第四十九話 異形のもの
「まさか学校にまで異形のものが出るなんて」
隣を歩くみーちゃんは険しい表情でそうつぶやいた。
私たちは体力測定の最中にこの世に在らざるもの――私たちは『異形のもの』と呼んでいる――が近くに現れたことを察知しそれを迅速に対処した。
「早く気づけたし、人気のない校舎裏だったから良かったけど」
そうは言っても、私もまた気がかりなところはある。
本来日が落ちるとともに活性化する異形のものたち。
それがここ最近は、昼間に活動しているという異常に私は不気味な危機感を感じた。
今回はこの間動揺に小さく敵意の少ないものだったから大事にならずに済んだだけ。でも、これが悪化するようなら
良くないことが起こるんじゃないか。いや、もう起きているのではないかという気持ちは拭えない。
叔母様が本家に呼ばれたこともあるし、結局私の家に飛んできた式も分からないままな事もそれを悩みの元になっている。
「春乃大丈夫か?」
思いつめたような顔をしていたのかみーちゃんは私の肩をポンと叩いた。
「ありがとう。みーちゃん」
強く結ばれたみーちゃんの唇がわずかにほころんだことに私は少しだけ安心した。
そして、いつも通りの笑顔で私も微笑み返そうとした時、胸を貫くような違和感に襲われた。
「なにっ!? ……今の」
「どうかしたのか?」
みーちゃんは気づいていないようだった。
確かに、今の感覚は何だかおかしかった。
異形のものの発する重くのしかかってくるような空気ではない。
しかし、人のものとも少し違う。
これはまるで……夏樹君の雰囲気を色濃くしたような――。
「春乃? 本当に大丈夫? 保健室に行く?」
私の様子がしばしばおかしかったからかみーちゃんは大げさに心配する。
「えっ! ううん、大丈夫。ごめんね心配させて、行こうか」
そんなわけはないか。もう、何も感じないし。
このままでは無理やり担いで保健室に連れていかれかねないと思い、私はみーちゃんを押して皆の所に再び戻った。
息を殺した。
そして必死に、気づくなよと祈り続けた。
外からわずかに聞こえた声。それは間違いなく音無さんと近衛のものだった。
そういえば途中から姿を見なかったけどどうしてこんなところに
そんな気持ちを抱きつつ何よりも見つかることを恐れた。
薄暗く人が立ち寄らない体育倉庫。
そこに寄り添い合う男女。
そして、両者が息も切れ切れに顔を赤らめている。
こんな姿を見られること。それは、どう言い訳しようが有罪。
社会的にも人間関係的にも――そして肉体的にも終わりを迎えることは目に見えている。
どうにか、阿冶さんにこの危機を伝えようにも今の阿冶さんには何を言っても無駄。妖艶に虚ろむ瞳がそう告げる。
「―――」
「―――」
だから、俺は唯祈ることしか出来なかった。
ドアの向こう側で微かに聞こえる声に耳を傾けて。
「―――」
「――……」
………
「……行ったのか?」
人の気配が消えて十秒ほど入念に間をおいてから俺は呟いた。
ホッと一息つく。
それと同時に阿冶さんの牙が首筋から引き抜かれた。
「夏樹さんありがとうございました。その……おいしかったです」
まだ、少し恥ずかしそうにはにかむ阿冶さんは、俺の気持ちの僅かの緊張感も感じさせなかった。
やっぱり気づいてなかったか
一気に気が抜ける。
「良かったです。でも、今後はなるべく学校では吸血は控えましょう」
「そうですね。頑張ってみます」
何のことを言っているのかと少し疑問符が見えたような気がしたが、気持ちのいい返事を信じて何も言うまい。
それにもう疲れた。さっさとみんなの所に戻ってゆっくり休みたい
「さて、行きますか……っとと」
立ち上がった瞬間に少し膝に来てよろめく。
「大丈夫ですか!」
「大丈夫、大丈夫――」
座りっぱなしの上に阿冶さんを支えていたからかと、気にせず歩き出そうとすると、
「――アレ?」
視界が揺らぎ、そしてブラックアウトした。
「……夏樹さん」
私が眺める先で夏樹さんは眠っています。
夏樹さんが倒れた後、私はすぐに保健室へと夏樹さんを運びましたがまだ目を覚ましません。
保健室の先生曰く貧血と過労で心配はないとのことですが、その原因である私は申し訳ない気持ちでいっぱいです。
「おーい阿冶。夏樹の荷物持って来たぞ」
「ありがとうございます。爛さん」
どうやら体力測定も終わり放課になったみたいで、爛さんに続いてクロちゃんと守璃さんも来てくれました。
「あんまり気に病むなよ。そんな顔夏樹がしてほしくない事は分かるだろ」
「はい」
「……夏樹。まだ起きない?」
「うん。ぐっすりと」
静かな寝息だけが聞こえてきます。
よほど疲れていたみたいで少しの会話くらいじゃピクリともしません。
「あの、三人とも夏樹さんの事は私に任せて先に帰ってください」
「いや――」
「そうか。では、私たちは帰ろう」
爛さんの言葉を遮って守璃さんはそう言いました。
「おい! 引っ張るなよ」
「……守璃強引」
「後は任せた」
そう言って、守璃さんは半ば強引に二人を連れて保健室から出て行った。
「ありがとうございます」
やはり守璃さんは優しいです。冷たくみえて私の気持ちを汲み取ってくれる、おかげで少しだけ楽になりました。
贖罪とは少し大げさですが、今は二人だけになりたかった。なって、看病してあげたいと思いました。
私は、夏樹さんの手を取りました。
少し冷たくなっているのは貧血のせいか。
そう思うと自然と手に力が入ります。少しでも温かみを――そう思ったときわずかながら夏樹さんの顔が曇りました。
「んんっ――さん」
「えっ!?」
聞き間違いでしょうか。
蚊の鳴くような小さな声――でも確かに夏樹さんは言いました。
『姉さん』と――。
こんにちは五月憂です。
遂に学校が本格的に始まりました。
三年生になって変わったのは就活に向けた説明会が増えたことです。
気づけばもう大学も折り返し地点。色々頑張らなくてはと思う今日この頃です。
今回は、三つの視点でお送りしました。
さまざまな視点を楽しんでもらえたらと思います。
最後になりましたが「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。
今後とも「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。




