第三十一話 油断
「はああぁぁぁぁぁぁ!」
道場にこだます程の大きな声で、夏樹さんが守璃さんに切り込みます。
一撃、続けて二撃、三撃と絶え間なく距離を詰めて猛撃していきます。
対する守璃さんも、そのことごとくを木剣や盾で受け、反撃に転じています。
「夏樹さんの動きがだいぶ良くなりましたね。ダメージも残っているはずなのに攻撃の速度が上がっているように見えます」
「あぁ、さっきに比べて攻撃がコンパクトになったからな」
「……コンパクト?」
クロちゃんが首をひねって聞き返しました。
「おそらく、さっきまでは剣や盾に攻撃が受けられること前提に攻撃をしていたんだよ」
「受けられること前提ですか?」
「あぁ、特に盾だな。表面積が剣より大きい分、防がれる印象が強い。だからこそ、夏樹は防御を突破できるように、体勢を崩させるように大振りで強く打ち込んでいたんだと思う」
なるほど。確かに攻撃を防ぐという面ではどう見たって守璃さんの方が有利に見えます。
しかし、その事実は今も変わらないはず……
「……今は、違うの?」
私と同じ疑問をクロちゃんも感じていたようで、私よりも先にクロちゃんが爛さんに聞きました。
「今はより速く、盾も剣も無視して守璃に当てることだけを考えて振っているんだ」
「それは、さっき言っていた爛さんの教えが関係しているんですか?」
爛さんは、少し考えてから――
「まぁ、そうなんだろうな」
「……教えって?」
「教えって言う教えじゃないぞ。ただ以前夏樹に話したことがあったんだ」
そう、爛さんは話し始めました。
「あたしの闘い方がおかしい?」
ある日の模擬戦を終えた後、夏樹はあたしにそう言ってきた。
「おかしいって言うわけじゃないんですけど……知り合いに剣道をやっている人がいて、その人の試合を良く見ていたんです。その人の闘い方と爛さんの闘い方があまりにも違って見えたので」
あぁ、そういうことか
「そりゃ、そうだよ。だって、あたしがやっていることも夏樹に教えていることもそれとは別次元のはなしだから」
「別次元のはなし?」
夏樹はいまいちピンときていないように眉間に皺を寄せて首を捻っている。
あたしは、夏樹に分かりやすいようにさらに付け加える。
「次元が違う――真逆の事。要するに、私たちが――少なくとも私がやっていることはスポーツなんかじゃないってことさ」
「スポーツじゃない?」
「そう、スポーツじゃない。実践を想定した、いわば殺しの技術だよ」
私の言葉に夏樹はひどく驚いた表情をした。
まぁ、当たり前か。今まで明確に何も言ってなかったわけだし。もしかしたら、幻滅すらされたかもしれない。知らない間に殺しを教えられていたってことなんだから
あたしは、驚く夏樹にフォローを入れようと再び口を開く。
しかし――
「なるほど。だから、違和感があったんですね」
夏樹の方が先に口を開いた。
「驚いていたんじゃないのか? あたしは殺しを教えていたんだぞ」
夏樹の反応が予想外過ぎて思わず問い詰めるように聞いてしまった。
すると、さも当たり前のように夏樹は言った。
「確かに驚いたけど、それをどう使うかは俺次第じゃないですか。爛さんは俺に人殺しをさせるために教えていたわけじゃないし、俺も使わない。使わなければ、それは唯の無害な知識でしかないでしょ」
夏樹の答えにあたしの方が驚かされた。
文字通り開いた口がふさがらない。
今のあたしはどれほど間抜けな顔になっているんだろうか。
「爛さん?」
「あ……あぁ」
全く、こいつはあたしのことをどんだけ信用してるんだよ。普通そんなこと思わないだろ
少し上気するする頬を掻きながらあたしは、先ほど言えず仕舞いだったフォローの言葉を入れる。
「まぁ、さっきは多少言い過ぎたところはある。あたしの居た環境では殺しの技術であり、生存するための手段だったってことだ。夏樹が言ったように使い方次第だ」
そして、語気を強めて言う。
「ただ一つ、これはスポーツなんかじゃない。ルール何てない。性別も体格も実力だって関係ない。コレに負けたら死ぬ――後がない。そう言う闘いに勝利する闘い方をあたしは教えているんだ」
これだけは勘違いしては行けない。何度も言うようにスポーツの考え方をしてはいけない。夏樹がこちらの世界に入ってきた時点で、もう夏樹の知る常識が通用しない事なんていくらでもあるのだから
だから、あたしが教えられることはすべて教えたい。あたしがいないときに自分の身ぐらい守れるように
「その割には、剣道みたいに面打ちとかさせるのは――」
「それは基本だからな。基本を身に付け、そして最も自分に合った――自分唯一の型へと昇華する。実力差を乗り越えるにはそうするしかない」
