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生きる目標

俺もだんだんと剣術が向上してきた。具体的には十五歳の頃の俺と互角に斬り合えるだろうというくらいには。


だが、それはあくまで普通の剣を使った場合のことである。


十五歳の頃の俺は拙いながらも様々な武器を使うことができた。


だが、今の俺にはそれができない。筋肉をつけてから鍛錬を続け、剣と言ったら誰もが思い浮かべるような剣、ロングソードは使いこなせても、他の武器を前世のように使いこなせるかと言えばそうでもない。


今の俺は力が少し強いだけの五歳児だ。


そう。少し力が強いだけなのである。


俺は赤ん坊の頃から筋肉をつけるように努力してきたが、大貴族の息子だからだろうか。筋肉トレーニングで少しでも危なく見える物は一切やらせてもらえなかったのである。


いや、危なく見えなくともトレーニングらしいトレーニングは一切やらせてもらえなかった。


十キロくらいランニングしようと思って庭に出て走り始めた途端にメイド長に止められるし、腕立て伏せもできなくはないだろうと腕立て伏せを始めた瞬間にメイド長に止められるし。


なぜかセルディック家の生活スケジュールはメイド長が管理しているらしく、メイド長は俺がやろうとしていることのほとんどをやらせてくれなかった。


「ゆっくり育って立派な大人になって下さいね。少なくともバルバラ様のような節操なしには絶対にならないように。」といつも言い聞かせてくる辺り彼女が俺のことを本気で心配してくれることは分かるのだが、これでは強くなれない。


そこで、俺はあまり無茶なことをしない代わりに剣の特訓をやらせて欲しいと頼み込んだわけである。それはもう芸術的な土下座をしながら。


俺の熱意が伝わったのかメイド長は渋々といった感じで頷いてくれたが、いつも誰か大人が見ているところで特訓を行うことを約束させられた。というか、十キロランニングとか腕立て伏せとかよりも剣の特訓の方が危険なんじゃね?と思ったのは秘密だ。


まあそんなこんなでメイド長は俺が剣を振るうのを許してくれたわけだが、もっと他の武器を使いたいと言って承知してくれるとは思えない。


どうしようか。


そう思っていたところに、俺に家庭教師ができた。


バルバラの話では、どうやら家庭教師というのは教える相手に一時的な主従関係を結び、その上で様々な教育を丁寧に施すらしいのだ。


つまり、俺は今家庭教師の主人なのだ。


やりたいことがあるが、メイド長に断られる可能性がある。


俺には主従関係を結んだ家庭教師、ランベルがいる。


ランベルの扱いは一応セルディック家の部下ではなく、客人という扱いなのでメイド長はそんなにランベルの言葉を否定することはできない。


この三点から導き出される結論は一つだ。


ランベルに頼んで町まで連れて行ってもらい、そこで新しい武器を入手する、ということだ。


ランベルやバルバラはいつも腰に剣を差しているし、セルディック家の守衛もいつも槍を持っている。


恐らく、この国では武器を持つのは自由なのだろう。少なくとも剣を買ってはいけない、などという法律はないはずだ。


そして問題のランベルだが、きっと俺の頼みなら大体は聞いてくれるだろう。


始めて会った時になぜか跪かれ、「ここに忠誠を」と言っていたので俺に忠誠を誓ってくれたと解釈しても間違いではないだろう。


そんなことを考えながら勉強部屋の中でランベルの話を聞く。


「…というわけで、この国、フォーセリア王国は成立したのでございます。お分かり頂けましたか、エルシア様?」


「あ、ああ、大体は分かったよ。」


ランベルと俺は部屋の中の二つの椅子に座っており、ランベルは目を閉じながら講義をしてくれていた。


なぜかランベルが俺のことを尊敬してくれているのはなんとなく分かっているが、それでもこの勉強量は鬼畜だと思う。


俺には前世があるから同い年の子供よりも聞いた話を整理する能力はあるのだが、そんな俺でも辛うじて理解するのが精一杯だ。もしも俺に前世がなければ十パーセントも理解できないと思う。


