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第十二話 アイデンティティ

夏樹の本当の自分――嫌な自分を見られた爛はどうしようもなく落ち込んだ。

もう、ダメかもしれない。そんな投げやりな気持ちにもなった。

爛の出生。自分の抱いている恐怖心。誰かと仲良くしたいと思いつつ、それを隠して遠のいていってしまっていることに爛は未だ気づいていない。

そんな時に、阿冶が現れた。

悩みを聞き、助言をする。

本当の自分らしい付き合い方。爛は、夜が明けるまで模索する。


 翌日の早朝。まだ、完全に夜が明ける前にあたしは部屋を抜け出した。

 阿冶に相談してから、あたしは自室で書状をしたためていた。書状と言ってもたいそうなものではなく、要約するならば『道場にて待つ。』それさえ伝わればいいような代物だ。書いている時は、色々と無駄な事ばかり書いてしまって、あたしらしくないとぐしゃぐしゃにして捨てるを繰り返した結果、果たし状のようなものとなってしまった。

 これもこれであたしらしいのかもしれない。そう納得して完成させた書状を夏樹の部屋の戸の隙間から押し入れる。

「さて、後は待つだけか」

 あたしは、そのまま道場へと向かった。

 なぜこんなに早く部屋を出たのか。もちろん夏樹に直接書状を渡すのが照れくさいというか、どんな顔をすればいいのか分からないというのもある。ただ、それ以上に心の準備が必要だと思ったのが大きい。

 道場に着いたあたしは、最初に道場の真ん中で胡坐を掻いて目を瞑る。

 夏樹の事、阿冶の事。色々な事を思い出す。

 寝てないからだろうか。不思議と今ははっきりと目がさえている。覚悟は決まった。それに関しては、迷いはない。必ず言う。必ず伝える。

 ただ、やはり恐怖心がないと言えば嘘になる。

 あたしは、目をゆっくりと開けると、道場の壁にかかっている木刀を持って構えた。

 木刀を構えると、いつもならスッと心が落ち着く。ゴチャゴチャ考えていたものを頭の片隅へ追いやっているような気分になる。あたしがリフレッシュをするときに剣を振っているのはそんな感覚におちいるからだ。

 でも、今日は違った。手が震える。頭の中は、からっぽになっているはずなのに、手が震え、切っ先が定まらない。

 あたしは、構わずに一振り、二振りとして、また最初の構えに戻る。

 生前の習慣からくるものだろう。木刀を振るう動きもやはり固くはなく自然体だ。

 しかし、動きが静止するとまだ腕が振るえ始める。

「駄目だこんな練習じゃ。恐怖心をかき消せない」

 あたしは、再び目を瞑る。今度は、明確に自分の心を切り替えるように意識する。

 練習ではなく本番。明確な相手を想像する。そして何より、自分の心を深く水の底へと沈めるようにして集中する。

 開眼すると同時にあたしは踏み込んだ。

 目の前に見える、虚像目掛けて、木刀を振るう。

 この時見えたのが自分の影だったのは、己の恐怖と戦っていたからかは分からない。唯、そこに作り出した虚像が自分自身であったのは確かだった。

 刀を振り、刀を振られる。避けられ、避ける。激しい攻防の移り変わりに、息をするのも、瞬きをするのも忘れる。

 振り下ろしそのままに横に薙ぎ払うが、半身で避けさらに屈んで避けると同時にしたから突き上げてくる。

 さすが自分だ。或いは恐怖心か

 生半可では倒せないかと、さらに深く心を沈める。その瞳が静かに燃え上がり、視界はさらに狭まっていく。

 型なんてあってないようなもの。速度を上げて床を蹴り、そのまま壁を二歩三歩と駆けて飛び斬る。地上戦から、空中戦へ。平面から立体に縦横無尽に自分と戦う。

「熱くなってきた」

 何のためにこんなことしているんだっけ

 当初の目的すらも忘れ、唯目の前の敵を倒したくてたまらない。

 そんな一種のリビドーのようなものに駆られる。

 自然と口が吊り上がるのに、その眼は冷めたように敵を睨み付ける。最早、狂気が胸中を渦巻き、悩みも迷いもすべての不快感(ストレス)がくべられていく。

 そして、壁から相手に向かって跳躍した瞬間、何かを突破したのを感じた。ランナーズハイとでもいうべきだろうか、苦しさも肉体の軋みも無くなった。

 頭から相手に突っ込んでいく。悪手も悪手。空中で逃げ場などなく、相手の居合の構えから放たれる一撃を待つしかない。しかし、不思議と敗北する気がしなかった。むしろ、今のあたしならやれる。やるしかないそんな気がした。

