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第二十話 吸血

夏樹が見た白髪の女性の正体は、阿冶だった。

夏樹が襲われた翌朝。阿冶に聞くが身に覚えはないようだが、一応幼狐に報告する。

自分に与えられる処遇に不安になる阿冶と、助けたくてもどうしていいか分からない夏樹。

そんな、各々の不安がある中、幼狐はロアさんに話を振る。

阿冶と同じ世界出身のロア。

そのロアの見解は、阿冶が吸血鬼に覚醒しかけているというものだった。

「私が覚醒を……」

 ロアさんに告げられた現状に阿冶さんはひどく驚いた顔をした。

「覚醒しかけておるってことは、まだ完全には覚醒しておらぬということか?」

「おそらくは。……まるでシルクのような艶やかな白髪に、紅蓮の瞳は吸血鬼族の特徴です」

 そうなんだ

「でも、どうして急に……」

「……狙われたのは夏樹様ですし、何か心当たりは?」

「心当たりですか? ………」

 何かあったっけ。阿冶さんが異常を感じ始めたのは、ここ二、三日ってわけじゃないらしいけど

「……例えば血に関わる事とか」

「血に関わる事ですか? ……あっ! そう言えば」

『とばり荘』に住み始めて二日目の事。

『お皿の破片は入ってないみたいですね……はむっ』

『あっ、阿冶さん。何してるんですか』

『私達吸血鬼の体液には、超回の力があるんです』

 そんな出来事があった。

「確か、阿冶さんが皿の破片で切った指を舐めて癒してくれたことがあったはず」

「なるほどのう。おそらくそれじゃろう」

「はい。少量かつ吸血行為ではなかったため中途半端に吸血鬼の本能が目覚めてしまったんだと思われます」

 幼狐とロアさんはまじめに意見を交わして阿冶さんに起こった原因を推測している。しかし、阿冶さんにはそんなことを考えるほどの余裕はなかったようだ。

「あの! ……私は、どうなってしまうんでしょうか」

 阿冶さんは二人の会話の間に割って入った。

 その不安そうな顔や強張った声が阿冶さんの尋常ではなく怯えた様子がうかがえた。

「「………」」

 今阿冶さんにとって、そして俺たちにとって重大な事。それは、阿冶さんの処遇――対処である。

 幼狐とロアさんは互いに顔を見合わせて、意思疎通を図っているようだった。

「今回の場合、お前に非はない。無意識化のうちに起こった事じゃ。そのことについて罰則を与えるつもりはない」

「それじゃぁ」

 安堵の顔を浮かべる阿冶さんだった。

 でも――

「じゃから、強制帰還を命ずる」

 幼狐は、何とも平坦で断絶する一言を言い捨てた。

 ロアさんもそれについては同意見と言わんばかりの様子だった。

「なんで――」

「当然じゃろ」

 食って掛かろうとする俺の言葉を幼狐は遮った。

「阿冶が人を襲うことが分かった以上人間界に置いておくわけにはいかんのじゃ。ましてや、自制がきかないとあってはなおさらじゃ」

「でも――」

「夏樹様。これは、あなたのためでもあるのです。吸血鬼にとって吸血行為とは、人間に例えるなら食欲と性欲を満たすためのものに匹敵します。しかし、今の阿冶さんはそれがうまく行えずストレスが溜まり、衝動のみが先走っている状態。数週間も飲まず食わずでありながら目の前には豊潤な食料が常にあるのです。いくら人ではないとはいえそれにいつまでもは耐えられません。まして、今のターゲットはあなたの絞られているようですし」

