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第二十二話 阿冶と永遠

吸血鬼の本望にとらわれそうになった阿冶。

このままでは、夏樹の血を吸い尽くしてしまう。

そんな阿冶を助けたのは、心の中で阿冶に語り掛ける声と夏樹の声だった。

後少しで夏樹も限界というところで阿冶は自我を取り戻す。

阿冶の覚醒は成功に終わった。

しかし、幼狐とロアには腑に落ちない点いくつもある。

そして、夜になるとまた白い髪の阿冶――永遠が夏樹の前に現れたのだった。

 吸血鬼とは、一つの肉体に二つの人格を持って生まれる種族だ。

 一つは、個人による特有の人格。

 人が十人十色であるように、この人格も吸血鬼によって大きく変化する。

 昼の世界を過ごし、昼の世界と同化する存在。

 阿冶とは、そう言った存在だ。

 一つは、血脈――血筋による人格。

 多少の違いはあれど、総じて冷酷かつ吸血という本能に純粋な人格。

 夜の世界を生き、夜の世界を支配する存在。

 永遠とは、そう言った存在だ。

 この二つの人格を持って生まれるのが吸血鬼。

 しかし、そのことを知るものは吸血鬼族以外にはいない。

 夜が支配する世界――怪物界においては、前者の人格が確認されることはない。

 故に、このことは吸血鬼族だけの伝承でしかない。

 なかったのだ。

 一人の例外が存在するまでは――

「阿冶は――私たちは、おそらく先祖返りなのだと思う」

 永遠さんは、延々と吸血鬼について語り、最後に自分たちについての憶測を語った。

「今は環境に応じて失われたもう一つの人格。それが、阿冶だ。どういうわけか、昼の人格たる阿冶が先に表に立ち、後に覚醒することで私は表に出られるようになった」

 そこまで言って、不意に俺は思った。

「阿冶さんはあなたのことを知っているんですか?」

 そんな話し阿冶さんは一言も言っていなかった。

「おそらく認識はしている。だが、私たちは眠っている間に表の人格に干渉することはほとんど出来ない。故に、相手が見ているものを見ようと思えば見ることはできるが、互いに何を思っているのかという情報を共有することは出来ない。今回のように、阿冶自身が欲望に飲まれてしまって、一時的に内側へと意思が向けられている状況という例外は別だが」

 それを聞いて、今回の暴走を止めたのは永遠さんの干渉があったことを俺は知った。

 一瞬目が赤くなったのは、永遠さんの干渉があったからなのかもしれない。

「永遠さんは、阿冶さんの事を大事に思っているんですね」

 それを聞いた永遠さんは少し驚いた顔をした。

 そして、視線を俺から正面の中庭に向けて言う。

「ふんっ。アイツは私にとって妹みたいなものだからな」

 出会いこそ寝込みを襲われたわけだけど、話してみたら、永遠さんは案外いい子なのかもしれない。

 俺は、そう思った。

「だから、一つお前に言いたいことがあった」

 ビッと、指を俺に指して永遠さんは言った。

 俺が少しほほえましく見ていたのも、もしかしたら気に障ったのかもしれない。

 なかなかの鋭い目つきだ。

「阿冶を傷つけるなよ」

「はぁ?」

 ジトッっとした目で永遠さんは俺を見る。少なくとも信用に足るかを見極めるかのように。

 その視線は、まるで娘を嫁がせる父親のような目だった。

「阿冶は少なからずお前を良いと思ってんだ、だから裏切るようなことはするなってことだ」

「阿冶さんが俺を?」

 確かに、嫌われてはいないとは思うけど、そこまで好感を持たれるようなことした覚えもないんだけど

 俺が、過去の阿冶さんのやり取りを思い出しながら疑問符を出していると、イライラしたように永遠さんは追撃する。

「当たり前だろ。じゃなきゃ、今回お前を助けたりなんかしない」

 それを聞いて、俺の命は阿冶さんの好感度によって左右されていたことになんとも言えない気分になる。

 さっきの評価は訂正しよう。

 永遠さんは、かなりのシスコンなだけだ。

「もしかして、それを言うためにわざわざ俺の所に来たのか?」

「……そんなわけないだろ」

 今の間は何ですか?