 一瞬、最早目で追うには無理な速度の居合切り。それを相手の目線と肘の高さから予測し身をよじりながら躱し、すれ違いざま、相手の懐に木刀を滑らせるように胴体を一刀両断した。

 虚像は霧散した。顔からは汗が滑り降り、全身からわずかながら蒸気が出ている。

 やっと倒せた。そうは思いつつも勝ったという気持ちは湧いてはこなかった。むしろ――

 汗を拭っていると、不意に背後から戸の開く音がした。

 ――心の準備ができた

 そんな気分だった。

「あの、爛さんコレ」

 戸口から入ってきた夏樹は、あたしの書いた書状を差し出しながら近づいてきた。

 尋常じゃない汗の量に、声を掛けていいものか戸惑っているのかおずおずとしている。

 そんな夏樹に対して、あたしははっきりとした声で言う。

「夏樹。もう一度手合わせしてくれ」

 そう、もう一度だ。以前、あたしが夏樹にそうしたように。

「……いいですよ」

 夏樹も思うところがあったのか、今回ばかりは渋らずに応じてくれた。

 そして、あたしと夏樹は向かい合った。

 目を閉じれば、心臓がこれまでにない程高鳴っている。

 緊張からか、それとも唯の動悸かは分からない。

 ただ、目を開けるとさっきまでの手の震えはなくなっていた。

「夏樹。こい!」

「行きます!」

 夏樹は、息を吐きだしながら打ち込んでくる。

「ハァッ」

 前注意したところはちゃんと気を付けているみたいだ

 手加減無しで打ち込んできているのが分かる。

 以前と同様に、上から横から夏樹に一方的に打たせ続ける。

 あたしは、一太刀二太刀と自分の会話を切り出すタイミングを数えていく。

 今か! 今じゃない……

 ここか! ここじゃない……

 そんなことを繰り返している。

 怯えているわけじゃない。研ぎ澄まされた精神の中で。ここだ! と思わせる軌跡のようなものを探っているのだ。

「爛さん……」

 不意に、夏樹があたしに話しかけてきた。

 その視線が、あたしに『待っている』と訴えてくる。

「分かってる。……夏樹、しっかり構えろよ」

 あたしは、夏樹が体勢を整えた瞬間に打ち込んだ。

 夏樹は、歯を食いしばって必死に受け止める。

「黙って聞いてくれ」

 あたしは、そう口火を切った。夏樹は、真直ぐ真剣な目をしてあたしを見据えて構える。剣だけでなく、あたしの話しをすべて真っ向から受け止めると言わんばかりに――

「まずあたしの生まれから話すよ――」

 あたしは、一つ一つ順を追って説明をした。

 あたしがどうやって生まれたのか

 あたしがあたし自信をどう思っているのか

 昨日どうしてあんなことになったのか

 阿冶にもクロにも言ってないことまで全部だ。

 不思議だった。

 言おうと思ってなかった。晒すつもりがなかったあたしの弱い部分まで全部を話してしまった。

 おそらく、あたしは安心してしまったのだろう。

 夏樹という人に――

 今まで、裏切られる恐怖を感じていた。好意の中に見え隠れする悪意に怯えていた。極限に迫られたときのあたし自信がどうなるのか分からなかった。

 この異世界同居という企画に参加するまで、冥界の暗闇の中で一人ぼっちを感じていた。

 それなのに、今は安心しているんだと思う。

 クロじゃないけど、夏樹にはそうさせる魅力がある。

 夏樹は、時折首を傾げてはあたしに質問をする。突拍子もなく、概念すらもない事に対して自分なりに理解しようとしていた。それも理由なのかもしれない。

「――っていうのが、今のあたしの現状なんだけど」

「……なるほど」

 全ての話を聞いてから、夏樹はそう零した。

「要するに、爛さんは自信がないんですね」

「自信がない?」

 あたしは上段で振りかぶっていた木刀をピタッと止める。

 そうなのか? あたしとしてはもっと大きくて霞のようにつかめない気持ちなのに、客観的に聞いた夏樹はそう感じるのか?