 俺は、ぐうの音もでず黙ってロアさんの話を聞いていた。そして、ロアさんは最後にダメ出しとばかりに付け加えた。

「はっきり言います。現状維持をすれば……あなたは確実に血を吸いつくされて死にます」

 死の宣告。

 冷淡な口調のロアさんが言えば、死神に鎌を突き付けられているかのような現実味を感じる。

 俺は、無意識のうちの固唾をのんでいた。

「ふむ、文句はなさそうじゃのう。ではさっそく手続きを――」

「待ってくれ!」

「なんじゃ夏樹」

 まだ何か? そう語る冷めた瞳から、幼狐は本気で阿冶さんを連れ帰るつもりなのだと感じた。

 こんなの放って置いていいわけない。

 俺は、阿冶さんにたくさん助けてもらった。クロの時も、爛さんの時も。

 だから、阿冶さんが困ったときに何もしないわけにはいかない。してはいけない。

 それに――ここに来て家族の温かみを知った。本当の家族のいない俺が、初めて気を遣わずにいられる場所を見つけたんだ。そんな場所を――そんな人たちを一人たりとも俺は失いたくない。

 その為なら、俺は何だって――

「頼む……お願いします。阿冶さんを助けてあげてください」

 俺は、精一杯頭を下げた。

 情けない話だが俺には知識も技術もない。だから、誰かに頼るしかない。

 思考放棄ではなく、冷静な判断の下俺はそうした。

「夏樹さん。やめてください。私は……」

 阿冶さんの声は泣きそうなほどか弱かった。

「……夏樹。多少の危険は承知の上か」

「……はい」

 幼狐が、ロアさんに目配せをするとロアさんは頷き画面外へと消えて言った。

「夏樹。頭をあげよ」

 俺は、言われて頭をあげる。

「その意気はよし。じゃが、男なら簡単に頭を地につけるな」

 幼狐は微笑を加えて付け加える。

「ワシがどうにかしてやろう」

「……ありがとう」

「うむ、しばし待て。ロアに準備させておるから」

 その言葉を聞いてほっと安堵した。

 しかし、一方で阿冶さんは、戸惑ったような苦しそうな表情を浮かべている。

「夏樹さん。私なんかのために、どうしてそこまで――」

「これは、俺のわがままです。俺が、このまま阿冶さんがいなくなってしまうのが嫌だった。それだけの事ですから」

「夏樹さん……」

「お主ら。良い感じの空気を出すのはいいんじゃが、先も言ったが簡単な事ではないのじゃからな。ワシがなぜ阿冶に帰還を命じたか。それは、夏樹。お前を危険にさらすからじゃ」

「危険に」

「まぁ、それは後で説明するが。一界の長としてお主を危険にさらし、なお害を与えれば責任問題となる。だからくれぐれもワシに迷惑をかけるなよ」

 この子供は――いやいや、おそらく幼狐なりの激励なのだろう。そうに違いない

 そう思うことにした。



「では、始める前に説明をする。心して聞くがよい」

 しばらくして、ロアさんが帰ってきた。

 二、三言葉を交わした二人だったが、「やはりそれしかないか」と、幼狐は眉間に皺を寄せた。

 それほど危険な事なのかもしれない

「今から、一時的に阿冶を吸血鬼に半覚醒させる」

「大丈夫なのでしょうか」

「もちろん、ちゃんと意識を残した状態でじゃ。そして、その状態で夏樹の血を吸い完全に覚醒させる」

「なっ、夏樹さんの血をですか!」

「なんじゃ、嫌か?」

「いえっ、夏樹さんなら」

 阿冶さんは顔を赤らめて言う。

「今の状態を抑えるのかと思ってたけど、逆に覚醒させきるってことか」

「あぁ、この先の事を考えればそれが良策じゃからな。血を吸えば欲求を満たせるし、それによって意識の安定が見込めるからのう。要するに禁断症状みたいなもんじゃから。じゃが、これには一つ問題がある」

