Act.1 邂逅
薄暗く、じめじめとした壁に這うのは疎らに赤く染まった太い蔦。その壁に反響するは、複数の剣戟。続いて、悲鳴。
「うあっ!」
巨大蟷螂の背に剣を打ち付け、跳ね返った衝撃で青年は剣を取り落とす。
「糞ッ!硬い!こっちの攻撃が通らねぇ!フュヤー・プィフェールッッッ!!!」
「ギュルオオオォォォァァッッ!!!」
巨大蟷螂は止まらない。
「あぁっ、死にたくない死にーー」
剣を取り落とした青年が辿るのは、上半身と下半身が別れを告げ合う未来だったようだ。
「エルクッッッ!!!」
「リーダーァァッ!こいつ瞬間回復持ってやがる!足切り落しても直ぐに生えて来やがる!」
「なんだと!?何故こんな所にそんな高位魔獣が!?くそっ、撤退、撤退だっ!!」
「おいヒナカ!何やってんだ死ーーー」
ーーぬぞ、と声帯から振動は発せられず、彼女を庇おうとしたリーダーの男の首が飛ぶ。
着々と、仲間だったモノが増えて行く。
最後に残った少女は極度の緊張から逃げる、という選択肢が頭から徐々に離れていき、「死」という単語が頭をよぎる。そう思ったが最後、もう身体は動かない。
しかし、尻餅を突いた手が命の切符を掴む。
パァァァーーー
「魔法陣!?」
最後の獲物を前にした巨大蟷螂がその巨大な、そして凶悪な刃を振りかざす。
パッ
彼女が転移するのと巨大蟲の刃が空を切ったのは刹那未満の差だった。
*
『ーー......む?......んん?んあぁ?』
なんだ? なんで? なんだこれ?
暗い、という事ぐらいしか理解ができない俺の脳味噌は一体何なのだろうか。つくづくスペックが低い脳味噌だな、ほんと。
病院ーーの線は薄い。死体安置所にでも放り込まれない限りはここまで暗い事も無いだろう。プラス、身体の感覚が一切ない。
いや、少し語弊があるかもしれない。感覚は、ある。だが、無い。ひじょーに、むず痒い。語彙力がないのがよく分かってしまうな、この感覚。
ドサッ
む?なんか外に気配が...人?物?......暗闇の中だからわからないな。
「うっ...リーダー、エルク、みんな...」
うん?何か泣いてない?この子。しかも女の子の声?なんで?疑問しか出てこんぞ。
「う...ここは?」
意識がはっきりした途端、目に飛び込んできたのは簡素な石レンガだった。上半身を起こし、周囲を見渡す。壁には、松明が取り付けられている。
ここは...?ああ、そうだ。私、魔法陣の中に居たんだ。それでーー。助かった。じゃなきゃここはヴァルハラかどこかだろう。
転移......その可能性が高いかな。どう見てもさっきの所ではないし。
私の目に入ったのは、見紛うことなき宝箱だった。
......けど、何故?あの場所はパーティーメンバーが一回は通ったはず。なんで、私の時だけ起動したの?ちゃんと、確認したはずなのに。
『あぁっ、死にたくない死に― ― ―』
『おいヒナカ!何やってんだ死ーーー』
死んだ。みんな。あの蟷螂のせいで。けど、幸か不幸か私は生きてる。だったら、だったら。
生きて、帰る。リーダーや、エルクの分も。そのためには行動しなければ何も始まらない。
「よしっ」
頬を叩き、自分を叱咤する。......けど、この宝箱は?魔法陣で飛ばされたのは宝箱の部屋?そんな贅沢な話なんて聞いたことないし、ほぼありえない。罠だと思う。
けど、冒険者としてやっている以上、自分で見つけた宝箱は自分で処理しないといけない。そういう決まり。仕方ない、開けようかな。
ギィィィィ....
なんてことはない。普通の腕輪だ。たぶんマジックアイテムだと思う。けど、このランクのダンジョンにしては高価な方だ。貰っていこう。
『眩しっ!?』
喋......った?いやいやまさかそんな訳が...
『だ、誰だ?俺を今持ってるやつは?』
まただ。今度ははっきり私に向かって喋った。この腕輪は一体...?
『お願い!答えて!!』
「は、はい!?」
『あぁ、良かった...人だった...』
「貴方は一体?」
『あ、うん。なんかわかんないけど俺の見た目ってどんな感じ?』
「う、うぅ~ん...腕輪、ですね」
『腕輪...』
腕輪、ねぇ...最近流行りの異世界転生かと思ってたが、最早人の形にすらしてもらえないとは...
腕輪だよ?俺今からどうすんの?この娘に装備してもらう?で?その後は?不安な未来しか思い浮かばない。どうしよう――
「あ、あの、どうかしました?」
『あ、すまん。ちょっと考え事してた。で、唐突だけど俺装備してくれる?ぶっちゃけ俺、行く当てもなければそもそも動けないし…』
「装備、ですかぁ。ちなみにアイテム効果はどんな感じですか?」
アイテム効果?そんなものが本当にあるのか?
『言わんとすることは分からなくもないが、実際どうなのか分からん、としか言えないな』
「そうですか...ならいいです」
目の前の少女が、少し困った風な仕草をする。
「あ、そうだ。お名前、伺ってもいいですか?」
『おう。俺の名前は...あれ?』
「どうかされましたか?」
思い出せない。自分の名前が。ぶっちゃけ名前なんぞ後付けのものだし、大して気にしてもいなかったが、いざなくなるとどこか寂しいものがある。が、分からないものは分からない。ありのままを伝えるしかないだろう。
『あー、その、なんだ。その、俺、自分の名前が分らん』
「は?」
『いや、あの、その、俺、実をいうと異世界人なんだ』
自分の名前が分らない?挙句の果てには自分は異世界人です?自分で言った事だが人からしたらやべぇ奴認定待った無しだろうな。
『驚くかもしれんが、俺一回死んで今の状態になってる。そして何故なのかは分らないけど生前の記憶が一部無くなってるんだ。名前も含めて』
「そうでしたか。だとしたらこんな風になってるのも...頷けますね」
納得、といった顔だ。思っていることが表に出てしまうらしく、非常に分かりやすい。まぁ、俺がそういうものに慣れすぎてい
『あれ?びっくりしてない?もしかして喋る無機物とか結構いたりする?』
「びっくりしてない訳がないじゃないですか。歴史書に喋る道具なんて載ってませんよ。もう、色々驚きすぎて多少のことじゃもう驚かなくなっちゃいました」
そうだったか。よかったよかった。もう、仕方がない。こんな身だ。このまま腕輪として生きて行ってやる!!!