第二十八話 酔いしれる夜
沙由里さんに急な無茶ぶりをされた。
「何で急にそんな話になったんですか!?」
「いいじゃんか、ここにいたるきっかけも気になるし。家に泊めてやるんだから酒の肴にでも話せよー」
沙由里さんは、ビールを煽りながら言った。
早々に酔ってんじゃないかと思いつつ、一宿一飯の恩義の前払いだと思って話すことにした。もちろん彼女等の正体とかは言わないけど。
新しい家に行ってからか……
「新居に行って始めて会ったのは阿斗さんって言う女性でした――」
最初にふと思いだしたのは、門前で出会った阿斗さんだった。
黒髪をなびかせた色白の女性。思わず見とれてしまうほどだった。
一番の常識人で、家事も万能、性格も良し、だからって皆を甘やかすだけでなく、きちんとバランスをとった立ち回りをする。情けないけどまさに『とばり荘』の大黒柱を担っているのは阿斗さんだと思う。
「へー、その子そんな可愛いんだ。あたしも会ってみたいな」
沙由里さんは、そう言いながら冷蔵庫の方へと向かった。
気づけば一缶空けている。
ほんとに俺の話を酒の肴にしてるよ。
「それで、他にも住んでいるんだろ。その何だっけ? 『とばり荘』? にはさ」
沙由里さんが戻ってきた。腕の中に缶ビールを三本も抱きかかえて。
「飲み過ぎじゃないですか?」
「大丈夫大丈夫。適量だから。それより、ほら続き」
空ける前の缶をブンブン振って急かす。
「そうですねー。クロって子が居るんですけど。その子と仲良くなるのがなかなか大変で――」
クロは、本当にコミュニケーションをとるのが難しかった。近づくとすぐに逃げちゃうし、会話にならなかった。でも、お互いがお互いに一歩踏み込もうとして、そして仲良くなれた。昔の俺だったら一歩踏み込もうなんて思わなかった。おじさんやおばさんに迷惑をかけないために当たり障りなく一定の距離間の中でいた。そう考えると、皆の後押しがあったからこそ実現したんだと改めて実感した。今では、クロもすごく懐いてくれてるし、俺の癒しになっている。
「――クロは、頭をなでるとすごく気持ちよさそうにするんですよ。それがすっごく可愛くて」
「へー、……ロリコン」
「今、さらっと聞き捨てのならない事をっ!」
「あれっ、ビールがもうないぞー」
そう言って沙由里さんは逃げるように再び冷蔵庫へ。
見れば本当に持ってきていた分を全部飲み干していた。
この人どんなペースで飲んでんだよ。
「よっこいしょっと」
今度は5本も持ってきていた。
もういいや。この人に何を言っても無駄だ。
沙由里さんを正式なダメな大人認定をして、再び話し始めた。
「最後に住人は爛さんって人で、何て言うか……とにかくすごい人で――」
爛さんを語ろうとしたけど、あまりにも人様に話せることが思いつかなかった。本当、あの人との思い出は逆セクハラまがいの事ばかりだ。最初の風呂突入に始まり、マウントを取った状態での目覚まし、酔った勢いで押し倒されたりもしたっけ……。まぁ、あれ全部が俺と仲良くなりたかった、いわゆる彼女なりの愛情表現だったと知ったら、案外爛さんにも可愛らしいところがあったんだなと思いもする。俺の心臓には心底悪いけど。そう言う点を覗けば、何気に頼りになるお姉さんって感じなんだよな。クロの時にも背中を押してくれたし、半ば強制的ではあったけど俺の剣術の師匠みたいな立場にもなってるし、憎めない奴って言う言葉を彼女には贈りたい。
「――とりあえず、今まであったことはこのぐらいで、その後は……まぁ、車内で話した通り新しい住人との間のトラブルで今ここにいるってわけです」
「なるほどねー」
顔を赤くした沙由里さんは、うんうんとうなずきながら言う。
ほんとにこの人ちゃんと聞いてたのか?
