第三十六話 クラスメイト
俺が教室の前についたのは、予定より五分ほど早くだった。
予想では、確実に遅刻コースだったのだが、爛さん達のトレーニングのおかげか予定より早く、疲労も少なくたどり着くことができた。
さて、少し余裕があったからちらっと張り出されたクラス表を見たわけだけど、数人の顔見知りが同じクラスだった。
その中で、とある面倒な人物がいることに気がついた。
あぁ、この後の流れが手に取るように分かる。
そう思いながら扉を開けると、予想通り鼻先にビシッと指先を突きつけられた。
その指先は、細長く美しい、明らかに女性の指だった。
もうこの段階で相手が誰なのかわかる。
「この手は何だ? 近衛」
「何だとはこちらのセリフだ。夕月、卒業式だけでなく入学式までもギリギリで来るとは何事だ」
スッと、指先を降ろすと切れ長の目を一層鋭くした近衛美麗が立っていた。
近衛美麗。同じ中学出身にして、鬼の風紀委員長と言われていた規則に厳しい女生徒だ。文武両道で特に運動は大の得意。中学時代は剣道部の主将で、女子としては身長が高くモデル体型ではあるが、その肢体は華奢というよりは引き締まっているという表現が正しい。
凛とした印象があるためか、女子に人気が高く密かなファンクラブ(女子限定の)があるほどだった。
「いやっ、まて。遅刻してないんだからいいだろ」
「五分前行動というのを知らないのか」
俺が手の平を突き出して言うと、額を押さえて呆れ気味に近衛は言う。
俺は、このやりとりを面倒だとは思いつつ存外気に入っていたりする。
部活動にも所属せず、どこか浮いていた俺にも分け隔てなく接してくれる。もちろんそれは、彼女の性分であり誰にでもそう接する。しかし、俺にとっては数少ない友人であることに変わりはないのだ。
だから、このやり取りをどこか楽しんでいる自分がいる。
「まぁまぁ、みーちゃん。夕月くんも間に合ったんだし、許してあげてよ」
そう割って入ってくれたのは、音無さんだった。
「……春がそういうなら」
これを受けて近衛はおとなしく引き下がり、その綺麗なポニーテールを靡かせながら踵を返して、自分の席に帰って行った。
意外にも感じるが、二人は家同士が仲が良く、そのせいか近衛は音無さんに頭が上がらない。音無さんは近衛の唯一の弱点になっている。
相変わらず仲が良いんだな
「おはよう音無さん。助かったよ」
「おはよう夕月君。間に合ってよかった。ちょっと心配しちゃった」
相変わらずの優しい言葉に、少しだけ心が癒されるのを感じた。
すると――
「夕月君。春休み中に何かあった?」
不意にそう聞かれた。
急な質問だったのと、本当に色々あり過ぎたためになんと言葉にしていいか分からず、
「何で?」
と、はぐらかすように答えた。
「うん。何だか雰囲気が変わったように感じたから」
「そうかな?」
「何ていうか、前より表情が明るくなったような。そんな感じがして」
表情が明るくなったか。
確かに、そうなのかもしれない。
こう、胸に炎が宿ったように温かい気持ち。
以前より、ずっと心に余裕が出来たからなのかもしれない。
「夕月君?」
気づけば、頬が綻んでいた。
「そういう、音無さんも髪を切ったから印象がちょっと変わったね」
「えっ?」
そう、以前までは肩まで垂れ下がっていた音無さんの髪は首筋までに短くなっていた。
「前より少し短くしたからか、何だか大人っぽくなったと思うよ」
本当にちょっとした差だけど、こんなに印象が変わるんだと、実は今日出会ってちょっと驚いていた。
「気づいてくれたんだ……うれ――」
と、音無さんが何かを言いかけたところで予鈴が鳴った。
音無さんは、それを聞いて何も言わずに俺に背を向けて、自分の席へと向かった。
気のせいか、その頬は少し赤みを帯びていたように見えた。
予鈴が鳴った時何を言いかけたんだろう?
数時間後、やっと初日のすべての行事が終わった。
あれからは、休み時間もあまりないままホームルームに入学式、そして来週からの授業日程を伝えられて放課となった。
よしっ! 帰ろう!
皆が新しくできた友達と部活見学や放課後の寄り道の話をする中、俺は真直ぐ帰ろうと席を立ちあがった。
「夕月君帰るの?」
「そうだけど。音無さんは近衛と?」
「ううん。今日は、みーちゃん、委員会の話し合いとか、部活動の見学とかするみたいだから帰ろうかなって」
「そうなんだ。珍しいね」
何時も一緒に帰っているイメージがあったんだけど
実際、近衛を待つ姿を何度か見たことあるし
「うん。だから途中まで一緒に帰らない?」
俺は、断る理由もなかったから快諾した。
そして、昇降口まで行ったときに気がついた。
気がついたというよりかは、音無さんの質問で思い出したって言うのが正しかった。
「あれ? 夕月君の家は、逆方向じゃ」
「あぁ、そういえば引っ越したんだ。今は、こっち。そういえば、音無さんも同じ方向だったよね」
俺の言葉を聞いていた音無さんは、なぜか嬉しそうに肯定した。
すぐに終わるはずだった音無さんとの下校は、思いもよらず続くことになった。
「――こっちに引っ越すなんて珍しいね」
帰り道の話題は、自然と俺の新しい新居の話になった。
「そうなの?」
「うん。昔からある古い家ばかりだし、下宿もほとんどないから、新しい人なんて本当にめずらしいんだよ」
「そうなんだ」
「そうだよ。よく下宿先見つかったね」
まぁ、見つけたというよりは半ば強制的に引っ越しさせられ、その家もまた俺のために用意されたのだけれども。そんなことは口が滑っても言えないわけで――
「叔父さんの友達が新しく改築した家に誘われたんだ。俺の状況も察して、家賃も無料にしてもらったし、すごく助かったんだ」
――っと、適当な設定を作る。
「そうなんだ。良かったね――」
それからしばらく、色々な話に花を咲かせた。
誰かとこうやって楽しく会話をしながら帰るなんて妹が海外に行って以来だった。つい楽しくて、気がつくと家のすぐ目の前まで来ていた。
俺は会話を切り上げようとすると、先に音無さんの方から話題を変えて、
「――っあ、ごめんねこんなところまで着き合わせちゃって。ここが私の家なんだ」
と、言った。
「えっ!?」
俺は、非常に驚いた。
ここって……確か
音無さんが指した家は、とばり荘の斜め前。俺がトレーニングで良く見ていた立派なお屋敷だったからだ。
「どうかしたの?」
「いや、俺が住んでいる家は……」
そうして、俺はとばり荘を指そうとすると、
「あっ、お帰りなさい。夏樹さん」
とばり荘から出てきた阿冶さんがそう言ったことで、計らずも先に俺の新居を示してしまった。
気のせいだろうか。その瞬間、場が凍り付いたように張り詰めたのを感じた。
こんにちは五月憂です。
今回は、新キャラの近衛美麗と数十話ぶりの登場となった音無春乃が登場しました。
また、新たなキャラクターの参加によって進展していく異種人同居。
早々に修羅場のような展開ですが今後どうなっていくのかお楽しみに。
最後になりましたが「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。
今後とも「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。




