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第四十六話 自信

「よーし、じゃぁ次の組み準備して」

 他の6人が短距離走を走り終えて、いよいよ俺の順番が巡ってきた。

 よし、気分を切り替えるためにも頑張るぞ

 そう自分に気合を入れてスタート位置に着くと、

「夏樹さん、頑張って下さーい!」

「頑張れよ夏樹!」

「頑張って!夕月くん!」

「……頑張れ」

 横から黄色声援が聞こえてくる。そしてそれに付随するように、四方八方から突き刺されるような視線を感じた。

 もう、無理かも

 なぜか、キリキリと胃が痛み出してくる。

 今一番欲しいのは好記録よりも、胃薬。そんなことを思っている間にも、いよいよ雷管が上空へと向けられた。

 グッと、顎を下げ息を殺す。気持ちはさながら暗殺者のように、不自然なほど静寂を纏わせる。

 そして、雷管の発砲音が聞こえた瞬間に走り出した。

 ……あれ?

 走り出してすぐ、目が速度に慣れたころ一つの事に気がついた。

 誰もいない?

 目の前を走る走者が誰もいなかった。

 過去、俺は運動神経は中の中ぐらいだったから、自ずと誰かの後を追うように走っていた。

 遅いグループにたまたま当たったみたいだな

 後ろから駆ける音が聞こえてくるが、なによりもこのひらけた世界を走るということが気持ちよくて抜かれるとかそんな些細な事気にもしなかった。

 ひとときのランナーズハイとでもいうのだろうか、あっと言う間に走り抜けてしまった。

 最後の方は、後ろから来た人と並走だったな。なんて終わってから身分不相応に少し悔しがっていると、スタート位置からかけてくる人影があった。

「すごいよ! 夕月くん!」

「へ?」

 俺の肩をがしっと捕み興奮した様子なのは音無さんだった。

 その勢いは凄まじく、ぎゅっとハグされるのでは――というよりもう半分ほどされている。

 肌が……触れて。体操服だから余計に

 至福の感触と周囲からの憎悪が折り重なり硬直する。

 音無さん早く気づいて

「だって、夕月くんと同着だったのって……って、うわっごめんね」

 自分がどういう状況か気づいた音無さんは素早く俺から離れた。

 手を胸元にやって、顔を赤らめながら謝る姿が異様に愛らしく、自然と顔が緩みそうになる。

 そんな時に、不意に後ろから声を掛けられた。

「いやー、君すごいね」

「へ? 俺?」

「そうそう、僕と一緒のタイムだっていうのもそうだけど、スタートが完璧だった。まさか、後半まで追いつけないなんて。君、部活に入ってる? 陸上部に来なよ」

「いや――」

 曰く、彼は陸上部の新星だったらしい。しかも中学の全国大会に出場するほどの実力の。

 強い勧誘に加え音無さんも途中から熱が戻ったように興奮気味で話しに入って来て、圧倒されること数分やっと解放されたのだが……

「やっちまった……」

 落ち着いた頃に急に冷静になって、自分がしてしまったことにきがついた。

 よくよく考えてみればずっと爛さんや守璃さんとトレーニングしてたんだ。気づかないうちに、感覚が麻痺してた。

 あれだけ人に言っておいて、自分はこの体たらく。

 うなだれる顔を上げると、爛さんと守璃さんからは責めるようなジト目を、さすがに阿冶さんまでも今回はフォローのしようがないようで、憐れみというか残念な人を見る目をしていた。

「……阿冶さんまでそんな目で」

 俺は再び肩を落とした。

 肩どころか首まで落とした。

 そして、今回一連の騒動の中で唯一被害を被らなかったクロが、ポンと俺の頭に手を乗せて一言告げた。

「……どーんーまい?」

 最後のトドメを刺された。



 その後も、握力、反復横跳び、上体起こし、その他いくつかの記録も尽く高く。やればやるほど、自分は落ち込み3人からの視線を浴び、クロからトドメを刺された。

『どーんーまい?』

『どーんーまい』

『どんまい』

『ど・ん・ま・い』

 聞きすぎてぐるぐると脳内でどんまいがリピートされゲシュタルト崩壊を起こしそうになる。

「も、もうダメ」

 俺は、体育館横の木陰に座り込む。

「……夏樹辛い?」

 クロがいつものように俺の膝に座る。

「うん……って、まずい」

 流石にこんな姿、音無さんや近衛には見せられない。

 焦ってあたりを見回すが、その姿はなかった。

「あれ? 音無さんと近衛は?」

「二人なら別行動とるってさっき言ってたぜ」

「それならいいけど」

 結局いつものメンバーになったのか

 俺は安心してクロの頭を撫でて落ち着く。

「疲れてませんか? 私飲み物買って来ますね」

「じゃぁ、私も」

 気疲れしているのに気づいてか阿冶さんがそう切り出して、守璃さんと買いに行った。

 気づけば爛さんもいなくなっていた。一緒に買いに行ったのかな

 俺とクロ二人だけが残され静けさが辺りを漂った。余計にひゅっという風の音が良く聞こえ、同時にどっと肩の荷が下りたような気がした。

「はぁ」

「……夏樹疲れてる?」

 俺のため息を頭に受け、クロは聞き返してきた。

「疲れてるっていうより、落ち込んでるというか、情けないというか」

「どうして?」

「皆が学校に何の前触れもなく来て驚いて、他の人に秘密がばれないように変に意識して空回りした結果俺の方がみんなの足を引っ張っている。何一人で空回りしてるんだろうって」

 それを聞いたクロはさっきまで気持ちよさそうにピョコピョコさせていた耳を急にシュンとへ垂らせた。

「……私達。来ない方がよかった?」

「そんなことはない! 唯、少し自信がなくなっただけ」

 申し訳なさそうなクロの声。

 そんな気持ちにさせたかったんじゃない

 俺はすぐに否定する。

 すると、クロは膝の上から立ち退いた。

「クロ?」

「……私たちは――私は不安じゃなかったよ。だって、夏樹がいるから」

 クロは、さっきまで俺がやっていたように今度は俺の頭を優しく撫でた。そして――

「……夏樹が自分に自信を持てないんだったら、私達を信じて」

 頭から頬へと滑る手を俺はぎゅっと握った。

 血の通う温かさ。肌の柔らかさ。そして、女の子らしい小さな手。

 ああ、なんだ大丈夫だ。変に考えなくてもいい

 だって、彼女たちもまた普通の女の子なんだから

「ありがとう。クロ」

「……うん」

 その純粋な笑顔に俺の緊張感は溶かされていくのだった。

皆さんこんにちは。五月憂です。

今回はクロをメインで描いてみたのですが、どうだったでしょうか。

いつもはただ愛でられ要員のクロですが、今回は夏樹を慰めるという少しお姉さんっぽさも出してみました。

次週は、阿冶かそれとも守璃か楽しみにしておいてください。

最後になりましたが、「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。

今後とも「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。

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