第二十六話 誤解に次ぐ誤解
初めて出会ってからわずか数分。
まだ一言も言葉を交わしていないのにも関わらず、この目の前の女神さまは信じられない一言を俺に言い放った。
えっ、今なんて言われた。なんかとんでもないことを言われた気がするんだけど
そんなことを思っていると、目の前の女神――御盾守璃は再び口を開いた。
「何を間抜けな顔をしている。出て行けと言ったのだ」
聞き間違えじゃなかった!
はっきりと言ったよこの子!
「どうして……」
さも、当然な事のようにいい放つ守璃さんに俺はそうとしか返せなかった。
「そうですよ。急に、そんなこと」
状況が呑み込めていない俺を阿冶さんが庇ってくれる。
「それは……わ、私が下等な人間と同じ家に住むなんて考えられないからだ!」
どうやら守璃さんは、人間が嫌いなようだ。
それにしてもいきなり出て行けなんて
「それに、こんな男と一緒なんて――」
再び守璃さんは、俺を指さす。
「何かあったらどうするんだ!」
キッと俺を睨み付ける守璃さんとは打って変わって、俺の心境は複雑だった。
この家の人たちはそう言うことに対して寛容すぎる節があった。爛さんにしろ阿冶さんにしろ、多かれ少なかれだ。やっと、まともな価値観を持った人が現れた。そのことに若干喜びつつも、
今じゃないでしょ!
ここに住むか住まないかを問われたあの日だったらまだしも、もう住み初めて数週間。慣れてきたこのタイミングでそんなキャラ持ち出されてもって気持ちも混在した。神のいたずらとでもいうべきか、本当にタイミングが悪い。
「大丈夫だって。今までいろいろあったけど、夏樹はおくてだから」
爛さんの発言にその空色の髪を振り乱して守璃さんは否定する。
「そんなことは関係ない! ……今、いろいろあったって言った?」
今まで喚き散らしていた守璃さんが、落ち着いたような、しかし一層の圧を持った声色で発したその言葉に俺は全身でドキリとした。
やましいことはない
なかったはず
なかったって皆言って!
「なーに大したことじゃないって、一緒にお風呂に入ったこととか――」
サーっと、血の気が引いていく。
「それは勝手に爛さんが入ってきただけでしょ」
『とか――』とさらに何か言いそうだったため、俺は無理やり割って入る。
しかし、意外にも守璃さんは爛さんの件については何も言ってこなかった。爛さんの性格を知っているのだろう。
それについては良かったのだが、次に守璃さんの視線は今現在進行形で俺の膝の上に座るクロに向けられた。
「それについては不可抗力と言い難いと思うが」
「クロがここにいたいだけ……」
「貴様! クロに何をした!」
守璃さんは怒声を放った。
まぁ、以前のクロを知っている人ならこの短期間でこんなに懐くなんて普通ありえないのだろう。それについては俺も共感できるが、どう答えたものか。特別何かしたってわけでもないし、かといって何か劇的な事が無ければ信じてくれないだろうし。
俺が長考していると、業を煮やした守璃さんがクロに話しかけた。
「クロ、何かこいつにされてないか」
その声色は優しく。別段この人が嫌な人なのではないのではないかと思った。クロたちの事も大切に思っているみたいだし
「夏樹には何もされていない……キスしただけ」
クロさん!?
ポッと頬を染めるクロに対して、俺は全身から汗が噴き出る。
そっと顔をあげると、俺を見る守璃さんの蒼眼が生ごみでも見るようなものに変わっていた。
しかも露骨に一歩、二歩と距離をとるし、確実に引いている。
これならキレられた方がマシだ。
クロ、鼻でキスしたってちゃんと言ってあげて。
その目配せと俺の醸し出すオーラにこれっぽちもクロは気づかなかった。
「ま、まさか、阿冶お前まで……」
守璃さんの震える声、顔は心なしか青ざめていた。
これ以上はまずい。
俺は、阿冶さんに必死にアピールした。
それに阿冶さんは、気づいたようで
「な、なにもありませんでした」
さすが空気の読める女! この家一の常識人!
俺は、称賛の言葉を心の中で送った。
しかし、
「それは、本当だな。ほんとにほんとだな」
必死な守璃さんの形相。ガッと肩を掴まれ阿冶さんは揺さぶられる。
堪えてください阿冶さん!
しかし、良心の呵責か、守璃さんの勢いに押されたのか
「その、初めての……をしました」
「何?」
阿冶さん濁さないで。吸血鬼にとってのそれの価値基準も知っているし、恥かしいのも分かるけど
はっきり言ってあげて!
「だから、初めてをしました!」
恥かしさと守璃さんの勢いに錯乱した阿冶さんはとんでもない事を口走った。
顔を真っ赤に染める阿冶さん。
一方それを聞いた守璃さんは、ピタッと止まると少しずつプルプルと震えだし、そして鬼の形相でこっちを振り向いた。
あっ、終わった
「でっ、出てけぇぇぇ!」
そうして、俺は否応なく外にホッぽりだされたのだった。
阿冶さん達が弁解してくれていることを期待して明日また行こうとは思うけど、俺は一晩どう過ごせばいいんだ。
「ヘックシュッ!」
春先の夜は一層冷える。
凍死しないように建物の中に入りたいけど……
金もないし、誰かと連絡も取れない。それ以前に知り合いでこの辺りに住んでいる人はいないし
誰か助けてくれよー!
と、心の中で叫んでみる。
まぁ、言ったところで何も変わらないんだけど
心の中で虚しさだけがこだましている、あれ一層寒くなったな。
そんな悲観が胸中を満たしてきたとき、不意に横を通り過ぎた車が停車した。
ご丁寧にハザードランプをたいて窓が開く。
不審に思って車を覗いてみると、そこには見覚えのある人物が乗っていた。
こんにちは、五月憂です。
二周ぶりの投稿というわけで大変お待たせしました。
今回は、守璃激怒回。怒り過ぎて若干ヒステリックになったかも……
後、阿冶さんは確信犯に見えてきたのは私だけ?
そして、夏樹を助けてくれたのは誰なんでしょうか。実はもう作中に出てきている?
皆さん当てて見てください。
最後になりましたが「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。
今後とも「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。
また、感想、評価、ブックマークも一緒によろしくお願いします。




