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第三十話 皆の思い

「グッ!」

 もう何度目でしょうか。

 夏樹さんは、低いうめき声を漏らして盛大に地面を転がっていきます。

 試合が開始されてから、一度たりとも夏樹さんの木刀は守璃さんにあたる気配はありません。それどころか、守璃さんは左手の盾すら使わずすべて必要最小限の動きで躱しています。

「……実力差がありすぎます」

 苦しそうに咳き込む夏樹さんをただ見守ることしか出来ない歯痒さ。私は無意識の内にそう言っていました。

「それだけじゃない。単純に夏樹の動きが悪すぎるんだ」

「どういうことですか?」

 私は、隣で分析する爛さんに聞き返しました。

「いつもより大振りの上に直球で突っ込み過ぎている。本来の実力の半分も夏樹は出せていない」

「……んっ。力み過ぎているし。息が上がるのも早いみたい」

「おそらく、まともに作戦も分析もせずに戦っている。夏樹がしているのは剣術の試合とは言えない。例えるなら、子供が棒切れを振り回しているだけなのと何ら変わらない」

 爛さんとクロちゃんの辛口の評価は、私の心配を増長させました。

「夏樹さん――」



「ハァハァハァ――」

 苦しい。

 痛い。

 俺は地面に這いつくばって守璃さんを見据える。

 守璃さんは、俺と違って息一つ上がっておらず、まだまだ余裕しゃくしゃくという感じだ。

 ……勝てないのか

 圧倒的な力の差に心が何度も折れそうになる。

 それでもまだ戦えているのは、守璃さんが俺に止めを刺さないからだ。

 どんなに時間が過ぎようと追撃はせず、機械的に俺の攻撃を反撃するだけ。しかも、反撃も胴回りなど防具の固い箇所ばかりを狙っている。

 単純に俺をじわじわいたぶりたいのか、他の意図があるのかは分からないが、その生殺し――現状半殺しのおかげで、どうにか意識は保てている。

 後一回が限界かな

 投げやりになりつつも、全力を出さなくてはと思って立ち上がる。

 そう感じている時点で負け腰なんだけど、全力を出さずに負けてしまっては後悔すると思うから、歯を食いしばって立ち上がる。

「まだ、やるのか」

 ため息交じりの守璃さんの声に耳をつむり、俺は突っ込む。

「やああぁぁぁぁぁぁ!」

 縦に一閃、ブンッと、空気を切り裂く音をさせ、また俺の木刀は虚空を通り過ぎていく。

 しかし、ここまでは予想通り――今まで通りだ。

 俺は、木刀を振り切ったのち半身になって、横に薙ぎ払うように木刀を振るう。

 さすがに後方に下がらずにいられないだろう。そうすれば、反撃までに体制を立て直せるかもしれない。

 そう思っていた。

「っ!」

 木刀が守璃さんに迫った瞬間、守璃さんの姿を見失った。

 どこに行った!?

