第五十一話 幼狐ちゃん印のマル秘ドリンク
「ホーヒエバ」
ふと思い出したように、口いっぱいにモノを詰めた爛さんがしゃべり始めた。
花より団子。色気より食い気。
さまざまなことわざで形容できる姿だが、一言言うなら女の子として人前ではしない方がいい光景だ。
「爛さん。お行儀が悪いですよ。飲み込んでから喋ってください」
阿冶さんが注意すると、爛さんはモゴモゴと咀嚼してまるでリスのようになっていた頬の中身をごくりと飲み込んだ。
結局その姿も女の子としてどうなのという光景で、呆れ気味に阿冶さんが眺めていた。
「そー言えばなんだけど、確か幼狐から選別を貰ったってクロ言ってなかったっけ?」
「そうなの?」
「……ん。貰った」
そう言って、クロは持っていた袋に手を突っ込んで探す。
幼狐にしては気が利くそう思ったのもつかの間、クロが取り出したその牛乳瓶のような形状の容器に入った液体を見て一同は固まった。
「「「「何これ?」」」」
誰が言ったのか――嫌たぶんその場にいた全員が漏らしたであろうその言葉。
それはこれが一体何なのかという意図ではなく、このものの存在そのものに対する疑問だった。
「……ジュース?」
受け取ったクロまでもが疑問符を付けたそれは明らかにジュースと呼べるものではなかった。
取り出されたのはそれぞれ違う色の液体が入った五つの瓶。
そのどれもが真っ青だったり真っ赤だったりどれも毒々しい。
「確かに着色のあるジュースはあるけどここまで濁ったのはなかなか……それにこれは」
そしてその中でひときわ目を引いたのが七色の色の液体が混ざりあわずに個々に分離して瓶内に渦巻いているという、例えるならそうぺ〇ぺ〇キャンディ色の明らかにやばいのが一つ。
俺たちが絶句しているのを尻目に、クロは袋から紙の切れ端を取り出すと阿冶さんに手渡した。
「えっと、幼狐様からのメッセージみたいですね」
「嫌な予感しかしないけど一応読んで見てください」
「それでは僭越ながら……カッカッカッ、そちらの世界の飲み物――ジュースじゃったか?――あれは素晴らしくうまいのう。甘くてシャワシュワしていてワシの舌を虜にしたのじゃ。じゃが、残念ながらそちらのものをこちらに持ってくるには大変面倒な手続きを踏まねばならん。ワシはもうあの書類の山を見るのは嫌じゃ。もうわしは、飲めれんのかのうと意気消沈。そんな時名案を思いついたのじゃ。そうじゃ、こちらで作ってしまえばいいではないかと。それでできたのがそれじゃ。まだ試作段階じゃが本物と飲み比べられるお主らに試飲を頼むぞ。じゃ、よろしくなのじゃ――by幼狐……だそうです」
「「「「………」」」」
((((毒味じゃねぇか!))))
誰もが心の中でそう叫んだだろう。変に阿冶さんが口調をまねたせいで忌々しいあの幼女のこれまでの経緯が頭に浮かびなかなかに全員を苛つかせた。そして、次に挙げられる意見としてはもちろん――
「飲まなくていいんじゃね」
「ですよね」
「まぁ、甘いものは好きではないから別に」
「……同意」
と、満場一致で飲まないの流れになったのだが。
「あっ、裏にもメッセージが――PS.飲んで報告しないと追加で新作を送り続けるのであしからず――と」
「ちっ! 逃げ場を塞いできたか」
「こんな見るだけでもやばいものを家に送り続けられるのはさすがに困る」
「それでは飲むという方針で、飲み物の説明もご丁寧に書かれているので読みますね。まず、青色の瓶が河童ラムネ、赤色の瓶が鬼殺し、黒色の瓶が黒炎ソーダ―、黄色が稲荷ジュース、っで残りが……幼狐ちゃん印のマル秘ドリンクだそうです」
品名に奴の名前が入っている辺りそれだけは当たりたくない。その一心で飲み物を取ろうとするがいつの間にかたった一つしか残っていなかった。
「い、いつの間に。ずっと読んでいた阿冶さんまでさりげなく自分の分の確保をしているし」
「それじゃ飲むか」
「そうですね」
有無を言わさず飲み始めようとする四人。明らかに俺に最後の一つを押し付けようとしている。
「ちょっと待ってちょっと待って。明らかに俺の分はやばい奴なんだけど。これだよね、幼狐ちゃん印のマル秘ドリンク」
「どうやら品名は結構適当に付けられたみたいですから大丈夫ですよ」
阿冶さんが一切こっちを見ずにそう告げる。
「じゃぁ、大丈夫だな。見ろよあたしなんて『鬼殺し』だぞ『鬼殺し』」
「喜々として手に持っておいて何を言ってるんですか。鬼を殺すよりも危険だって思ったんでしょこれが。見てください。瓶のふたを開けたらなんかポコポコ気泡が出て来てるんですよ」
「いいかげんにしろ夕月夏樹。もう決まった事だろう」
「それはちゃんと俺の目を見てから言ってくださいよ」
あーだこーだと醜いな擦り付けあいがあった上で、結局俺が飲むことになった。
「くそっ、じゃんけんで負けなければ」
俺の小言を皆聞かないことにする。
「それじゃぁ。皆、死なばもろとも」
爛さんのちょっとおかしな掛け替えを合図に全員が瓶の中の液体を煽った。
瓶の中の液体はこれまでに飲んだことのあるジュースのどれにも該当しないものだった。
嫌に粘度の高い液体。例えるなら、溶かしたグミ。これは液体と言えるのだろうか。
喉に引っ掛かってまったく飲み込めない。
そして、気泡の正体はどうやら炭酸だったようだ。口内を弾ける感覚がまとわりつく。
これだけみるとなかなかカオスな飲み物なのだが、味は意外にもまずくはない。あれだけ色々な色が混じっていた割には唯々砂糖の味が際立っている。
幼狐が甘党なのか自分自信の名前を付けたそれは甘いだけの粘液だった。
そして、これらの情報を総合的に鑑みて俺が出した結論は――これは炭酸水あめなのではないかということを。
「い……意外に吐くほどではないな」
「そうですね」
「……ん。思ったよりまとも」
「ほっ」
俺と同様の意見のようで阿冶さん、クロ、守璃さんも胸を撫で下ろした様子だった。
しかし――安堵もつかの間、唯一人返事をしないものがいることに我々は気がついた。
「爛さん? 大丈夫ですよね?」
俯いたまま微動だにしない爛さん。片手に握られた瓶には半分ほどまだ中身が残っている。
「もしかして失神してる?」
「まさか、あの爛に限ってそんなこと」
「……でも、幼狐が作ったものだから」
「あるいはそれもあり得るかも」
俺は、そっと静かに歩みより爛さんに再び呼びかける。
「おーい。爛さん。大丈夫ですかー」
肩を軽くつついてみる。すると、その瞬間に視界が反転した。
こんにちは五月憂です。
今日でゴールデンウィークも終了ですが、皆さん楽しめましたか?
お花見はもう季節外れですがBBQなんか季節的に言った方も多いんじゃないでしょうか。
私はと言えば、お友達と出かける機会がありました。普段外に出ない分、こういう機会を大事にしてインスピレーションを沸かせられたらと思っています。
今回は、ジュースを飲むという話しでした。一体爛はどうしたのか。そして、夏樹の身に一体何があったのか次週も是非読んで見てください。
最後になりましたが「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。
今後とも「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。




