セルフ進路調査
※主人公はかなりのシスコンです。
この世界に生を受けて早五年が経った。
赤ん坊の体で出来ることは少なく、せいぜいはいはいやつかまり立ちをして筋肉を少しづつつけるくらいなものだったが、そんな些細なことでも積み上げれば大きな結果を生み出すことができるのだなぁ。
最早運動場と言っても信じられそうな草の生い茂る庭の中で、俺は剣を両手で持ち上げながらそんなことをしみじみと考えるのだった。
*
さっきも言ったが、俺がこの世界に産まれてからもう五年が経った。
俺は元の世界ではなく、異世界に転生してしまった。それも魔法の存在する。
そのことを知った俺の前には、いくつかの選択肢がある。
まずは、このまま貴族の子として育ち、貴族としての人生を謳歌する。
正直言って、これが最も楽で最も安全な生き方と言えるだろう。
俺の父親の家、つまり俺の家のセルディック家は物凄い貴族であることは否定しようのない事実だし、家の中を探索してもなにか悪事を働いている、などという証拠は見つけられなかった。
あえて言うならばバルバラが節操なしであるという評判が広まっているくらいで、セルディック家自体に悪い点や危険な要素は存在しない。
むしろ様々な慈善事業に手を出しているのだから、民衆からの支持もそれなりにあるのだという。
ならば、俺がこのまま家を継いでも俺自身に危険が迫ることや俺が恨みを抱かれることなどはほとんどないと言っていいだろう。
むしろ、俺の家柄のおかげで超絶美人な女性と結婚できる可能性だって存在する。
まあ、結婚云々の下心は抜きにしても、セルディック家を継ぐことによるデメリットはほとんどないと言っても過言ではないだろう。
数多くいる兄弟たちが権力争いをしまくって当主を決める他の貴族の家とは違って、バルバラには三人の子供しかいない。
しかも、第一夫人が産んだ俺より二歳年上の姉、イザベルは温厚な性格だし、第三夫人が産んだ俺の三歳年下の妹、キアラはまだ物心ついたばかりだけれどもかなり優しい性格をしている。この世界は基本的に男の方が地位が高いらしいので恐らくイザベルとキアラと俺で権力争いになることなどはまずないと言っていいだろう。まあ、女性当主もいないことはないらしいが。
親戚が家を乗っ取ろうと画策する可能性もなくはないのだが、なんでも王は「セルディック家を継ぐ者は当主の直系の子孫でなければいけない。当主に直系の子孫がいなかった場合、セルディック家は取りつぶしになる。」などと宣言したらしい。
なるほどと感心したものだ。
俺が産まれた国、フォーセリア王国の中では三大貴族と呼ばれる三つの家があり、それぞれが王に近い権力を持っているらしい。
セルディック家もその三大貴族の中の一つらしい。
そこまで大きな貴族の跡継ぎ争いともなると周りにも多大な損害を与えるだろうし、下手すれば国が大きく傾く。
そこで争いをなくすために親戚同士での争いをなくし、それと同時に厄介なほど大きな権力を持つ家を消せたらラッキー、というところだろう。
国王は物凄い知恵者なのだろう。
二つ目の選択肢が、セルディック家をイザベルかキアラに任せて自分はニート生活を送る、だ。
さっきはセルディック家を継ぐのにデメリットはないと言ったが、それは肉体的な面で、だ。
きっとセルディック家の当主ともなれば日頃のストレスは物凄い物になるのだろう。
バルバラはストレスなどないかのように見えるが、恐らくストレスが一切なくてのんびりと仕事してます、などということはないだろう。物凄い親バカなのも、三人もいる妻を全力で愛しているのもそのストレス発散の一環なのではないかと思う。
もしも俺がセルディック家を継いだら、それこそバルバラと同じような待遇を受けるだろう。
まず、三十人以上から一斉に縁談を持ちかけられるだろう。バルバラが三人も妻を娶ったという前例のせいでもしかすると五十人くらいから縁談を持ちかけられるかもしれない。
何人も妻を持つとか俺の神経じゃ耐えられないし、結婚しなければ家が潰れてしまうので結婚しなければいけない、というプレッシャーも絶大な物になるだろう。
次に、意図せずとも悪事に手を染めてしまい、それが表に出ればとんでもないことになるだろう。
元々悪い噂がある家が悪事を働いても民衆はいつものことか、くらいにしか思わないが、悪い噂が一切ないセルディック家のような家が悪事を働いていることが知られれば民衆のリアクションもかなり大きな物になるだろう。
チンピラっぽい見た目の奴が万引きしてもそこまで目立つことはないが、優等生が万引きをしたら大々的に知れ渡って評判がダダ下がりするのと同じ原理だ。
悪い噂が流れたりしても俺自身に危害は加わらないのだろうが、俺の家族や友人などが風評被害に晒されるだろう。
まあ、友人なんていないが。
三つ目の選択肢が、家を出て騎士団に入る、だ。
フォーセリア王国には、貴族の家やその親戚から選出された武芸者たちで結成された騎士団がある。
名前はフォーセリア第三騎士団で、総勢百余名の大きい騎士団だ。
良い家系の者ばかりが在籍しているからか給料は下級貴族の収入よりも高いらしく、騎士団の団員を輩出した家には様々な特権が与えられるらしい。
