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第十一話 あたし

爛に無理やりランジェリーショップに連れていかれた夏樹。

予想した通り爛にいじられ、環境も相まってかランジェリーショップに出るころの夏樹は疲れ切っていた。

満足だと語る爛と、疲労困憊の夏樹。二人の間には、ズレがあった。

そして、ズレは間柄だけではなく、なんとなく爛の行動と表情が一致しない。そんな、爛自身のズレを夏樹はわずかに感じていた。

その矢先、昼食に戻ってこない爛を探しに行った夏樹は、爛が男に絡まれ殺気により容赦なく倒しているところに出くわしてしまった。

冷や汗を流す夏樹と、焦る爛。二人のズレは大きくなっていくばかり。

「もう駄目かもしんない」

 真っ暗な居間の前の廊下にあたしは胡坐をかく。

 風呂上がりの艶やかに濡れた髪を夜風が撫でるが、あたしはそんなことにまで気を配る程、心に余裕がなかった。

 中庭の池に写る月を映すその瞳は、いつもの様に爛爛とした金色ではなかった。どこかすべてをあきらめたように細められ、濁った色をしている。

「嫌われたかな……たぶん」

 嫌われたどころじゃない。怖がられていたのかも

 あのトイレでのやり取りの後、平常を装っていたものの明らかに夏樹との会話が減った。

「……いや、あたしが避けてたのかな」

 夏樹があたしに話しかけようとした節は何度かあった。しかし、あたしはのらりくらりと曖昧な解答しかしていなかった。今思えば、不自然なくらいに。

 ……これからどうすればいいんだろう

 考えても先が見えない。目を閉じれば、真っ暗の穴倉の中にいるような気持ちになって、思わずあたしは呟いた。

「結局、何をしても変えられないのかもしれない。私が、織田信長である限り」

 ――これは、夏樹はおろか阿冶やクロたちにも言ってない事。

 あたしは、織田信長であって織田信長ではない。

 どちらかと聞かれても分からない。唯、確実にいえるのは織田信長その人ではないということだ。

 これを説明するのは、色々とややこしくて夏樹達には説明していなかったけど、簡単に言えばあたしの魂は織田信長の魂の一部によって生まれているのだ。いわば、魂以外は完全に別物で、当人なのではなく生まれ変わりに近しい。

 そのような、人間にとって不可思議に感じられる事は、別に特別珍しい事ではない。むしろ、それが冥界における正常なシステムなのだ。

 今の冥界に罪人はいない。罪人は冥界に送られる過程で魂は分解され、新たな魂に作り替えられる。

 これは、冥界の王である閻魔大王が極度のめんどくさがり屋である事が転じて出来上がった仕組みである。一々罪状を見て審判を下すのがめんどくさいから、裁く相手をいなくしちゃえという。本当に自分勝手な考えのもとにそんなものができてしまった。

 そして、そんなとんでもない発想によって生まれた仕組みに、あたしの前世である織田信長も魂を分解されて、あたしは生まれた。

 ただこの生まれ変わりのシステムには極まれに問題が一つだけあった。極まれに、ある欠陥を持って生まれてくるものがいたのだ。

 それは、前世の記憶が一部残ってしまている個体。

 そして、何の運命のいたずらか。あたしも前世の記憶を残して生まれた一人だ。だから、生前のあたしが誰であるのかもあたしは知っている。

 そして、この欠陥の影響は一部の記憶が保持しされているということだけにはとどまらなかった。フラッシュバックのように生前の映像が再生され、あたしの意思とは関係なく心の奥底から湧き上がってくるどうしようもない激情に際悩まされる。

 この体は、完全にあたしのものではないのかもしれない。

 前世の記憶に意思、それは無意識のうちにあたし自身を蝕んでいく。あたしがあたしで無くなっていく。むしろ、あたしなんて初めから存在しないのかもしれない。

 そんな気持ちをあたしは抱いている。

 アイデンティティの喪失とでもいうべきだろうか。

 あたしの特徴も意思も全て前世から引き継いだもの。そんな風に感じる。

 だからこそ思うのだ、このままいけば生前と同じように誰かに裏切られ、見限られて終わってしまう。

 そんなこと耐えられない。あんな――あんな気持ちになるのは

 心の一番奥底にへばりつく、まるでタールのような黒くドロドロとした記憶と気持ちが絶対的拒否反応を起こす。

 また、暴発してしまいそうになり、あたしは必死にこの過程を遡るのを中断した。

 ――まぁこんな感じで、あたしにもあたしなりの事情がある。こんな、自分ではどうしようもない生まれた時からの十字架のようなもの。

 でも、結局……どれも言い訳にすぎないのだろうな。

 魂なんて関係ない

 あの時、男連中に絡まれた時にすごんだのも、イライラしてたから。確かに、湧き上がってくる思いもあったけど、いつもなら耐えられた。軽くひねって終わらせられた。

 でも、あたしはやってしまった。織田信長の意思という言い訳のもとトリガーを引いたのだ。

「………」

 仰々しく言ったけど、結局――

「……八つ当たりだったのかもしれない」

 クロは夏樹に良く懐いているし夏樹はそれを受け入れつつある。あたしたちが席を離れている時の阿冶と夏樹もなんだかいい雰囲気だった。でも、あたしは……。

 夏樹には受け入れてもらえない。歩み寄れば歩み寄るほど、触れれば触れるほどに、遠のいていってしまう。そんな気がしていた。

 そして、そんな気持ちを抱いた状態でのあの出来事だった。

「ほんと……ダメダメだな」

 今日何度目のため息だろうか

 珍しくガチで反省中だ。

「爛さん……」

 ふいに、廊下の奥から声を掛けられた。

「……阿冶か」

 暗闇に目を凝らすと、その腰まで伸びた黒髪が一番に目についた。

 声を掛けて来たのは阿冶だった。

「風邪ひきますよ」

 ゆっくりと歩み寄り、阿冶は私の横に座った。

 月光を艶やかな黒髪が反射して天使の輪が出来ている。

 吸血鬼に天使ってのもな

「アハハハ、気を付けるよ……」

「……夏樹さんと何かありましたか?」

 阿冶の的を得た質問に一瞬ドキッとする。

 なぜ? どうして?

