第十九話 正体
夏樹が見た女性。
彼女について爛に聞くも笑われてしまった。
幽霊ではない。では、異種人なのか。
その方向でクロに聞くも可能性はかなり低いと言われてしまう。
やはり彼女は幻だったのか。
そう思いながら眠りについた夜。夏樹は、異様な重さを感じた。
恐怖を感じながら目を開ける夏樹。その目には、覆いかぶさる彼女の姿があった。
『……夕月……夏樹……』
その声は、女性にしては少し低く、声そのものにずっしりと重い圧力のようなものを帯びていた。
『うわぁぁぁぁぁー!』
夏樹の悲鳴は、静寂に包まれていた『とばり荘』に響き渡った。
一瞬の沈黙。そして次の瞬間にはドタドタと屋敷の中が騒がしくなる。
「「夏樹!」」
隣に真っ正面と近い距離に住民たちの部屋はある。数秒もしないうちにクロと爛さんがドアを蹴やぶらん勢いで入ってきた。
「クロ! 爛さん!」
俺が悲鳴をあげても、未だ俺の上に覆いかぶさっている女。燗さんやクロも緊急事態であることにすぐに気がついたようだ。
「夏樹から離れろ!」
どこからか刀を出した爛さんは、引き抜いた勢いのままに刀を振り落とす。
「うわわっ、爛さん待って待って!」
爛さんの刀は空を切り、そのまま俺の股の下数センチのところで布団と畳を貫いていた。
あっぶねー。し、死ぬかと思った
変な汗をかいた。
顔面蒼白で俺は刀を見つめる。
「わ、悪りぃ夏樹」
「爛しっかりして」
その白髪の女性は、出入り口に向かってすごい勢いで逃げていく。
しかし、その前にはクロが陣取っていた。
「逃さない」
クロは、ネコ科特有の黄色に光る目で女性を見つめる。
この暗い中で、もっとも好調で動けるのはクロしかいない。
いないはずだった。
「……消えた」
クロは、硬直したまま目を見開いて呟いた。
白髪の女性は、クロと衝突するかしないかのところで弾けたように消えた。
「消えたんですか?」
「分かんねぇ。ただ、クロの横を何かが横切ったようにも見えたけど」
クロですら認識できない速度、或いは方法を持っているということか
とにかく、この晩。
あの女性が俺の気のせいでないことが確定した。
そして、そんな事件が起きた上に、さらに頭を抱える事態に陥っていた。
「あの、二人とももう少し離れて貰えると。ありがたいんだけど」
「無理」
「それは聞けないな」
横になった俺を挟むようにしてクロと爛さんが寝そべっている。
二人曰く、今夜は警戒して一人にならない方がいい。……らしいのだが。
全然眠れない
左を見れば爛さんと目が合い、右を見ればクロと目が合う。
仰向けになればピトッと二人の体に腕が当たり、気にせず目を閉じれば二人の吐息が聞こえてくる。
眠れない
心拍数は上がり一層目がさえていく。
「……二人は寝ないの?」
「それじゃぁ、誰が異変に気付くんだ?」
「……そう、ですね」
寝られたら寝られたで、一層ひどく目が覚めそうだし。
特にこの無防備な二人だ。寝返りなんて打たれたらひとたまりもない。
かといって、このままってわけにも……
「そうだ、阿冶さんの所に行きましょう」
「阿冶? そう言えば、来てないな」
「はい。阿冶さんも一人なわけですし、全員でいた方がいいんじゃないかと」
阿冶さんなら二人をどうにかしてくれるだろうし
「……阿冶が心配」
「そうだね。行こう」
俺は賛同こそしたが、不思議と大丈夫な気がしていた。
あの女性は、俺を――俺だけをターゲットにしている
そんな気がするから。
俺の部屋の隣。阿冶さんの部屋に俺たちは来た。
相変わらず整った部屋だ。
前回と変わらず整頓された部屋。二度目であるからそこまで緊張もしていなかった。
「寝てるみたい」
「呑気なこった」
爛さんに言われるのは心外だと思うけど
クロは、ぴょんと飛んで電気をつける。
寝てるところを起こすのは心苦しいけどしかたないか
電気がつくと確かに阿冶さんは眠っていた。
ただ――
「ちょっ!」
俺は、すぐに後ろを向いた。
というのも、阿冶さんは爛さん同様和服で、しかも寝返りからか知らないけど服がはだけていたからだ。
そう言えば、最近は寝苦しいって言ってたけど、わざわざそんな服着なくても
「おい、夏樹こっち見ろよ」
「ら、爛さんそれはちょっと」
見れないです。
「いいから、ちょっとみろって」
「さすがに寝ているところを見るのは――」
「いいから見ろって!」
爛さんは、俺の頭を掴むと無理やり阿冶さんの方に押し倒すように向けた。
「わわっちょっと、近い近い!」
胸元がまじかに見えるまで押し付けられた。
「何を言ってんだ? いいからちゃんと見ろって」
俺がしどろもどろしていると、呆れた口調で爛さんが言った。
ちゃんと見ろって、どういう……!