「――まぁ、そんな感じの事を話したんだよ」
「それで、夏樹さんの動きがあんなに変わったんですか?」
「あぁ、反撃されるなんて当たり前。だから、ひるまずあえてダメージの少ない箇所を当てにいって、さらに深く相手との距離を詰める。夏樹は、一撃を与えることだけを目的とした戦い方に変えたんだ」
私は、改めて夏樹さんを見る。
確かに、反撃をすべて固い部分――それも、中心から外してダメージが芯から伝わらないように立ち回っているように見えました。
すごい。戦いの中で成長しているんだ。
「これなら、夏樹さんにも勝機があるかもしれませんね」
少しだけ見えた光の兆しに興奮する私。
しかし、
「いや――」
私の言葉に対して、夏樹さんを真直ぐみたまま険しい顔をしている爛さんは言い切りました。
「――今のままでは勝てない」
「ッ!」
俺は、守璃さんの反撃を手の甲で払って距離をいったんとった。
というのも、ここまでの攻防で今のままではどうやっても攻めきれないということを感じていたからだ。
速さも大分落ちてきた。何よりも、もう足が追い付いてこない
最初の方のダメージが足にきている。
実際、立っているだけでも限界なところを無理やり動かしているんだから当たり前なんだけど
次の攻防が最後だと痛感している。
次で決めなきゃ、もう立つことも出来なくなる。
呼吸を整え、改めて守璃さんを見据える。
守璃さんは構えを崩さず、じっと俺の方を見て。
おそらく、次が本当の最後だと見抜かれている。
そんな守璃さんに向けてスッと切っ先を向けゆっくりと歩みを進める。
後一歩――いや、半歩踏み込めばお互いの剣の届く位置にまで行き止まる。
そして、一拍――
縦に鋭く切り込む。
それを、守璃さんは盾で受け止め、盾の影から引き絞った腕を一気に顔目掛けて突き出してくる。
俺は、紙一重。実際には、首元を掠めながら避ける。そして、突き出して開いた守璃さんの右わき腹目掛けて横に木刀を振るう。
守璃さんは、体の隙間を縫うようにして頭上から右側面へ盾を滑り込ませてそれを防ぐ。
そんなことをされても、今更驚きはしない。
次いで二、三、四と、斜め、斬り上げ、縦切りと、連続して切り込んでいく。
しかし、守璃さんからは反撃こそされてはいないが、全てを受けきられてしまう。
くそっ! まだ、遅いのか!
いや、守璃さんが早すぎるんだ
俺が構えた瞬間、どこに打ってくるのかが分かっているかのように打ち始める前に盾が体を覆ってしまう。
まるで予知だ。どうすれば、守璃さんの壁を突破できるんだ――
いや、悲観していても勝つことは出来ない。考えるんだ。先読みを覆す。今までしてこなかった闘い方を。
俺は、思い出す。最初からついさっきの攻防までを――
……ッ!
そして、一つだけ方法を考え付いた。
一歩間違えれば止めになるかもしれないけど、やるしかないか。
考えながらも崩さずにいたラッシュにあえて一瞬だけ隙を作った。
もちろんそれを守璃さんは見逃さず切り込んでくる。
横から胴に向かってくる攻撃を、俺は一切避けずに受け止める。
予想外だったのか、守璃さんは驚いたような顔をしている。
「ツッ!」
久々にモロに喰らった。でも、身構えて入ればどうにか耐えきれる強さだ。
でも、これで打てる。
俺は突きの体勢に入る。
守璃さんの体は、胴への一撃を入れるために俺の下にある。
そこ目掛けて上から下に突き出す。
そう悟って、守璃さんは頭上に盾に構える。
奇襲は失敗。
しかし、俺の目的はそんなことではない。
予想通りだ!
打ち始める前に頭上に盾を構えた。
頭上に盾を構えるということ、それは視界を遮るということと同義なのである。
俺は、左手で盾の淵を持ってどかし、右手で突き下ろす。
本来片手で振るうことが難しい木刀も突き下ろすくらいなら片手でも出来る。
ここまで完全に俺の思い描いた通りになった。
虚を突かれた顔を守璃さんはしている。
決まった!
そう思った。
そう、一瞬気を抜いた。
そのせいかもしれない。
次の瞬間、気が付いた時に地に伏していたのは、俺の方だった。
こんにちは、五月憂です。
守璃と夏樹のバトル回も二話目となりいよいよ佳境に入りました。
すでに満身創痍の夏樹の奇策。本来ここで主人公を勝たせてもいいところですが、少しテンプレかな
と思ってあえて勝たせず次話に持ち越してみました。
最後は、夏樹の身に何があったのか。次話をお楽しみに。
最後になりましたが「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。
今後とも「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。




