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第五十話 お花見

 空から降ってくる薄桃色の花びらは一体どこから降ってくるのかと考えてしまうほど止めどなく、なにより妖しく美しい。

 桜の雨とはこういうことを言うのだろうか。

 唯、月光が天然のライトとなり桜を白く照らしている様子は雨というよりは雪の表現の方が的をえている風に思える。

「綺麗ですね」

 後ろで珍しくはしゃぐ阿冶さんを見て、俺は来てよかったと少しほっとした。

 現在俺たちは夜桜の下お花見に来ている。

 学校が始まってから少し経ち、人もポツポツとしだした頃。

 少し時季外れのようなときにお花見に来たのには、日中のあるやり取りから始まった。

 休日の午前中。

 誰もが休息のためにだらけるのは必然である。

 もちろん俺も例に漏れず居間で冷たいお茶を飲みながらゆっくりとしていた。

 この家の居間は実に素晴らしい。

 廊下に通ずる障子を開け、中庭へと降りられる大きなガラスの嵌った引き戸を全開にすると春の心地よい風が良く入ってくる。

 これが夏になれば涼しさが際立ち、秋になれば秋の香りが吹き込んでくると思うと楽しみになる。

 この年になって四季の自然を愛でることができるとは思わなかった。

 無邪気な子供に戻った気もするし、はたまた落ち着いた老人のような気分でもある。

 そんなまったりとした空気に浸っていると

「お花見に行きませんか?」

 買い物から帰ってきた阿冶さんが何の前振りもなしにそう言った。

「どうしたんですか急に?」

「さっき、近所の方からお花見の名所があるって聞いたんです。もう、学校も始まり行く人も減っているみたいですし、夏樹さんも最近お疲れ気味でしょ。気分転換にみんなで行ってみませんか」

 阿冶さんは体力測定での出来事を未だに気にしているみたいだ。

 倒れたあの日、気づけば外が薄暗くなっていた。

 傍らには阿冶さんが心配そうに俺の顔を見つめていて、目が覚めるとただ一言「良かった」とつぶやいた。「ごめんなさい」でなかったのは俺がそれを求めていないのを察したのだろう。だから、今なお言葉に出さない申し訳なさや気の落ちようが見て取れる。

 あれは、俺の脆弱差が招いた事なのに。

「……そうですね皆で行きましょうか」

「はい。では、すぐに準備を」

 パッと華やかな顔をした阿冶さんが急いでキッチンに移動するのを俺は急いで静止した。

「あの、どうせなら夜に行きませんか?」

「夜ですか?」

「日中外に出るのも阿冶さんはしんどいだろうし。その方が多分人が少ないと思いますから」

「そうですね。ありがとうございます。では、夜に……」

 そんなやり取りの末に、俺たちは花見に来た。

「それにしてもこのメンツで着ていい場所なのか?」

 俺たちが訪れたのは近くの神社の敷地内のスポット。

 確かに一般開放されているうえに絶景だけれども、そこに喜々として訪れるているのが吸血鬼に妖怪に幽霊ともなるとおかしく思えてくる。

「心配なかろう。我々は人に害成す存在ではないのだから」

 後ろからゆっくりとついてきていた守璃さんが俺のつぶやきに反応する。

「そう言うものですか?」

「そう言うものだ。一々気にしていたらまた倒れるぞ」

 ふんと鼻をならして守璃さんは過ぎ去っていった。

 辛辣な言葉だけど。あの日から、少しだけ態度が緩和された気がする。

 今のも彼女なりの気遣いとも取れなくはないとそう思えた。もしかしたらそれは俺ではなく阿冶さんに対するものなのかもしれないけど。

「夏樹。もうすぐ準備終わるから阿冶呼んできてくれ」

 早々にブルーシートを敷き始める爛さんは俺にそう促した。

「分かりました」

 さっき話した場所からピクリとも動かずに桜を眺める阿冶さん。その瞳は、この光景を一生忘れないために焼き付けているかのように熱く、その顔は対になるように儚く憂いを帯びていた。まるで桜の花のように。

 思わず声を掛けるのをためらってしまった。

 いや、見惚れてしまったのだ。その美しさに。

「初めて見ました。こんな綺麗な景色」

 それは俺に言ったのか独り言なのか。阿冶さんはポツリと言葉を漏らした。

「阿冶さんの世界にはないんですかこんな景色」

「……怪物界は、永遠の夜が包む世界ですから」

 短く発したその言葉はひどく悲しさが含まれていた。

 そして、俺は阿冶さんがいた世界の事を――もっと言えば他の世界の事を何一つ知らないことに気がついた。よく連絡をとるあの幼狐が統治する妖界でさえも、なにも。

 阿冶さんがいた世界がどんなところなのかを想像することは出来ない。もしかしたら、その言葉に含まれる通り悲しい世界なのかもしれない。けれど、一度訪れてみたいと思った。そして、いま阿冶さんが感じている気持ちを少しでも感じ取りたいと思った。

 その寂しそうな様子に踏み入ることの出来ないもどかしさに悔しさを覚えながら俺はそう思った。

「いきましょうか。爛さんが呼んでいます」

「……はい」

 いつの間にか呼びに来ていたはずの俺の方が阿冶さんに促されていた。

 爛さんの所に行くと阿冶さんはいつもの様な明るさに戻った。

 その様子から俺も、せっかくのお花見だからと思い先ほどの気持ちを胸に収めることにした。

「すごい力の入れようですね」

「少し気合を入れすぎちゃいました」

 ブルーシートの上には大量のお弁当とジュースが所狭しと置かれている。

 さすがというべきかこれを手作りできる腕は改めて恐れ入る。

「……今日は、クロも作った」

「そっか。クロもありがとう」

 俺の隣にちょこんと座っているクロの頭を撫でる。

「それじゃ、食べようか」

 早く食べたかったのか指と指の間に箸を挟んだ爛さんの号令でお花見は始まった。

こんにちは五月憂です。

前回で辛い体力測定も終わり心労ねぎらうお花見へと移行しました。

しかし、唯のお花見では終わりません。

ある種ここの話からが本当の「異種人同居」の物語。

ほのぼのとした日常から大きく動き始めます。

是非皆さん楽しみにしておいて下さい。

最後になりましたが「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。

今後とも「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。


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