俺は頭の中でランベルの講義の内容を整理してからランベルの顔を見る。


「なあ、ランベル。」


俺の呼びかけにランベルは瞑っていた目を開ける。


灰色の双眸が俺を見据えた。


「俺さ、最近新しい武器の鍛錬をしてもっと戦闘力を上げたいんだけど、買いに行くのに付き合ってくれないか?」


「は。エルシア様のやりたいことは理解しましたが、なぜ強くなりたいのか教えてくれませんか?」


俺の目を真っ直ぐ見ながらランベルは問いかけてくる。


ランベルは普段優しいが、その分こういうシリアスな場面では物凄いシリアスな空気を出す。冗談なんて言ったら斬り殺されるんじゃね?とつい考えてしまうくらいには真面目なのだ。


だが、強くなりたい理由、か…。


確かに、よく考えてみれば俺はただぼんやりと強くなりたいと思っているだけな気もする。


真っ先に思い浮かぶのは俺の前世だ。


前世の経験も持っていて、その上でさらに長い時を生きているのに前世よりも弱いというのは情けない、という感情はないわけではない。


せっかくもう一度生を送れるのだから前世よりも強い力を手に入れたい、というのは至極まっとうな考えと言えるだろう。


だが、それが全てではない、気がする。


そもそも、ただ前世を超えたいのだったら貴族の長男として生きていく決意をするわけがない。


前世と同じように戦場を駆け回るのが最適解だろう。


だが、実際には俺はそれをしなかった。なぜだろうか。


貴族の生活に憧れていた?


それもあるかもしれない。


せっかくの二度目の人生なのだから精一杯人生を楽しみたい?


勿論そういう欲望だってある。


死の危険に晒されたくない?


流石にそこまで臆病じゃないと自負している。


なら、なにが俺を強くしたいと思わせているのだろうか。


静かに俺の答えを待っているランベルの前で俺は静かに瞼を下ろす。


俺は恐らく自分のために強くなりたいと思ってるわけではないのだろう。


ならばなんのために、誰のために強くなるのだろうか。


俺がこの世界で唯一繋がりを持っているのは…。


家族か?そう、家族だ。俺は家族を守りたいと思ったんだ。


黒髪で無精ひげを生やしていて、いい歳して息子にベタベタなバルバラ。


金髪に青い瞳を持っていて、実の娘のイザベルと同じように俺にも愛情を注いでくれる母親の一人、リザ。


黒の瞳に黒い髪がキラキラと輝いていて、いつもニコニコして俺を抱いてくれる俺の実の母、アスカ。


灰色の髪に灰色の瞳、いつも灰色の服を着ていて無表情。だけどたまにキャラを崩して俺と笑ってくれる母親、セルネ。


俺の方が勉強も運動もできるのに、嫉妬の感情も抱かずにただひたすらに俺を弟として可愛がってくる姉、イザベル。


なぜか俺を尊敬していて、いつももじもじと後をついてくるキアラ。


前世で戦場の中で駆け回って敵を殺しまくってきた俺だから、もしかすると周りからは異常に見えるかもしれない。


というか、もう異常に見られてるかもしれない。五歳ではありえないほどの冷静さとか十五歳の頃の前世の俺と互角に斬り合えるであろう剣術とか。


それでも、彼らは笑って受け入れてくれた。


だから、俺は、そんな彼らを守りたい。


苦しませないで、仲良くして、いつまでも皆で笑っていたい。


だから、俺は強くなりたいんだ。


スッと目を開ける。


目の前のランベルが、優しく聞いてきた。


「理由は見つかりましたか?」


軽く頷いてから俺は窓の外を見る。


窓の外では、小さな鳥たちが一生懸命に飛び回っていた。


「あのさ、ランベル。俺は家族を守るために強くなりたいよ。」


「そう、ですか…。」


ランベルはその顔を微笑まし気な微笑みへと変える。


微笑まし気な目線は正直むず痒いが、今はそれもいいだろう。


拝啓、前世の部下たち。


俺は初めて、生きる目標ができました。

あっれええええええ!?おっかしいぞ~?


普通に武器を買わせに行く予定だったのに、なぜか人生の相談室みたいになっちゃったぞ!?

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