「危険ってやつか」

「うむ。もし覚醒した阿冶が血を求めて夏樹の血を吸い過ぎた場合。血液の不足で死に至るじゃろう。……それでも、助ける覚悟があるか」

「もちろん」

 俺は、幼狐の脅しのような言葉の圧力に真っ向から返事をした。

 それが何であれ、それしか手段がないのなら俺はどんな危険な事でも体を張ってそれをする。その覚悟はもう決まっていた。

「そうか。では、始めるぞ」

 俺の意思の硬さを確認した幼狐は、呪符のようなものを持って呪文を唱え始める。

 そして、唱え終えると幼狐は呪符を投げた。

 呪符は、狐火同様テレビを通過してこちら側の世界へと送られ、阿冶さんの胸に張り付いた。

 その瞬間――

「うっ! 体が熱い!」

 阿冶さんは、胸を押さえて蹲り、体の異変を訴え始めた。

「阿冶さん!」

 俺は、阿冶さんの肩を掴み支える。

 服越しでもわかるほど阿冶さんの体が発熱している。本当に体は大丈夫なのかと一瞬慌てそうになるのを幼狐は厳しい口調で諫める。

「落ち着け夏樹! そろそろ吸血鬼が目覚めるぞ!」

 幼狐の声の直後。阿冶さんの姿は変わり始めた。

 黒く艶やかな髪は、毛根から毛先にかけてはがれていくように色が抜けて白髪になっていく。

「夏樹さん。……私なんか変で」

 顔をあげた阿冶さんの瞳は黒色からまるで炎のような緋色へと変わり、口からは二本の鋭い牙が覗いていた。

 これが、本当の吸血鬼の姿か

「夏樹。首筋を出せ」

 俺は言われるままに阿冶さんに首筋を見せる。

「あっ」

 阿冶さんの吐息のような声が漏れる。

 ゆっくりと近づいてくる阿冶さんは、艶めかしい視線と荒い吐息でいつもとは違う妖艶さを纏っていた。

「夏樹さん……」

「っ――!」

 不意打ちとばかりに、阿冶さんの舌が首筋を這う。

 吸いつくような温かく湿った舌に、思わず声が出そうになるのをどうにか押し殺しって俺は耐えた。

「いきます」

 阿冶さんは、少しだけ口を開けてから首筋に口づけをする。

 そして、その鋭い牙を俺に突き立てた。

 これが血を吸われる感覚。不思議と痛くない。

 阿冶さんの顔は、恍惚に満ちた顔をしている。

 食欲と性欲を満たす行為ってことは、快感もまた同時に来るってことなのか

 見つめていると、少しずつ阿冶さんの髪色が戻っていく。

 呪符の効力が切れてきたのか

 完全に黒髪に戻っても血を吸われ続けているところを見ると、阿冶さんは吸血鬼に覚醒したようだった。

「ふむ、とりあえず覚醒はなしえたようじゃな」

「阿冶さん良かったですね。……阿冶さん?」

 声を掛けても返事がない。それどころか、血を吸う力が強くなっている気さえする。

「夏樹さん。おいしい」

「グッ! 阿冶さん」

 一層血が流れ出ていくことを実感した。

「「夏樹!」」

「動くな!」

 爛さんとクロが間に入ろうとするのを幼狐は静止した。

「何でだ幼狐!」

「……このままじゃ、夏樹が」

「吸血鬼の治癒作用は意識によって作用するのじゃ。今夏樹と阿冶を引き離せばどうなるか……分かるじゃろう」

「じゃぁ、どうすれば」

「夏樹の体と阿冶を信じるしかあるまい」

 クロは心配そうに顔をしかめて、爛さんはそれこそ唇が噛み切れるほど悔しそうに夏樹を見つめる。

「阿冶さん……」

 血の気が引いていく。

こんにちは、五月憂です。

いよいよ阿冶編も展開してきました。

今回は、今までの阿冶にはなかった少しセクシーな表現で書いてみました。

爛の露骨に狙ったサービスショットではなく、素でって言うのが阿冶の特徴になればいいなと思います。

次回、夏樹はどうなるのか。そして、阿冶は自分を取り戻せるのか。

是非読んで見てください。

最後になりましたが「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。

今後とも「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。


【改稿後】

第二十話は、誤字脱字の直しと多少話しに肉付けした程度の変更です。

阿冶編のなかでもこの辺りは割と好きな話なのでなるべく書き直さずに読みやすくできればと思っています。


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