにも素朴でシンプルだ。
こんなお菓子ばかりで、お店なんてできる? だいいち接客も調理もひとりきりで。
「……調理は旦那さんが担当だったな」
仲のよいご夫婦で経営されているんだ。お店も新しく建てたんたろうな。新しくて、それでもふんだんに使われた無垢の木材が落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
古い建物です、レトロで素敵でしょう? と少しばかり強引に言いはろうとしているうちとはちがう。
来なきゃ良かったかな……なんて落ち込んでしまう。
はあ、と溜め息をついたけど、これくらいでへこたれていられない。
「よし、気分転換、気分転換!」
図書館へ行って、人魚のことを調べよう。
私はエンジンをかけて、図書館へ寄るべくハンドルを握った。
図書館は市内の大きな公園の一角にあった。子どものころに何度か来たことがあったけど、記憶に残る建物のままだ。
こじんまりした一部四階建て。入り口はかろうじて自動ドアだ。本をかかえた人や小さな子供の手をひくお母さんたちとすれ違う。今日は土曜日だから、混んでいるかもしれない。入り口を入って一階のフロアは新聞を読む人や、自習室で静かにペンを走らせている人たちだけだ。本は2階にあるらしい。
私は入り口右手にある階段を登った。窓がなく灯りを消したら暗そう。踊場の壁に、新しく入った本の紹介や映画会のお知らせが貼られてある。古めかしいが、職員の細やかな仕事が伝わってくる。そのまま階段を登りきると、本棚がならぶフロアに出た。
ふだん本なんて読まないから、どこを探せばいいのか分からない。検索機があったから、『人魚』と入れてみたら、とんでもない数がヒットして検索を諦めてしまった。なんとか自力で探せないかと、本棚の間を右往左往していると職員の方に声を掛けられた。
「何かお探しですか?」
エプロンを着けた中年の女性だった。グレーのショートボブにレンズが小さめの眼鏡。見るからにベテランといった風情が漂う。
「あの、人魚について調べたいんですが」
「どちらの人魚をお探しですか。童話でしょうか、それとも民間伝承の……」
「澄川の人魚のことです。広報に載っていた」
「ああ、そちらでしたか」
私は勢いよくうなずいた。
「もう少し詳しく知りたくて。どの本に書かれてますか」
「でしたら、郷土資料室のほうがいいですよ。こちらです」
女性の後を付いていくと、三階へと案内された。二階の本棚よりも低めのものや、金属製のキャビネットが並ぶ。本は全体的に古めかしい。
「取りだした本は、元の場所へ戻すか、分からなくなったらこちらのカートへお願いしますね」
そのほか、貸し出しはしないということ、コピーが必要なら二階でとれるということを教えてくれた。
「澄川の人魚については、このあたりにあります」
そういって指でざっと範囲を指し示すと、キャビネットの中から薄い冊子を取りだした。どうやら郷土史家がまとめた本のようだ。そんな冊子がキャビネットにぎっしりと並ぶ。
「ごゆっくりどうぞ。お帰りの際には、カウンターに一言お声かけください」
ぼつんと一人だけ取り残されると、ちょっとさびしいというか怖い感じがする。私はあたまをニ三回ふると、手渡された冊子を中央に置かれたテーブルで読むことにした。
『澄川の伝説』と書かれたタイトルの表紙をめくると、手書きの文字で目次が書かれてあった。鯨の話、いるかの話等、さすがに海がある町ならではだ。その中に、人魚の話があった。
『澄川の海に住む人魚には不思議な言い伝えがある。海に住む人魚は、漁へやってくる漁師や船乗りを見初めるというのだ。雨の降る夜、人魚は岸に上がり愛しい男のもとへと歩いてく。もし夜道で人魚に出会っても、声を掛けてはいけない、目を合わせてはいけない』
広報の記事に似ている。もしかして、広報の記事を書いた人が図書館に問い合わせしたんじゃないの。それでこの冊子を紹介したんじゃないの?
なんだか肩透かしだなあと思って頁をめくると、そこには続きがあった。
『しかしながら、人魚の肉は不老不死の妙薬といわれている。好かれた男が誠をもって人魚と契りを交わせばよいが、そうでなければ裏切りにあっただろう』
そうだ、人魚の肉を食べれば不老不死になると言われている。もし、不義理な男に恋をしたならば、殺されて肉は薬として売られただろう。
仏間にある欄間の透かし彫り、人魚は漁師の方を見ていたけど、漁師は船上で銛を構えていた。
私は冊子を机の上に置いたまま、別の本を探しに席を立った。職員の人が指さした範囲の冊子や本のタイトルを読んでいく。
澄川の歴史、明治期の澄川、澄川の言い伝え昔話……。
最後の冊子を抜き取り、人魚の話がないか中をざっと見る。言い伝えとある通り、聞き取りした話をまとめたものだ。人魚の項目には、やはりさっきと同じような内容が書かれてあった。
『澄川に人魚を捕まえ、財を成した家ありという』
そりゃ、あっただろうな。人魚に対して誠実な男ばかりではなかったろう。
『人魚は万病に効く霊薬として、高値で取引されしものなり。一匹を有せば、三代末まで豊かなりし』
読んでげんなりした。それはつまり、殺した人魚を切り売りしたってことでしょう。人間の男に惚れたばっかりに、ひどい目に合うなんて人魚がかわいそうすぎる。
『江戸の終りに人魚を捕まえ、有すると言われし家は、次の三軒なり』
そんな、個人情報を載せてるの?
『西木町・海沼家、篠井町・初山家』
この家って、まだ残っているのかな。信じらない、と半笑いで文字を追った私は、目が釘付けになった。
『仲町・甲斐谷家』
欄間の漁師は人魚に銛を投げつけた。
モデルにした図書館は、そのまま我が住むまちの図書館です。はやく建て替えてほしい。