第二十一話 永遠
ロアが語る、阿冶の体の異変の正体。
それは、吸血鬼に覚醒しかけているというものだった。
夏樹の血を吸ったことによって、覚醒しかけている阿冶。
上手く吸血が出来ずに暴走を起こし始めていた。
そんな、阿冶に対して幼狐は、強制送還を命じた。
抵抗する夏樹。幼狐は、一つの可能性として阿冶の完全覚醒を夏樹に提案した。
甘い
まるでストロベリーソースのようにどろりと濃厚な味わい。
一度味わえば虜になってしまいそうなほどのおいしさ。
私の心をここまで躍らせるこれは、一体……
『そんなもの一つしかないだろう。私たちは吸血鬼なのだから』
あぁ、あなたですか。初めまして? やっと会えましたね? どちらでもいいです。……そうですか。これが血の味なんですね
『そうだ。それが血だ。それも人間の血だ。私たちが最も求め、最も美味と感じる食料だ。それよりもいいのか? もう吸う必要はないだろう』
はい。もう必要量はいただきました。でも、おいしくて止まらないんです。水では得られない充足感。体の芯から温かくなり、魂を震わせるような快感。私は初めてなんです。こんなこと、止められません
『そうか。でも死んでしまうぞ』
死んでしまう? 誰がですか?
『人間が』
人間が?
あなたはこの行為を肯定すべき立場なんじゃないですか?
『そうだ。しかし、私はお前でもある。お前の傷つくことはしない』
私が傷つく?
どうして?
相手が人間だから?
人間が死ぬのが傷つく?
私が血を吸っているのは……誰だったでしょうか?
『そんなの決まっているだろう。聞こえないかこの声が。お前を呼ぶこの声が』
声? ……聞こえる
私を呼ぶ声。
必死で、温かくて、安心する男の人の声。
……夏樹、さん
「阿冶……さん」
「……夏樹、さん」
虚ろだった目に緋色が宿ったかと思えば、俺を呼ぶ声と共に瞳が黒色に変わり、俺の腕をがっちりと掴んでいた手から力が抜けていった。
正気に戻った阿冶さんは、俺の顔色の悪さに気が付いて急いで牙を抜き去った。
「私は一体……夏樹さん! 大丈夫ですか」
貧血気味でふらつく俺を阿冶さんは支えてくれた。
情けない姿を見られたくないと踏ん張るも力が入らない。血が抜け過ぎたのか手足が冷え切っているのを感じる。
「大丈夫ですよ」
もう少し血を抜かれたらまずかったけど
そう、強がるのが精いっぱいだった。
「そうですか……それなら、よかった、ですけど……」
阿冶さんは少しだけ顔を赤らめて覗き込んでいた顔を反らす。
「やれやれ、一応の解決といったところかのう。阿冶よ、牙が生えておるな」
「……はい」
阿冶さんはそっと自分の歯に手を当てる。
阿冶さんの口からは、今までにはなかった吸血するための牙が生えたままとなっている。
「うむ。では、これからもそちらの世界での活動を継続せよ」
「はい……」
「なに、心配するな。今後はこのような事は起こるまい。今回意識を持っていかれたのは、いわば欲求の暴発。溜まりにたまった欲求が爆発したに過ぎない。あるいは、……のう」
意味深な間をあけて、いやらしい目つきで幼狐は阿冶さんに語り掛けた。
それに充てられたように、阿冶さんは顔を赤く染め俯く。
どういうこと? っと疑問符を頭に浮かべていると、察した幼狐は玩具を見つけた子供のような笑みを浮かべた。唯その胸中は、不純物だらけなのだろうけども。
「良かったのう。夏樹」
「何がだよ」
「阿冶の初めてを奪えて」
「はぁっ!?」
体のふらつきなんて吹っ飛んでしまった。
阿冶さんをチラッと見ると一瞬目が合って、すぐに反らされてしまう。
「言うたであろうが、吸血行為は食欲と――そして、『性欲』を満たす行為じゃと。吸血鬼にとって初めての吸血行為は処女を散らすも同義……と考えておるものもおるそうじゃが――」
「えっ? えっ?!」
あまりの後だし情報に動揺していると、幼狐は再び告げた。
「お前は阿冶の吸血処女を奪ったんじゃよ」
奪ったていうか、奪わざる負えなかったって言うか、血液を失ったっていう点で言えば奪われたというか
俺がしたことの重大さは認識したけど、なんとも納得がいかないような、でもやってしまったことは事実だしという、葛藤のようなものが頭を混乱させていると――
「あの……大丈夫です……その、夏樹さん……なら」
顔を真っ赤にした阿冶さんが小さな声で言った。
何が大丈夫何ですか? 阿冶さん
阿冶さんもすごく動揺しているようだった。
「……それでどうなんじゃ、ロアよ」
夏樹との通信を終えてから、ワシはロアに聞いた。
夏樹や阿冶を混乱させるのもなんじゃしという、心遣いでこのタイミングで切り出した。
「はい。少々おかしなことになっているかと」
「やはりか」
ワシ等が訝しんでおるのは阿冶の事じゃ
阿冶については、実は以前から少々気がかりな部分があった。故に今回は、早急に手を打つことができたのじゃが