 その疑問は、守璃さんの声によって答えられた。

「ここだ」

 体の下。腕や防具の死角に身を縮こませた守璃さんがいた。

 そして――

「終わりだ!」

 下から上に。

 顔面に目掛けて木剣は突き出された。

「グッ!」

 体が一瞬浮かび上がる。

 首がもげるかと思うような衝撃を受けて、全身の力が抜けていく。

 地面に着地した時には、膝から崩れ落ちるように倒れた。

 体が動かない。

 視界が揺れる。

 脳が揺らされたのか

 定まらない焦点の中見上げると、そこには冷たい視線の守璃さんが立っていた。

 その眼は、期待外れだった。

 そう語っていた。



「……夏樹の瞳から、気迫が消えた」

 横で呟いたクロちゃんの言葉。それは、心が折れた。戦うことをあきらめたということ。

 それは、勝敗の曖昧なこの戦いが決したということ。

 夏樹さんが負けたということ。

 もう……夏樹さんを起こすことも、三食一緒にご飯を食べることも、一緒にここに住むことも出来なくなるということ……

 そんなの……

「そんなの……嫌です」

「……阿斗」

 心配そうに、そして不安そうにクロちゃんがギュっと私の服の袖を握りました。

 私だけじゃない。

 この気持ちは、クロちゃんや爛さんだって感じている。

 そう思ったとき――

「夏樹さん! 立ってください!」

 自然と声が出ていた。

「私は――私たちは、夏樹さんと一緒にここに住みたいです!」

 我がままだってことは分かってます。

 もう夏樹さんが限界だってことだって分かってます。

 それでも、私は夏樹さんとこれからも一緒に住みたいから

「……私も。……スゥー、私も! 夏樹に勝ってほしい! 頑張って夏樹!」

「夏樹! あたしが鍛えてやったんだ! ……絶対、勝てよ!」

「使命とか立場とか関係ありません。私たちは自分の意思で夏樹さんと一緒に暮らしたいんです。だから――」

 だから!

「――私たちのために勝ってください!」



 ……遠くから声が聞こえる

 阿斗さんにクロ、爛さんの声も……

 脳をゆられたからか

 それとも、もうあきらめてしまったからか。

 朧気で何とも意識がはっきりしない。

 それなに、その言葉は嫌にはっきりと聞こえ、俺を覚醒させた。

『――私たちのために勝ってください!』

 はっ、とした。

 俺は、いつの間にか自分だけの問題だと思っていた。

 一人だけの闘いだと思っていた。

 でも、俺が一緒に住めなくなるということは、阿斗さん達も俺とは住めなくなるということだ。

 何が全力を出さなきゃ後悔するだ。全力を出そうが出しまいが負ければ後悔する。絶対後悔する。

 この戦いは、負けられない戦いなんだ。

 死んでも負けられない戦いだったんだ。

 ならば、もう物理的に恐れることなど何もないじゃないか。

 何よりも失うことの方がよっぽど怖いんだから。

 震える足に必死に力を入れて立ち上がる。

「俺は――負けられない」

 眼前に立ちふさがる守璃さんは、一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに顔を引き締めた。

 さて、どうしたものか。現状不利な事に変わりはない。

 そう思っていると――

「夏樹! あたしの教えを思い出せ。この戦いはお前にとって何だ!」

 爛さんの声が聞こえた。

 俺にとってのこの戦い……そう言うことか

 そう言うことですね爛さん

「分かりました」

 俺は、木刀を正面に構える。

「行きますよ。守璃さん!」

「何度来たところで同じです」

 諦めの悪い奴を今度こそ地に伏せる。そんな意思を感じた。

 俺は、守璃さんの元に真直ぐ踏み込み、木刀を振り上げる。

 ここまでは今までと同じだ。

 だが、ここから半身になりねじりながら勢いよく腕を畳む。守璃さんから見たら――そう、木刀が線から点になるように見えるだろう。

 そして、畳んだ腕を突き出す。

 フェイントを混ぜながらの全身全霊の突き。

 守璃さんは驚いた表情をしている。

 入った

 そう思った直後、ガンッと、鈍い音を響かせ俺の勢いが止まる。

 案の定守璃さんは避けられなかったようで――いや、避けなかったのかもしれないが、左手の盾で受け止めていた。

「やっと、私が盾で受け止めるに値する攻撃をしてくれた」

 守璃さんは少しだけ顔を綻ばせてそう言った。

 どうやら、やっとここからまともな試合が始まる――


皆さんこんにちは五月憂です。

今回の「異種人同居」は、守璃VS夏樹だったわけですが、どうだったでしょうか?

あまりバトルシーンを書いたことがないのでうまくかけているか少々不安な中上げています。

次週も、二人のバトルのお話です。予定では、バトルが終わって残り2、3話で守璃編が終わる予定なので是非最後までお付き合い下さい。

最後になりますが「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。

今後とも「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。

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