「ほんとだぞ! 確かに阿冶をよろしくというのもあったが……、ここまではあくまで吸血鬼の紹介でしかない。本来の目的はお前の事だ!」

 俺の?

 俺が、頭の上にさらに疑問符を浮かべていると、不意に永遠さんは俺の首筋をペロッと舐めた。

「なっ、何を!」

「ふむ。やはりか」

 慌てる俺をよそに、永遠は納得したようにまた元の位置に座り直す。

「お前の血――あるいは、人間の血は他の生き物とは別格みたいだな」

 冷めた目つきで真剣に永遠は話し始めた。

「どういうことですか?」

「吸血鬼が吸った血はな、体内で魔素という物質に変えて蓄えるんだ――」

 人間でいうところの食べたものが体内でアミノ酸等の栄養素になるようなものか?

「人間の血は、その変換効率が高いうえに味もいい。吸血鬼にとって最上級の御馳走だと伝わっている」

 吸血鬼にとって血液ならばどれでも食料になる。

 では、この世界に多くある吸血鬼が人間の血を吸うという伝承。それはなぜ人間と限定するのか――それは、そう言う要因があるからなのかもしれない。

 誰だっておいしいものが食べたいのだから、あえて質の低いものを食べる理由はない。

 永遠さんは、そう考察しているようだ。

「それにお前の血には――」

 そこまで言って、永遠さんは口を閉ざした。

 そして――

「――いや、何でもない」

 おそらく、話そうとしたことを辞めた。

 それが何を指し、何を言いかけたのか俺にはまったくと言っていいほど分からなかった。

「まぁ、あれだ。分析はどうだっていい。私が言いたかったのは、あまり頻繁に阿冶に血液を与えるなということだ」

 それは、幼狐が言っていたこととは真逆の事だと思った。

「でも、幼狐は――」

「分かっている。だから、与えるなと言っているわけではない。ただ、与えるのが当たり前になるな。求められるのが当たり前になるな。適量を保てということが言いたかったんだ」

「どうして、そんなことを」

「……分からん。だが、お前の血を吸ったとき、この世の幸せを噛みしめるとともに何だか嫌な感じがしたんだ。どこか、依存してしまうような。どこか、自分自身が溶けてなくなっていくような。そんな感覚。人間の血は魔性の血なのかもしれない」

 永遠さんは、具体的に表現できないのがもどかしいようにそういった。

 なんとなくだが、永遠さんは危機感を覚えたのだろう。怪物界にはいない人間。その血液に。

「要するに血を上げ過ぎなければいいんですね」

「そうだ」

 永遠さんは、俺が了承したことが分かると、立ち上がり部屋へと消えようとした。

 本当にそれを言いに来たんだな

「そうだ。一つ言い忘れるところだった。明日は、お前から阿冶に声をかけろ。阿冶は恥ずかしがってはいても、お前の事を嫌っているわけではない――むしろ好感すら抱いているのだからな」

 振り返らずに永遠さんは言うと、今度こそ闇の中に消えて言った。

 結局、永遠さんは阿冶さんの事ばかりを喋って言った。

 本当に妹思いの姉なことだ。

 本当は姉妹じゃないんだけど



 翌朝、台所ではいつものように阿冶さんが朝食を作っていた。

「あの、おはようございます」

「あっ、えっ、おっ、おはようございます」

 やっぱりまだ少し恥ずかしいみたいだ。

 本当に慌てているようで声が上ずっているうえに、包丁を持ったまま手をブンブンと振るう。

 危ない。

「……どうですか。その体調の方は」

「あっ、はい。おかげさまで大分良いです」

「そうですか。それは良かった」

「「………」」

 なんというか。よそよそしいというか固いというか。どうにかこの状況を打破しないと。後、頼むから包丁を離して欲しい、近寄れないから。っと、俺が思っていると、意外にも阿冶さんのほうから口を開いた。