視線を少しずつ遠ざけて、阿冶さん全体を見る。
すると、ある事に気が付いた。
「この服。さっき夏樹を襲った奴が来てたのに似てないか?」
確かに似ている。
柄もポイントもない真っ白の服。
「でも、たまたまじゃ」
「一緒。服の色も刺繍も体格も」
はっきりと見えていたクロは断言した。
あれは、阿冶さんだと。
確かに、言われると顔は阿冶さんに似ていたような気もする。
でも――
「あれは、本当に阿冶だったのか?」
それは、俺も感じている。
俺がすぐに気がつかなかった理由である、あの白く艶やかな白髪。声色に目、身にまとった雰囲気自体が全くの別人だったという点は解消されていない。
腑に落ちていないのだ。
今の阿冶さんが寝たふりをしているとは思えない。
今までの阿冶さんが嘘であったとも思えない。
この夜、謎が謎を呼び謎が積み重なって見えなくなった真実は、阿冶さんの寝息とともに明け方を迎えようとしていた。
「わ、私が夏樹さんを!?」
朝、阿冶さんが起きると昨夜の事を阿冶さんに告げた。
「やっぱり記憶にないですか」
「全然。昨夜も体の火照りを感じて一度起きたんですけど。何も。……何も覚えていないんです」
苦渋の表情を浮かべる阿冶さんは本当に何も知らない様子だった。
「爛さん。この場合って」
「一応、幼狐には報告を入れるべきだろうな」
「ですよね」
俺たちは、阿冶さんの部屋から居間へと移動することにした。
「私どうなっちゃうんでしょうか」
後方で、阿冶さんの声が聞こえた。
か細く弱気な声は、いつもの優しそうな声と比べて一層よわよわしく感じられた。
「大丈夫だって。まだ、実害が出たわけじゃないし。そんな重く考えるなって」
「……阿冶、大丈夫。元気出して」
「……はい」
「………」
情けないな
こういう時何て声を掛けたらいいのかわからない。
俺は、黙って先を歩き続けた。
居間に着くと、いつもの阿冶さんに変わって俺が準備に取り掛かった。
机をよけ、最初にここに来た時と同じようにテレビの前に俺たちは座った。
唯一違う点と言えば、今回ばかりは俺の横に阿冶さんが座っているということぐらい。
全員は、俺の声に頷いた。
阿冶さんも少し強張った表情をしているが、頷いた。
「じゃぁ、繋げるよ」
そう言って、妖界と通信を始めた。
「フワー、なんじゃこんな朝っぱらから」
開口一番金色の幼女は、そう言った。
幼狐である。
幼狐は、半ば目が開いておらず、また着物も肩までずり落ちている。
容姿相応の何とも子供っぽさがにじみ出た朝の姿をしている。
大丈夫か?今からまじめな話をするのに
そんな俺の心配は、いらぬ心配となった。
「しっかりしなさい!」
「へぶっ!」
ロアさんのチョップが幼狐に炸裂した。
幼い狐は煙をあげる頭を抑える。寝起きだから、加減したのか鉄拳制裁ではなかったけど、寝起きには十分の威力だったみたいだ。
「何をするんじゃっ!」
「状況を見てください。そんなこと言っている場合じゃなさそうですよ」
「……ふんっ、確かにそのようじゃな」
幼狐は、俺たちを一瞥してそう言った。
「っで、何があったのじゃ」
俺は、昨夜起こった事を話した。
「なるほどのう……阿冶よ」
「はっ、はい!」
やはり相当緊張しているようで、上ずった声で阿冶さんは返事をする。
「落ち着け。最近体の不調等はないか」
思いのほか真剣かつ的確な調査の仕方だな。
「……最近夜になると体に火照りを感じます」
「他には?」
「他ですか……えっと」
「……たまに夏樹を見て呆けてた」
代わりにクロが気づいた点を挙げた。
「本当か。夏樹」
「……確かに、そう言われればそんなことも何回かあったような。でも、俺をですか?」
呆けているのには気づいていたけど、俺を対象にしていたのか。当人としては気づかなかった
俺が答えると、幼狐は顎に手を当てて考える仕草を見せた。
「なるほどのう……して、ワシはお前さんの領分ではないかと思うのじゃが、どう思うよロア」
「はい。幼狐様の言う通りです。阿冶さん……あなたは覚醒しかけている――吸血鬼に」
こんにちは五月憂です。
木曜日投稿一回目です。
今回ついに女性の正体が明らかになったわけですが、次話ではさらに掘り下げていきたいと思っています。
今までちょっと影が薄い感じだった阿冶さんですが、今後どんな魅力的な姿が描かれるのか楽しみにしておいてください。
最後になりましたが、「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。
今後とも「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。
【改稿後】
第十九話は、細かな修正を主にして、内容等の変化はあまりしていません。
より読みやすくなっていればと思います。