そう思っていると、沙由里さんの口から予想外の言葉を聞いた。
「楽しそうで安心したよ」
「えっ?」
「ここに来たとき、もっと言えば始めて会った時からずっとどこか気を休めない、絶対何かに緊張をしているそんな様子だったからさ」
「どうしてそんなこと」
「あたしは、夏樹のおじさんおばさんとは昔からの知り合いだったから、色々聞いてたんだよ」
初めて聴いた。確かに、このマンションに決めたのは俺だけど、それもおじさんから進められて見に来たからだった。
「まぁ、それが無くても気づいたと思うけどな。……だから、今すごく楽しそうに今の家の事や住人の事を話しているのをみて少し安心した……あーあ、心配して存した。飲みなおそ」
沙由里さんは、最後に少し照れたようにそう言って冷蔵庫の方へと向かっていった。
心配してくれてたんだ。車で俺の話を聞いた時から、いやたぶんここに住んでいた時から気にかけてくれてたんだと思う。大人らしくない適当さとフランクさも俺への気遣いだったのかも――
ガンッ
沙由里さんは、ビール缶を落としながらも、さらに大量の缶を抱きかかえてきた。
いや、それは考えすぎだな。うん。
「んじゃ、次はあたしの愚痴でも聞いてもらおうかな」
「えっ!?」
明らかに不満の色をにじませている俺など見向きもしないで、新しい缶を開けて――
「飲み会第二陣スタート!」
その後、テンションを上げた沙由里さんは第三陣第四陣と言っては、バカバカビールを煽り飲み、それと共にだんだん距離感も近くなって最終的には絡み酒になっていた。俺は、改めてダメ大人認定を沙由里さんに押したのだった。
夏樹が沙由里に絡まれていたころ。「とばり荘」は静けさが包んでいた。
静まった道場。窓から差し込んで来る月明かりだけが、私を青白く照らしている。
戦に赴く前の武士は正座をして精神統一すると聞いていたが、存外悪いものでもない気がする。意識も肉体もすべてが透明に透けて、自然との境界線が失われたような、そんな感覚に陥る。
「何か用があってきたんじゃないの?」
「ありゃ、気づいてたんだ」
「当たり前でしょ」
私が声を掛けると、戸口の方から紅の髪を一本に結んだ爛さんが音もなく現れた。
「それで何の用なの」
そう言いつつ、私はひざ元に置いていた木剣に手を掛ける。
「少しだけ忠告に来ただけだよ」
爛さんは、戸口にもたれかかって言う。
「忠告?」
「守璃。明日夏樹に何をしようとしてるか知らないけど、ほどほどにしときなよ。もし、夏樹の命を脅かすようなことがあれば――」
その言葉の続きを紡がれる前に私はその場から飛びあがり、爛さんを見据える。
言葉よりも重い圧力。暗闇の中で、鋭い金眼がじっと私を睨み付けている。いつもふざけた口調の彼女らしくない――いやこれが本来の姿なのかもしれない。
「それぐらい分かっています。悔しいが奴の死は四つの世界すべてに影響を与える。私は、天界代表として――騎士として、その罪を犯すつもりはない」
「……そうか」
爛さんが目を閉じると同時に圧力も消えた。
「分かっているならそれでいい。じゃぁ、お休み」
爛さんは、私にプレッシャーを与えるだけ与えて、静かにその場を去って行った。
「………」
爛さんはどうしてあんなことを言いに来たんだろうか。使命? いや、そんなことで彼女は動かない。納得できなければ、冥界の王にも逆らう可能性すらある彼女だ。では、彼女を動かすのは一体なんだ。夕月夏樹個人にそれほどの価値があるのか。そんなはずは……夕月夏樹お前は一体何なんだ――
互いに違う理由で眠れぬ夜が続き、そして問題の朝を迎えるのだった。
お久しぶりです五月憂です。
大変長らくお待たせしました。
無事? テストとレポートを終え復帰しました。
今回は、何だか総集編ぽく夏樹が簡単に回想することが続く感じになりました。
この数日で前話を読み直していて、二十五話の間に様々な事があったなと思いながら書きました。
次週は、珍しくバトル回の予定です。
是非来週も読んで見てください。
最後になりましたが、「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。
今後とも「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。