「本来吸血鬼は、生まれた時から白髪赤目で牙を持っています。しかし、彼女はその特徴を持っていなかった。あの女の言い分は、稀にある突然変異ということですが――」
「何かあるのかもしれぬな」
「はい。今回も吸血鬼として目覚めたというのに、白髪赤目は元の黒髪黒目に戻ってしまわれましたから。こんなことは、私の知りうる限りありません」
……ふむ、なるほどのう
ロアは、怪物界でもそれなりの力を有しておる。そのロアですら情報を持たないとするならば――
「あやつが何か情報を握っておるかじゃな」
「はい。あの女――もっと言えば、吸血鬼族の一部の者の中だけで伝わる秘密の情報があるのかもしれません」
そうなると少々厄介じゃな。うかつに手出しは出来ん
ワシは、腕を組みイスに雪崩れるようにして考えを巡らせる。異世界の事だからこそデリケートに扱わなければならならい。あらゆる、関係から非難が来ない方法。
「ロアよ、引き続き情報収集を頼む。後、怪物界の伝手を使ってあやつとその周辺の監視も始めよ。ある程度踏み込めるだけの証拠を見つけなければ手が打てん」
「怪物界でも情報収集はしますか?」
「いや、監視だけで良い。下手に近寄るのは悪手じゃ。最悪再び戦いの火種になるやもしれん」
「わかりました。では、さっそく指示を出してきます」
ロアは、足早に部屋を後にした。
「……阿冶。お主は一体――何者なんじゃ」
もうすっかり日が暮れてしまった。
あの後、ロアさんの鉄拳が降り注いで、場をかき乱していた幼狐がすっかりおとなしくなってから今後の説明を聞いた。
端的に言えば、今後は定期的に阿冶さんに血を与えなければいけない。
今回の一件で牙も生え自分の内に溜まっていくものが何なのかを阿冶さんは理解した。要するに手段と意識を手に入れたのだ。今後は阿冶さんの欲求が堪らない程度に血を吸わせて欲求を満たし暴走を防止する必要があるそうだ。
「まったく、幼狐は後から後から説明を付け足していく。聞いてねぇよそんなこと」
阿冶さんの事もそうだ。あの後すごく気まずくなったんだぞ。阿冶さんは、顔を合わせると顔を赤らめるし。俺も、何て声を掛けたらいいか分からないし――
「あー! 明日からどうすりゃいいんだよ!」
中庭の小池に移る月を見ながら俺はぼやく。
「……夕月、夏樹」
俺が、一人もがいていると廊下の端から声を掛けられた。
女性にしては低く、しかしハスキーというには綺麗に通る声。
聞き慣れない。しかし、どこかで一度聞いたことがある声。
暗がりの向こう側から現れたのは白銀の髪に緋色の瞳の阿冶さんだった。
「また、暴走を!」
その姿からそう思って体勢を整えるも、彼女は襲ってくるでもなく、ゆっくりと俺に歩み寄ってくるだけ。
「落ち着け。今はしっかりと意識を持っている」
ちゃんと会話できる辺り彼女の言うことは事実なのだろう。
しかし、その口調や雰囲気は明らかに阿冶さんのものではなかった。
「あなたは誰?」
無意識な質問だった。
俺は無意識のうちに彼女が阿冶さんではないと確信していた。
「私は、阿冶。っと言いたいところだが、お前がそう思えないのなら、そうだな……永遠。そう呼んでくれ」
「永遠。……永遠さん、あなたは一体誰ですか」
「なんだ。質問ばかりの奴だな」
永遠さんは、そう言って俺の横に座った。
爛さんやクロは眠っている。声を出せばまた来てくれるだろうけど……
「なに警戒するな。もうお前を襲いはしない」
多少高圧的ではあったけど、その声色や雰囲気に悪意がないのを感じて俺は緊張を解いた。
大丈夫。そう言っても相手が分からなければ警戒もする。表情には出してないつもりだったが、自然に体は強張っていたようだ。
少しだけ楽になった。
「私は吸血鬼の阿冶としての人格」
「二重人格って言うことですか」
「似て非なるものだな。吸血鬼とは元々そう言う種族なんだよ。血筋による人格と個人としての人格の二つの人格を持って生まれるのが吸血鬼なんだよ」
「そんなこと初耳です」
「皆が知らないだけだよ。証明のしようがないことだから。夜の世界の怪物界では、前者の人格のみが前面に出てくるからな。しかし、阿冶は――私たちは違う。今日はそれを伝えに来た」
永遠は、ゆっくりと阿冶さんのことを語りはじめた。
こんにちは五月憂です。
皆さんゴールデンウィークはどうお過ごしでしょうか。
今作では、阿斗のもう一つの人格永遠が出てきました。
阿冶は丁寧で優しいですけど、永遠はどんなタイプなのでしょうか。
また、永遠が語る吸血鬼も必見です。
是非次話も読んで見てください。
最後になりましたが、「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。
今後も「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。
【改稿後】
こんばんは、五月憂です。
第二十一話の改稿が完了しました。
第二十一話は、細かいところの修正をしました。
より読みやすくなっていると思います。




