第三十八話 家柄
大きな木造の門を閉ざすと、私はそのままそこにもたれかかった。
「……私どうしちゃったんだろう」
門のすぐ先からは、今別れたばかりの夕月君と銀木さんの会話が少しだけ聞こえてくる。
「あの人……銀木さんって言ったっけ」
銀木さんを見た瞬間、私は胸をギュっと握られたように苦しくなった。
綺麗な黒髪に透き通るような白い肌。同性の私でさえ見とれてしまうほどの容姿に加えて、物腰から溢れる包容力。そんな銀木さんが親しそうに夕月くんの名前を呼んだことに、何だか圧倒的な差を見せつけられたように感じた。
さらに銀木さんが夕月君と一緒に住んでいるって聞いた後は、もう頭が真っ白になったようにだった。
「でも、それ以上に……」
銀木さんから溢れる不思議な感覚を私は感じた。
妙に気になる。
ふと、視界に入ってくる。
そんな感覚。
それは以前にも経験があった。――私が夕月君と始めて会ったときのこと。
この感覚がきっかけで気づけば私は夏樹君をいつも目で追いかけるようになって。それで……
「うぅ、絶対おかしな子だって思われたよね。だって、二人から発せられる感覚が似てたから、どうしても二人の関係が気になったんだもん」
私は両手で頬を押さえてしゃがみ込む。
さっきの鬼気迫ったような行いを思い出しては、羞恥心で身もだえる。
そんなことを家の中にも入らずに数分も繰り返していた。
「何をやっているんですか? 春乃さん」
優しくおっとりとした声。
いつの間にか目の前に立っていた着物姿の女性に声を掛けられた。
「……お母さん。いつからそこに?」
「そうねぇ。ニ、三分前からかしらねぇ」
落ち着いた薄桃色の着物から伸びた細く綺麗な手を頬に当てて答えた。
「早く声をかけてください!」
「フフフフッ、春乃さんが可愛らしくてつい。また、夕月夏樹君の事ですか?」
図星をつかれて、心臓が大きく跳ね上がった。
「どうしてですか?」
「春乃さんをあそこまで乱せられるのは、美麗さんか夕月君だけだと思いますから。気づいてなかったかもしれませんが、春乃さんが話してくれる内容の大半はその二人の事だったんですよ」
そんなことはない……はず
過去、お母さんに話した内容を思いかえしてみると、徐々に顔が発熱してきた。
「フフフッ、本当に春乃さんは可愛らしいですね。私もその夕月君に会ってみたいものです」
そう言って、お母さんは私の頬に手を添えると小動物をめでるようにギュっと抱きしめてきた。
腰ほどまで長くのばされた黒髪からふわっと漂ってくる落ち着くいい香りが妙に心地よくて脱力してしまいつつも、ちょっと恥ずかしくて口だけで抵抗する。
「苦しいです。お母さん」
「フフフッ――」
しばらく、愛でられていると、何かに気づいたようでお母さんは私を解放した。
「そう言えば春乃。今朝おばあ様に呼ばれていたんじゃなかったかしら?」
あっ、すっかり忘れてました
「もっと早く言ってください!」
「フフフッ」
私は、おっとりとした笑みのお母さんの脇を走り抜けて、家の中に入っていった。
自室に着くと急いで着替えを始めた。
おばあ様と会うときは、いつも礼装に着替えている。
私の家はとある旧家だから、こういった礼儀・作法があるんだけど、私は少しだけそう言ったことが窮屈に感じている。それは作法だけでなく、この家の血を色濃く持つが故の私に重くのしかかる責人もそれを助長させているのかもしれない。
この町でも一、二を争うほどの大きな屋敷に住むほどに裕福な家柄ではあるけれど、やはりそれ相応の理由がある。それを担っているのが、おばあ様と……そして私。
おばあ様の部屋の前。襖を開く前に深くゆっくりと深呼吸をする。お母さんに撫でられた髪を軽く直し、白衣と赤い袴を正して襖を開く。
「遅かったですね」
座敷の奥には、お母さんとは打って変わったような鋭い目つきのおばあ様がいた。
「申し訳ありません。お待たせしました」
「まぁ、良いでしょう」
いつもは厳しいおばあ様ですが、今日は少々急いでいるようであっさり許されたことに私は安堵した。
外出用の緑色の着物に白髪交じりの長い髪は後ろで一つに括られている。
どこかに行くのかな
「今日はどうして呼ばれたのでしょうか」
「急用で本家のある京都に行くことになりました」
「えっ、またですか」
春休み中も京都にみんなで行っていたばかりなのに
「えぇ、私たちが発った後、少々問題が発生した用です。だから私がいない間はこの土地の守りをあなたに任せることになります」
「私に……」
「気づいているかもしれませんが、例のあの家に漂っていた不穏な気がなくなっています。不自然なほどにきれいさっぱりと。どうやらどなたかが住み始めたようですから、自然に四散していったのか。……あるいは隠されたか――」
そこでおばあ様の目は一層きつくなった。
「――警戒は怠らないように」
「私にそのような大役務まるでしょうか」
おばあ様の言葉は重く私にのしかかってきた。
「しっかりしなさい。これは私とあなたにしかできない事なのです」
「はい」
おばあ様には、まだ心配そうに見えたようで私に念を押すように最後に一言を付け加えた。
「そのあなたが着る巫女装束に恥じない働きをしなさい」
そう、私は巫女。この土地でおばあ様を除けば、たった一人しかいない巫女なのだ。
こんにちは五月憂です。
今回は、春乃視点の物語です。
春乃の嫉妬心をどう可愛く書いていくかに少々手こずりつつも仕上げてみました。
そして最後には、春乃の家の正体が発覚!今後どうなっていくのか、是非楽しみにしていてください。
最後になりましたが、「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。
今後とも「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。




