第五十二話 覇王潰しの『鬼殺し』
爛さんの肩に手を掛けた瞬間、俺は出した手を掴まれ体当たりされるように押し倒された。
「痛っ、一体何が」
その流れるような動きと速さで受け身も取れず、それどころか何をされたのかさえすぐに理解することはできなかった。
そんな目を白黒させている俺に覆いかぶさるようにするのは目を吸血中の阿冶さんのように蕩けさせ、頬を上気させる爛さんだった。
「グフフフフ、はれ~、らつきがひっぱひだ~」
そう言う爛さんの呂律は全く回っていなかった。
「もしかして、酔っぱらってる?」
俺がそう言うと、阿冶さんはすぐそばに落ちてあった『鬼殺し』を拾い、匂いを嗅いでから一口飲む。
そして俺の方を見ながら首を横に振った。
「夏樹さん。これは普通の炭酸飲料です」
「それじゃぁ、もしかして炭酸酔い? そんな、馬鹿な……」
そう思いながらも、以前に似たようなことがあったことを思い出した。
爛さんが言っていたシュワシュワしたジュース。お酒かとも思ったけど、本当に唯の炭酸飲料だったのかもしれない。
「よってらいよってらいよ~。はれ~、ひからがぬける~」
酔っ払いの常套句を述べながら、爛さんは体を支えていた肘を一気に落とす。
爛さんの顔が俺の顔に振ってくる。
この相手が普通の人だったらヘッドバッドされるなんて考えてしまうのだが、相手は性格がそれを帳消しにしてしまっているだけで美女と形容してもいい程の美貌の持ち主だ。
瞬間、俺の視線は爛さんの唇へと引き込まれた。
薄く、艶やかな唇は、異性を乱してしまうような魔性の力を秘めている。
ダメだ! 俺は、反射的に首を横に傾ける。
グキリと嫌な音を奏でた俺の首が犠牲の下、どうにかキスは免れた。
ホッと、安堵するのも束の間今度は違う問題に気がついた。
密着する爛さんの体は全身が柔らかく、それでいて無駄のない筋肉がハリを際立たせている。
今度はこちらの方が顔が熱くなってくる。
「爛さんしっかりしてください」
俺は、必死に爛さんを起こそうとするが、なぜか爛さんは俺の体をがっちりとホールドする。
まるで蜘蛛の巣のように引きはがそうとすればするほど爛さんの体は絡んでいき、その胸が太ももが次第に強調を増していく。
もうお手上げ状態だ。
そんな体を膠着させて現状維持に留まる俺の気持ちなどお構いなしに、爛さんは今度は俺の頬に自分の頬をこすりつけてくる。
「らつひのほおら~」
心臓が高鳴り破裂しそうになる。
誰か助けて。そう目で訴いかけると、目が合ったクロが力強くうなずいた。
「……夏樹。助ける」
思いは通じる。
近寄ってくるクロにそう感動していると、なぜかそれを遮る影が現れた。
守璃さんだ。
なぜか今の今まで黙ってみていた守璃さん。
その顔は、羞恥心からか爛さんより赤くなっている。
希望が絶望えと変わる。
大丈夫。思いは伝わる。そう自分と守璃さんを信じて口を開く。
「あの、助けて……ヒッ!」
そんな勇気は、俺の顔のすぐ真横を通り過ぎた足によって踏みつぶされた。
「一体いつまでやっているのだ!」
だったらさっさと助けてくれよ。っという文句は胸に留める。
なぜなら、暴走しているのかなぜか俺に敵意が向いているからだ。
しかし、そこで空気を読まないことをするのが酔っ払いである。
「らんだよ~。もひかひて~かわっれほひ~のか~ひゅり~」
「何のことをいっているのだ……」
青筋を浮かべる守璃さんは一切不機嫌さを隠そうとしない。そして――
「ほら~、もうからほ~、らつきのほおはあひてるぞ~」
青筋が切れる音が聞こえた。
守璃さんの敵意が爛さんに向く。
「いい加減にしろ!!!」
守璃さんは、爛さんを俺からむりやり引きはがす。
「らんだよ~ひとりじめか~」
「そんなわけあるか」
そこからは酔っ払いと暴走者のもみ合い。
「えっと、じゃぁ俺たちは酔い冷ましに水でも買ってきます」
触らぬ神にたたりなし。いつこちらに飛んでくるかもわからない火の粉を振り払うように俺たちは二人を残してその場を後にした。
こんにちは五月憂です。
今回は、爛が酔っぱらうという話を書かせていただきました。
個人的には、ガサツで酒豪ぽい爛が、まさかの炭酸酔いしてしまうというギャップはいい魅力なのではないかと思います。
次週は、飲み物を買いに行った三人のお話です。
次週か再来週で、久しぶりの登場のキャラが出てくるのでお楽しみに。
最後になりましたが「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。
今後とも「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。