「爛さんは難しく考えすぎなんだと思います」

 『難しく考えすぎ』――阿冶にもそう言われたっけ

「爛さんは自分の特徴も考え方も生前から引き継いだもので、自分自身は何も無いみたいに言ってましたけど、俺からしたらそれは真逆なんじゃないかって思うんです」

「真逆?」

「爛さん。爛さんの名前は何ですか?」

「織田爛だけど……」

「好きな食べ物は肉料理ですよね」

「あぁ……」

 夏樹は何が言いたいんだ?

「俺が困るのが分かって、お風呂に侵入してきますよね」

「あぁ」

「あぁって、やっぱり分かっててやってたんですね」

「アハハハハ……」

 ノリで自白してしまった。

「それら全部が爛さんなんだと思うんです。織田信長から引き継いでいる部分も、引き継いでいない部分も全部が爛さんらしさで、爛さん自身だと思います。無理に線引きしなくていいんです」

 無理に線引きしなくていい……か

 確かに、あたしは織田信長である部分とそうでない部分を無理やり分けていたのかもしれない。本来、他の人は前世を知らないわけで、前世を少し知っている分だけ、あたしはそういうところに敏感になっていたのかもしれない。

「それに、爛さん。初めに自分の事を織田爛だって言ったじゃないですか。織田信長じゃなくて、織田爛だって。それってやっぱり、あなたがあなた自身を織田爛だって、織田信長とは別人だって思っていることなんじゃないですか」

「……そう、か。そうなのかもしれない」

 納得し切れたわけじゃない。正しく言えば、折り合いを付けきれていない。でも――霞がかった世界がスッと開けていくような、そんな安心感のようなものを感じた。胸を張ってあたしの全てが織田爛だとはまだ言い切れない。でも、そうなれるようになろうとは思った。

「ハッ、ハッ、ハックシュッ!」

「大丈夫か?」

「すいませんこんな話しの時に」

「いや、汗もかいたし終わろうか」

「でも――」

「大丈夫だよ。……もう、大丈夫。あたしは、道場の簡易シャワー室使うから、安心して汗を流してきな」

「は、はい……」

 夏樹は、少し心配そうにしながら戸口に向かった。



 爛さん大丈夫かな

 俺自身彼女の事を完全に理解できているわけではおそらくない。

 でも、話しを聞いて俺が思ったことは素直に言えたと思う。折角爛さんが教えてくれたことだから

「夏樹!」

 戸口を締めようとしたとき、爛さんが俺を呼び留めた。

「その、ありがとな。話せてよかった」

 爛さんは、すぐにそっぽをむいちゃったけど、その顔にはどこか晴れやかなものがあった。

皆さんこんにちは、五月憂です。

ここ二話ほどで、爛に対する印象が少し変わったのではないでしょうか。夏樹視点では、いつもふざけた天真爛漫でサバサバした印象でしたが、爛視点では、実はナイーブでいろいろな葛藤や矛盾を抱えた女の子の印象を受けるのではないでしょうか。

爛の心境は複雑に入り組んでいます。その中で、今回の出来事はそれをときほぐす一つの場面でありました。書いてて楽しかったです。

爛遍ももう終盤、あと一、二話で終わります。

そういえば、ここ二話程文章を短くしたのにお気づきでしょうか。

安定した更新のため少し一話分の量を減らしています。ご了承ください。

最後になりましたが、「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。

今後とも、「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。



【改稿後】

今回は前半部分をまるっと一新しました。

改稿前は、爛の女性らしさを出した葛藤を描いていましたが、かっこいいアクションによって爛の気持ちを描いてみました。爛の女性らしさについては、次話載せる予定なので楽しみにしておいてください。


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