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第四十七話 得たもの

「夏樹さん、飲み物買って来ましたよ」

 その声とともに、さっきまで添えられていたクロの手が俺の頬から滑り落ちた。

「あっ、阿冶さん。ありがとうございます」

 手の温もりに少しの名残惜しさを感じつつ俺は阿冶さんからジュースを受け取る。

 阿冶さんは俺に飲み物を渡すと同時に俺の顔を覗き見てきた。

「だいぶ顔色が良くなりましたね」

 にこりと嬉しそうにしている姿を見て俺の中で何か温かいものが溢れた。

 心配してくれてたんだ

「えぇ、ありがとうございます」

「クロ。顔が赤いけどどうかしましたか」

 守璃さんがそう言って俺の後ろにいるクロに声をかける。

「……ってか、いつのまに後ろに」

 さすがの素早さに俺は驚いた。

「……なんでもない」

「クロ?」

「……なんでもないって言ってる」

 俺が振り向くと、クロは俺の顔に持っていたジュースの口を押し付ける。

 半ば強制的に口の中に流し込まれたジュースは、柑橘類の酸味と甘みが爽やかに口の中に広がり、疲労を回復させた。

「ゴク、ゴク、ゴク……ゴフッーー」

 いつまでも流し込まれるジュース。

 俺はだんだん顔を青ざめさせて苦しくなるが、クロは気づいていない。

 必死にそばにいた守璃さんに助けを求めるが、目があった後辛辣にも目をそらされた。

 結局全部飲むまで俺は苦しさから解放されることはなかった。

「ウプッ、流石に一気はきつかった」

「……ごめん。夏樹」

 相変わらず背中側にいるクロが背中越しに謝罪する。

「大丈夫だよ。それより、クロの分俺が飲んじゃったから、こっち飲みな」

 俺は、クロにそっと自分のジュースを渡す。

「そういえば、爛さんはどこに言ったんでしょうか?」

「あれ?阿冶さんたちについて行ったと思っていたんですけど」

「いえっ、私たちとは一緒じゃなかったですよ。守璃さんは見てませんか」

「いや、私も見ていないが……仕方ない私が探しに行こう」

「じゃぁ、俺も行きます」

 水タプな腹を慣らすためにもと思い名乗りを挙げたが、ものすごく嫌そうな顔を守璃さんにされた。

 しかし、そこに助け舟と阿冶さんが告げた。

「私たちはここで待ってるので二人で行って来てください」

「……勝手にしろ」

 一人で歩き出す守璃さんの後を俺は追った。

 相変わらず守璃さんは男嫌いなのは変わっていない。

 幼狐に課せられた罰であるトレーニングは一緒にやってはいるものの、実は、出会った当初から一向に態度の緩和を見ることはできていない。

 俺にはあまり話しかけず、会話もどこか事務的。

 男嫌いがこうも頑ななものだとは流石に思いもよらなかった。

 どうにかして緩和したいのだけれど、いい案は思いつかない。

「勘違いしないでよ。さっきは阿冶に言われたから一緒に行くだけ」

 これである。

 バッサリとした線引き。

「前から気になってたんですけど、守璃さんって阿冶さんの言うことは聞きますよね」

「認めているから。それに我々のリーダーであるし」

「リーダー?」

「我々がこの世界にくる際に色々と役割を持って来ている。私は君の守護、爛が遊撃、クロが家事、そして阿冶が全ての統括」

「そうなんですか?どっちかというと阿冶さんが家事担当ぽいですけど」

「それは単純に阿冶が世話付きなだけ。今のところ、遊撃も守護もあまり必要とされていないから阿冶も手持ち無沙汰なんだと思う。……今後はどうなるかわからないけど」

「それって、どういうーーっと」

 俺が口を開こうとすると、急に前を歩いていた守璃さんが立ち止まり、俺はぶつかりそうになった。

「どうかしたんですか?」

「……どうもしてない」

 どうしたんだろうと思いながらも、再び歩きだした守璃さんに俺は黙ってついて行く。

 グラウンドから校舎内、そして体育館……校門前。

「そろそろ帰りませんか? 爛さんももう戻っているかもしれないし」

 俺がそう切り出すと守璃さんは振り返る。

 異常なぐらい不機嫌そうな目をこちらに向けて。

 何か勘に障るようなことをしたかと思い出してみるが、思い当たることだらけだった。なぜなら、ここに俺がいるだけでも彼女の機嫌を損ねている可能性が十分にあるから。