俺はセルディック家の御曹司だから、少なくとも入団の最低条件である家柄はある。
前世では覚えていないが三十代くらいで死んだ俺でも、曲がりなりにも隻眼の剣聖とまで言われていたのだ。
これから一度も剣を振らなくたって、騎士団に入るくらいはできるだろう。
貴族の血縁の者が在籍しているフォーセリア第三騎士団だが、意外と任務はキツイらしい。
なんでも、夜の密林の中で敵と斬り合ったり他国との戦争に駆り出されたりすることもあるそうだ。
屋敷の中に置いてあった本を読んで得た知識だから少しばかり誇張が含まれているかもしれないが、それなりにやりがいのある仕事をできる可能性は高いだろう。
この前屋敷に来ていた客が騎士団の仕事について楽しそうに話していたので、命の危険に常に晒されることはなく、騎士団の雰囲気も悪い物ではないのだろう。
この騎士団の評判は悪くなく、むしろ良いと言っていいだろう。
時に簡単な任務で仲間と笑い合い、時に戦場を駆け巡って敵と戦い続ける王子様の部隊、と認識されているらしい。
他の騎士団との摩擦もあまりなく、せいぜいがたまに口喧嘩をする、程度らしい。
四つ目、最後の選択肢が家を捨ててスラムで暮らして戦場を駆け巡る、つまりは前世の焼き直しだ。
正直この選択肢が最も俺にも周りにも迷惑をかける手段だろう。
だが、この生き方しか俺は知らないのだ。
前世で散々戦場を駆け巡って殺しを続け、最後は一人で死んでいった俺に貴族の礼節がキチンと身に付くかどうかと言われれば、微妙としか答えようがないだろう。
今までは子供だからということで礼儀とかは必要なかったが、これから大きくなっていくに連れて礼儀の必要性は増してくるだろう。
ましてや三大貴族、などという家に産まれたのだ。少し作法が悪いだけで指摘されることもあるだろうし、もしも身に付けたとしてもなにかの拍子に素が出るかもしれない。
その点戦場はこの世の底辺ともいえる場所だし、そんな場所で一々礼儀にこだわる奴なんていない。
戦場だと身元を気にしている暇はないから、俺がセルディック家の長男だと思われることはないだろうし、セルディック家の子だろうとなんだろうと戦場ではただの人間だ。貴重な人員としてこき使われて、大貴族の子をこき使ったという事実をバラされるのを恐れて口封じのために殺されるのが末路だろう。
最も、俺が昔と同じように剣を使えるのだったら味方も敵も全滅させてその場から逃亡、なんてことも可能だが。
これらの選択肢の中から選ぶとすると、まず最初に選択肢から消えるのは四つ目だろう。
前世の自分だったら躊躇わずにこれを選んだかもしれないが、今の俺はバルバラや三人の母親、イザベルとキアラにある程度の絆を感じている。
俺自身としてもせっかく恵まれた家庭に生まれ変わったのだから人生を謳歌したい。
大貴族の子、という恵まれた肩書を捨てるのは少し気が引ける。
それに、今の俺は家族に絆を感じている。
このまま家を出ていったら当然家族は悲しむし、将来もしも俺が戦場から取り立てられて騎士団に入れでもしたらイザベラかキアラと会うこともありえるだろう。そうなったら、気まずいなんてモンじゃない。
故に、前世の焼き直しは却下。
次に選択肢から消えるのは、二つ目のニート生活だ。
さっきも言った通り、俺は家族に絆を感じている。
セルディック家の当主になったら、それこそさっき言ったような精神的な苦痛が襲いかかってくることになる。
当主の直径の子孫以外は当主になれないということは、当主の兄弟や親戚の権力が下がること、それと同時に当主の権力が絶大であることを意味する。
つまり、権力を得るためには当主の兄弟ではなく当主と結婚する必要があるのだ。
そして、イザベラかキアラのどちらかが当主になるということは、結婚相手として多くの者に認識されることになる。
毎日のようにむさくるしい男どもがアプローチをかけてきて、多大なるストレスがかかるだろう。
バルバラや母親たちの顔が整っているからか、二人は幼い現在の姿を見ても将来美人になるだろうな、と思ってしまうほど顔が整っている。二歳の幼児に顔が整っているとか整っていないとかそういう他との違いはあまりないが、どことなく美少女オーラを出しているのだ、キアラは。
とにかく、そんな二人の内のどちらかが社交場に出れば社交場にいる全ての男が詰め寄ってくるだろう。
皆一様に権力への欲望や金への欲望、性的な欲望を瞳に燻ぶらせているのだ。そんな環境に放り込まれたら心が死んでしまうだろう。
最悪、無理矢理肉体関係を築かされて結婚まで持っていかれるかもしれない。
二人をそんな危険に晒すなど言語道断である。
これと同じ理由で三番目の家を出て騎士団に入る、というのも却下。
最後に残るのが一番目の貴族生活の満喫だ。
…まあ、礼節やストレスなど色々な問題はあるが仕方ない。
できるだけ厄介ごとを躱し続けてセレブ生活を満喫するとしよう。
そう無理矢理自分を納得させて休憩を終わらせて俺、エルシア・セルディックは再び庭の真ん中でズッシリした真剣を振り始めるのだった。
主人公にはちゃんと剣術チートさせるつもりですので。