 そして、次に感じたのはそんな気持ちよりも前に、阿冶がここまでストレートに問題点に触れるのが、珍しいと思った。

 いつもなら、相手が気がつかないように遠回しに手を差し伸べるのに。どうして?

「夏樹となんて……別に……」

 らしくない阿冶の行動に戸惑ったのもあってか、いつものあたしみたいに笑って誤魔化すことができなかった。やろうとは思ったけど、顔は引きつり、それに気がついてだんだんと言葉がすぼんでいった。

「本当に?」

「………」

 阿冶の真直ぐな瞳に思わず黙り込む。

 その黒い瞳。そのすべてを吸い込み見通しているかのような澄んだ瞳に唯々固唾を飲んだ。

「どうして?」

 やっと紡ぎだした言葉は否定ではなく疑問だったのは、阿冶に誤魔化してもすぐに見破られるのが分かったから。

「午後から爛さんの様子がおかしかったですから。夏樹さんを避けているようでしたし」

 やっぱり、不自然だったんだ

 我ながら情けない。どんなに身を鍛えてもメンタルがまるで鍛えられてない。

 まるで張りぼてだなあたしは

「……少し、ホントに少しだけだけど、悩んでる」

「何に?」

 阿冶の柔らかな口調が、あたしの心を解きほぐすように自然に言葉を紡がせる。

「あたしは、人との仲良くなり方が分からない……と思う」

「思う?」

「自分でも分からないんだ。不安なんだよ。もう失敗は出来ないから」

 もう、二度と同じ過ちを繰り返さないように。もうだれにも裏切られたくなくて、情けない声を上げてしまう。

「大丈夫ですよ、爛さんなら」

「大丈夫じゃない。あたしはクロみたいに甘え上手でもなかったら、阿冶程相手を包み込むような優しさなんてない……あたしには何もないんだよ。あたしは、夏樹の風呂場に侵入したり、無理やりトレーニングに付き合わせてばかりで、一人暴走して夏樹を振り回してるだけだ」

 ほんと、クロの時は夏樹によく言えたものだよ。言った本人のあたしがこれじゃぁ、かっこ悪いにもほどがある

 思わず泣きそうになって、唇を強く噛みしめた。

「いいんじゃないですか。それで」 

 思いもよらぬ言葉に、あたしは阿冶が何を言っているのか分からないでいた。すると、阿冶は中庭に視線を向けてそのまま続けた。

「人と仲良くなるのに正解何てないんだと思います。クロちゃんと私が違った形で夏樹さんと仲良くなったように、爛さんにも爛さんなりの形があると思うんです。だから、爛さんらしい――爛さんが素を出せる形を模索したらいいんだと思います」

「あたしらしい?」

 あたしが素を出せる形

「今は難しいことを考えすぎているだけだと思います。落ち着いて」

 落ち着く……か

 落ち着く。あたしらしい事ってなんだ。(ぶき)でもなく、言葉(ゆうわく)でもなく、本当のあたしらしさ。

 目を瞑って自分自身に問いかける。問い続ける。

 自分の気持ち。自分の行動。自分の好きな事。自分の趣味。一つ一つを浮かべていって、吟味する。すると、不意にピースがカチっと埋まった気がした。

「……分かった。あたしやってみるよ!」

「はい!」

 阿冶に話せてよかった

 ほんとに阿冶を天使のように感じた。

「では、私はちょっと失礼します」

「どこに行くんだ?」

「ちょっと、キッチンへ。何だか体が熱くて」

「おいおい、阿冶の方が風邪なんじゃ」

「いえ、最近多いんです。まだこっちの世界に体が慣れていないだけなのでおそらく大丈夫です」

「ほんとかよ。一応、きつそうだったら幼狐に連絡しとけよ」

「はい。ありがとうございます」

 そういって、阿冶はキッチンに向かった。

「さて、あたしはあたしのやるべきことをするか。まずは準備だ」

 あたしは頬を叩き弱い自分に喝を入れてから、足早に自分の部屋に向かった。



 暑い。熱い。

 さっきまで夜風に当たっていたはずなのに、熱が冷めない。

「日に日に増してきてるような気がする」

 爛さんの言うように、幼狐様に報告した方がいいのでは……いえ、そしたら()()()に伝わってしまうかもしれません。それだけは、避けなくては

 火照る体を冷や水で冷ましながら私は覚悟を決めた。

皆さんこんにちは。五月憂です。

今回は、爛を視点にして話が繰り広げられましたが、いかがだったでしょうか。

天真爛漫にみえる爛の心境は意外にも複雑に入り組んでいたのではないでしょうか。

これから爛はどうするのか次回お楽しみに。

最後になりますが、「突如始まる異種人同居」を読んでいただきありがとうございました。

今後とも、「突如始まる異種人同居」をよろしくお願いします。


【改稿後】

第十一話は、爛の自分語りのような話でした。今回修正した点として、せっかくの爛視点なので、爛からみた阿冶の情報を少し書き加えました。夏樹と爛では、阿冶との生活時間に差があるためそう言ったイメージの差を出せたらと思いました。


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