 守璃さんはしばしこちらを見て、そして、短く答えた。

「……そうだな。それじゃぁ――」

「あの、そっちは阿冶さんがいる場所とは違いますよ」

 踵を返してどこかに行ってしまいそうになる守璃さんを呼び止めると、彼女は踏み出そうと持ち上げた足を再び元の位置へと戻した。

 一向にこちらを振り向かない。

 俺と守璃さんの間に吹き抜ける風は異常に冷たく重く感じた。

「もしかして、守璃さん道に――」

「そんなわけがないだろう」

 嫌な予感がして恐る恐る守璃さんに問いかけようとすると、勢いよく言葉を遮られた。

「ですよね。さすがに――」

「だが、仕方がない。君に先導する権利を上げよう」

「………」

「早く行きたまえ」

 そういう守璃さんの耳は後ろから見ても分かるほど真っ赤になっていた。



「屈辱だ。一生の恥だ。こんな男に頼らなければならなくなるなんて」

 背中に恨めしそうな視線と言葉を浴びながら俺は阿冶さん達のもとに向かっている。

 守璃さんの様子をみるにやはり方向音痴だったようだ。

 一人で探しに行ってたら果たして帰ってこられたのか疑問に思うところだが、それも見越して阿冶さんは一緒に行くように言ったのかもしれない。

 チラッと、後ろを見ると未だに顔を赤くして少しだけ涙目になっている守璃さんがいる。

 よほど、俺に弱みを知られたのが嫌だったようだ。

 何だかこちらまで少しの罪悪感のようなものを抱いてしまう。

「気にしないでください。俺はもっと情けない姿を見せてますから」

「……私との試合のことか?」

 どうにか話をしようと思い俺と守璃さんの交わる点を模索した結果、あの苦い日の事を思い出した。

「はい。あれほど無力なところを見せたことに比べたら、道に迷うのなんて大したことないですよ」

「そんなことはない。あの試合は私の負けで終えたのだから。どれだけ打倒されようと勝ったものが悔いることなど何もない」

 意外な言葉に俺は驚いた。

 なぜなら初めて守璃さんが俺を認めるような発言をしたからだ。いや、生真面目な彼女なら差ほど意外ではない評価なのだが、それを俺に向けて口にするとは思ってもいなかった。

「……あの時、君は何を見たんだ」

 質問の意図がつかめず振り向くと、守璃さんは思いつめたようなそれでいて真剣な表情をしていた。

「掴んだものか。……自分の手のひら小ささかな」

「手のひらの小ささ?」

「必死こいて戦って一方的に打ちのめされて、守るものを見つけた」

「阿冶達か」

「はい。阿冶さんに爛さん、クロ、それに今は――守璃さんも」

「わっ、私もっ!」

「もちろん」

「……ばっ、馬鹿か君は。守護するのは私の役目だろうが」

 そう毒づく言葉にいつものとげとげしさはなかった。

 いつものポーカーフェイスがほのかに赤みを帯びた顔へと変わり、初めて可愛いらしい顔を見たと心の中で静かに感動し見惚れた。

「……まぁ、ボコボコにされた結果。すべてを掴めるほど自分は大きくも強くもないことを実感して、でもやっぱり譲れないものだってあるわけで、だから守りたいものだけは守り切れるように体を張ろうと思いました。あの試合で俺が得たことは、小さな手のひらでも大切なものだけは守り抜く意志です」

 言ってて、何だか恥ずかしい事を言っていることに気がついて早口になった。しかし、そんな言葉を受け止めた守璃さんの顔は真剣で、美しかった。

こんにちは五月憂です。

更新が一日ずれてしまい申し訳ありませんでした。

今作はなかなか難航してしまい書いたり消したりを繰り返している内に時間が来てしまいました。

今回は守璃と夏樹のお話。あの試合以降あまり関係の進展がなかった二人の会話どうだったでしょうか。

次週は、一応阿冶メインのつもりですが前半はまだ守璃との話がありますので是非読んで見てください。

最後になりましたが「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。

今後とも「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。


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