「すみません心配をかけて、そのうえこれからは、その……定期的に血を吸わせてもらうことになるし。ご迷惑をおかけして――」

 そうか。

 阿冶さんは、恥ずかしいだけでなく俺への申し訳なさも感じていたのか。

 だから、永遠さんは俺から声を掛けろと言ったのかもしれない。この勘違いを払拭するために。

 放って置いたら、阿冶さんなら黙ってそれを自分の中に隠してしまうから

 ほんとに、実に妹思いの姉だ。

「俺は、迷惑なんかじゃないですよ。むしろ、阿冶さんの力になれてうれしい程です」

「本当ですか?」

「もちろん、俺はこの家ではほとんど役に立てませんから」

「そんなことは――」

 阿冶さんが言いかけた言葉を俺は制した。

「でも、今は俺が必要とされている。阿冶さんを助け、この家を担う一人にやっとなれた。そんな気すらしてるんです。だから、そんな顔をしないでください。俺は本当にうれしいんです」

「夏樹さん……」

「阿冶さん、これからもよろしくお願いします」

「はい!」

 表情がいつもの柔らかなに戻り、その挙動も落ち着いた。

 やっといつもの阿冶さんに戻った。

 随分長くこの表情を見ていないような気がした。実際ここ数日というよりもさらに前から異変は出ていたわけで、気づかないところでその片鱗が見えていたのかもしれない。

「へー、心配になって来てみたけど。その心配はないみたいだな」

「爛さん!? シャワーを浴びてたんじゃ――」

「……阿冶、ずるい。クロも、夏樹と仲良くなる」

「クロちゃんまでどうしたんですか」

「……爛もクロも、心配だったから」

 それを聞いて、阿冶さんは自分が他人に心配されていたことに初めて気づいたみたいだった。

 涙こそ流さなかったが、上ずる声で――

「ありがとう」

 そう言った。

 温かく居心地のいいこの場所を、絶対に俺は守ろうとそう思った。



 阿冶のわだかまりがなくなった頃。

 とある場所では、ある女性が連日の如く訴えを起こしていた。

「なぜですか! なぜ私なのですか!」

 北欧の建築物を模したような白く豪華な宮殿に響き渡る女性の声は、もう何度も同じ言葉を繰り返している。

「あなたこそ何度言えば分かっていただけるのですか。それが運命なのです」

 烈火のごとく訴える女性とは相反して、玉座に座る女性は淡々とした口調でそう答える。

「私よりふさわしい方はたくさんいるのにどうして――」

「あなたが本当に嫌がっている理由は、そんな理由ではないでしょう」

「それは――でも」

「はぁ、もう少しだけ準備する時間を与えます。必ずあなたが行くのですよ。これは、命令です」

 訴えを起こした女性は、何も言わず玉座の間から立ち去っていく。その表情は、納得などしていない。

 これは、また来ますね。っと、玉座の女性がため息をしていると、入れ違うように銀髪の女性が入ってきた。

「申し訳ありません」

 銀髪の女性は、玉座に座る女性に跪いて謝罪をした。

 無表情に無感情。そんなイメージを抱かせるほど、眉一つ動かさない銀髪の女性。そのうえ、絶世の美女と言ってもいい程美しいその顔立ちが、近寄りがたさを醸し出している。

「我が妹が失礼なふるまいを」

「良いのです。それよりも、今日はどうしたのですか」

「はい。なぜ妹が選ばれたのかと」

「あなたもそれですか」

 玉座に座る女性は、頭を抱えるようなしぐさをする。

 連日のやり取りでかなりまいっているみたいだ。

「そう言う予言なのです。この機会は、彼女に欠けているものを見つけることができる唯一の機会なのです」

「唯一の――」

「そう、唯一の機会です。だから、あなたにも命令を下します。彼女を必ずあちらの世界に行かせるのです」

「それが、御命令なら」

 銀髪の女性は礼儀正しく頭を下げて、玉座の間を出て行った。

「本当に、どうしてあのような予言が」

 玉座に座る女性は、予言の中にあった一フレーズを思い出す。

『この出会いは、世界にとって最も最善かつ不吉な出会いになるだろう』

「はぁ、まだまだ苦労しそうですね」

 玉座の間には、深い深いため息がこだますのだった。


こんにちは五月憂です。

今回で阿冶編も終わりです。

新キャラ? の永遠は、阿冶思いのとってもいい子です。今後活躍の機会もあるので必見です。

そして最後に出て来たのは誰なのか。新編にも期待しておいてください。

次回は、新編に突入……はしません。いつも通りの幕間? です。

最後になりましたが「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。

今後とも「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。


【改稿後】

第二十二話で阿冶編も終わりです。

今回も、読みやすく修正を入れるのみの変更です。

是非読んで見てください。

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