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番外編 苦労人 後編

「お任せしました」

 私が了承すると、警備兵はどこか申し訳なさそうにそう言い、気の毒そうに「お疲れ様です」と声をかけてその場を後にした。

 まったく、上が奔放だと中間の者が苦労しますね

「さて、あの駄狐を引っ捕まえに行きましょうか」

 私は、廊下から手すりを越えて外壁から上に上にと跳躍していく。

 それにしても油断しました

 先ほど夏樹さんからの連絡を伝えに行ったときは、缶詰にしておいたこともあり、ある程度の書類を片されていたので少し気を抜いていました

 私は反省をしながら、ゆっくりと城の天辺に着地をして逃走した彼女を探す。

 まず目を瞑り、次に耳を塞ぎ、段々と肌に触れるものすべての感覚を除外していく。そして、全神経を嗅覚に集中する。

 大気中に漂う様々な香り。その中から、彼女のお香の匂いをかぎ分ける。

「――見つけた」

 ゆっくりと私は目を開け、それと同時にまた地をけり、すぐ下の部屋に入室する。

 この城の最上階。それは、あの幼女の書斎になっている。

「………」

 急に膨大な量の仕事が持ち込まれたというわけではなさそうですね

 先ほど私が来た時と多少ものの位置が変わった程度の書斎を抜け、今度は室内から城内を下っていく。



 城の丁度中腹に設けられた小さな倉庫。

 事務所類など主にデスクワークに用いられる――もしくは、用いられたものを収納している倉庫の戸を、私はゆっくりと開ける。

 確かにここは木箱などがたくさんあるため隠れやすいとは思いますが……

 私は、そこまでして逃げたかったかと多少呆れ気味に嗅覚を頼りに彼女を探す。

 ……あそこですか

 中央の不格好に積まれた木箱の山をどかしていく。

 すると、赤く煌びやかな着物の一端が見えてきた。

 まったく……

「いい加減にしてください!」

 私は、グッと着物を引っ張るとスポッと着物が抜けた。

 そして次の瞬間、私の眼前に在った木箱の隙間から矢が射られた。



 天井の低い部屋。

 このワシが立ってギリギリというほどの天井の低い空間に絨毯を敷き、私物の本とお菓子を持ち込み、ワシは寝転がっておった。

「カッカッカッ」

 お菓子に手を伸ばし、本を見て笑う。

 優雅じゃ、自由じゃ

 本当に、ここまで苦労したわ。ロアに見つからないようにちょっとずつちょっとずつ作りやっと完成したわい

 まだ少しばかり殺風景じゃがこれからいろいろと持ち込みアレンジしていけば、正にワシの楽園になるじゃろう

 それに――

「いくらロアでもここを見つけることなどできまい。カッカッカッカッ――カーッ!」

 高笑いを上げた瞬間。丁度わしの頭上に位置する天井がはがされた。

 ベキベキと木製の床が力ずくではがされた先にはもちろんロアがおった。

 いつもの無表情で。

 気のせいかのう。角度のせいか表情の中に薄らと影と青筋が見えておるのじゃが

 ワシは高笑いで開けた口を閉じるのも忘れて、ぶわっと汗が噴き出してきた。

「……こんなところで何をなさっているんですか」

 声のトーンがマジじゃった。マジ怒りじゃった。

「えーっと……」

「もう一度言います。こんな床下で何をなさっているんですか!」

「ヒッ! すみませんでした!」



「まったく。書斎を勝手に改造していたなんて」

 今も頭を押さえて蹲る少女をしり目に言う。

 因みに彼女があの状態なのは、彼女の頭を掴んで床下から持ち上げ、制裁のアイアンクローをかましたからだ。

 それにしても不覚でした。一度通ったのに気づけないなんて、物の配置も一部不自然だったのに気づけなかったし、おかげでひどい目にあいました

 おでこをさするとまだ跡がついているのが指の感覚で分かった。

 あの後、私はおでこに矢を受けた。

 受けてから気づいたが、矢は先が吸盤になった玩具だった。

 それで察した。

 これは、いわゆる悪戯。私はまんまと狐の策に引っ掛かり一杯食わされたのだ。

 こんな単純な手に引っ掛かるなんて、それだけ周りに気を配る余裕がなかったってことですかね

 そう思っていると、

「たまには、クロを信じてやるのも大事じゃぞ」

 不意に後ろから言葉を投げつけられた。

 気づけば、頭の痛みに解放されたのか書斎のイスに幼狐は座っていた。

「クロを我が子のように思っておるなら信用してやるのもまた親の務めじゃ」

 珍しくまともな事を言う幼狐に私はぐうの音も出なかった。

 それでも、私は何か言おうと思って

「しかし――」

 そう言ってみるが、後に続く言葉が出てこない。

「それにのう。気がついておらんじゃろうが顔に出ておるぞ。お主の気持ちが。ワシのように他の心を読み取ることに長けて居らんものでも、今のお主の表情なら心情を察せられるじゃろう」

 そう言われて、少し心当たりを感じた。

 私に報告をした警備兵も私と対面した時は急に申し訳なさそうにしていたし、廊下ですれ違ったいくつかの者も同様にいつもと様子が違っていた。

「まったく。やはり気づいておらんかったか。……この際じゃ、断言しておいてやろう。ワシはクロを信頼しておる。故に、あやつを自由に育てておる。お主はどうじゃ?」

「私は……」

「お主がクロの親で、クロが自慢の子であるのなら、もう少しクロを信頼しておやりよ」

 今回は完敗だった。

 何も言い返せなかった。

 納得してしまった。

 そして――少しだけ心が楽になった。

「……分かりました」

「うむ。いつもの表情に戻ったのう。それでは、お主の仕事に戻れ」

「はい!」



「まったく、ロアもまだまだ若いのう」

 ロアが居なくなった後、ワシは仕事に取り掛かるでなく、椅子から城下を眺める。

「下が若いと上が苦労するのう」

「そして、奴のためにワシの楽園が……」

 強化の術式も隠密の術式も施す余裕のなかった楽園。

 振り返り、その慣れの果てを見て、静かにワシは涙ぐんだ。


こんにちは、五月憂です。

今回で番外編も完結したわけですが、皆さんどうだったでしょうか。

ロア主軸でしたが、苦労人はロアと幼狐。二つの違った苦労のお話でした。

次回からは、いよいよ新章! ……に突入する予定です。

新章では、新キャラがたくさん出ます。出します。

是非次回も読んで見てください。

最後になりましたが「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。

今後とも「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。


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